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君色空  作者:
4/8

第4話

それ以来、私たちはその公園で会うようになった。



公園のブランコに乗って空を見上げることが、



あんなに最高に退屈な幸せを感じることができるなんて。



雨の降る日は、喫茶店で何時間も他愛無い話題に、夢中になった。



彼は沢山の事を知っていて、それら1つ1つを、丁寧に話してくれた。



通っている高校のこと、友達のこと、昨日の夕飯のこと、社会問題のこと、



そして、彼が失明した理由も。



彼はまるで天気の話をするかのような口ぶりで言った。



「僕さ、小さい頃から空が大好きで、空を見上げながら歩いていたら、

車に引かれちゃってさ、それで視力を失ったんだよね」



それを聞いて何を言えば良いのか迷っていると、朗らかな笑い声が返ってきた。



「君といると、何でも話したくなってしまうんだ。何故だろうね」



彼の優しさが奏でるその笑顔、その声に、私の心の闇は消え始めていた。



まるで、暗闇を照らす光のように、彼の全てに眩しさを覚えた。

 


彼と一緒に見る物は、すべてが彩られ、眩しいほどの光を放つ。



空も、海も、砂浜も、全てが美しかった。



時々私たちは人の少ない砂浜に寝転び、空を見上げた。



そして、その度に私は祈った。この時間が、永遠に続きますように、と。



彼の傍にいたい。



ずっと、ずっと。



この安らぎを、いつまでも味わっていたい。



そんな想いが、私の心を占め始めていくのに、時間はかからなかった。



その代わりに、私の中の暗闇は、全て消え去ってしまった、完全な自由を手に入れた、



そう思っていた。



それが、単なる自らの願望であるに過ぎないことも知らずに。

 






夏休みも残るところ1週間となった日、私が公園に行くと、彼はまだ来ていなかった。



いつもならあるはずの笑顔が、そこにはないことに、胸が締め付けられる。



そんな日もあるよね、と自分に言い聞かせ、



しばらく一人でブランコをこいでいると、彼が公園の中に入ってくるのが見えた。



気のせいだろうか、いつもより元気がないように見えた。



「おはよう。どうしたの?私より遅いなんて。珍しいね。」



私はブランコを止め、彼のそばに駆け寄った。



私の声に、彼はいつものように笑顔で答えた。



少し無理の混じった笑顔で。



「うん。寝坊しちゃって。本当ごめん。待った?」



「ううん。全然」



彼はゆっくり歩いて、ブランコの上に腰掛け、そして何も言わずにこぎ始めた。



優しさの宿るその眼差しの先には、私には見えない何かがあった。



しばらくの間、私と彼は沈黙の中でブランコをこぎ続けていると、



彼がブランコを止め、立ち上がった。私もブランコの勢いを弱めていると、彼が口を開いた。



「由理さん」



彼の声に、いつもの穏やかさが聞こえなかった。



あるのは、緊張に強張った言葉の羅列。



「話さなきゃいけないことがあるんだ」



切なげな瞳に、心がぎゅっと縮む。



「・・・どうしたの?」



嫌な予感が胸をよぎる。熱い血が体中を駆け巡った。



「・・・今度、目の手術を受けると思う」



彼が溜息混じりに答えた。私はブランコを止め、彼の隣に行った。



「僕さ、完全に見えてないわけじゃないんだ」



彼は空を見上げた。いつもと同じ、綺麗な空があった。



「光の加減とかは、ちゃんと感じることが出来るんだ。だけどね・・・」



彼が下を向いた。彼がいつもより小さく見えた。



「僕の主治医の先生によれば、この手術は、成功する確率が低いらしい。

成功すれば、目が確実に見えるようになる。失敗すれば、光さえも失ってしまう。

でも、この手術を受けないと、僕は一生目が見えないまま・・・。

だけど、もし失敗して光まで失ってしまうのが怖い。

本当の暗闇になってしまうのが、すごく怖い」



彼が両手で顔を覆う。その手が小刻みに震えていた。



「・・・目が見えるように・・・」



私の心に、消え去ったはずの闇がじわりと広がり始める。



彼の目が見えるようになる。彼の目が見えれば、私の本当の姿も・・・。



醜いこの姿を見せなければならない・・・。私は頭を振った。



彼は「ブス」なんてきっと言わない。絶対言わない。



彼は優しい。私にそんなこと言うはずないじゃない・・・。でも・・・。



「でも、僕は君と一緒に空を見たい。海を見たい。砂浜を走りたい。そして・・・」



彼の手が、私の手の甲に重なった。胸の奥が、じわりと熱くなる。



「こんなにも美しい色を持つ、君をこの目に映したい」



痛いほど正直な彼の言葉が、矢のように私の心に突き刺さった。



射抜かれた心は、深紅の涙を流し始める。



彼の目が見えるようになって欲しい、でも、その時に私は・・・。



「君の色は、よく見ないと、見えないんだ」



私に向けられるその微笑みが、悲しかった。



「君の色は、外からのいろんな色に覆われている。それもほとんどがドロドロした、汚い色に。

でもね、それらの奥に、僕は見たんだ。今まで見たこともないような、美しい空色を。

君にしかない、僕が視力を失う前に見た、あの空よりも、広く澄んだ空色を」



彼の握る手に力が入る。握り返したい。しかし手に力が入らない。



「1週間後、町立病院に来て欲しい。

1番初めにこの目に映すのは、この世で一番美しいのが良いから」



私は彼の手を思い切り振り払った。そして、聞こえないような声で呟く。



「・・・元気で・・・。手術の成功を祈っています」



私は駆け出した。全速力で公園を走りぬけた。



胸に溢れる熱いものを、零してしまわぬように。



背後から私の名前を呼ぶ声が聞こえた。私は振り向かない。



君はきっと言わない。



でも、それでも、私は怖い。



またあの暗闇の中に戻ってしまうような気がして。



君は思うかもしれない。



何て「ブス」な女なんだろうって。



そして後悔する。私と一緒に過ごしてしまったことを。



それが現実になった時、私はどうして良いのか分からないから。



私は走った。



今までの彼との全てを、振り払うかのように。



町を囲む大空が、真紅に染まり始めていた。



まるで、止めどなく溢れ出る涙色が、心を蝕んでいくように。






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