10.討伐隊
「こっちに金髪の女の子が来ませんでしたか!?」
「ああ、その子なら酒場に入ってったよ」
幌馬車を引く男が答えた瞬間、スイングドアになっている酒場の入り口から、半裸の男が後ろ向きに飛び出してきた。男は飛び出した勢いのまま、仰向きに倒れ込む。
完全にのびてしまっている。どうやら店内から入り口に向けて強い衝撃で突き飛ばされたようだ。
――彼女の仕業だ。
とメルクは確信し、未だ揺れているスイングドア越しから、酒場の中を見た。
さっきの男を殴り飛ばしたのであろう、コルシェと目が合う。
「あら、メルク。遅かったですわね」
「何をしてるんですか!」
店内では他に数人の男が倒れていた。ある者は気絶し、ある者はうずくまって鼻を押さえている。
まだ立っている男達は、殺気立った視線でコルシェを睨み、中には剣を抜いている者さえいた。
「私も怪物を退治する馬車に乗せて欲しいと頼んだだけですわ。そしたらこの者達が横やりを入れてきたので反撃したまでです」
コルシェは不機嫌な態度で言う。
「だからってこんな……」
「はいはい、口論は後にしてもらえる?“オメガの悪魔”を討伐しに行くんでしょ?」
言い返そうとするメルクの言葉を、別の声が遮る。
振り返ると、そこには栗色の長い髪の女が立っていた。
彼女も討伐隊の一員なのだろうか、軽装の鎧の上に外套をまとい、剣を差している。
しかし、メルクが何よりも気になったのは、彼女の顔の部分だった。
美しいとか醜いとかではない。そもそも、どのような顔をしているか見えないのだ。
彼女の顔は鼻から上の部分が巨大な眼鏡、いやゴーグルに覆われていた。
目に当たる部分が双眼鏡のように飛び出しており、分厚いレンズの奥に双眸を確認することができない。
「わたしはリヨン。この眼鏡は気にしなくていいわ」
まじまじと見すぎたのか、リヨンと名乗った女はそう付け加えた。
「あなた達が何者かは知らないけど、見てた限りここの男共と行くよりは心強そうだわ。喧嘩で消耗するのも馬鹿馬鹿しいし、早く行きましょ」
「え、あの……僕は」
「あなたはお目付け役ってとこでしょ?戦わなくてもいいからついてきなさい」
リヨンは2人の手を引き、半ば強引に酒場の外に連れ出す。
あっという間の出来事だったため、ならず者の男達はポカンとしたまま見送ることしかできなかった。
「わたし達で最後よ、馬車を出して」
2人を乗せた後、リヨンは御者の男に声を掛ける。
「いいのか?まだ中に何人かいたみたいだが」
「どうせ役に立たない連中よ。ほら早く」
御者は首をかしげ、少し考えていたが、やがて“オメガの悪魔”の元へ走り出した。