雨傘
この間久しぶりに雨の中を歩いたので,ふと書きたくなって。相合傘ってなんか気恥ずかしいですよね,ってそれだけの話。
私が使っている雨傘は,人より少し大きめだ。少なくとも同じ高校に通う生徒の物よりは大きい。傘と言う文字には「人」が4つ入っているが,荷物が濡れることを気にしなければそれこそ4人なら何とか入れるような大きさだ。番傘のように多骨の傘で,色も古風に落ち着いた朱色というかなんというか。ほんとうは調べれば色の名前くらい出てくるのだろうけれど,面倒くさくて調べていない。そこまで色は気にしていないし。骨はテクノロジーを詰め込んだ素材でできているそうだ。カーボンファイバーとかいうやつだろうか,よくわからない。横文字は苦手なのだ。良くわからないがその素材のおかげだろうか,傘は見た目の大きさの割にひどく軽く,しっかり支えていないと風に煽られて飛んで行ってしまいそうなくらい。軽い割に頑丈で,うっかり傘の先をどこかにひっかけてしまった時もほんの少し曲がったくらい。まあそんな感じで,割とお気に入りの傘だった。最近はあまり雨が降らなかったせいか傘立ての片隅で物ぐさそうに傾いでいるが。
なぜ唐突に傘の話を持ち出したかと言うと。
この間雨が降ったからで。
「あー……よく降るなぁ。」
朝から続いた雨は勢いを弱めることなどせず,こちらの嘆きもお構いなしにむしろ雨足を強めながら下校時刻になっても降り続いた。一日中ずっと湿っぽいままで制服もなんとなくべたつくし,教室はいつにもまして蒸し暑い,その環境の中でどっと疲れた私はさっさと帰ろうと下駄箱に急いでいた。同じ考えの生徒が多いのだろうか,下駄箱はいつもよりなんとなく人が多いような気がした。まあ,テスト前である。部活もないし,さっさと塾に行く人も多いのだろう。
「……ん?」
顔を上げると目の前に見慣れた男子の後ろ姿。赤色基調の,ちょっと大きすぎるようにも見えるスポーツバックを斜めにかけ,外に踏み出す直前でその中をごそごそと漁っている。小さな舌打ちが聞こえ,その後ろ姿は一歩雨の中に踏み出していった。その後ろ姿にパッと追いつき頭の上に傘を差しだして声をかける。
「なにやってんの?」
「……なんだ,お前か。」
「なんだとは何よ失礼ね。この雨の中そのままで帰るわけ?」
「駅までだし。いいかなと思って。傘見当たらねーし。」
「ハゲるわよ。」
「うっせ。お前は自分の彼氏がハゲることに対する憂慮とかそういうもんはないのか。」
「一切ないわね。ハゲたらその時はその時ね。……駅まで一緒なんだから入ってけば,あたしの傘。」
「え,いいよ。」
「風邪ひくよ。テスト前に,間抜け。」
「そこまで言わんでよろしい。ほら行くぞ。」
なんだかんだ傘の中に彼を入れたまま駅まで歩く。
私の身長は彼より15cmほど低い。そのせいでいつもより高い位置に傘を上げていないと向こうの頭が傘の骨にぶつかる。私にしてみれば,ほとんど方のあたりに持ち手が来るような勢いだ。
「濡れてない?」
「お前は自分の心配をしろ。」
「へいへい。」
傘に跳ね返ってか,いつもと違った反響の声。普段密着して歩くことが無いせいか,妙に気恥ずかしい。誰が見ているわけでもないが,誰かに見られているような奇妙な気分。雨音が反響してやけに大きく聞こえる。
「……。」
「……。」
特に話すこともなく,駅までの長くはない道のりをてくてくと歩く。足元で跳ね返る水が靴下を濡らしていることに意味もなく集中してかえって向こうの足音が大きく聞こえたりなんかして。
「……雨やまないな。」
「そだね。結局予報通り一日降った感じだったね。」
「な。」
「…………。」
沈黙。
再び傘に跳ね返ってくる声と雨音を聞きながら,駅まであと3分くらいの道のりを歩く。不思議なものだ,特に仕切りがあるわけでもないのに,周りの世界からなんとなく切り取られたようなこの空間。周りを人が歩いているのに,二人きりな気がしてならなかった。
互いの肩がとん,とぶつかった。互いに,ごめん,と言って少し離れる。肩がぶつかることくらい,よくある話なのだが傘の中では妙に気恥ずかしい。
ただ願わくば,もう少しこのまま歩けたら。
駅は目の前。