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第二話

 石作の皇子に課せられた仏の御石の鉢は、天竺にあると言われていました。しかしさすがに天竺まで取りに行くことは無理だと思い、ある計画を立てました。かぐや姫に「今日、天竺へ石の鉢を取りに参ります」と伝えて、姿を消しました。そして三年後、大和の国の十市の郡にある山寺の、賓頭盧ぴんずる像の前にある真っ黒にすすけた鉢を取って、錦の袋に入れて、造花の枝に付けて、かぐや姫の家に持って来たのです。

 かぐや姫が怪訝に思って見ると、鉢の中に手紙がありました。

“海山の 路に心をつくし果て ないしの はちの涙流れき”

(筑紫を出て海山の路に精魂を尽くし果て、果てない石の鉢探しに血の涙が流れました)

 しかし本物の御石の鉢ならば光輝くはずが、蛍ほどの光さえありませんでした。かぐや姫は返事を返しました。

“おく露の 光をだにも やどさましを おぐらの山にて何もとめけむ”

(草葉に置く露ほどの光さえ宿さないものを、小暗い小倉の山で、何を求めてきたのでしょうか)

 石作の皇子は鉢を姫の家の門口に捨てて、この歌に返しました。

“白山に あへば光の失するかと はちを捨ててもたのまるるかな”

(白山のように輝く貴女に会ったから光が消えたかと鉢を捨てましたが、恥を捨てても諦めきれません)

 かぐや姫は手紙を一瞥すると、返事もせずに屑籠に入れました。石作の皇子は、とぼとぼと帰るほかありませんでした。


 倉持の皇子は謀略家で、朝廷には「筑紫の国に湯治に参ります」と休暇をとり、かぐや姫の家には、「玉の枝を取りに参ります」と伝えて、都を出発しました。皇子はあえて従者も多くは連れて行きませんでした。「行ってしまわれた」と人には見せかけておいて、三日後に帰ってきました。

 皇子の計画はこうでした。名匠と言われた鍛治工匠六人を召しとって、人がたやすく近寄れない家を用意し、かまどを三重に仕込んで、皇子も同じ所にこもり、持ちうる資金のすべてを費やして、人知れず玉の枝を作ったのです。

 かくして、かぐや姫が言ったものと寸分違わない玉の枝を作り出しました。

 ついに完成した暁、長旅でぼろぼろになった様子を装って、難波の港に降り立ちました。その姿を見て、世間は「庫持の皇子は優曇華の花を持って帰ってこられた」と騒ぎたてました。

 噂はすぐにかぐや姫のもとにも届きました。

「まさか、庫持の皇子が?」

 かぐや姫は眉をひそめました。

「姫や、ついに結婚相手が決まりましたぞ」

「この目で確かめるまではわかりませんわね」

 翁の前では平静を装っていましたが、かぐや姫はもの思いにふけっている様子でした。

 そうこうしているうちに、庫持の皇子が屋敷にやってきました。「一刻もはやく届けたかったので、旅姿のまま来ました」と言うので、翁が応対しました。皇子は「命を捨てて、かの玉の枝を持って来ました。どうぞ姫にお渡しください」と、手紙をくくりつけた玉の枝を渡しました。

“いたづらに 身はなしつとも玉の枝を 手折らでさらに帰らざらまし”

(むなしく身を失おうとも、玉の枝を手折らないことには、決して帰るものか)

 かぐや姫は無表情でこの手紙をながめていました。そこに翁が駆け込んできました。

「皇子は、約束をお守りになった。これ以上とやかく申すことがあろうか。旅姿のままで、自分の家にも立ち寄らずにおいでになったんじゃぞ。はやく結婚しなさい」

 かぐや姫は翁の声が聞こえないかのように、頬杖をついたまま、黙って外をみつめておりました。

 庫持の皇子は、「今更とやかく言いませんよね」と言いながら、ちゃっかり縁側にあがりこみました。翁も歓迎して、「この国には存在しない玉の枝を持って来て下さったのです。どうして結婚をお断りすることがありましょうか。人柄もよい人でおられる」などと、上機嫌です。さらに気の早いことに、召使に命じて、新婚夫婦の寝室の内装に手を入れ始める始末でした。

 このままでは初夜を迎えてしまいます。かぐや姫は心ここにあらずといった様子で、帳の陰にじっと座っていました。翁や召使はせわしなく立ち動いていたので、姫を包むやわらかな光が薄れていることに、気づいた者はおりませんでした。

 翁は皇子をもてなしながら、旅の話を聞きました。

 皇子は、この旅がどれほど危険で大変だったかを、とうとうと語りました。大嵐に見舞われ船が難破し、見知らぬ岸辺に流れ着いたこと、鬼や化物に襲われそうになり、命からがら逃げだしたこと……皇子の語る冒険譚に、翁はうんうん頷きながら、話に聞き入りました。聞き終えた後は、「あなたこそ姫の夫にふさわしい人です」と、握手して勇気を讃えました。

 そんなとき、男衆が六人連れ立って、庭に入って来ました。その中の一人が書状を差し出して言いました。

「内匠寮の工匠・漢部内麻呂が申し上げます。玉の木を作りました件ですが、五穀を断って千日あまり、力を尽くしたこと少なからず。であるのに賃金を未だ頂戴しておりません。これを頂戴して、至らぬ弟子たちに分けてやりたいのですが」

 竹取の翁は、「この職人たちが申しているのは何のことじゃ」と首を傾げました。皇子は虚をつかれ、ぽかんと動けずにいました。

 騒ぎをかぐや姫が耳にして、その差し出された書状を取ってこさせました。読むと、手紙にはこう書かれておりました。

“皇子の君は、千日間 賤しい工匠らと諸共に同じ所に隠れ住んでおられて、素晴らしい玉の枝を作らせて、官職も与えると仰せになりました。この件をこの頃思案するに、側室になるだろう かぐや姫さまが玉の枝を要求されたのだと分かりましたので、この屋敷から代金を頂戴したい”

真っ白だったかぐや姫の顔に赤みが差し、満面の笑みがこぼれました。それは無邪気と言っていいほどの笑顔でした。

「なんと呆れた嘘に騙されかけていたことでしょう」

 かぐや姫の心は満ち足りて、先程の歌に返歌しました。

“まことかと 聞きて見つれば言の葉を 飾れる玉の枝にぞありける”

(本物だと信じて見ていたら、言葉で飾り立てた玉の枝でした)

 皇子は落ち着かず、居ても立ってもいられないまま、日が暮れるとすぐ滑り出て行ていきました。この結末には翁も気まずくなり、さっさと狸寝入りしてしまいました。


 右大臣 阿部御主人は、代々の貿易で栄えた資産家でした。中国の王慶という人のもとに、「火鼠の皮なるものを買って送ってくれ」という手紙を書いて、金を送りました。

 しばらくして、中国からの船がやってきました。王慶からの返事を受け取るやいなや、右大臣はつんのめるようにして読みました。

“火鼠の皮衣、かろうじて、人を派遣して買い求めました。今の世にも昔の世にも、この皮は滅多にないものです。昔、立派な天竺の聖人が、この国に持って渡っていたのが、西の山寺にあると聞き及んで、朝廷に申請して、なんとか買い取りました”

 右大臣は飛びあがらんばかりに喜び、「さすが王慶どのじゃ。ありがたい」と、中国大陸の方に向かって伏し拝みました。

 皮衣の入った箱は様々な麗しい瑠璃で彩ってあり、それは豪華なものでした。皮衣そのものも紺青色で、毛の先には黄金の光が輝いており、「なるほど、かぐや姫が欲しがるだけのことがある」と言って、意気揚々と翁の屋敷に向かい

“限りなき 思ひに焼けぬ皮衣 袂乾きて今日こそは着め”

(限りない想いにも焼けぬ皮衣。涙に濡れた私の袂も乾いて、今日こそは着ましょう)

という歌とともに、翁に皮衣を渡しました。

 かぐや姫は皮衣を見ても、特に表情を変えることもありませんでした。

「麗しい皮です。本物の皮かどうかは分かりませんけれど」

 翁はそんなかぐや姫をなだめるように、「とにもかくにも、まずは招き入れましょう。世間に見当たらない皮衣の様子じゃから、これは本物だ、と思いなさい。人をあまり悲しませるものじゃないよ」と言いました。

 傍で見ていた媼も、「今回はきっと結婚する」とうきうきしておりました。かぐや姫は言いました。

「この皮衣を火に焼いて、焼けなければ本物だと思って、仰せに従いましょう」

 せっかく手に入れたものを焼くというので、右大臣は少し難色を示しましたが、かぐや姫の言うことに従わないわけにはいきません。なにより、自信を持って本物だと思っていたので承知しました。

 そこで火の中にくべて焼かせたところ、皮衣はめらめらと燃えました。

「やっぱり、偽物の皮でしたわね」

 かぐや姫はにっこりと微笑みました。

大臣の顔が血の気が引いて草の葉の色になる一方、かぐや姫は「まぁ嬉しい」と、くすくす笑いました。機嫌のいいまま筆を取ると、大臣が詠んだ歌の返歌を、さらさらと書きました。

“なごりなく 燃ゆと知りせば皮衣 おもひの外におきて見ましを”

(皮衣が思いのほかにあっけなく燃えると知っていたら、火の外に置いて眺めていましたのに)

 大臣は肩を落として帰っていきました。


 大伴御行の大納言は、自分の家にありとあらゆる臣下を集めて、「竜の首に五色の光有る珠があるという。それを取って来た者は、望みを叶えてやろう」とお触れをだしました。旅立つ者たちには、道中の食糧に加え、殿中の絹、綿、銭などある限り持たせました。

 臣下たちは出発したものの、「こんな物好きなことをなさって。主君といえど、こんな横暴なことを仰せになるとは」とこぼし合い、真面目にやる必要はないという結論に達しました。支給された物を分けあって、ある者は自分の家にこもり、ある者は自分の行きたいところへ旅立っていきました。

 当の大納言はというと、「かぐや姫を迎えるには、並の家では見苦しい」と言って、麗しい屋敷を作りました。壁には漆を塗り蒔絵を施し、屋根の上は色々に染めた糸で葺かせました。内装は、言葉にも出来ない程の綾織物に絵を描いて、部屋ごとに張りました。かぐや姫と確実に結婚するため元の妻たちを追い出し、独りで暮らしていました。

 臣下たちが戻るのを今か今かと待っていましたが、年を越しても音沙汰がありません。我慢できなくなった大納言は、護衛二人を連れて難波の港に行き、「大伴の大納言の臣下が、船に乗って竜を殺して、その首の珠を取ったと聞いているか」と問いました。船長は「奇妙な話だな。そんな仕事をする船などない」と答えました。大納言は腹を立てて、「我が弓の力ならば、竜がいれば射殺して、首の珠を取れる。遅いヤツらを待っているものか」と言って、自ら船に乗りこみました。

 どんどんと航海するうちに、謎の疾風が吹き、様子がおかしくなりました。嵐が起き、風は船を海中に引き込むべく渦巻いて、雷がとどろきました。船長は「今まで何年も船に乗ってきたが、こんなひどい目に遭ったことはない。これはきっと、竜を殺そうと探したからだ。疾風も竜が吹かせているのです。早く神に祈りなさい」と青ざめた顔で言いました。大納言も恐怖に震え、「舵取りの御神、聞こしめせ。恐れを知らず、心幼く、竜を殺そうと思っておりました。今より後は、竜の毛一本にすら触りませぬ」と、祝詞を唱えて祈りました。何度も繰り返していると、ようやく雷は鳴りやんだのです。

 三、四日後、ようやく船は岸辺に戻りました。ほうほうのていで呻き呻き担がれて、大納言はなんとか家に帰りました。それを聞きつけた臣下たちが次々に帰ってきて、「竜の首の珠を取れなかったからこそ、屋敷へも参れませんでした。珠が取り難いことをお知りになったからには、クビにされることもないだろうと参りました」と報告しました。大納言はぐったりして言いました。

「お前たち、よく竜の首の珠を持って来ないでいてくれた。竜は雷神の類であった。その珠を取ろうとして、多くの人々が殺害されそうになった。あれは、かぐや姫なんていう大悪党が、人を殺そうとする企みだったのだ。あの女の家の辺りさえ、今後は通るまい。お前たちも行くんじゃないぞ」

 これを聞いて、離縁された元の妻は、腹を抱えて笑いました。糸を葺かせて造った屋敷は、鳶、カラスの巣に、糸を皆くわえて持っていかれてしまいました。


 中納言 石上麻呂足は、家に仕えている男衆に「ツバメの持つ子安貝を取るため、ツバメが巣食ったら報せなさい」との命を下しました。ある人が「大炊寮の飯炊屋の棟の、束柱ごとにツバメは巣食います。そこに真面目な男衆を率いていって、足場を組み上げて覗かせれば、卵を取ることができるでしょう」と助言したので、中納言は言われたとおり、男衆を派遣しました。

 ところが人が多数見ているのに怯えて、ツバメは巣に上ってきません。中納言が「どうしたものか」と思い悩んでいると、寮の官人が「これでは、取らせることは出来ませぬ。足場を壊して人を退かせ、真面目な一人だけを粗籠に乗せて、綱を取り付けて、鳥が卵を産む瞬間に綱を吊り上げさせて、サッと取るのがよろしいでしょう」と助け舟を出しました。

 中納言は「名案です」と喜びました。しかし籠に人を乗せてツバメの巣に手を探させても、「何もありません」と言うばかり。中納言は、「探り方が悪いからです」と腹を立て、自ら探すことにしました。籠に乗って様子を窺っていると、ツバメが産卵する気配がありました。それに合わせて手を上げて探ると、手に平たいものが触ったではありませんか。

「私は何か握ったぞ。すぐに下ろしなさい。やりましたよ」

 中納言が叫ぶと、下にいた男衆たちが思いきり綱を引きました。すると力が強すぎて綱が切れ、あっという間に中納言は地面に落ちてしまいました。

 人々は駆け寄って中納言を抱き起こしましたが、白目を向いて失神していました。水をすくって口に入れると、かろうじて生気が戻りました。

「意識はありますが、腰が動かせない……。けれど、子安貝を取れたから、何よりです」

 そう言って、頭をもたげて、手のひらを広げたところ、そこにあるのは子安貝ではなく、ツバメがしておいた古糞でした。

 貝ではないことを見ると意気消沈し、結果、腰の骨も折れたまま治りませんでした。なにより、子供じみた行動をして失敗に終わったことを、人に笑われるのではないかと、中納言は気に病み、日に日に衰弱してしまいました。

 これをかぐや姫が聞いて、お見舞いの歌を送りました。

“年を経て 波立ち寄らぬ住の江の まつかひなしと聞くはまことか”

(長い間、波の打ち寄せない住吉の松のように、お立ち寄りになりませんでしたが、待つ甲斐もないと聞くのは本当でしょうか)

 それは、病床の中納言をますます落ち込ませるものでした。息も絶え絶えのなか、人に紙を持たせて、中納言はかろうじて返歌を書きました。

“かひはかく ありけるものをわび果てて 死ぬる命をすくひやはせぬ”

(甲斐/貝はこのように、姫からのお見舞いを得られたのだから有りましたのに、悲嘆のあまり死ぬ命を救ってはくださらないのですか)

 そう書き終えると、ついに息が絶えてしまったのです。

 翁はバツが悪そうにこの話をかぐや姫に伝えました。間接的に大納言の死をもたらしたように思ったようで、しきりに「あわれなことじゃ」「まこと残念よ」と呟きながら、部屋を出ていきました。

 ひとりきりになったかぐや姫はしばらく指で髪の毛の先を弄んでいましたが、ふうと息を吐くと、御簾に頭を預けて、そっと目を閉じました。

「ばかね。けっして叶うわけがないのに。わたしなどのために、可哀想に」

 頭上には、骨のように白い半月が、闇夜に透けておりました。


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