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01



「これが私達のハンガー。そして…あれが貴方の機体よ」


基地司令、飛行隊長への挨拶もそこそこに所属部隊を告げられた傭兵達は各々の機体がある格納庫(ハンガー)へ向かっているだろう。


俺もご多分に漏れず、二番機だという戦乙女−−ウラガンを伴ってハンガーへ到着し、自分の棺桶とご対面中である。


Su-27−−何処となく旧日本海軍が誇った艦上戦闘機の零戦を彷彿とさせる完璧な空力ラインだ。


これのライバルとでも言うべきF-15は無骨で所々、角張ったラインが特徴。


それを鑑みるに…前者は貴婦人、後者は騎士といったイメージを持つ。


機体に掛けられた梯を昇り、コックピットに滑り込む。


システムを起動させ、エンジンをふかすと、左右のペダルを交互に踏み、操縦桿を動かして三柁(エレベーター、エルロン、ラダー)の調子を確認。


…問題なし、エンジンのフケも良好だ。


システムダウンして、梯を降りると機体周りを調べる。


その時に気付いたが、俺の機体の後方にある彼女の愛機もSu-27だ。


「−−…ところで、整備兵は何処だ?」


「ちょうど休憩時間だから…きっと食堂あたりね。でも、どうしてそんな事を?」


主翼下の諸兵装を懸架するパイロンを確認しながら尋ねたが、逆に返される。


「あん?…パイロットは整備兵と仲良くならないとな。連中の不評でも買ってみろ、たちまち空で散華する事になっちまう。…ボルト脱落なし…」


「…散華…ね」


指差し確認しつつ答えると、彼女が何事かを呟いたのが聞こえたが…何を言っていたのかは判らなかった。


「…ねぇ、飛行時間を聞かせて貰っても良いかしら?」


「飛行時間?…500時間…だったか?」


「たったの500ですって!!?」


「あぁ、そっちは?」


「総じて1100時間よ!!もう…なんで、こんな奴と部隊が一緒なの!!?しかも一番機だなんて…!!」


「俺に聞かれても困る…。基地司令か飛行隊長にでも言ってくれ」


「えぇ、そうさせてもらうわ!!!」


肩を怒らせ、足音も乱暴に彼女がハンガーを出て行った。


まぁ…500と1100では経験が違うと思われて仕方ないか。


だが…空でなんの戦果もなく、いきなり特務がつくとはいえ中尉になった理由を考えるべきだと思う。



…取り敢えず一服しよう。


ハンガーから出て、フライトスーツのポケットを漁り、ジッポと煙草を取り出す。


一本を銜え、火を点けると吸い込んだ紫煙を吐き出す。


「…………」


左腕に巻いた腕時計の針を見ると……時刻は0325時。


今日のフライトは無理そうだな。


なにせ日没が迫っている。


…まぁ夜間飛行訓練をするなら話は別だろうが。


暗視装置を使わずとも計器を見れば、現在の高度、進路、速度、その他諸々は判る。


だが……やはり暗闇というのは人間の感覚を麻痺させてしまう。


慣れていない機体を飛ばすのに、そんなリスクは背負わずとも良いだろう。


−−不意に聞こえた足音と感じた人間の気配。


「−−アンタが新入りのパイロットか?」


宿舎等の居住スペースが設けられた方角から歩いてくる痩せた壮年の男がオイルで汚れたツナギを着て歩いて来る。


「あぁ、そうだ」


「…日本人…か?」


「なにか問題でも?それと“元”をつけろ」


「そいつは申し訳ない“特務中尉殿”」


ラフな敬礼をされたので俺も軽く返礼する。


「整備兵か?」


「あぁ。フルネームは省かせてもらう。長ったらしくてな。俺はレオニードだ、階級は曹長。宜しく中尉殿」


「宜しく。俺は……あぁ、ネームプレートを見れば判るか」


フライトスーツの胸元に縫い付けたネームプレートを読んで階級が判ったのだろう。


なら自己紹介は不要か。


「なんとお呼びしますか、中尉殿?」


「どうせ傭兵だ。階級での呼称は必要ない。TACのHoundで良い」


「ハウンド…英語で猟犬…ここらしくсобачка(サバーカ)にしたらどうだ?」


「…それでは、ただの犬だろう。それに猟犬(アホーチニチヤ・サバーカ)だと長くて仕方ない」


「…まぁ確かにな」


「俺としても呼ばれ慣れてる方が良い。…吸うか?」


「あぁ、悪いな」


取り出した紙ケースから煙草を一本覗かせて、曹長へ勧めると彼はそれを抓んだ。


銜えられた煙草へジッポで火を点けてやると曹長は深く吸い込み……やがて紫煙を吐き出した。


「…滑走路とかハンガーだと中々、吸えなくてな…」


「……まぁポイ捨てしなければ大丈夫だろう」


「違ぇねぇ」


紫煙を吐き出しつつ彼は唇を歪め、微笑を零す。


「そういや……お前さんの二番機は?」


「あん?…あぁ…おそらく基地司令の所だろう」


「親父さんに直談判か…」


「…親父?」


「愛称とかじゃなくて、中尉は司令の一人娘だよ。代々、軍人家系らしい」


「へぇ…」


「なんだ知らなかったのか?…ってか司令に挨拶はしたんだろ?」


「知りたいと思わないし興味もない。加えれば…司令への挨拶より俺は“こっちの方”が重要だった」


「流石は傭兵…淡泊だねぇ…」


「誉め言葉と受け取っておこう」


苦笑しながら短くなった煙草を携帯灰皿へ放り込み、それを隣の曹長へ渡す。


……あぁ…そういえば…確かに基地司令の姓名には彼女のそれと同じモノがあった……気がするな。


親の七光りで昇り詰めたか…それとも実力か…。


いずれにせよ行動で示してもらうとするか。










「−−どういう事ですか!!?」


なにかを殴打する音が基地司令のオフィスに響き渡る。


「何故、あんな男が一番機なのですか!!?」


センターテーブルへ両手をつき、ベレゾフスキー中尉−−ウラガンは声を荒げ、眼前で何食わぬ顔をしつつ書類仕事に没頭する基地司令を睨む。


「…どうもこうも…貴官より実力と経験が上だからだ」


「実力と経験が上!!?あんな傭兵がですか!!?しかも飛行時間がたった500時間の!!?」


「…まぁ異論はあるだろうが、これは“命令”だ」


「ッ!!?」


軍人にとって命令は絶対。


その言葉が発せられた瞬間、どんな不条理でも受け入れるしかない。


彼女は拳を握り締めると顔を強張らせつつ姿勢を正す。


「…了解しました、大佐」


「宜しい」


彼女と同じ金髪を短く刈り上げ、痩せた身体をした基地司令は短く声を発した。


「……サーシャ」


「……はい」


基地司令の彼女に対する呼称が変わった。


「…お前の実力は認める。だが……彼とお前では経験が違うんだよ」


あくまで穏やかに子供へ言い聞かせるが如く、彼は書類から眼を離し、ウラガンに声を掛ける。


「……どういうこと?」


彼女が事の真意を尋ねると彼は引き出しからファイルを取り出す。


それをパラパラと捲り−−詳細な調査報告が書かれたページで指を止める。


「ショウ・ローランド。本職とする兵科は歩兵−−特に狙撃を専門とする。正式な軍歴は無し。しかしながら各国における紛争・内戦で確認出来るだけでも500名以上の戦果をあげている。某国では陸軍特務大尉を拝命。尚、戦闘機等の航空機操縦にも造詣が深く、小規模ながら数回の空戦を経験。確認されている撃墜数はヘリも含め、現在12機」


どうやって調べ上げたのか−−そう思わざるを得ない情報量だ。


「……お前の撃墜数は?」


「…6機…」


「逆にローランド中尉はお前の倍だな」


ファイルを閉じた彼はそれを引き出しに戻すと机上で両手を組む。


「…撃墜数だけがパイロットの本質を見抜く物差しではない事は私も承知している。だが…ひとつの評価には繋がる」


「……………」


「お前の個人的な気持ちはどうでも良い。中尉は一番機だ」


「……………」


「出来るだけ彼とコミュニケーションを取れ。お互いを理解できるよう気を配るんだ。…判ったな?」


「………はい…」


「…下がって構わない」


「…失礼します」


溜息を零した司令へ彼女は敬礼すると踵を返し、オフィスを退室して行った。


「……ふぅ…」


司令は二度目の溜息を零し−−おもむろに煙草を銜え、マッチで火を点けた。


マッチを軽く振って消火すると、その燃え止しを灰皿へ放り、煙草を指の間へ挟みつつ紫煙を吸い込み−−吐き出す。


「……まさか…とは思ったが……“彼女”の息子だとは…」


ふと彼は机上に置かれた写真立てへ視線を移した。


写真には戦闘機−−MiG-25の前でヘルメットを抱え、フライトスーツに身を包んだ女性が写っている。


「…パヴロワ大尉……これは貴女の導きですか?」







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