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第一話

 むかしむかし、あるところに竹取の翁という者がおりました。彼は野山に入って竹を伐採し、売って生計を立てていました。けして裕福ではありませんでしたが、妻の媼とふたり、慎ましく暮らしていました。唯一不満があるとすれば、それは子宝に恵まれなかったことでした。

 あるとき翁は竹藪の中に、不思議な一本の竹をみつけました。その竹は内側に灯りをともしているかのように、根元の部分が発光しているのでした。驚いた翁が中を覗くと、手のひらにおさまるほど小さい娘が座っておりました。

 それはたいそう可愛らしい娘でした。人形でも、これほど目鼻立ちの整った顔立ちは作れまいというほどでした。さらに、全身からあわやかな光を発しているのです。一目見て、これは何か聖なるものである、ということが学のない翁にもわかりました。

 翁と目が合うと、娘は静かに微笑みました。幼い見た目に反して、その笑みは位の高い貴婦人を思わせました。まるで、翁にみつけられることを最初からわかっていたかのようでした。

「こうしてお会いしたということは、この翁めに、何か役割があるということでしょうか」

 翁の言葉は、問いかけるというよりも独り言の類でした。翁がおそるおそる手を伸ばすと、娘は抵抗もせず、手の中におさまりました。翁は善良で信心深い人間だったので、娘を家に連れ帰って、大事に育てることにしました。

 娘はとても小さかったので、籠に入れられて育てられました。ひな人形のような娘がちょこんと座している愛らしさといったら、手を合わせて拝みたくなるほどでした。細めた目のまつ毛の長さ、桜色の上品なくちびる、真珠のように光り輝く白い肌の美しさは、このまま成長したら、いったいどんなことになるでしょう。翁も媼も、目の中に入れても痛くないくらいに可愛がりました。かいがいしく自分の世話をする翁と媼を、娘はいつも静かに微笑んで見つめていました。


 娘はぐんぐん成長し、三か月ほど経った頃には普通の人間の背丈になり、言葉を話すようになっていました。娘の浮世離れした美しさは、翁に気分が悪く苦しいことがあっても、娘を見るとおさまるほどでした。娘がただ座っているだけで、家じゅうに光を満ちるのです。たとえ帳の陰にいても、光がはみ出してしまう有様でした。そんなことから、娘はいつしか賛美と畏敬を込めて、「かぐや姫」と呼ばれるようになりました。墨で塗ったような夜の闇ですら、照らし出してしまう存在だったからです。

 時を同じくして、翁は黄金の詰まった竹をいくつも見つけ、豊かになっていました。翁は立派な屋敷を建て、中庭に面した、屋敷の中で一番日当たりのいい部屋をかぐや姫に与えました。翁はほかにも、美しい着物や、珊瑚でできた髪飾り、腕の良い職人がこしらえた櫛など、年頃の娘が喜びそうなものを買い与えようとしました。しかしかぐや姫は遠慮してすべて断るのでした。

「姫や、ここにあるのはみんなあなたのものです。欲しいものは何でも言っていいのだよ」

「いいえ、不要です。お金は、お父様たちのために使ってくださいまし。それがわたしのせめてもの親孝行です。わたしは何も返せるものがないのですから」

「おお、なんという心の清らかな娘だろう」

 翁と媼は、うれし涙さえ流しながら、かぐや姫の心がけを褒めそやしました。かぐや姫は目を細めたあと、思い出したように付け加えました。

「もしも、ほんの少し我儘を聞いてもらえるなら、着物や櫛の代わりに、書物をいただきたく存じます」

「勉強熱心で感心な子だ。もちろんいいとも」

 なので翁の屋敷には、贅沢品の代わりに、たくさんの本が運び込まれました。物語、和歌集や漢詩集、仏教の経典まで、ありとあらゆる書物が並びました。かぐや姫は日ごとにそれらをめくっては、中庭からの風に静かに吹かれているのでした。


 立派に成長したかぐや姫が、いよいよお披露目されることになりました。祝宴は、それはそれは立派なものでした。あらゆる娯楽が催され、町中の人が呼ばれました。訪れた誰もが、かぐや姫の美貌にハッと息を呑み、続いてうっとりした眼差しでみつめました。

 男も女も、かぐや姫と話したがりました。

「どうしてそんなにお美しいのですか」

「ご趣味はなんですか」

「今度一緒に祭へ出掛けませんか」

 かぐや姫はあらゆる質問と賛辞を、微笑みをたたえて受け取りました。自分から何かを語ることはほとんどありませんでした。喋れば喋るほど、姫が大きな瞳でじっと見つめてくるので、相手は気恥しくなってみずから話を撤収することがほとんどでした。それでも、会話の最後にかぐや姫が鈴を鳴らすような声音で「楽しゅうございました」とささやくのを聞けば、ぽおっとなって満足してしまうのでした。

 美しく、清楚で、控えめ。「あれこそが本当の気品というものだ」と、人々は口にしました。かぐや姫がいかに素晴らしいか、帰路につきながら皆が語り合いました。

「姫は俺の話を楽しそうに聞いてくれたぞ」

「嘘言え。俺のほうが姫を楽しませた」

「姫様があんたたちの武骨な話に興味なんてあるかい。あたしら女同士の話こそ盛り上がったよ。最後までニコニコと聞いてくれて、本当にやさしいお方だった」

 かぐや姫がほとんど自らを語っていないにもかかわらず、誰もがかぐや姫をよく知ったかのような口ぶりでした。

 盛大な宴会もようやくお開きとなりました。老父母に就寝の挨拶をし、かぐや姫がようやく自室でひとりになったとき、時刻はすでに夜半でした。かぐや姫がふすまを開くと、夜空には小刀で切りだしたような細い三日月がありました。かぐや姫はしばらく月を見つめていました。そして自分自身にも聞こえないくらいの小さなため息をひとつ、つきました。


 かぐや姫の噂はあっという間に広まり、世の男性は貴い者も賤しい者も、どうやったらかぐや姫を手に入れられるだろうか、逢えるだろうかと、心惑わされました。かぐや姫はあの祝宴以来、人前に姿を現すことはありませんでしたので、男たちは昼夜かかわらず翁の屋敷のまわりをうろうろしたり、垣根の隙間から屋敷の中を覗こうとするのでした。

 ゴミ捨て場からどうにか家に入れないか画策したり、屋根に登ろうとする者も現れましたが、守衛たちに追い返されるばかりでした。屋敷のそばで夜を明かしてかぐや姫を待つ貴公子も多くいましたが、どれだけ頑張っても梨のつぶてなので、ひとり、またひとりと、来なくなっていきました。

 しかし、その中でますますかぐや姫への期待が高まっている者たちもおりました。それは色好みと言われて有名だった、石作の皇子、庫持の皇子、右大臣阿部御主人、大納言大伴御行、中納言石上麻呂足の五人でした。会えなければ会えないほど、かぐや姫への想いは募りました。ろくに食べることもせず思い悩み、屋敷に通いつめ、手紙を書いて送っても、返事はありません。それでも、真冬の大雪や、真夏の日照りにもめげることなく、通い続けているのでした。

 翁を呼び出し、「お嬢さんを私にください」と我先に伏し拝み、手を擦り合わせて頼んだこともありました。しかし翁も困った顔で、「私の実の子ではありませんから、言うことを聞かないんです」と返すしかありません。それでも、男たちは「そうは言っても、最後には結婚させるはずだ」と思って、ひたむきに誠意を見せて通い続けました。


 これを目にして、さすがの翁も、かぐや姫に言いました。

「姫や。お前は仏様から預かった娘ではあるけれど、今まで育ててきた恩を少しでも感じているなら、爺の申すことをお聞きなさい」

 かぐや姫はこの頃、外国語の書物も読めるようになっていました。読んでいた中国の歴史書から顔をあげると、その鈴を鳴らすような声で言いました。

「お父様の仰ることなら、承知しないはずがありませんわ。本当の親だと思っておりますもの」

「嬉しいことを言ってくれるものじゃ」

 翁の目尻に皺が寄りました。翁は手をこすり合わせながら言いました。

「爺は、年が七十を過ぎました。今日とも明日とも知れぬ命です。この世の人は、男は女と結婚し、女は男と結婚します。そうして家が栄えていくのです。どうして、それをしないでおられる」

「わたしに結婚しろ、とおっしゃるのですか」

 かぐや姫の口元から、ふっと微笑が消えました。

「仏の化身といえども、女性です。爺がこの世にある限りは、こうして暮らしていることもできるでしょうが……。あの方たちが長い年月を経ても通ってきておられることをよく考えて、誰か一人と結婚なさい」

「わたしは美人でもないのに、愛の深さも知らないで結婚して、浮気でもされたら、後で悔しいこともあるだろうと思うだけです。社会的に認められている人でも、愛情の深さを知らないままでは、結婚するのに抵抗があります」

「美人でもないなどと、よく言うものじゃ」

 年頃の娘らしい頑なさだと思って、翁は笑いました。

「それに、姫のいう愛の深さとはどのようなものですか。こんなに求愛してくださっていること自体、愛情深さの証明だろうに」

 かぐや姫は居ずまいを正すと、目を細めて言いました。

「わたしが望むのは、たいそうなことではありません。あの方たちの愛情はみなさん同じくらいに見えます。その中で、どうやって、一人に決めることができるでしょう。ですから五人の中で、わたしの望むものを見せてくださった方と結婚します」

「それは名案じゃ」と、翁は承諾しました。ニコニコしながら部屋を出ていく翁を、かぐや姫は黙って見つめていました。

 日が暮れる頃、例の五人が集まりました。ある者は笛を吹き、ある者は歌をうたい、ある者は口笛を吹いていると、翁が出てきました。

「もったいなくも、むさくるしい所に長い間お通いくださったこと、まことに恐縮でございます。結婚相手に関して、かぐや姫から条件がございます。姫の望むものを持ってきていただいた方と結婚したいと申しております」

 五人は「名案です」と承諾しました。

 翁がかぐや姫にそのことを伝えると、かぐや姫はそれぞれに望むものを挙げました。

 いわく、石作の皇子には、仏の御石の鉢を。

 庫持の皇子には、東の海の蓬莱という山にあるという、白銀を根とし、黄金を茎とし、真珠を実として立っている木の枝を。

 阿部御主人には、唐土にある火鼠の皮衣を。

 大伴の大納言には、竜の首に五色に光る珠を。

 石上の中納言には、ツバメの持っている子安の貝を。

「難しいことじゃ。どれも、この国にあるものでもない。こんな難しいことを、どうして伝えられよう」

 翁は弱りましたが、かぐや姫は涼しい顔で言いました。

「難しいなら、それまでのことでしょう」

 翁は仕方なく五人のもとに戻り、「このように申しております。申し上げたようにしてみせてくだされ」と伝えました。かぐや姫の条件の難しさに、五人の貴人たちは「素直に、二度と家の辺りをうろつくな、と仰ってくれればいいのに」とがっかりするほかありませんでした。

 あとから翁に話を聞いた媼は、かぐや姫に問いました。

「大変なものをご所望されたものですね。姫が一番欲しいものはどれなのですか」

 かぐや姫は小首をかしげました。

「さあ、どうでしょう」

「五人の方は、みな評判の殿方ですよ。一人くらいはお気に召した方がいらっしゃるのでは?」

「わたしはこの家でお父様お母様と静かに暮らせれば、それで充分なのです」

 かぐや姫の健気な言葉に、媼は涙ぐみました。

「嬉しいことを……。ですけれど、爺も婆もいつまでも生きられるわけではないでしょう。立派な伴侶をみつけて幸せになってもらうのが、老父母の願いでもあるのですよ。それに、あなたも一度恋してみればわかります。ときめいて、心がはずんで、たいそう素敵なものですよ」

「まあ、お母様ったら、恋だなんて」

 いつもくちびるを三日月のようにして微笑むかぐや姫が、珍しく歯を見せて笑ったので、媼は驚きました。ひとしきり笑ったあと、かぐや姫は独り言のようにつぶやきました。

「何もいらないわ」

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