12.コルシェVS岩の巨人
転倒した“オメガの悪魔”の巨体を駆け登り、さらに追撃を加えようとするコルシェ。
しかしそれを払い落とそうと、岩の両腕が彼女を襲う。
コルシェは寸前で巨像の体から飛び降り、攻撃をかわす。
巨像はその間に上体を起こし、そのまま立ち上がってしまった。
コルシェが渾身の体当たりで転ばせたのは、結局、岩の怪物の敵がい心を煽っただけのようであった。
鋼鉄の篭手で一撃を入れた腹部も、表面を削っただけで巨像は気にも止めていない。
コルシェを完全に敵だと認識した巨像は、腕の先に付いた3本の指で彼女を掴もうと襲い掛かる。
彼女は素早い身のこなしで両腕の攻撃をかいくぐり、右脚に正拳突きを一発。人間で言えば脛すねの部分を殴りつけた。
だが、先ほどのように助走をつけなかったためか、打ち込んだ部分からは軽く煙が舞っただけで、巨像はびくともしなかった。
メルク達は、コルシェと巨像の戦闘に介入できず、立ち止まった馬車の中から遠巻きに見ていることしかできなかった。
『弓で援護しようぜ』、『女に当たったらどうするんだよ』、『それより今のうちに逃げよう』
荒くれ者の男達は不毛な言い争いを続けている。
「凄いわね。あなたのお嬢様」
リヨンは巨大なゴーグルのつまみを回しながらメルクに声をかける。
双眼鏡のような見た目通り、望遠機能でもついているのだろうか。
「僕のお嬢様じゃないですよ」
「でも、あれじゃ多分勝てない」
メルクはリヨンの視線の先を追った。
コルシェは巨像の両腕の攻撃を避けながら懐に潜り込み、右脚を鋼鉄の篭手で殴りつける。
しかし巨像にダメージを受けた様子はなく、動きを止めずに彼女を捕まえようとする。
彼女は捕まる前に距離をとってかわし、再び足元目がけて走り、また右脚に一撃を打ち込む。
さっきからその繰り返しだ。
メルクが見た限りでは、形勢は五分に見えた。
もちろん、それだけでも普通はあり得ないことなのだが。
「勝てないってどういうことです?」
「見て」
リヨンに促されて目を凝らすが、戦況は変わっていない。コルシェは巨像の伸びてくる腕を篭手で受け流し、再度右脚に向かって殴りかかる。
何度も同じ箇所に攻撃を受けた岩の体は徐々に削れ、破片が欠けていく。
これならいけるのでは?メルクの目にはそう見えた。
「見て分からない?何なら眼鏡貸すけど」
「そんなこと言われても……」
もう何度同じ動きを繰り返しただろう。
巨像の突き出す腕を、コルシェは篭手で受け流し、
――受け流し……?
先ほどまでコルシェは潜ったり飛び退いたり、いずれにしろ巨像の攻撃はカスりもしていなかったはずだ。
それに気づいた時、コルシェの動きが鈍ってきていることが分かった。彼女は疲れ始めていたのだ。
「水の一滴が岩をも穿つとは言うけれど、それまで持たないわね」
リヨンはそう言うとおもむろに立ち上がる。
「あなたはどうする?騎士くん」
言われてメルクも立ち上がった。
「何か考えがあるんですか?……僕にできることがあるなら」