第11話
あれから俺は由恵に連絡する事が出来ないまま、一ヶ月たっていた…。
なんて言って電話をかければいいのか…
どんな顔して会えばいいのか…
そんな事ばかりが頭を巡り、結局何も出来なかった。
…それに、会ったらまた由恵を抱いてしまうかもしれない…
それが、俺の考え全てをストップさせていた。
しかし、今日は何が何でも由恵に会わなくてはならない…
俺は目の前の鏡に写る自分の髪をワックスで整えていく。
「よし!完璧カッコイイ」
いつも以上に満足のいく仕上がりに思わず顔がにやける。
そのままネクタイも直す。
「随分気合い入ってるねー!」
…!
突然後から掛けられた声に驚き振り向く。
「…姉ちゃん…勝手に除くなよ!」
俺の言葉に、姉ちゃんは俺を睨み付けると
「…勝手にって!ここは家族で使う洗面台でしょ?何であんたの許可が必要な訳!?」
と、怒鳴り付けた。
…もう…朝から煩いよ…
俺は姉ちゃんを無視して身嗜みを整える。
「大体さ、タツも結婚披露パーティーなら私も呼べばいいのに!」
姉ちゃんは俺をちらりと見てからブツブツと呟き始める。
…何で姉ちゃんを呼ばなきゃなんないんだよ…
俺は鏡越しに、ブツブツ言いながら戻っていく姉ちゃんを見送り、また鏡の自分と向き合った。
そう。今日はタツと元子の結婚披露パーティーがあるのだ。
出来ちゃった婚で、ちゃんとした式は挙げられなかったけど、代わりに小さなお店を貸し切って友達だけでパーティーをするのだ。
なので、学生時代の友達にも久々に会えるし、楽しみなイベントではあるのだが…
「…はあ…」
俺は、一週間程前にかかって来たタツからの電話を思い出し、ため息をついた。
…俺の頭を悩ませる事…
もちろん、由恵の事は今の俺には最大限の悩みなのだが…
それ以外にも増えていきそうな厄介事を想像する…
マコに何て言い出そうか…
俺はもう一度ため息をつくと、玄関へと足を進めた。
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「おはよう!」
マコがそう言って助手席へと乗り込んできた。
スーツ姿のマコは、何だかいつもよりも好青年な感じで、俺はルームミラーで自分の顔をのぞき見てしまう。
いつもよりキマッていると思っていた髪型は、何だか安っぽいホストを連想させて少し悔しくなった。
…俺はそんなマコをちらりと見てから、マコの家から車を走らせる。
…さて、何て話を切り出そうか…
出来るだけ遠回しに…
マコが帰ってしまわない様に…
信号が赤になり、俺はブレーキを踏む。
そして、大きく深呼吸するとちらりとマコを見て口を開いた。
「…マコ。今日純子も来るの知ってる?」
俺の言葉にマコは口を大きく開けて俺を見詰めた。
…しまった…
あまりにも大事な部分から話始めてしまったかな…
まあいいや…
俺は、マコをちらりと見てから信号が青になると同時に車を走らせた。
マコはまだ、口を開けたまま俺を見つめていた。
…純子ってのは、実はマコの元カノ。すげえワガママで、マコは散々振り回されてた。
マコにとっては会いたくない相手だろう。
まあ、俺にとっても会いたくない相手でもあるんだけど…。
「…なんかさ、元子って昌栄中学だったらしいんだよね。…ほら、純子も昌栄だったじゃん?」
俺は真っ直ぐ前を見たまま言葉を続けた。
「あんまり仲良い訳じゃないみたいだけど、一応同じグループだったらしくてさ…タツも純子が来るとは思ってなかったらしいんだけど…名簿を見たら名前があったらしくてさ…。」
俺はそう言いながら慌てて電話をよこしたタツを思い浮かべた。
(…頼むよ!マコに上手く言っておいてよ!俺もそんな事考えもしなかったから、ちゃんと名簿見てなかったんだよ!)
…自分で言えばいいのに。
まあ、俺もマコに欠席されるのが怖くて今日まで言えなかったんだけど。
マコは俺に向いてた視線を、前へと移すと小さくため息をついてから
「…しょうがないか。竜揮と元子の披露パーティーを欠席する訳にもいかないもんな。…大体、今更顔を合わせたからって何かが起きる訳でもないし。」
と、力無く笑って見せた。
…俺は何かが起きそうな予感が凄いするんだけど…
だって、あの純子だぜ?
絶対、俺やマコに絡んで来るに決まってる。
俺はそんな事を考えながら、見えて来た駐車場に車を止めた。
そのまま車を降り、店へと足を進める。
「マコちーん!」
マコと店へ入ろうとした時、後ろから呼び止められた。
マコと一緒に振り向くと…
…可愛い…
俺はおもわずニヤけてしまった。
そこには、セクシーな赤いドレスの美咲と、淡いピンクのふわふわドレスを着た由恵が居たのだ。
…ちなみに俺が見とれたのは…
もちろん美咲!
ドレスから見える長い手足も、ふわふわのアップにした髪の毛も、まるでハリウッド女優みたいじゃないか!
本当にいつまでも見ていたい…
…痛いっ!!
俺は痛み出した右手を見てみる。
そこには頬を膨らませて俺の腕を抓る由恵がいた…
「…私も居るんですけど」
由恵は小さくそう言うと、大きな瞳で俺を睨み付けていた。
ピンクのふわふわのドレスに、綺麗に巻いた髪の毛。
…確かに可愛いんだけど…
「…なんか綿あめ食いたくなった…」
俺はぽつりと呟いた。
その一言に、由恵はますます頬を膨らませ
「トモなんて、売れないホストみたい!」
と残して店へと入って行った…
…売れないホストって…
俺は店の窓ガラスに移る自分の姿をぽつんと見つめた。