こころのベッド
翌日はご主人様が来てくれた。
ココロだけならまだしも、男性一人が膝を乗せると、天蓋つきの高級なベッドは溜息でも吐くようにその部分だけ沈む。
そして、座っていなさいとココロに一言だけ囁けば、従順な子犬の目を見つめてから、徐に殆ど塞がっていた腹の傷に指を差し込んで、めりめりと左右へと開いていく。
その所作は閉まりかけのエレベーターの扉をこじ開ける仕草にも似ていた。
開けられた隙間は極僅かだ。男性の太い指なら二本が漸く入るくらいのささやかな穴。
痛みは殆ど無いものでココロからすれば、こんな小さな穴からお腹を食べるのだろうか、もしかしたらフォークを突き立てて内臓を絡めとって引きずり出しそれをスパゲッティーみたいにして食べるのかもしれない…食べにくいけれど。と、疑問さえ覚える。
しかし、本日は少々趣向を変えたらしく、男性が動くなよと呟くと、徐に自らのズボンの前を寛げた。
ココロはそれをずっと見ているが何なのかさっぱり分からない。分からないまま、硬くて熱いものが腹に突き刺さり、その圧迫感に苦しさを感じて目を見開く。隆起した不思議なものが出入りする時間、少女は妙な吐き気を覚えて少し吐くと、そこには血が混じっていた。
どうやら、治りかけだった胃が再び傷ついたらしい。
ごぼりと口から血が溢れると、真っ白の穢れを知らない肌を赤が彩る。
その血さえ男性が美味しそうに飲んでくれるのでココロも嬉しかった。
かわいそうに……
しかしそれも、その声が幻聴として聞こえる瞬間までのことだ。
腹の中を掻き回す音が部屋に響く中、朦朧とする意識でベッドの向こう側にある鏡を見てみると、そこには痩せて体が歪にゆがんだ自分の姿と、丸々と肥えた男性の姿があった。
これが何の行動なのかさっぱり検討も付かないが、何やら満足したらしい男性が、さらに腹を開いて中を確認した後、良いよ、可愛い、大好きだと囁くので、ココロ自身はコレでいいのだと思えた。
問題はコレで良いとしか思えなかったところにある。
コレで良いなんて、一度だって思ったことも無かった。その上、この上ない至福であったはずが、妥協とも言える感情に置き換わっている。
誰がこんな風に変えてしまったのかなんて、考える必要もない。
全てはこの幻聴の相手のせいだ。
身形を整えた男性が居なくなり、ベッドに崩れ落ちてから、ココロは短い息を繰り返してぼんやり天井を眺めた。
あの少年は今日も来るのだろう。約束どおり。
そして、また言いたい事だけ言って出て行くのだ。
胸に不安だけが深く突き刺さったが、痛みは無かった。