17.真相
グリニッジ王国の由緒ある血筋に生まれたロイズ・ヴァンクリフは、幼い頃からホイヤー領を任されることが決定されていた。彼は周囲の期待以上に領主の務めを果たし、ホイヤー領は王国でも有数の力を持つ豊かな地域となった。仕事中毒とも言えるほど責務に没頭していたロイズは、年老いて病に臥してからも、息子のルセンに領主の座を譲ることなく仕事を続けていた。病床の上からでも、部下に指示を与え、書簡を書き続けた。
しかし、やはり老いには抗えず、やがてロイズは会話をすることも、文字を書くことも満足に出来なくなっていった。
ロイズが寝たきりとなり、簡単な意思の疎通も難しくなっていた頃。彼はうわ言のように「エリス」という言葉だけを発するようになった。それは彼が若くして先立たれた妻の名前だった。家柄によって全てが決められた彼の人生において、エリスは唯一ロイズ自ら望んで愛した存在だった。
「親父は意識が混濁してもはや話すことは出来なかったが、言葉の端々から考えるに、母との結婚式の記憶を反芻しているようだった。それが最も幸福な瞬間だったのだろう。そこで私は、当時の母に容姿が良く似た娘を探し、看取らせるために婚約の話を持ちかけたのだ。領主との結婚を望まぬ家など存在しないからな」
「コルシェを騙したんですか?」
「死にかけた老人だろうと婚約は婚約だ。代わりにピアジェ家は領主の後ろ盾を手にする。我々の世界でいう結婚とはそういうものだ。――だが、それも叶わなかった」
ルセンはベッドの上で動かなくなったロイズを見て、嘆息する。
コルシェは一言も喋らず、ロイズの傍で亡骸をただ見つめていた。
◆◆
その場の空気が凍りつき――実際にはほんの数十秒だったのだろうが――無限にも思える時間が過ぎた時、コルシェの手首に何かが触れた。
「お、親父……!」
最初に気がついたのはルセンだった。
完全に死んでいると思われたロイズの手がコルシェの手首を握っている。目はうっすらと開かれ、わずかながら呼吸もしているようだ。
しかし回復したわけではなく、燃え尽きる直前の蝋燭のように、一瞬だけ意識を取り戻しただけのようだった。
コルシェはベッドの傍に跪くと、骨と皮だけになっているロイズの手を、包み込むようにしっかりと握り返した。
ロイズは虚ろな目でコルシェを見ると、消え入りそうな声で言った。
「…………ェ……リ………………ス…………」
コルシェはどう応えるべきか迷ったが、意を決して言った。
「……はい。あなたの妻はここにおります」
その言葉を聞いて、老人の口元が微かに上がったように見えた。
ロイズはそのまま再び目を閉じ、今度は二度と目覚めなかった。コルシェは涙を流しながら、力を失ったロイズの手をいつまでも握りしめていた。
「……婚姻は成立した。今日よりピアジェ家とヴァンクリフ家は親族となる」
ルセンはその様子を見ながら、静かな声でそう言った。