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君色空  作者:
3/8

第3話

あの日から、すでに1週間が経とうとしていた。



私はあれ以来、あの公園を訪れていない。



何度も尋ねようと、家の玄関まで行くのだが、ドアノブに手をかけると、



心の中のもう一人の私が、私の手を動かなくさせてしまう。



万が一公園に居なかったら・・・。



たかが他人、本当に私のことを待ってくれているなんて保障は無い。



彼のあの優しい言葉が、嘘の結晶だと分かってしまったら・・・?



きっと私は傷ついてしまう。



それにまた会ったところで、私は何をしたいの?



別に会ったからって何があるわけでもないし・・・。



そう思うと、手が凍りついたように止まってしまい、出かけられずにいた。



そんな風に日々を過ごしている中、私は1つ決心をした。1度あの公園に行こう。



それで会えなかったら、運命だと思って諦めれば良い。



その方が良い。せっかくの短い自由な日々を、悩んで過ごしたくない。



その日はちょうど雨が降っていた。



久しぶりの大雨だった。午後にはあがると、昨日見た天気予報が言っていた。



だから午前中に行ってしまおう。私は急いで支度をして、外に出た。



こんな雨の中だと、1時間以上はかかってしまいそうだった。



私は傘をさして、雨の中を一人、彼がいないはずの公園へと向かった。



公園に着くと、案の定そこには誰もいなかった。私は安心した。



これで、もう傷ついたりしなくて済む。



しかし一方、どこか寂しいような気がした。



昔、大切にしていたくまのぬいぐるみを、



母に怒られた時に投げてしまい壊してしまった時を思い出す。



雨は相変わらず強く、私の傘を叩き続けている。



ふぅ、と軽くため息をついた。分かりきっていた。



私のことなんか、待っていないことなんて。



公園を出ようと、出口のほうを向いた、その時だった。



「来てくれたんだね」



出口には、傘を差した彼が微笑みながら立っていた。



「忘れられたかなって思ったよ」



彼が私のほうに向かって歩いてくる。



思いもよらない彼の姿に、この前感じたくすぐったさを、背中に感じた。



「ありがとう。しかし今日は生憎の雨だね。でも午後には上がるって聞いたから、

少し公園の近くにある喫茶店で、雨宿りをしませんか?」



耳に響く雨の音が、次第に弱くなっていった。



降り注ぐ雨粒に、彼の優しい一言、一言が戯れ始める。



「・・・はい」



私の返事に、彼は続けて言う。



「それじゃあ、行こう」



私たちは二人同じ足並みで、そろって公園の出入り口を抜けた。






「こんにちは」



公園から歩いて1分もかからない所に、その喫茶店はあった。



古びた感じのその喫茶店の扉を開けると、ぎぃという音ともに、軽やかなベルの音が響いた。



「おぅ、耕志じゃねぇか。いらっしゃい」



中の雰囲気は、まるで昔読んだ童話に出てきそうな、レトロでお洒落な感じだった。



カウンターには黒い淵の眼鏡を掛けた中年の背の高い男性がグラスを拭いていた。



その前にはスーツを着た初老の男性がコーヒーを飲んでいる。



「今日は連れがいるんですねぇ」



初老の男性はこちらを向いて、笑いながら言った。



その言葉に、彼がはにかむ。お店の中は、昔どこかで感じたような、



懐かしい暖かさで満ちている。



「僕はいつもの。君は何にする?」



「私は・・・アイスティーで」



「マスター、アイスティーもよろしく」



彼はそう言うと、こっちこっちと手招きをしながら、



席の方へと歩いていった。ここには来慣れているのか、彼は杖を使わず真っ直ぐ歩いていく。



私たちが座った席は、大きな窓に面していて、



そこには、公園から見えた砂浜と海が、大きく広がっていた。



外からは、かすかに潮の引く音が聞こえる。



私は極力外を見ないようにした。



「僕はここのマスターと知り合いでさ」



にこにことしたその笑顔に、私の世界に存在するあの闇は見えなかった。



「小さい頃、マスターの子供とよく遊んでてね。本当にお世話になったんだ」



コーヒーとアイスティーが運ばれてきた。マスターがぽんと彼の背中に手をかける。



「本当だよ。こいつはいたずらっ子でねぇ。何度迷惑をかけられたか」



ははは、と笑ってマスターはカウンターに戻っていった。



彼は少し恥ずかしそうに、コーヒーをすすった。その姿が可愛らしく、



思わず口元がゆるんだ。それを見た彼が、嬉しそうに言う。



「やっと笑ったねぇ」



彼はもう一口コーヒーを飲む。私はその言葉に少し戸惑った。



「君は哀しそうな色をしている。今にも壊れてしまいそうな、そんな色」



心臓がどきり、と彼に聞こえてしまいそうな、大きな音を出した。



「僕は、目は見えないけど、心の眼は誰よりも見える」



カランカランと、グラスの中の氷が溶けていく音が、心に響く。



「晴れてきたね」



彼は窓の方を見た。いつの間にか雨は上がって、夏の太陽が、顔を出していた。



「君は一人じゃないよ」



薄暗かった喫茶店に、光が差し込む。空中の埃が、光の中をキラキラと舞い踊る。



「ちょっと外に出ない?」



「え?でも入ったばかり・・・」



「大丈夫。また後でマスターに頼んで紅茶を入れなおしてもらおう。マスター、

ちょっと外に出るから。また戻ってくるんで」



彼は強引に私の手をとり、出口へと引っ張っていく。



「おう。分かった」



チリンチリンという音と共に外を出た。太陽の光が目を貫く。



彼は相変わらず私の手を引き、店の裏側へと回った。



そこにはさっき窓から見た砂浜と海があった。



「空を見てごらん」



彼は空を見上げていた。私も同じように空を見る。



雲一つない真っ青な空が、そこにはあった。



「君にはこの空がある」



彼が握る手に、少し力が入る。



「辛かったら、上を向いて空を見るんだ。下を向いてばかりいちゃ駄目だよ。

きっとこの空が、君を包みこんでくれる」



無限の広がりをもつ、透明に輝き渡る青色が、私たちを包み込む。



私は目を閉じた。心の底に眠っていた何かが、私の目に込み上げてくる。



「僕は8歳の時に視力を失った」



彼は微笑んだまま話し続けた。



「暗闇の中、僕を救ってくれたのは、最後に見た大空の青色だった。

果てしなく続くあの青色が、僕を闇の中から救い上げてくれた」



私の中で何かが切り裂かれた。それと共に、私の中で、暖かな何かが広がり始める。



「僕たちは小さ過ぎる。だから色んな困難に耐え切れるほどの強さはない。

それなら、その困難は、代わりにこの空に肩代わりしてもらおうよ」



溢れ出すそれが、絶え間なく頬をつたう。



隠していた何かが、少しだけ顔を覗かせる。



「僕も小さいけど、ほんの少しは役に立てると思うから」



繋いでいた手を離すと、彼は私の頬に手を当て、涙を拭った。



「ねぇ、この空が今、どんな色をしているか、教えて」



目を開けて、もう一度空を見る。溢れ出す涙に滲む青空が、私たちの前に優しく広がる。



「凄く綺麗・・・」



自然に顔から笑みが零れた。ふわり、と彼の手が私の頭の上に置かれる。



「ありがとう」



澄み渡った青色が、穏やかな光で海を照らしていた。






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