監視カメラ
『西山さ、いま失業中なんだろ? 良い仕事見付けたから紹介してやるよ。明日、俺の最寄りのいつもの喫茶店で話さないか? 当然交通費も俺が持つから』
集団リストラに遭ってから一ヶ月。俺、西山一輝は食って寝るだけの怠惰なニート生活を送っていた。時々ハロワに通うが、良い職業が見付からないのだ。そんななか、大学以来の腐れ縁、藤堂からのこのメールだ。俺は飛び付いて返信した。
『勿論だ、怪しい仕事じゃないよな』
『詳しい説明は会ってから話すわ』
すぐ来た返信はこんなもの。大学の時も、突然夜中に廃屋に行こうとか言い出す奴だったから、変わってないってことなのかもしれないが。新興宗教とかにハマる奴じゃなかったから、聞くだけ聞きに行くか。
そう決め、気付くと二度寝していたようで、既に夕方になっていた。また今日も一日を無駄にしたようだ。
久し振りに綺麗めな服を着て電車を乗り継ぎ、藤堂の最寄りの駅で降りた。大学の時から一人暮らしだった彼の自宅には、よく友人数人で泊まりに行った覚えがある。就職してからはこうやって喫茶店やらファミレスやらで会うことが多くなった。汚い独身野郎の家に行くより確かにマシかもしれない。
『着いたけど、もういる?』
そう送って待つこと約一分。
『悪い。今家出るとこだ。先自分のなんか頼んどいて』
ドアをくぐると鐘の音が響き、ガラガラの店内に案内された。窓側に座りコーヒーだけ注文して啜りながら待つ。半分も飲む前に、ママチャリに乗った藤堂と目があった。三十路近いというのに相変わらず派手な柄シャツを着ている。
「悪いな、待たせちまって。でも元気そうで安心したよ。臥せってたりしそうだなと思ってたからさ」
「俺がそんなに根暗にみえるか?」
「冗談だっての。あ、マスター、俺もコーヒー一杯」
慣れた様子で注文すると、俺の向かいの席に座った。
「いやぁ会うの久し振りだな……いや待てよ、コンパに誘ったか」
「数足りねぇって言ってたから来てやったのに忘れたのかい」
「あん時は助かった。な、だから今回は俺も良い話持ってきたんだ」
「さっそく本題か」
「そうさ。西山さ、確か警備員の資格、持ってたよな」
「あぁ。学生の時、割りが良いからバイトしてたから。まさか警備の仕事か?」
割りは良かったが、一日中突っ立ってるのはキツかったもんで、再就職でも最後の切り札と思っている。
「実はそうなんだけどさ。内容は楽勝よ。座ってモニター眺めていればいいからさ」
「要は監視カメラの映像チェックする仕事か」
「そそっ。オフィスビルだからそうそう不審者も何も起きないだろうし、良い仕事だと思うぜ」
確かに想像すると楽そうだ。
「そんな"オフィス"だなんて、お前と関係無さそうな仕事、なんで俺に紹介してくれるんだ?」
「そこ聞いちゃう? 実はさ、前に勤めてた人が病死かなんかで急に穴が空いちゃって」
「その代わりか」
「最後まで聞けよ。その病死の代わりは見付かったらしいんだ。ただ、そいつが突然発狂して辞めてってね。お前はその代わりだ」
「おいおい、なんか怖えよ。その仕事さ、藤堂の事だからまた幽霊がらみなんじゃないのか」
確か廃屋に連れてかれた時も、肝試しと着いてから言われた。何も出なかったから良かったけどさ。
「でも時給三千円らしいぜ。取り合えず一週間でも良いから行ってくれないか」
「その仕事、あれだろ、夜中に一人でモニター前に座ってるとかだろ。おっかないわ」
霊感とか無いけど、流石にお金で我慢できそうではない。
「そう思うだろ? でもな、八時から十八時で良いらしい。後はどんだけ残業してる人がいようと構わないってさ」
「それで警備になるのか?」
「そういうのは俺の知ったこっちゃないね。どうよ、同期のよしみで引き受けてくれないか?」
俺は悩む。確かに失業保険で生活している今、その高給はありがたい。だが、何か"ある"のかもしれない……けれど一週間だけならいいか、な。
「分かったよ、借りもあるし一週間だけ受ける」
そう答えると、藤堂は「ありがとう」と言いながらガバッと頭を下げた。
「止めろよ、外から見えるって」
「ほんっとにありがとう。場所とか交通費とかの話してなかったな」
そこから一時間くらい話して、俺達は別れた。早速明日から出勤だ。スーツ引っ張り出さないと。
一日目
藤堂に言われた通り、ビルの管理人に顔合わせにいくと、幾つかの書類にサインした後、鍵を渡され早速勤務開始だった。
「一人ですか、交代とかは無いんですか」
「前は交代制だったけどな、なにぶん一人しかいないから交代しようが無いわけだ。ま、お手洗いとか昼食買いに行くのとかは、鍵さえ掛けてくれれば適宜行っちゃって良いからさ」
「君は長くいてくれると助かるよ」
そう呟いて、管理人室に消えた。モニター室は二階のちょうど今の上の階らしいので、目の前にある階段で行こう。
鍵を開け、電気をつけると、大きなモニターが三つほど並んでいた。それらすべての電源を入れ、デスクトップの中央にあったいかにもなアイコンをダブルクリックすると、画面が分割されてモニターとなった。
「後はこの椅子に座って画面を眺めるだけか」
そう独りごちてから、長時間座っても痛くならなそうな、値段の高そうな椅子に座る。随分と楽な仕事だ。変なものが映ったりしないことを祈ろう。
~十時間後~
腕時計を見ると六時が迫っていた。モニターの時間も五分と変わらないのだが。いそいそと間食のゴミを片付け、退勤の準備をする。まだパソコンに張り付いている人が大勢いるが、良いと言われたのだから帰るのだ。六時きっかりになったことを確認すると、全てのパソコンをシャットダウンさせる。途端にモーター音が消え、静かになる。モニター等全ての電気を消したのを確認すると、部屋を出て鍵をかける。よし、何も起こらなかった。管理人に鍵を返しに行こう。
日目
いつも通り管理人に鍵を借りに行こうとしたが、いつまでノックをしても開けてもらえない。俺も嫌われたもんだとやけくそで、とりあえずモニター室に行ってみると、なんと鍵が開いていた。昨日はしっかり施錠したのを確認していたのにおかしいな。まあ置いておこう。中に入ると、まさかの光景が広がっていた。
俺でない誰かが、既に俺の自腹で買った椅子にくつろいでいたのだ。二度目だ。何故勝手に別の人を雇うんだ? 俺の働きが悪いのか? せめて一言言ったらどうだ? あー気分が悪い。こんなとこ出てってやる。
と思ったが、出てってすることも無いし、ここに居座るしかねえな。
七日目
今日で一区切りだ。何も起きなければ続けよう。だって、こんなに割りの良い仕事はない。多少ゲームやったところでバレやしない。なんたって、この部屋には監視カメラが無いんだから。あったところで、俺が監視するわけで……あ、でもあったら録画されちゃうか。
いや待てよ、本当にこの部屋にカメラは無いのか? くるり、と椅子を後ろに回転させた時、俺は絶句し、気を失った。
まさか、俺が後ろから監視されていたとは。
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俺の仕事を奪った男は、今日も仕事してる風を装いながら遊んでいる。こんな奴よりよっぽど俺の方が真面目に働くってのに。お前なんかさっさとバレるか、くたばっちまえ。そうすれば、また俺がここで働けるんだろうからさ。
男が椅子を回転させ、俺の方をみた。七日目にしてやっとか。前任者を放っておいて……は、白目剥いてる。おい、後ろになんか居るのかよ。え、振り向いても居ないじゃないか。何でそんな顔面蒼白で倒れるんだよ。おい!