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イナイ神様とアイデンティティ崩壊少女  作者: 雨流し


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1/1

1 ヘンゲンジザイ少女

「神様ー!いってきます!」

「今日はやたらと声が張るのう」

「今日はこういう私なの。いいでしょ」


 その場でくるりと回って神様に本日の私を存分に見せる。今日はキャップとスニーカーを中心にダンサーのようなラフな格好をしている。だからと言って化粧に手を抜いてはいないけど。服装に合わせたオレンジのシャドーはさぞ映えることだろう。

 この閑静な神社ではアンバランスだろうけれど。


「そうだな。似合っておるよ」

「毎回そういうなーもう」

「今日は何と呼べばいいかの」

「リカで」


 もうお昼を過ぎたあたりなのに、神様は眠そうに薄水色の長い髪を結いもせずにポヤポヤしている。好々爺のような話し方をしていても見た目は青年に見える神様も十分アンバランスだ。まあ、上半身は人間に見えても両腕は途中からないし、下半身はがっつり蛇だからバランスや一般的なTPOなんてここで説くことこそナンセンスなのかもしれないが。今にも突っ伏して眠りそうな神様を軽く睨んでもう一度行ってきますと言って境内を出た。今日は友人と遊びに行く約束をしている。ネットで繋がった友人だから当然本名では会わない。ネット、リアル問わず他の子もそうだったりするけど。とりあえず早く行かないと。いや、今日会うあの子は少し遅刻していくのがいいのかな。 


 次の日はマーメイド型の黒いワンピースを着て、上から白くて大きめのシャツを羽織ることにした。大きなピアスを付けて髪を下す。昨日よりはだいぶ大人っぽく見えるだろう。


「神様。いってきます」

「ああ。いってらっしゃい。今日は昨日に比べて慎ましやかに見えるが」

「今日はこういう私だから」

「そうかい。似合っているよ」

「本当に同じことしか言わないのね」


 優し気に緩められた色素の薄い目を静かに一瞥して、私は神社を後にする。今日は彼氏とデートだから約束の時間通りに行かないと。いや、今の彼氏は私が先にいると居心地が悪そうにしてるから少し様子を見て出ていこうか。かといって遅刻もだめだ。きっと10分前にはついているだろうからその後くらいに合流しよう。


 今日はふんわりとフェミニンに愛らしく。声も高めに。

 今日はパンツスタイルで伊達眼鏡もかけて無口気味に。

 昨日は。今日は。明日は。

 そしてそれを私は毎日神様に見せに行く。


「そうかい。似合っているよ」


 あの青年の成りをした麗しい蛇神様は、毎回同じ言葉を私によこす。

 神様は出会ったころから変わらない。儚げで、消えそうで。境内に差し込むこもれびの中に溶けて行ってしまいそう。

 けれど私は毎日変わる。

 彼氏に合わせて、親に合わせて、兄弟に合わせて、友人それぞれに合わせ、バイト先に合わせて、ころころと。ショーウィンドウのマネキンではなく、坂道を転がっていく石のように。私の中の何かを削りながら。

 だから、さっき神様に対して思った事は全部皮肉。


 ♦


 神様と初めて会ったのは小学生の頃だった。一緒に帰っていた友人が習い事を始めて、学校帰りにそのまま習い事へと行くようになった。私の家は言えば習い事をさせてもらえるとは思うけれど、まずそれを言い出すことにひどく抵抗があったから家にまっすぐに帰らずに寄り道ではないけれど、別の場所で好きなことをする友達が酷く羨ましかった。

 きっと少しいつもより暗くなってから家に帰るんだろう。いいな、楽しそうだな。と思ってしまった。だからある時ふと思い立って、家に帰る前に寄り道をした。なんとなく帰り道を逸れていつも家につく時間になっても歩き続けた。

 どこを歩いていたのかは正直覚えていない。

 ただ、水が流れる音がした。

 都心ではまず聞くことがない純粋無垢なせせらぎのような音。それに惹かれて歩き続けた。その正体が古びた誰も参拝にも来ない神社の手水所の音だったと気づいたのは、随分後のことだ。目の前に現れた鳥居をくぐっても誰もいなくて、静かで、さっきまでのごみごみとした都市の騒音はどこに行ったのかと不思議に思ったものだ。こじんまりとした境内には落ち葉がつもり、本殿は当然掃除なんてされていなく荒れ放題だった。建造物自体には壊れた箇所がないのが不幸中の幸いといえるのだろうか。

 外はまだ明るかった。友人が帰宅するといった時間にはまだ遠い。だから、というのか。きっと真似事なのだろうが、私は境内を掃除し始めた。その日は何とか落ち葉を集めるのに成功したところで、日が落ちていることに気づいた。急いで家に帰り、家での私をいつも通りこなした。

 そして次の日も、その次の日も、私は神社に赴き綺麗にしていった。境内を掃き清めて落ち葉を片付けて、本殿を拭いて埃を払って。こっそり家から持ち出した掃除用具はいつの間にか勢ぞろいと言わんばかりの豊富さになっていた。この場の掃除を自分への習い事だと思い込んで、来る日も来る日も私は水の音を頼りに無人の神社に通い続けた。

 その次の年の正月だった。私の家は初詣には行かない。家での私をこなした後、もう毎日の日課になっている境内の掃除を行っていた。


「なんともまあ、熱心な子じゃのう。わしも少し引いておる」


 後ろの本殿から聞こえた声にびくりとして振り返る。そこには色素の薄い長い髪を流水のように垂らした美丈夫がいた。

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