2.メルク・アリスター
今年で16歳になる新米騎士メルク・アリスターは、記念すべき初の出仕に心躍らせていた。
なけなしの貯金で買った立派な鎧と兜――世間では中程度――を身につけ、剣を腰に下げる。
鎧はやや大きめのサイズだが、これは将来の成長を期待してのもので決して彼が見栄を張ったわけではない。
『つらくなったらいつでも帰ってくるんだよ』
『俺の知らない内に大きくなったもんだ』
『出世して村の自慢になってくれよな!』
故郷の村の両親や友人の温かい言葉を背に受けながら、少年は旅立ちの時を迎える。
「みんなありがとう……!都で必ず身を立てて、いつかここへ帰ってきます!」
――と言っても、いきなり王都に行けるわけじゃないんだよな。
村を発つ時は感極まって涙まで滲ませたものの、長い道のりを歩いているといろいろと冷静になってしまう。
まず向かう先はホイヤー領キリウムの街。そこの小さな役所がメルクの勤務先だ。
そこで何年も働き、功績が認められてやっと、戦場を駆ける騎士団や国王陛下の親衛隊への道が開けるのだ。
皆には大きなことを言ってはみたものの、そこまで出世できることは今の自分には想像もつかなかった。
いや、最初から身の程を知ったような考えはよそう。夢は大きく持っておくべきだ。いつか必ず出世して故郷に凱旋するんだ。
メルクはそう強く自分に言い聞かせて、キリウムの街へ歩を進めた。
◆◆
故郷の村が完全に見えなくなるぐらいまで歩いた辺りで、メルクは休憩をとることにした。遠くに高い山がそびえ立つ、眺めのいい場所だ。
街道の脇の木陰に身を下ろし、弁当を食べる。しばらく会えなくなるからと、家族だけではなく村の皆から数日分の餞別をもらっていた。
「う~ん!やっぱりジーンおばさんの作るサンドイッチは最高だな!」
そんな独り言を言いながら、ハムや野菜がふんだんに挟まれたサンドイッチを頬張ると、この味もしばらく食べられなくなるのか、と寂しい気持ちが湧き上がってくる。
駄目だ、まだ目的地についてもいないのに郷愁に駆られてどうする。メルクは頭を振って悪い考えを払おうとする。
「……ん?」
景色でも眺めて沈んだ気分を変えようと思い顔を上げた時、山道を走る1台の馬車を見つけた。
粗末な乗合馬車などではなく、真っ白な馬に引かれ、装飾の施された綺麗な馬車だ。
しかし何か様子がおかしい。猛スピードでありながら右へ左へ、ジグザグに進んでいるように見える。
馬を操る御者は、抑え込むように綱を引いている。
――まさか、馬が暴れている……?
メルクの嫌な予感は当たり、馬車は急カーブに差し掛かっても勢いを止めずに突っ込んでいく。
御者が慌てて手綱を曲がる方向に引っ張ると、馬もなんとか曲がり切った。
――良かった……持ち直した。
メルクがホッとしたのも束の間、馬と馬車を繋ぐ留め具が切れ、馬車だけが崖を飛び出してしまった。
宙に投げ出された衝撃で、馬車の中から何かが飛び出した。白いドレスの女だ。
彼女は馬車と共に落下していき、木の向こうに落ちて見えなくなった。
――大変だ!
メルクは馬車が落ちた方向へ走り出した。
あの高さでは生きてはいまい。そう思いながらもメルクには放っておくことができなかった。