第6話
彼と別れてから、時は無機質な音と共に、私を追い立てて来た。
季節は変わり、とうとう冬も終わりを迎えようとしている。
私の高校生活も、幸いなことに、あと数週間足らずで幕を閉じようとしていた。
春になれば、また新しい場所で、新しい生活が始まる。
私はクラスの大半が進学する付属大学を避け、隣の県の大学へ進学が決まっていた。
彼とは、あの別れた日以来、一度も会っていない。
彼の手術が成功したかどうかも、私には分からない。
ただ、彼の手術はきっと成功している、と妙な確信を、私は抱いている。
特別勘が鋭いって訳じゃないけど、多分これだけは当たっている。
きっと彼は、あの美しい目で、大好きな空と海と砂浜を眺めていることだろう。
彼が幸せになってくれれば、それで良い。
彼の目には、美しいものだけが映しだされなければならない。
間違っても私みたいな「ブス」女は、彼の目の邪魔になるだけ。
多分これで良かったんだと思う。私は間違った選択をしていない。間違った選択は・・・。
相変わらず教室の空気は私を排除しようとするものだけど、
いつの間にか気にならなくなった。
嫌な言葉を投げつけられても、それらは私の耳を通り抜け、すっと空へ向かう。
それでも時々、どこかに引っかかってしまうこともあった。
そんな時、私はいつも、空を見上げる。
もうあの時の暗い空はない。
そこにはいつも私の全てを受け入れてくれる、あの暖かな空がある。
しかし、彼と一緒に見た空の色と、どこかが少し違う気がした。
一人で見るそれは、あまりにも広大で、十分すぎた。
彼の姿は、ピンぼけした写真のように、ぼんやりと映し出され、そして儚く消えていく。
どんなに思い出しても、それは変わらない。
あの時感じていたぬくもりも、彼の優しさも、全て過去となってしまったのだろうか。
もうあの頃には、戻りたくても戻れない。
君の声も、君の姿も、全てが想い出となり、心の奥深くに眠り続けていく。
それが、もしかしたら、私が迎えられる、最高のハッピーエンディングかもしれない。
君がくれた彩りも光も、ずっとずっと、忘れないから。
そして、とうとう、卒業式の日を迎えた。
周りの皆は嘘で出来ている涙をたくさん流し、
卒業という別れに、思いを馳せている振りをしている。
私は早急に式場を出て、学校を出た。
深く深く、胸に入りきらないほどの息を吸う。
やっと完全な自由を手に入れた。
もう2度と会うこともないだろう。
ゆっくりと息を吐き出した。
まだ寒さの残る空に、微かな雲が立ち上る。
クラスメイトたちに、私はサヨナラを告げる。
そして私はある場所へと向かった。もう一つのサヨナラを言う為に。