3 ムセキニン成就
一度この不思議な蛇神といっていいのかもよくわからない神様のいるあの神社のことを学校の先生に聞いてみたことがあった。しかし、担任の先生は知らないといい主任の先生はたまり場になっていたらよくないと詳しく調べてみていたが、それでもあの神社のことはわからなかったようだ。結局変なことを言った子だと認識されて終わった。だから、それ以来誰にもあの神社のことは話していないし、誰もわからないのは不思議だがかえって都合が良かった。
誰もいなくて、だからこそ居心地が良かった神社だった。わたしの功績か失態か、神様というわたしにしてみれば不審者、神様からすればわたしという侵入者が現れてしまったけれど、わたし自身に干渉しない神様が干渉せずに構ってくれるのが殊の外嬉しかった。
「お前さんはよく書き物をするなあ」
「見ちゃだめだよ。見たら許さない。というか、今までのも見てないよね」
「そんなことはせんから威嚇するな。見とらんよ。儂への供物でもないしの」
シャーッと毛を逆立てた猫のように噛みつくわたしを神様はどうどうと宥める。
わたしは小さい頃から文字を書くことが好きで、思考の整理なのか日記なのか、とにかく思いついたものを気が済むまでノートに書く癖があった。けれどある時から、それを自身の家でやることも保管しておくことも危険だと感じ、どうしようかと考えあぐねていたところにこの神社を見つけた。それからは掃除の後は時間が許す限りここで文字を書き、今までの分も含めて書いてきたノートを本殿の奥にあった箱を借りて隠していた。
「神様ってさ。お願い聞いてくれるんだよね」
「扱う領域と願いの強さ、信仰と神の強度に依るがな。あと儂が暇で気が向いたときに限る」
「それって叶えてくれる気ないよね」
「願いは聞いてやるとも。聞くだけだがな。そもそものお前さんの認識が間違っている。いくら高位の神とて参拝に来た者全ての願いをかなえることはしない。まず不可能じゃ。人の願いには底がなくそして互いに反発しあう。勉学の神がいい例じゃな。皆、学業成就を祈りに来るがそれがその通りに叶った者がどれほどいると思うておる。最後の神頼み、人事を尽くして天命を待つ、ともお前さんたちは言うだろう。その言葉を曲解して解釈するのであれば神は人に乞われるものだが、いざとなった時の責任転嫁をする都合のいい相手でもある。人は変わる。いくら望まれても信仰も長くは持たん。ならば、神の役割なんてものは即物的なものを与えるのではなく、精神の緩衝材程度にとどめておくのが適当じゃろう。それもまやかし程のな」
「やる気がないのか、怒ってるのかわかんない」
「怒りなどない。人は本来、神などいなくともつつがなく日常を送ることができるという事実を言っただけじゃな」
「じゃあわたしのお願いは聞いてくれないんだ。毎日掃除してるのに」
「そうむくれるな。言うだけ言ってみればいい。今の儂にできることなどたかが知れているがな」
さっきから神様が言ったことの半分以上よくわからなくて途中から聞き流していたが、聞いてくれるというのなら確かに言うだけ言ってみようか。例え叶えてくれなくとも、わたしがやることは変わらないし。
小学校の通学バックにしまいかけていたノートと、本殿の奥にしまい込んでいた他のノートが入っていた箱を神様の前へと押し出す。
「これ、神様が隠して。守って。誰にも見られないように」
神様は少し目を見開いた後、穏やかに笑って箱を受け取ってくれた。
「これは大層な願いを聞いてしまったな。全霊で叶えなければな」
「いいの」
「ああ。構わんよ。お前さんの献身に報いるとしよう。だが、これは勉学に使っていたものではないのか?儂が預かると、ここに来んと見れんぞ」
「いいの。それ偽装だから」
神様が言っているのは、わたしの思考ノートの表紙に算数だったり国語だったりクラスや名前が書いてあるからだろう。ノートも学校で授業を受けるときに使うものと同じものにしてあるし。こんなことをしなければならない理由を思い出して、また家に帰りたくなくなった。
「お前さんの名前はこう書くのか」
「そっちで呼ばないでいいよ。あまりその名前好きじゃないし」
「何故。良い名だと思うが」
なぜって。その理由はわたしにもよくわからないけれど、自分の名前を呼ばれるたびに嫌悪にしては浅く、不快にしては悲しい気分になる。ただそれだけだから、なんとなく嫌。
「神様の名前は何。わたし知らない」
「儂の名か。とうに擦り切れてしまってもう思い出せんよ」
「わたしが名前つけてあげよっか」
「それは止めておきなさい。名を付ける行為は名を与えたものと与えられたものを縛ってしまう。それに儂が元々何だったのかも曖昧な状態で名で意味づけを新たにされると何が起こるかわからん」
「ふーん」
「先ほどから思っておったが、お前さん、儂の話をほとんど聞いておらんな?」
何かまだ言っている神様を無視して、投げ出した足をプラプラさせる。神様の名前を呼べないことに拗ねていたわたしは帰るまで神様本体を無視して尾を抱きしめて遊んでいた。




