こころのベッド
「ココロ……良い子にしていたかい?」
優しげな男性の声が聞こえて、少女は読んでいた図鑑を置きベッドから体を起こす。
「はい……ご主人様……お帰りなさいませ」
柔らかな微笑を浮かべた少女の名前はココロ。
それ以外の名前は無い。
年は12歳くらいだ。
痩せこけた身体は細くて頼りなく、針金細工の人形の方が余程太くてがっしりして見える。
薄い桜色のドレスに広めの部屋、天蓋つきのベッド。
清潔なシーツに包まる肌は透き通るように白く、その白さといったら山に覆いかぶさる白銀の雪と変わらない。
さらに肩で切り揃えられた黒髪は、艶やかでしっとりと濡れているような美しさをもち、眉下で揃えられた前髪から覗くのは珍しい金と青の瞳。
歩み寄った男性はベッドに腰を下ろしてココロの頬を撫で、もっと見せておくれと微笑むのを合図に、両腕を男性の首に回して身体を伸ばし、猫のようにしなを作って顔を寄せる。
さらりと黒髪が揺れ、男性は至高の瞬間を期待し。頬を高潮させ吐息を奮わせた。
「ご主人様、ご満足いただけまして?」
「ああ、良い。何度見ても美しい金目銀目だ……」
「きんめぎんめ??」
「ん?お前はまだ知らなかったか」
そういうと男性は赤黒い舌を出してココロの金色の瞳をべろりと舐める。
「この目だ、金色と青い目を金目銀目といって、傍に置くと幸せを運んでくるんだ」
男性がべろべろと舐めても、瞬き一つせずにきょとんとした。
痛みは全くないし怖くもなかった。
「わたしの目は金色と青色なの?ご主人様とは違うの?」
「知らなかったのか。そうだよ、私とは違う。だから良い」
「良い……」
その言葉が嬉しそうにココロが笑みを深める。
唾液が滴り落ちて頬が濡れると、男性はその唾液を追いかけるように舌を這わせ頬を舐め、首筋を舌で撫でるとドレスを脱がし始めた。
もちろん、男性に幼女趣味があるわけではない。
無いとも言えないが、少なくとも痩せこけて色気も無い少女を慰み者にする趣味は無かった。
目的は肉体。
「あっ……」
零れ落ちるココロの吐息は苦しげだが目は恍惚に満ちている。
その光景は異様だ。
ドレスを脱がせると足首から先が無い。それでもその足首はぐずぐずと肉がうごめいて‘生えよう’としている。
腹には既に無数の傷が赤々と付いており、そればかりか胸部の中心から下腹部にかけて走る赤い一筋の傷は、痕ではなく本物の生傷。
そこへ男性の太い指が差し込むと、ココロは背を反らせあっあっと声をもらせる。
その度に声に合わせて鮮血が飛び散り真っ白だった肌をいっそう赤く染めた。
腹を割くと白くてとろけそうな肋骨が顔を出す。
それを左右へ押しのければ臓腑が見えた。
空気に触れて驚いたのかひくひくと震える幼いそれにナイフを突き立てて唇を触れさせれば、男性はなんともいえぬ美酒を飲むようにごくごくと喉を鳴らせた。
「っひ、ああ……ご主人、様、そんな……吸っては、無くなってしまいます」
「足は切っても切っても生えるんだよ。中身だって出来るんじゃないかい?」
口に付いた血をぬぐってそういうなり、男性は胃袋に噛み付いて引きちぎってしまい、声にならない声が部屋の中をこだました。
男性はその手中の、もうほとんど形もないし、なんだか分からない綺麗な赤い肉を高く掲げると、上を向いて大きく口を開け、それを一口で口の中に入れ丸呑みにする。
男性に異変が起きたのはその直後だ。
急に目が血走って呼吸が荒くなり、見る見るうちに若返っていく。
そればかりではない。年相応と言えばマシな身体が、今やその辺の若者よりも屈強で勇ましくなった。
「はぁ、はぁ、なんて素晴らしいんだ……最高だよ、ココロ……お前は私の宝物だ」
「ありがとうございます」
胃を失い吐血し胡乱な目でその姿を眺め、この異様なそれを心底幸せそうに笑った。
男性曰く、これは愛情表現だったからだ。
可愛くて大好きなココロだから、愛しているから食べるのだ。
生き物にはそういう種類のものがいくらか存在する。
子供に与えるもの。
子を産む母体に与えるもの。
子孫を残すためオスに与えるもの。
それは色々あるが、一言で言えば愛ゆえの歪んだ形である。
ココロは、そう教わったし、それしか知らなかった。だから、愛してもらえるのなら、この身体は何一つ要らない。そう、信じて疑わなかった。