こころのおそと
前回途中で投稿してしまったため、後日再投稿しております。
ずっとずっと長い夢を見ていた気がした。
ダンボールは小さくて、初めの頃は少しの余裕があったものの、月日が経つに連れて手足を曲げて身体を丸めただけでは息をする事も難しいほどになっていた。
まともに食べていないのになぜか糞尿は排泄されダンボールを濡らしていく。
お腹が空いて、喉が渇いて仕方なく、初めは爪をかりかりとかじっていた。
次は爪の周りの皮。丁度ささくれていたので噛みやすかった。そしてそれは徐々にエスカレートして皮を引きちぎって食べ、滲んだ血を一生懸命吸って、裂けたところから指を食べ始めてからは歯止めが利かなくなっていく。
指を食べた。膝をかじって薄い肉を食べた。太ももは少し痛かったので気が引けたが、少しずつ限界が近付いてきて、頭が働かなくなってからは足にもかじりついて食べたので、狭くて小さいダンボールは、ほんのりと余裕が出来てきた。
そしてお腹が満たされたらうとうとしながら思うのだ。
目が覚めたら、次の時には、父も母も以前のように優しい人に戻ってこの手を取り、「ごめんね、酷いことして」「もう、良いんだよ。終わったんだ」「愛してるわ」そういって抱きしめてくれますようにと願う。
よく分からないが、きっと悪いことをしたのだ。
これはそのお仕置き。だから、このダンボールの中で大人しくすごし、お仕置きが終わって許してくれる日が必ず来る。
父も母も大好きだ。
早く許してくれますように。
その毎日だった。
主人に飼われて食べ尽くされる日が来るまでは。
「……っ!!!!」
ココロは主人であった男性に食われる夢に襲われて叫び声も上げられないほどの恐怖を味わって目を覚ました。
呼吸が上手く出来ず一生懸命呼吸を落ち着かせようと奮闘しながら、見慣れない天井を見上げる。
天井は薄そうな木が張ってあり、それを支えるように太い木の棒が規則的に張り巡らされていた。
その天井のシミがなんとなく男性の顔にも見えて少し怖い。
辺りを見回しながら手探りで周りを確認する。
今は簡素な布団に寝転がっていた。
布団は薄っぺらいがシーツはとても綺麗だ。
古い畳はところどころ擦れて潰れていて、黄色い色に色あせ、窓際だけ白に近い色まで色が抜けたり焼けてしまったりしていて、土壁なんて触れたらぼろぼろに崩れそうだ。
広さは四畳半くらいだろうか。
狭くて、古びていて、オバケ屋敷みたいだが、ゆっくり空気を吸い込んでみると、柔らかい清潔な畳の匂いがして、動転していた気持ちが落ち着いていく。
そして、漸く思い出した。
あの夜、逃げ出したところをツキヨミが助けに来てくれて、彼らが住んでいるというアジトに案内し、部屋をひとつ与えてくれたのだ。
それがこの部屋。
狭くて、古くて、オバケ屋敷みたい。
でも、世界で一番、誰も何もしないところ。
「ココロちゃん、起きてる?」
桜の花が舞い散るような優しい女性の声がしてココロはふすまがあるほうへ顔を向けゆっくり起き上がる。
「はい、起きました」
「良かった。開けるね?」
「どうぞ」
花も綻ぶような声を裏切らず、ふすまを開いたところに行儀良く膝をそろえて正座して座っていたのは、淡い桜色の着物を身に纏い、肩に薄いストールを乗せた白い女の子だった。
彼女の名前はとても長くてココロは覚えるのに苦労した。
みんな彼女のことを“花”と呼ぶので、せっかく覚えたがココロも彼女のことを花と呼ぶようにした。
花は白い。比喩ではなく本当に白い。
所謂、アルビノという染色体異常の形なのだそうだ。
髪はわずかに赤みがあるようにも見えるが、白にほんのり色づいている様など本物の桜の妖精のよう。
照れたようにはにかむ頬は白すぎて血管が透けているのか赤っぽくほてり、ふんわりした頬に丸い目が可愛らしく、真っ赤な瞳がなおさら本物の妖精のように見せた。
「着替え、手伝うね」
「ありがとうございます」
「もう!タメ口で良いんだってば!」
怒っているのかもっもっと声をはねさせてもよく分からないくらいの強さしかない。
ごめんなさいと謝るココロの頭を撫でてにっこり笑った花は、寝巻きを脱がせて温かいお湯で濡らして絞った手拭で傷を拭いていく。
「傷、もう少し早く治ると良いね。パターンⅢだっけ?足が生えるのはあと一ヶ月だとして、手は二週間くらいでパパッと生えちゃえばもっと楽なのにね」
「生やし方、教えてくれたのに覚えられなくてごめんなさい……」
「仕方ないよ。私も教えてもらった時は凄く大変だったから! 私のときなんてね、顔と腕を治そうと思ったのに、顔は三つできて腕が六本も生えちゃったんだよ? しばらく、あだ名が阿修羅だったなぁ……治らないからって、豊さんに切り落とされるし……それに比べたら序の口だよ! 千手観音って呼ばれてから覚えられないって言って!」
「私、足だよ!???」
「じゃあ、イカだね!」
「神様じゃなくても良いんだ!?!?!」
「イカの神様っていないかな?いや、きっといる!この国は八百万の神様がいるんだから!」
「く、クラーケン、かなぁ??」
「お!いいね!いいね!」
「やだぁ……」
辛くて涙がじんわり滲んだ。
しばらくあだ名がクラーケンなんて嫌なので、ココロは本気でがんばって足を生やそうと思った。
そうこう話している間に着替えも終わり膝くらいまでしか生えていないココロが移動しやすいようにと、ツキヨミが置いていってくれた機械を手に取る。
足が生えかけている場所に小さなキューブを乗せ強く押し付ければ、皮膚から情報を読み取った機械が自動で計算をし、カタカタと微かな音を立てながらさまざまな部品となり開いていけば、予定の大きさまで広がったところで、複雑な足の構造をそのまま再現し、尤も原型に近い形になるように組みあがり、最後に水蒸気を吐き出して形を固定した。
無骨ではあるが、足の形が猫のようで可愛らしくみえてココロは好きだった。
「歩けそう?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ、先に居間に行ってて。今、ナミちゃんと豊さんが朝ごはん作ってくれてるから。私はツキくん起こして来るね。ツキくん、起こすまで起きてきてくれないんだから!」
「じゃあ、私が起こしてくる」
「え、良いの?」
「うん。私、居間のお手伝いできないから」
ありがとうと笑う、花のように可憐な花に見送られて、ココロは部屋を出た。