第8話
試す?何を?…もちろん大人の関係です。
「…試してみる?トモが私を好きになるか。」
…昨日の由恵の言葉が頭に残る。
俺は隣を歩くマコへと視線を移した。
「マコ?昨日、美咲と何かあった?」
俺の言葉に、マコは俺を睨み付けると
「ある訳ないだろ!?大体、何で部屋交換に来なかったんだよ?お前等の方が怪しいだろ?…おかげで僕は寝不足だし。」
と返してきた。
マコの話によれば、美咲も由恵に部屋を交換の話はしたらしい。
しかし、由恵からの返事は
「…気が向いたら行く」
だったらしく、マコと美咲は由恵が来るのを待ってたらしい。
しかし由恵はいつまで経っても来なかった。
ので、美咲はベットに、
マコはソファーで眠りについたらしい。
俺はそんなマコの話を聞きながら、見え始めたコンビニをぼーっと眺めていた。
「ただいま!」
マコが由恵と美咲に声をかける。
二人は止まってしまった俺の車の前で楽しそうに話し込んでいた。
しかし、俺達の姿を見付けるなり笑顔で
「おかえり」
と声を揃えた。
俺は一瞬由恵と目が合ったが、慌てて視線を他へと逸らす。
マコはガソリンタンクにガソリンを入れていた。
俺はそれを手伝う振りをして、由恵からの視線に逃げていた。
…俺の中に広がる罪悪感…
誰に対して?
そんなの由恵に決まってる。
…正直に言おう…
…俺は試した。…昨日の夜。
試した…と言うよりも…
…我慢できなかった。
当たり前だろ!あんな密室で!あんな挑発されて!
…据え膳喰らうは男の恥!
あれで我慢出来る男が居るなら会ってみたいもんだ!
俺は、ちらりと視線をマコへと移す。
…多分、マコ位だろうな。
密室で手を出さない男なんて…。
…はぁ…
何だか今日のマコが格好よく見える。
凄いよ…。美咲と何もなかったなんて。
…俺はますます罪悪感に駆られ始めた。
「トモ!全部マコに任せっきりじゃん!」
由恵が悪戯気に俺を覗き込むとそう言って笑って見せた。
…何でこいつはこんなに普通で居られるんだよ…
俺はそんな由恵を無視すると、運転席へと乗り込んだ。
…しかし…
「…だから何でお前が隣に乗るんだよ…」
俺の言葉に、助手席に座った由恵は俺を覗き込むと
「トモが私を無視するからだよ?」
と言って笑って見せた。
マコと美咲は片付けを済ませてから、車に乗り込むと二人で楽しそうに話をしていた。
…帰りの車内…
…何なんだこの温度差は…
後では楽しそうなマコと美咲。
時折マコが眠たそうに欠伸をすると、美咲はマコをとても愛おしそうに見て、微笑んでいた。
それに比べて俺と由恵は…
ずっと無言のまま…。
時折由恵は俺へと話し掛けてくるが、俺は軽く返事をするとまた黙って運転を始める。
…何でかわからないが胸のモヤモヤが取れなかった。
由恵に対する罪悪感なのか
マコに対する劣等感なのか
どちらにしても、俺は昨日の出来事を後悔していた。
…何で我慢出来なかったんだよ…
今まで、こんな気持ちに襲われた事なんかなかった。
今までの彼女とそういう関係になった時は、やっと出来たと達成感に包まれていたし、
一夜限りでそういう関係になった時は、ラッキーだとしか思っていなかった。
なのに…今は広がるこの胸のモヤモヤ。
「…はぁ…」
俺は大きくため息をつくと、ちらりと由恵へと視線を移す。
由恵はぼんやりと外を眺めたまま、俺の視線なんかには気付かない様子だった。
「じゃあ気をつけて帰れよ!」
車を駅前へと停車させると、マコと美咲はそう言って降りて行った。
…というか…
「…お前も降りろよ。」
俺の声に、助手席に座る由恵はじっと俺を見つめた。
「嫌!私トモんち行くんだもん!」
由恵の一言に俺は開いた口が塞がらなくなる。
「…何しに来るんだよ…」
俺の言葉に由恵は俺を見つめたまま
「トモの気持ちを確かめに!」
と言った。
俺は小さくため息をついてから
「…姉ちゃんに余計な事言うなよ…」
と言って車を走らせた。