最後の娯楽
何千年か。
何万年か。
あるいはそれ以上か。
遂に人類は幸福を手に入れた。
『昔は死というものがあったらしい』
人々の不幸に対する認識はその程度のものだ。
『終わりというものがあったらしい』
終わりとは始まりと対になるもののはず。
しかし、幸福を手に入れた人類には始まりはあっても終わりはない。
あるのは始まりと続きだけだ。
変わらない永遠。
それこそが人類の手に入れた幸福である。
人々は一定の年齢になると成長を止めてしまう。
あとはもう傷つきもせず、苦しみもせず、永遠に生きていく。
痛みも苦しみもないゆえに争いらしい争いも起こらない。
そんな世界。
ただ存在するだけの生活の中。
近頃、流行りの遊びがある。
「変わらないものを変える遊びがあるらしい」
誰がそれを口にしたのか分からない。
けれど、幸福と言う退屈に慣れ切った人々はすぐにその言葉に囚われた。
「昔、存在した死というもの。終わりというものを体験出来る遊びがあるらしい」
そう言って人々はその方法を探していた。
痛みも苦しみもないゆえに障害らしい障害もない。
そんな世界。
無限に近い時間がある中で人々は今日もその遊びについて調べる。
「退屈から抜ける遊びがあるらしい」
「幸せでなくなる遊びがあるらしい」
そう言いながら。
どれだけ時間がかかっても、きっといつかはその遊び方を人々は見つけるだろう。
なにせ、彼らには永遠の時間があるのだから。




