15.キリウム侵入
日没が近づくにつれて、空は赤みを増していった。
多くの余裕ある人間ならば、足を止めて日が沈む光景を眺めたのかもしれないが、メルク達にとっては焦りを生むカウントダウンの針にしか見えない。
メルクは半ば強引に借りた馬の背にコルシェを乗せ、街道を真っ直ぐに走る。
“オメガの悪魔”を倒した後、メルクは馬車の留め具を外し、馬と分離させた
クォーツの町に帰り、報酬を貰うはずだった他の荒くれ者たちから当然反発はあったが、「あんた達はサボってたんだから歩いて帰るぐらいしなさい」とリヨンが説得してくれた。
彼女は結局何者だったのだろうか。薬の知識といい、“オメガの悪魔”について知っていたことといい、明らかに賞金目当ての男達とは違う人間だった。
「あなた達は本当に面白かったわ。次に会ったらどうなったか聞かせてね」
リヨンは別れ際にそんなことを言っていた。
しかし、今のメルクに彼女が何者か考えている余裕はない。 今はとにかくキリウムに辿りつかなければ。
「ごめんなさいメルク……こんなことまでさせてしまって」
「今さら何を言ってるんですか。それに、僕はあなたのお役に立てて光栄です」
騎士としてはお決まりの台詞ではあったが、これはメルクの本心だった。自分一人ではとてもキリウムに辿り着くことは出来なかっただろう。どこかで心が折れ、引き返していたかもしれない。
コルシェは答えず、ただ微笑んだ。
「……見えた!キリウムの門です!」
キリウムは堀と城壁に囲まれた城塞都市だ。橋は下りていたが、開かれた門の左右には番兵が見張りをしていた。
「おい、何か走って来るぞ」
「ありゃ馬だな。それにしてもスピード出し過ぎだ。おい!止まれ!」
番兵は手に持った槍で門を塞ぎ、メルク達に呼びかける。
しかし日没まで時間はもうない。メルクはここで止まるわけにはいかなかった。
「ごめんなさい!」
メルクが手綱を引くと、馬は前足を胴体に引き付け、同時に後足で力強くジャンプした。馬の足が槍の柄に引っ掛かり、番兵たちの手から弾き飛ばす。
「うわぁっ!」
番兵は槍を弾き飛ばされた勢いで橋から落ち、水しぶきを上げて堀に飛び込んだ。
「何だあれは!侵入者か!?」
「しかし馬に乗ってたあいつ、俺たちと同じ鎧着てなかったか?」
◆◆
キリウムの中央教会。ホイヤーの領主ヴァンクリフとピアジェ家の令嬢コルシェの結婚式が行われる場所であり、コルシェとメルク、2人の旅の目的地である。
その教会で一人の男が椅子に腰かけ、宝石の散りばめられた懐中時計を見つめていた。
「ヴァンクリフ様、もうすぐお時間です」
「ああ、分かっている」
長く赤い髪に、もみ上げと髭が一体化し、ライオンのたてがみのように広がっている。威厳を感じさせるその人物は、時計を見つめる目を離さないまま、従者の男に告げる。
花嫁には日没までに到着するように伝えているはずだ。時間に遅れるようなら、婚約は成り立たない。異常かもしれないが、それが今回の結婚式の“決まり”だ。
「外の様子はどうなっている?」
「僅かに日の光は見えますが、もうすぐ隠れます」
「うむ。引き続き外を頼む」
時間通りだ。ヴァンクリフはそう思っていた。椅子に座り直し、懐中時計を再び見つめる。
「な、何だ!お前ら!降りろ!……うわっ!」
にわかに外が騒がしくなってきた。しかしやることは変わらない。時計を見て時間を見る。自分の役目はそれだけだ。気づかない内に、ヴァンクリフは時間を口に出していた。
「……5、4、3、2、1」
1まで数えたところで、バゴンッ!と轟音を立てて入口のドアが破られた。