13.リヨンの作戦
「最初に言っておくけど、あそこに行ってお嬢さんに加勢するのは無理よ。巻き添えを食って死ぬのがオチだから」
リヨンは今も激闘を繰り広げるコルシェと岩の巨人を指さして言う。
戦闘の余波で、周囲の木々は倒れ、地面のところどころに穴が空いていた。
「それは分かりますけど……じゃあどうするんです?」
その言葉を待ってましたとばかりに、リヨンは懐から何かを取り出す。
それは細長いガラスの容器――試験管だった。コルクの栓がされ、中に透明な液体が入っている。
「何ですか?これ」
「あの化け物を即死させる薬!……っていうのは嘘で、簡単に言うと石を腐食させる薬品ね。あいつの体に効けばいいけど」
なぜそんなものを持ち歩いているのだろう。
メルクは彼女が先ほども“オメガの悪魔”を知っている風な態度だったことを思い出した。彼女は他の傭兵達とは明らかに何かが違う。一体何者なのか。
そんな疑問がメルクの頭に浮かんでくるが、それを聞いている余裕はなかった。
「これを弓か何かに括りつけてあいつにぶつけるわ。うまくいけば試験管が割れてあいつの体を腐らせることができる。あなた弓の経験は?」
「え~と、訓練だけなら……そうだ!」
自信なさそうに答えると、メルクは何かを思いつき、コルシェの旅行鞄を漁り始める。
女性の鞄を勝手に開けるのは主義に反するが、今は緊急事態だからとメルクは自分に言い聞かせた。
「あった!」
メルクが取り出したのは、柄を切り詰めた小槍を射出するタイプの、大型の弩弓。コルシェが町で買っていたものだ。
既に槍は装填されているので、引き金を引く力さえあれば誰でも扱える。経験の浅い長弓を扱うよりはこっちの方が確実だ。
「これはまた大層なのを持ってたものね。薬がなくてもあいつの体を貫通できるんじゃない?」
そう言って装填された小槍の先に試験管を括りつけるリヨン。
「ちなみにあなた、こういうの撃ったことあるの?」
「……訓練だけなら」
リヨンは大きくため息をついた。
◆◆
メルクは戦闘に巻き込まれないギリギリの距離まで近づき、弩弓を構える。
「どこを狙えばいいんですか!?」
「眼なら大当たりだけど、それ以外なら関節とか岩がそんなに厚くないところね。薬品もすぐには浸透しないから」
それを聞いてメルクは岩の巨人を観察する。
不気味に赤く光る眼は、弩弓で狙うには的がかなり小さい。しかも戦闘で動き回っているから、ほぼ素人のメルクには当てる自信がなかった。
ならば他の部分はどうか?
胴体部分は幅広で厚く、当たったとしても効果は薄そうだ。
両腕を狙えば攻撃手段を奪えそうだが、今もコルシェに向かって振り回しているので上手く急所に当てるのは至難の業だ。
――やっぱり狙うなら脚だ。
巨像を支えている両脚は、振り向いたり、ごく短い距離を移動する時は動いているが、ほとんどの場合は固定されている。
それに何度も打撃を与えている右脚の部分は、他の箇所より脆くなっているように見えた。
「きゃあッ!!」
メルクが照準を定めている時、振り回した巨像の腕がついにコルシェに当たった。
両腕の篭手でガードは間に合ったものの、大きく吹き飛ばされ、後方にあった木に激突する。
「コルシェッ!」
思わず叫ぶと、声に反応したのか巨人の眼がメルク達の方を向く。
コルシェと距離が離れたことで、攻撃対象が変わったようだ。
もう時間がない。
メルクは急いで巨像の右脚に照準を定めると、弩弓の引き金を引いた。