3.殺し屋は多くを語らないはずだった
異世界はないとか書いてましたけど、こんなに治安の悪い日本なんて異世界みたいなものですね。
暫しの間彼等に沈黙が包んだ
殺し屋である彼はギャングのボスとその右腕である男と対峙してM92Fのマズルを向けている。しかし彼はその引き金を引かない。まずいのはその立ち位置だ。NO.2の男はボスを庇うように立っている。今ここで発砲したら確実に2人とも殺せるだろう。
"2人とも"
しかしそれは許されない。
時間は少し巻き戻り昨日の晩のこと
1人の少年がタブレット端末に目を通していた。彼は言わずもがな太郎と呼ばれていた殺し屋の少年である。そこには今回依頼された仕事内容が書かれていた。今回のターゲットはストリートギャングのボス高田賢相とその取り巻きである。ただ1人ギャングのNO.2の加々見智則という男を除いて。ギャングの構成員は皆17〜22歳程度で加々見も19歳であった。高田は27歳と他の連中よりいくつか歳をとっていた。彼はそれぞれの名前と顔写真が映った名簿に目を通して殺すべき相手と殺してはならない相手を選別していた。普段ならターゲットの情報はそこまで気にしないが今回はいつもと違い明確に殺してはならない相手が定められていたので、少し興味が湧いたのだろうかその加々見の情報について深く読み込んでいた。
時は戻り現在に至る
「加々見さん。そこをどいてください」
殺し屋は囁くように言った。
「おい加々見絶対にどくな。いいな?」
「それは無理な相談だ。俺はこの人を守んなきゃならねぇ」
高田が情けない声で加々見に叫びかけ加々見は殺し屋に向けて覚悟を決めた口調でこう返した。
「加々見さん貴方はやはり芯の真っ直ぐした方だ。だからこそ一度逸れてしまったらなかなか元の場所に帰ってこれない。貴方はもっと聡明なはずだ。普通の世界に帰ってこれるのチャンスは今しかないですよ」
と殺し屋は更に加々見に向けて説き伏せるように言ったが
「黙れ。この人を撃つなら俺を撃て」
と加々見は意地でも退かないつもりだ。
「やれやれ、困りましたね」
と彼が呟くと高田は何かに気づいたのか
「おい、こいつお前の事を撃てないみたいだ。ならコレでどうだ?」
なんと高田は自分を守ってくれていた加々見の首元に隠していたナイフを当て
「こいつを殺せないんだろう。なら俺を見逃せ」
と言い放った。
「高田さん何を!?」
「うるせぇ!こうしないと殺されんだよ」
高田は加々見の質問に即答してゲラゲラと高笑いをした。
「加々見さん分かったでしょう。その男に守る価値なんてないんですよ」
と小さく殺し屋は呟き銃をジャケットに納めた。
「そうだ。そのままだ。2度とそれを俺に向けるな」
と高田は叫んだ。
再び殺し屋がジャケットに手を伸ばすと
「聞いてんのか!?こいつを殺すぞ」
と更に叫んだ。
「煩い方ですね。これが銃に見えますか?」
彼が手に持っていたのは眼鏡だ
「最近近眼が酷くてねこれがないとよく見えないんですよ。とくにクズの顔なんてね」
そして内ポケットからペンを取り出した。
高田は一瞬警戒したがそれがペンだと気づいて煽るようにまくし立てた
「はははっ。そんな物でどうする気だ。気でも狂ったか。」
加々見は全てに絶望したような顔をしていた。殺し屋は涼しい顔で高田に
「知らないんですか?ペンはねどんな武器より強いんですよ。今まで何度となくクズの悪行を書き記してきた。僕のノートにも貴方がいかに腐った馬の糞みたいな男かって事細か書けるんですよ」
と挑発で返した
「てめぇ!!殺す。絶対殺す」
高田は逆上した。その一瞬のうちに殺し屋は眼鏡の隠しボタンを押して顔にかけペンを一回ノックした後にそれを加々見と高田に向けて投げた。ペンが床に着地する瞬間に鋭い閃光を放った。高田と加々見は目を眩ませ後ろに仰け反り返った。その隙を見逃さず殺し屋は高田に近づき足首に仕込んでいたナイフで高田の首元を掻っ切った。何故殺し屋は目を眩まさずに高田に近づけたのか。それは眼鏡であった。先程までは普通の眼鏡であったそれはサングラスのように黒くなっていて閃光から彼の目を守ったのだ。、
「首を切るときはこうするものです」
と眼鏡を外し高田の死体に向けて言った。
加々見は
「何故俺を殺さない!!?」
と涙を浮かべながら殺し屋に尋ねた。
殺し屋は
「貴方を殺すなと命令が下されていただけです。まずは自分の命があることに感謝しなさい。そして親孝行をする事です。貴方は幸いにも本当は聡明な方なのですから」
と言ってみぞおち加々見のみぞおちに1発拳を入れ気絶させた。
「また喋りすぎてしまいましたね」
彼はそう言い残しクラブハウスを去っていった
iPhoneがなり
「任務は完了しました。加々見は気絶しています。」
「ご苦労だった。駐車場から出るときは裏口を使わせてもらえ。もう受付にチップは払っておいた」
「承知しました。これより帰投します。」
殺し屋は駐車場に向かった。
アウディの色は黒ではなくシルバーに塗装され直されていてナンバーも別物になっていた。車に乗り込みエンジンをかけた。
入ってきたときは別の方向の隠し扉が開きそちらに向けて車は発進した。
出口で駐車場の受付の男は殺し屋にむけ
「またのご利用お待ちしております」
と言い殺し屋軽く掌を挙げてそれに応えた。
そしてシルバーのアウディはハイウェイの彼方に消えていった
渋谷のクラブハウスで起きた今回の事件は事故として処理されていた。世間には真実は何1つ知らされていない。
加々見は大企業の重役の息子だったらしい。恐らく今回の依頼主はさしずめ‥
何はともあれ加々見は改心して今は大学受験の為に勉強しているらしい。
それも今となっては殺し屋の彼には何の関係もない話であるが。
今回でプロローグのエピソードは終わりです。