19.冒険の終わり
次期領主であるルセン・ヴァンクリフを殴り飛ばしておいてタダで済むはずもなく、メルクは物音を聞きつけてやってきた衛兵たちに取り押さえられ、騎士団の詰所に隣接した牢獄に収監された。
まさか初めての出頭がこんな形になるとは。
「……ふー」
牢の石壁に頭を預けながらため息をつく。
思えば、やっぱりとんでもないことをしたものだ。
これからどうなるのだろう。領主に暴行を働いたぐらいだから極刑だろうか?今生きて牢にいるだけでも奇跡かもしれない。
しかし、後悔はしていない。
そんなことを繰り返し考えていると、鎧を着た牢番の男が入ってきた。
「立て、アリスター。面会だ」
「はい」
メルクが両手を差し出すと、男は手錠に繋がれたロープの一端を引っぱり、牢屋から連れ出す。
面会室に座る人影は、頬に大きなガーゼを貼りつけていた。
「やあ、暴漢殿」
「ヴァンクリフ様……!」
つい数十分前に右ストレートで思い切り殴り飛ばしたルセンが対面に座っている。メルクの拳にはまだその感触が残っていた。
「そのままだ。頭は下げるなよ」
ルセンは反射的に跪こうとするメルクを制止する。
「彼女のためにやったことだと理解している。君を罪に問うつもりはない」
「え?」
思いもよらないルセンの言葉に、メルクは思わず聞き返す。
「実を言うと、コルシェ嬢が取り乱せば私が2、3発は殴られるつもりでいたのだ」
「それはやめた方がいいです」
即答でメルクが止めると、ルセンは笑いだす。
「ハッハッ。だろうな。彼女については調べていた。殴られたのが君で助かったとさえ思っている」
父が死んで荷が下りたのか、ルセンは結婚式の時と違い、温和な雰囲気に包まれていた。おそらく、こっちが本当の性格なのだろう。
「そうだ!コルシェ……コルシェはどうしたんですか?」
「彼女はさっき従者の男が迎えに来てそのまま帰っていったよ。安心したまえ、我々はピアジェ家に借りが出来た。今後、可能な限り恩に報いていくつもりだ」
「そうですか……良かった……」
メルクの口からため息が漏れた。
コルシェに別れの言葉も言えなかったことは悲しかったが、目的を果たした彼女にはもうキリウムにいる理由はないだろう。
「君もこの後すぐに出られると思うが、しばらくは有名人になることは覚悟しておくんだな」
「は、はい。ありがとうございます!」
「気にするな。私にも妻がいる。それに……」
ルセンは椅子から立ち上がると、メルクを指さして言う。
「あそこでやらなきゃ“男”じゃない」
ルセンはそのままきびすを返し、笑いながら牢を出て行った。
「なあお前……ルセン様を殴った時、打ちどころが悪かったとかないよな?」
面会に立ち会っていた牢番の男が聞いてくる。
「え、ええまあ……多分……」
メルクにはそれしか言えなかった。