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イナイ神様とアイデンティティ崩壊少女  作者: 雨流し


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2 ヘビ神様

この真冬に着流しを一枚着ただけの見ただけでこちらが震えそうな姿に雪かきをしていたスコップを持つ手が震え思わず、寒っと声が漏れた。


「やはり冬の夜は寒かろうに」

「いや、あなたが」

「儂か?儂は寒さなど感じんよ。これでも神だからの」


 何でもないことのようにあくび交じりに言われ、ぎょっとする。この神社、神様いたの。いや、人間じゃないのっているの。と、慄きながらもよくよく見れば、その自称神様の着物から出ている下半身は何をどう見ても人間の足ではなくまるで大蛇のようにとぐろを巻いていた。まるで、ではなく完全に蛇だ。髪と同じ色の薄く透明な水色のうろこが新雪に反射した光を受けてきらきらとガラス細工のように見えた。まずいものを見てしまったのかもしれない。今すぐにでも逃げた方がいいだろうか。でもここにはまだいたいし。


「童。そんなことはしなくていい。もう帰りなさい」

「でも、掃除。もう少しで終わるから」

「それをしなくてもいいと言っている。もうここは誰も来ない。神である儂もとうに消えた身。こんなところに来なくていい。帰りなさい」


 今まで誰が見てなくてもやってきたことなのに、他人から言葉にされた途端にすべてを無駄だと否定されたように感じた。自己満足ではあったし、それでよかったのに、それよりも。帰らない。帰りたくない。もうここは習い事の真似事の場所ではなかった。誰もいないからこそわたしにとって居心地がいいところだったのに。好きなことを好き勝手にしていたのに。どうしてそんなこというの。口からは決して出てこない言葉が頭の中でぐるぐるしてぐちゃぐちゃになって、涙となって零れ出す。真冬の冷気のせいで頬が冷たくて、痛い。

 もうこの話しかけてきた奴がなんだってどうでもいい。ここはわたしの場所なのだから追い出すようなこと言わないで。なんて、本当に神様ならばここの所有権はそちらにあるのに、もう意固地になってそんなことは怒りとそれによって沸いた涙で塗りつぶされた。


「ああ。泣かせてしまったか。悪いことを言ってしまったようじゃの。おいで」


 ぐすぐすと泣きながら、神様と名乗る者の近くによる。大蛇の尾がするりと巻き付いてひざの上にすっぽりと抱きかかえられた。そのまま器用に尾でトントンとあやされる。見るだけでも寒い恰好をしているのに、くっついた体は冷たくはなかった。


「わたしがやりたくてしてるの。邪魔しないで」

「そうか。それは悪いことをした。すまんな。お前さんに無為なことに時間を使ってほしくなかったんじゃが」

「うるさい。許さない。無駄じゃない」

「そうじゃな。無駄ではなかったな。お前さんが毎日ここを清めてくれたおかげで、儂は再び顕現できた。一度消滅した神がまた形を持てるとは思わなんだ」

「また来るから」

「ああ。いつでもおいで。ここはお前さんの好きにするといい」


 無事にこの神社の主からの許可もおり、わたしはこれまでと同じようにこの不思議な場所に通い詰めた。最初に会った日に泣きながら不満をぎゃんぎゃん言ったせいか、帰れという神様の頼みを押しのけたせいか、もう神様の前で猫を被って今までのように相手の意に添うように振舞うのが馬鹿らしくなって止めた。まず抱っこされて泣き止んだ次の瞬間には頭突きしたし。本当にあの時は腹が立ったのだからもう人間でないとかどうでもいい。知らん。八つ当たりだとはわかっているが、甘んじて食らっていただきたい。神様は痛い痛いと言っていたが顔そらしてても完全に笑ってたの知ってるからな。

 そんな、まさに蛇のようにのらりくらりと掴みどころのない神様は夕方から夜にかけてずっと居座るわたしをよく気にかけてくれていた。

 寒くないかとか。疲れていないか、喉は乾いていないか、とか。帰り道は気を付けなさい、とか。まるで親のようだなと自分の両親を思い浮かべては辛くなって、神様にそういった声をかけられるたびに外では繕えるはずの顔がくしゃりと歪むのが自分でもわかった。そんな自分がなんとなくいたたまれなくて、神様の尾に抱き着いてそのまま背中に頭突いては誤魔化していた。神様は毎回痛いなと律儀に反応してくれていたけれど、笑っていたのは最初の一回だけでそれ以降はひどく優しい声が聞こえた。


「お供え物欲しい?」

「儂が乞う方か?」

「いらないならあげない」

「拗ねてくれるな。いらんとはいうておらんだろうに。天邪鬼な子じゃのう」

「髪も結ってあげる」

「そうかい。では任せるか。好きにしなさい」


 この神様は下半身が蛇、というだけでも驚く容姿なのだが、それに加えて上半身の人間部分の両腕がなかった。いや、腕はもともとはあったとはわかる。右腕は二の腕の上部から、左腕は肘辺りから。すっぱりと鋭利な刃物で切り落とされたかのように無くなっている。


「神様、腕、どうしたの。痛くないの」

「もう痛くはない。まあ、若気の至りじゃな」

「なにそれ」


 器用に尾で顔をするりと撫でられる。だいたい神様と話すときは神様の尾のとぐろの中に入って尾を背もたれにしてたりクッションみたいに抱きかかえている。蛇のとぐろの中、というと今から捕食されるようで危険極まりなく聞こえるが、わたしにとっては現状最も心安らぐ安全圏だった。


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