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最終話

 かぐや姫に、自分は月の都の者であること、八月十五日に迎えが来ることを告げられると、翁と媼は失神するばかりの勢いで嘆き悲しみました。

「竹の中からあなたをみつけたとき、爺がどれだけ嬉しかったかわかりますか。実の娘だと思って、ここまで大事に育ててきました。突然迎えが来ると言われて、誰が素直にお見送りできるじゃろう」

「お父様とお母様に恩返しもできず去って行くことを、心苦しく思います。本当はわたしもこの国を離れたくありません」

「屋敷に武士たちを大勢手配して守らせよう。誰が来ようとも撃ち取ってやる」

 かぐや姫は首を横に振りました。

「私を閉じ込めて守る準備をしたところで、無理なことです。月の都の人たちに逆らうことはできません。この国の力では太刀打ちできないのです」

「帝は、帝はなんとおっしゃったのじゃ」

 一縷の望みをかけて、翁はかぐや姫にすがりつきました。かぐや姫は静かに微笑みました。

「お前の思うようにせよ、と」

 それを聞いて翁はがっくりと肩を落としましたが、かぐや姫はもう、何も恐ろしいとは思っておりませんでした。


 八月十五日が来ました。屈強な武士たちが屋敷のいたるところに配置され、ものものしい雰囲気のなか夜を待ちました。かぐや姫は屋敷の最奥の部屋に、厳重に鍵をかけて隠されました。

 真夜中、突如として屋敷のあたりがまぶしい光に包まれました。人々は、満月が手が届きそうなほど近く大きくなったのを見ました。そして夜空から人が雲に乗って降りてきたかと思うと、地面から少し浮いたところにずらりと並びました。装束は、すべて金糸で縫われたかのように光り輝いており、一目でこの世のものではないことがわかりました。

 最後にやってきた車から、ひときわ光り輝く男性が現れました。豪奢な装束を身にまとい、立派な冠を頭に乗せていました。それが月の都の皇子でした。

 皇子が屋敷に近づくと、磁石で引き寄せられるように、扉という扉が開きました。剣や弓矢を構えていたはずの武士たちは、酔ったような不思議な心地になり、戦意を喪失し、ひとりふたりと倒れ込むように眠りに落ちていきました。

 最後までしぶとく気を吐いていた翁もついに陥落し、すべてが眠りに包まれました。扉があけ放たれた屋敷の玄関から、大きな力で吸い出されるように、かぐや姫が現れました。

 皇子は満面の笑みで迎えました。

「会いたかったよ、姫。ああ、やはりなんと美しい」

「ご無沙汰しておりました」

 かぐや姫は頭を下げました。

「さみしい思いをさせたね。でもわかっただろう、すべてお前のためだったんだよ。私もずっとさみしかった。これで、愛が証明された。この先はもう離れることはないからね」

「畏れながら、わたしにはそうは思えません」

 予想外の返事に、皇子はきょとんとしました。

「こんな形で証明できるものがあるとしたら、それは愛ではなく、別の何かです。月の都に帰ったところで、また同じようなことが繰り返されるでしょう。わたしはきっと耐えられません」

「いったい何を言っているのです。姫はこの国の瘴気に当てられて、少しおかしい状態なのでしょう。さあ、はやく一緒に帰りましょう。汚れた場所に長くいては、私たちの身体にも障る」

 差し出された手を取る代わりに、かぐや姫ははっきりと告げました。

「皇子、わたしは人と契りを交わしました」

 皇子の顔色がさっと変わりました。控えている臣下たちが、顔を見合わせてざわつきました。

「皇妃となるはずの身ながら人を愛したこと、国に背く行為だということは重々承知です。許されたいとも思っておりません。月に戻りたいとも思いません。たとえ月に戻っても、結婚することはできないでしょう」

「愚かなことを……。なぜ我慢できなかった」

 皇子は吐き捨てるように言い、不快感を露わにしました。

「今ならまだ、さみしさのあまりの過ちとして、寛大に許してやる。この国の人間の何がいいというのだ。寿命は短く、野蛮で愚かだ。月の都とは比べ物にもならない。月に戻れば、私の妻として、何不自由なく暮らせると言っているのだぞ」

 美しい顔をこれ以上なくゆがめた皇子は、恐ろしいまでの迫力でした。皇子をとりまく光は、今や鋭い冷気となってかぐや姫を取り込もうとしていました。震えだしそうになりながらも、負けたくない、とかぐや姫は強く思いました。

「畏れながら、もはやわたしにとっての故郷は、月の都ではなくこの国です」

 かぐや姫はまっすぐ皇子の目を見て言いました。

「わたしはもうあなたを愛しておりません」

 そう言った瞬間、月の光が弱まり、皇子の顔に影が差しました。皇子の顔からはあらゆる表情が消え、ただ侮蔑の色だけが残りました。

「恩知らずの淫売め。もうお前に用はない」

 殺されるかもしれないと、かぐや姫は身体をこわばらせましたが、皇子は空虚な目で彼女を見ただけでした。臣下たちに指示を出すと、皇子は背を向けて車に乗り込みました。かぐや姫は息を切らしながら、信じられない気持ちでそれを見つめていました。

 車が宙高く浮かび上がり、かぐや姫の頭上を通り過ぎるとき、氷より冷たい声が響きました。

「月の加護こそあれば美しくいられるものを、自ら放棄するというのなら、ここで勝手に朽ち果てるがいい」

 投げつけられた呪いの言葉も、かぐや姫には祝福に思えました。一行が月へと去っていくのを見届けると、力が抜け、ぺたんと地べたに座り込みました。

 光が消え、夜が戻りました。寝込んでいた者たちが、ぼんやり起き上がりだしました。

 月はいつもどおりの大きさに戻っていました。狐につまされた気分で皆が顔を見合わせるなか、かぐや姫だけが、月を見上げて笑っておりました。


 翌日、翁の屋敷は、昨晩の騒ぎが嘘のように平静を取り戻していました。

 さすがに翁と媼は大騒ぎしたのが老体にこたえたのか、朝から寝込んでおりました。それでも、かぐや姫が部屋を見舞うと、「ああよかった、よかった」と手を握りしめて嬉し泣きするのでした。

「これでもう、死んでも思い残すことはありませぬぞ」

「せっかくこの屋敷にとどまることになったのに、お父様に死なれたら困りますわ。どうぞ長生きしてくださいませ」

「おお、そうじゃったそうじゃった。はやく元気にならなければ」

 目尻に皺を寄せて笑う翁や媼、ニコニコして見守る召使たちを、かぐや姫は愛おしいと思いました。

 昼食のあと、部屋でひとり、庭を見ながら涼んでいると、御簾が揺れる気配がしました。

 かぐや姫は、あえて振り向かずにいました。

 帝はかぐや姫の横にお座りになりました。ふたりは並んでしばらく庭を眺めておりました。

「気持ちのいい午後だな」

「はい」

 日の光は何もかもを見通しているかのように、静かに降り注いでいました。

 かぐや姫は言いました。

「霊力を取り上げられたので、わたしはもう特別な存在ではありません。光を放つこともありませんし、いつかのように姿を消すこともできません。そのうち人間と同じように老け、醜くなるでしょう。性格も人間くさくなって、些細なことで怒ったり、后妃さまたちに嫉妬したりして、つまらぬ女になるでしょう」

 それに、と消えそうな声で続けました。

「おそらく、子は成せません。次の世代に繋がるような営みはできません」

 帝の左手が、かぐや姫の右手を握りました。かぐや姫が顔をあげると、帝は目を細めて笑みをお作りになりました。

「それでも、私はお前が全部欲しい」

 かぐや姫は身体を帝の胸に預け、顔をうずめるように頷きました。

「帝がいらっしゃるなら、ほかに何もいりません」


 こうして、かぐや姫はこの国の人となりました。日当たりのいい屋敷で、翁と媼と、通ってこられる帝とともに、その寿命が訪れるまで幸せに暮らしました。


お読みいただきありがとうございました。

本作は、文学フリマに「喫茶マリエール」として出展した『Otogi Stories2』の収録作品です。


本作を書くにあたって、改めて「竹取物語」を読み返していると、五人の求婚者を退ける箇所は有名だと思うんですが、それ以上に帝とのやりとりが少女マンガぽくて、面白くて驚きました。屋敷にこっそりやってきて捕まえようとするシーンとか、妙にエロい……。なので個人的にも第三話の描写に一番力を入れました。

帝の「強引で俺様だけど、とにかくやたら格好いい」というキャラも、実際にいたらヤバい男なんですが、少女マンガだと思って振り切って書きました。そうすると、だんだんかぐや姫も少女マンガっぽい勝気なキャラになってしまい、土壇場で「このカップルならハッピーエンドだろ!」と急遽路線変更。原作とはまったく違う結末となりました。

〆切直前にむりやり登場させた月の皇子は、DV加害者みたいになって申し訳なかったですが、愛し合うふたりのために汚名をかぶってもらおうと思います。


たまたま近い時期にスタジオジブリでかぐや姫の映画が公開されましたが、打ちのめされること必至なので未見です。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

ご意見、ご感想などお待ちしております。

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