表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君色空  作者:
8/8

最終話


公園に彼の姿はなかった。



私は上がる息を抑えながら、よろよろした足どりでブランコの方に向かう。



半年振りの公園だった。



ここで私は彼と出逢った。

あれが全ての始まりだった。



ブランコに腰掛ける。



ブランコの鎖に手をかけ、地面を軽く蹴った。

ぎぃ、という音が、心に切なく反射する。

私は上を向きながら、ブランコをこぎ始めた。



やっぱり、逢えないみたい。



張り詰めていたものが、一気に解かれてしまった。



目から涙が一粒零れ落ちた。



すると、ぽたり、ぽたり、と次から次へと流れだし始める。

クラスメイトへのサヨナラは、あんなに簡単だったのに、

どうしてこっちは上手く行かないのかな・・・。



ただ、伝えたいだけなのに。



聞いてもらいたいだけなのに。



私は空を見上げた。

涙が、零れないように。

それでも涙は溢れ出す。

言葉にならない彼へのサヨナラが、結晶と化したかのように。

 



涙を拭こうと、制服のポケットからハンカチを取り出そうとした、その時だった。



「僕が君に逢うと、君はいつも泣いているね。」



あの優しく響く旋律。

何もかもを包んでくれる、暖かい眼差し。

顔を上げると、そこには彼がいた。



「久しぶりだね、由理さん」



相変わらずの笑顔がそこにはあった。



彼の右手に、もう白い杖が握られていなかった。



「見えるように、なったんですね・・・。良かった」



私は座ったまま下向き加減で言った。



伝えたい言葉がたくさんあるのに。

それでも口をつくのはそんな言葉。



彼の目を直接見ることができなかった。

見てしまえば、言葉よりも先に、泣いてしまう、そう思ったからだ。



すると彼は、いつの間にかブランコの周りに立てられた、

小さな柵を飛び越え、私の方に近づいてきた。

そして私の前にしゃがんで、こう言った。



「今日、僕は卒業式だったんだ。君もそうだっただろう?」



彼の視線があの時と変わらない。凝り固まっていた心が、ほぐれて行く。



「今日僕は、高校の卒業と一緒に、勇気の無い自分から卒業しようと心に決めてたんだ」



違う、貴方に勇気が無いなんてそんな事・・・。

それらの言葉を言いかけて止めた。彼が立ち上がった。



「顔を上げてくれる?」



私はためらった。怖い。

今顔をあげれば、見られてしまう。

この醜い私を。

でも、どっちにしたって、彼が私を許してくれるはずがない。

そうだ、私は伝えなきゃいけないことがあるんだ。

言わなきゃ、帰れない。私は思い切って、顔をあげた。



彼の綺麗な瞳の中に、泣き顔の私が写っていた。



「・・・思っていた通り」



彼は立ち上がり、私の頭にぽん、と手を乗せた。



「誰よりも美しい瞳。端正な顔立ち。水のように艶やかな黒髪。」



彼が優しく頭を撫でる。私の目から、再び涙が零れた。



「だから、もう泣かないの」



そう言うと彼はまたしゃがみこみ、両手で私の頬を押さえた。



「僕は君の笑顔を見たい。だから、泣かないで」



その優しさが、余計に私の心の栓を緩めてしまうってことに、彼は気がついていない。



蚊の鳴くような声で、私は言った。



「ごめんね・・・」



彼が微笑みながら、私の頬をつたう涙を拭う。



「謝る必要なんて無いよ」



そう言うと、彼は再び立ち上がり、私の右手を両手で握った。



「立ってもらっても良いかな」



言われるがままに立ち上がった。

穏やかなその瞳に、吸い込まれそうになりながら。



「目が見えるようになったら、言おうと思ってたことがあるんだ」



彼はそのまま手を離さず話を続けた。海に舞う潮風が、私たちの間を通り抜けていく。



「初めて出逢ったあの日から、君の色を見たあの瞬間から、君のことが好きなんだ」



その瞬間、時が止まった。波も、風も、雲も、全てが動きを止めた。



「・・・え・・・」



私の思考回路まで、凍り付いて動かなくなっている。



今、彼はこう言った。キミノコトガスキナンダ・・・。



「僕は怖かった。

自分の想いを口にすれば、君を傷つけてしまうんじゃないかって。

ずっと怖くて、勇気が出なかった。

でも、それは違う。

君を傷つけて怖かったんじゃない、君を失った時に自分が傷つくのが怖かったんだ。

でも、それじゃ駄目だって、先生にも言われた。

だから、今日僕は君に伝える」



彼が大きく息を吸う。



「僕は君のことが好きだ。

だから、もし良ければ、君の傍に、ずっといさせてもらえないかな」



凍り付いていた思考回路が、動き始めた。



それは、私が一番君に伝えたかった言葉。

それを君が口にした。彼の手を強く握る。

あの時、握り返せなかった手は、今の方がずっと暖かい。



「私も、私も・・・」



胸から溢れ出す想いの一つ一つが、舌の上で言葉になり損ねていく。



そんな私を見て、彼は微笑みながら両手を私の首に回した。



「ずっとずっと、君色の空を見ていたい」



暖かい香りが、私の全身を力強く包み込む。



それは、あの日見たあの大空よりも暖かく、

あの日私の闇を裂いた光よりも、優しかった。



「私も、ずっと・・・」



真っ暗だった底の中に、か弱い光が私の右手に注がれるのを感じた。



夢の中で感じた、あの光が、再び私の元に帰って来た。



そっと手の平を開けてみる。

その光は次第に強くなり、気がつけば私の全身を包み込んでいた。



私は立ち上がり、両手を広げ、上を向く。

降り注ぐ光を全身で受け止めた。

柔らかい色彩が、辺りに咲き始めて行く。



一点の陰もない、暖かな光に溢れた世界が、そこにはあった。



そしてその世界には、最高の美しい空が、永遠に消えることの無く、無限に広がっている。



君色に染まった、美しい空が。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ