騎馬戦 -決戦フェイズ- 2
中盤戦
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東軍騎兵: 2
西軍騎兵: 30
南軍騎兵: 36
北軍騎兵: 50
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北軍対西軍、北軍本陣防衛戦。
北軍の着ぐるみのかわいさに出鼻を挫かれた西軍は先制攻撃に失敗してしまった。
その間に北軍は増援が到着。布陣が厚みを増すことで、西軍はますます包囲を突破することが困難になる。
「要は仮面と同じなんだ。顔を隠すことで本性を晒し、積極性や攻撃性が増す。いや、動物になりきることでセルクスのように力を引き出しているのかもしれん」
着ぐるみは単にかわいさアピールや生徒の見分けをつけなくするだけではなかったと、クオーツは改めて着ぐるみ作戦を語る。
「馬鹿にはできんな。ミツルギの言う『コスプレ』というやつは」
「何を馬鹿なこと!」
リアトリスは棒に付与した《烈火剣》の刀身を伸ばし、ノーモーションで突き技を繰り出した。
不意を突いたつもりだったが、対するクオーツは手にした《水槍》を瞬時に《水盾》に切り替えて剣を受け止める。
「ええい、駄馬め。ふざけるのも大概にしろ」
「やめろ。鬣が焦げる」
クオーツは《水盾》で《烈火剣》を押し返した。
騎兵同士、騎馬同士の単純な力押し合い。リアトリスは押し負けて騎馬ごとうしろに下がる。
「くっ!」
「《紅玉》の副団長を連れてこなかったのは失敗だったな。隊を包囲した以上、お前を抑えてしまえば俺達が負けることはない」
「まだだ」
そうは言っても西軍の攻撃部隊は残り11騎。包囲された状態で壊滅は時間の問題。
だからリアトリスは待った。
「リア先輩!」
「! 来たか」
リアトリスの隊の後方から駆けてくるのはエイリークを先頭にした西軍の増援部隊。
進軍フェイズで消耗していた先行部隊の騎兵たちだ。
「覚悟しろよ北軍。ここからが私達の攻撃だ」
リアトリスは、苦戦する自分の隊に向かって声を張り上げる。
「全軍に告ぐ!」
「「「!」」」
「人形遊びはここまでだ。お姫様の道を開けろ!」
「「「はい! お姉様!!」」」
「……」
この返事を聞く度に微妙な顔をするリアトリス。
それはさておき、リアトリスの指示(お姉様パワー)を受けた彼女達は戦意を取り戻し、今までの態度が嘘だったように着ぐるみたちを押し返しはじめた。
元々北軍が編成した100騎もの騎兵は半数以上が一般生徒だ。戦闘訓練を受けている《紅玉騎士団》の敵ではない。
少しの間だけ隊列を2つに割って中央を空け、エイリークの騎兵隊はその道を突き進む。
そしてエイリークは単騎でリアトリスとクオーツのもとへ。
「エイリーク、任せたぞ」
「はい!」
「何だと?」
驚いたのはクオーツ。リアトリスがエイリークと入れ替わるように下がったのだ。
「行くわよ!」
そのままエイリークはクオーツに挑みかかる。
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「《旋風の剣士》。君がエースに挑むのはまだ早い」
「馬に跨る馬が偉そうなこと言うな」
エイリークが振り上げる《旋風剣》に対し、クオーツは《水槍》で迎え撃つ。
激突。しかし、クオーツの槍を正面から受けたのはエイリークではなかった。
「うぉらっ!」
「この力は?」
アギだ。エイリークの馬を担いでいる彼がクオーツの槍を《盾》で受け止めた。
「……そうか。君が《盾》。だが2人がかりでも」
「悪いな、馬の先輩。ここは俺達だけじゃないんだ」
「何?」
その時、エイリーク達の背後から飛びだし、クオーツの頭上を越えて翔け抜けるのは西軍の副将。
ヒュウナーだ。
西軍は狙いは最初から一点突破。北軍に主力をすべてぶつけて波状攻撃を仕掛けて来た。
「《鳥人》!? 待……」
「今よ!」
エイリークの掛け声でアギは《盾》を解いた。
均衡が崩れた所にエイリークは、クオーツに向けて必殺の突き技を放つ。
《旋風剣・疾風突き》
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突撃するエイリークのほぼ真うしろについていたヒュウナーの騎兵。
「もらったで《青騎士》。北軍の大将旗はワイらのもんや!」
エイリークとアギがクオーツと激突したとほぼ同時にヒュウナーは自分の馬から宙へ飛びだした。エイリーク達の妨害もあってクオーツは出遅れた。
クオーツの頭上を抜けたヒュウナーは《天駆》で宙を踏み切り、急上昇。上空から北軍の本陣へ飛び込んでいく。
ヒュウナーもハチマキの制限で《天翔術》による長時間の飛行はできないが、大将旗まであと少し。一気に勝負に出る。
アイリーンやディジーが率いるうさぎさんたちが魔術による対空砲火でヒュウナーを迎撃するも、幾多の修羅場をくぐりぬけた《鳥人》を撃ち落とすことは誰にもできない。
「うさ公が、大人しくワイに狩られろ!!」
ヒュウナーはうさぎさんの群れに突っ込んだ。
ガキィッ!
《鷲爪撃》を受け止めるのは《氷晶壁》。
「負けません!」
「そうかい」
ヒュウナーの攻撃を防ぎきるアイリーン。
だが、上手だったのは彼の方。
「よっ、とぉ」
「なっ!?」
「ナイスアシストやったで」
氷の壁を足場にしてヒュウナーはもう1度空へ。これで北軍の最終防衛ラインを飛び越えた。
残るは北軍の大将旗のみ。
「貰ったぁ!」
飛び込みながら大将旗に手を伸ばすヒュウナー。
そこに、ヒュウナーの逆方向から土埃を上げて走る1騎の騎兵が。
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「うおぉぉぉぉぉぉっ」
うさぎのように長い耳を垂らしたくまさんが、雄叫びをあげながら大将旗めがけて突進してきた。
「ん? なんや……ぶっ!?」
ヒュウナーの顔面を捉え、『うさベアさん』のぶっとくて、もこもこした拳が唸る。
クリティカルヒット!
「あれは……もしかして《獣姫》?」
「やっと来たわね。どこをほっつき歩いていたのかしら」
呆れたように拳を振るうくまさんを見て呟くディジー。
「べあーっ、なっこぉーーっ!!」
《獣姫》の拳は、突撃の勢いとくまさんパワーを合わせ、ヒュウナーを空の彼方へ殴り飛ばした。
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一方、エイリークは渾身の必殺技をクオーツに容易く止められて戸惑っている。
「……何よ、その術式」
「渦潮だ。あらゆる攻撃を『飲み込む』特性がある」
《旋風剣》を受け止めたクオーツの水の盾は円形で、中心で盾を形成する水が渦を巻いている。
《渦潮の盾》は《水盾》から派生する水属性と風属性の複合術式。エイリークが棒に付与した竜巻は、すべてこの渦潮に飲み込まれてしまった。
「旋風剣が通じないなんて」
「まずいぜ姫さん。ヒュウも失敗しやがった」
「だから言っただろう。君たちがエースに挑戦するのはまだ早「クオーっ!」」
「……」
クオーツの台詞に被さるように叫ぶのは《獣姫》、メリィベル・セルクス。
彼女はヒュウナーをぶっ飛ばしたあと、慌てるようにクオーツの下に人馬を走らせてきた。
クオーツは溜息をもらす。
「……セルクス。間に合ったのはいいが、今までお前はどこで」
「セイがいないんだ」
「何?」
クオーツの顔色が変わった。
いや、今も彼は馬面で表情がわからないのだが。
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メリィベルは進軍フェイズの時から部隊を離れ、ずっと生徒会長を探していた。
でも彼女は生徒会長を見つけられず、学園中を散々探しまわった挙句にもしかしたらと主戦場にやってきたのだ。
ヒュウナーの襲撃に間に合ったのは偶然だった。
「クオが進軍中に《濃霧》を展開しただろ? その時メリィはセイが危ないって思ったんだ。でも……」
「あの時からいないというのか?」
「うん。クオ、セイはここにはいないのか? だったらメリィは……どうしよう」
うなだれるうさベアさん。
メリィベルは生徒会長の護衛という立場以上に彼を守るという使命を大事にしている。
それはクオーツも同じこと。彼はエイリークと対峙しながら必死になって考える。
(落ちつけ。……今はまだ深刻な事態になるわけがない)
どうでもいいが、傍目からは馬とくまの会話だ。
なんともシリアスに欠ける生徒会長の側近。
(セイが行方不明になったのが《濃霧》を発動した時からだとすれば、一番怪しいのは……)
あの赤いマフラーが思い浮かぶ。
――フフ。真実は……俺だ!
「あの似非忍者が」
「クオ?」
「セルクス、南軍だ。セイは《霧影》に捕らわれている可能性が高い」
「セイはそこにいるのか?」
縋るようなくまさんのつぶらな瞳。
「かもしれん。だからセルクス、このまま西軍を蹴散らして南軍を攻めるぞ」
「わかった!」
途端に元気になったメリィベル。彼女はいそいそと着ぐるみを脱いで……
「「「「ぶっ!」」」」
露わになる半裸の美女。
近くにいたエイリークの馬を務めるアギ以下の男子達が思わず噴いた。
「だから人前で脱ぐな!」
「ん?」
無頓着なメリィベルをクオーツは慌てて霧で覆った。
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「何してるのよ。ほら、今の内に」
「ち、ちょっと待て」
リアトリス達が離脱し、ヒュウナーが襲撃に失敗した為にエイリークとアギは北軍のど真ん中で孤立している。
エイリークはクオーツが油断してる隙に、鼻を抑えるアギ達を足蹴にして離脱を急がせていた。
「早く、リア先輩の所へ」
「わかったから後頭部を蹴るな。また血が」
「うるさい! さっさと走る」
北軍に背を向けてエイリーク達は全力疾走。
道を阻む敵は2人が《旋風剣》と《盾》を交互に繰り出して、強引に押し進む。
「悪いが、このまますんなりとは逃がさん」
クオーツはエイリークの逃走に気付くと、追い掛けずに狙撃することを選んだ。
「君たちは厄介だ。倒せる内に倒させてもらう」
《水弓》を構え、背を向けるエイリークを背後から狙う。
「させないぞ。《青騎士》!」
クオーツを呼び止めるのは彼の前方、エイリークの向かう先にいる《烈火烈風》の騎士。
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一時離脱したリアトリスはエイリークの連れて来た増援と共に部隊をまとめ直し、新たな布陣を敷いてきた。
「《烈火烈風》! それはまさか」
「鳳翼の陣。今回のとっておきだ」
その陣形は、北軍の敷いた『鶴翼の陣』とは真逆の配置。中心に立つリアトリスを前に、左右の部隊が後方に広がるように展開している。
この陣形に戦術的な意味はあまりない。これはルールの下でリアトリスの力を最大に発揮する為の布陣だ。
運動会の総合ルールで制限をかけられたゲンソウ術。ハチマキを切らずに大技を繰り出す方法は1つだけ。
集団で術式を発動させること、つまりは力を合わせること。
進軍フェイズではクオーツが広範囲に《濃霧》を展開したのと同じ方法だ。特殊な準備、又は陣形を組むことで術者の負荷を皆に分散させるのだ。
それは集団で行う古い魔術の発動方法。
儀式魔術と呼ばれる技術の応用だ。
「倒せる内に一気に倒す。これで勝負を決めるぞ!」
リアトリスはゲンソウ術を発動。彼女の背後から左右に炎が疾り、翼のように広がって後方の部隊を包み込む。
鳳翼の陣。リアトリス達が一体となり、鳳凰が翼を広げた姿を模した陣形から放たれるのは、火属性殲滅術式。
リアトリスが《幻創》するのは炎を纏う大鳥。
《烈火烈風》。《Aナンバー》で最高の火力を誇る第3位の魔法騎士。
彼女だけのゲンソウ術。
巨大な鳳凰を前にした北軍は被り物の中で誰もが青褪めていた。
噂レベルだとしても、誰もがその技の恐ろしさを知っているからだ。
「あ、ああ……」
「逃げろ! 《鳳》が来るぞ!!」
「残念だがこっちは《凰》だ。……凰よ、大鳥の女王よ。啼いて炎を喚び起こせ」
凰は雌の鳳凰。翼を広げた凰の啼哭が戦場に響き渡る。
「嘘だろ。このデカさは皇帝竜どころじゃねえぞ」
「これがリア先輩の《鳳凰術》。……これで半分以下の力なんて」
エイリークとアギは鳳凰の姿に驚きながらもリアトリスの射線から外れる為に急いで走る。
凰はその間もリアトリスの呼びかけに応じるように啼き続け、特大の炎を招き寄せる。
その啼き声は敵味方問わず、戦場に立つすべての生徒を震わせた。
「リア先輩、今です!」
エイリークが今、リアトリス隊の前を走り抜けた。
「散開して遠くへ離れろ! くっ、駄目だ。間に合わん」
「食らえ北軍!」
クオーツは悪あがきのように部隊に指示を飛ばすがもう遅い。
《烈火烈風》がその力を遂に発揮する。
「凰啼波!!」
幻創の鳳凰が啼き叫ぶ。
凰が熾す炎の大波がクオーツ達を飲み込み、北軍の本陣へと向かっていく。
『うさベアさん』の頭が熱風でどこかへ飛んで行った。
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東軍騎兵: 2
西軍騎兵: 30→27
南軍騎兵: 36
北軍騎兵: 50→??
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「被害の確認を急げ! 隊列を組み直すぞ」
「了解です」
《凰啼波》の被害は直接攻撃を受けた北軍だけでなく、リアトリスの隊までも及んでいた。
《鳳凰術》の多大な負荷に耐えきれず、術式の負担を請け負った騎兵や防衛兵がハチマキを切ってしまっていたのだ。
「反動で騎兵がやられてしまいました。エイリーク騎を合わせて本隊は残り12騎です」
「やはり威力の調整に無理があったか。だがこれで」
「そんな……北軍の大将旗は健在。さらに前方より《獣姫》及び《青騎士》、来ます!」
「なんだと!?」
偵察兵からの報告にリアトリスは耳を疑った。
《凰啼波》はハチマキのルールに合わせた為か本来の3割程度の威力しか発揮していない。加減したとはいえ、着ぐるみごと全身を炎で焼かれた北軍がすぐに動けるとは思いもしなかったのだ。
「ばうわうー!」
北軍の先頭を走るのはメリィベル。間一髪で着替えに間に合ったらしい。
彼女の新たな着ぐるみは黒いわんちゃん。両手にも犬の顔を模した人形型グローブをつけて、口をぱくぱくさせている。
3つの頭を持つそれはケルベロス。炎を食らう地獄の番犬。
またの名を『けるベル子』。
「全軍、突撃!!」
「「「「あ゛ーー」」」」
焼け焦げた嫌なにおい。地の底から這いずるような呻き声。
炎の波を突き破って迫りくるのは『かわいかった』動物たちだ。『かわいい鳴き声機能』も壊れてしまっている。
北軍の、無駄に高性能な着ぐるみは耐火性能にも優れ、《凰啼波》に飲み込まれても『中身』を守りきっていた。
ただ、流石に無傷とまではいかなかったようだ。着ぐるみは焼け爛れ、原型を留めないほど溶解したり炭化してしまっている。
青い馬だったクオーツも無残な姿だ。ドロドロに溶けた馬面。鬣は燃やされたせいか炎色反応を起こし、青い炎を靡かせている。
まるで死霊系の魔獣のよう。業火に焼かれて尚も動く、アニマルゾンビと化した北軍。
火葬行列というべきか? 燃えながら集団で襲いかかる姿はまさにホラーだ。
「耐えられただと? なんだ、あの着ぐるみは!?」
「どうしましょう。正直あんなの相手にしたくありません」
「気持ち悪い……」
西軍の彼女達は燃えるゾンビと化した着ぐるみたちを前に、明らかに引いている。
まだ愉快な森の仲間たちのほうがよかった。
「くっ……退却する。一旦本陣まで下がるぞ」
「リア先輩!?」
「君も下がれ、エイリーク。私達は切り札を使いきり《鳥人》もやられた。これ以上の戦闘は無理だ」
大敗を認めるリアトリス。自軍のガタ落ちした士気を見て、北軍を迎え撃つことは不可能と考えた。
「ここまで追い詰めたのに」
「ああ。だがこれ以上の損害はいけない。君までやられると逆転は不可能になる」
「……わかりました」
エイリークも先輩の指示には大人しく従い後退。
西軍は敗走し、北軍の追撃を受けることになる。
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東軍騎兵: 2
西軍騎兵: 27→22
南軍騎兵: 36→32
北軍騎兵: 50→31
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北軍対西軍の戦いにひとまずの決着がついた頃。南軍対東軍の戦いも新たな展開を迎えようとしていた。
南軍の部隊は騎兵20に防衛兵50。
対する東軍は大将のブソウと防衛兵20。
この戦力差で今まで東軍が持ちこたえられたのは、周到な準備をして構築した防御陣地によるところが大きい。
張り巡らされた防護柵が敵騎兵の進路を限定させ、少ない防衛兵で対処できるようにしていたのだ。
さらには妨害トラップまで用意。中でもブソウの符術トラップは強力だった。予め進路の要所に仕掛けておいた札を媒体に《紙兵》を突然喚びだすのだ。
ブソウもルール制限で同時展開、操作できる《紙兵》は限定されている。彼は伏兵として《紙兵》をピンポイントに展開することで伏兵のように扱い、兵の数を補っていた。
《一騎当千》。ブソウの二つ名であるその由来は、1人で千もの兵力を展開できることだけでなく、《紙兵》を用いた千もの戦術を扱えることにもある。
南軍の騎兵が1騎、防衛兵を蹴散らそうと突進を仕掛ける。
「このっ、邪魔するな!」
「うわっ」
「札を構えろ!」
「!」
ブソウの掛け声に防衛兵は、事前に持たされた《紙兵》の札を取り出す。
「疾ッ! 《五衛兵》、押し返せ」
ブソウは轢かれそうになった防衛兵の前に五人組の《紙兵》を展開した。
盾を使った5人同時の体当たりに騎馬を崩される南軍の騎兵。
騎兵を倒すと同時にブソウは《五衛兵》を消した。ハチマキにかかる負荷を抑える為だ。
「将軍、助かりました」
「その呼び方はどうにかならないか? ……防衛ラインを下げる。皆に伝えてくれ」
「はっ!」
善戦するブソウ達。しかし彼の《紙兵》は使い捨てであり、仕掛けている罠も数に限りがある。消耗する一方の防衛戦。
限界が近いとブソウは思っていた。
そこに悪い知らせがブソウに届く。
「北軍が本陣を攻撃! 残された防衛兵が迎撃を開始」
「何? ミヅルはどうした」
「大佐は《獣姫》と交戦。苦戦しています」
北軍は膠着状態だった東軍の侵攻部隊にメリィベルを派遣。それで均衡が崩されてしまった。
「くそっ。まだか、コロデは」
「将軍! 南軍が1騎、第3次防衛網を突破」
「こっちもか!?」
「は、速い! あの障害物の中を通常の騎兵の3倍のスピードでこちらに向かってきます」
驚愕してブソウに報告する偵察兵。
「1騎だと? まさかクルスが」
「違います。あの赤い髪は……《バンダナ兄弟》の赤いほうです」
「リュガだと!?」
気付いた時にはもう、リュガはすぐ傍まで接近していた。
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脅威的なスピードで駆けるリュガの騎兵。これには1つ仕掛けがあった。
彼と同じく南軍に所属するセリカ・フォンデュ。彼女が使う《活性》の術式でリュガの馬を担ぐ生徒を一時的に強化しているのだ。ドーピングである。
東軍の罠を力づくで蹴散らし、突き破って進むリュガ。人馬なのに落とし穴を走りながら跳び越えるという荒技まで使ってきた。
ブソウの展開する《紙兵》の壁にリュガは《高熱化》を付与した棒を振るう。
特性上、熱や火に弱いブソウの《十人兵》は1撃で燃やされた。
「悪いなブソウさん。通してもらうぜ」
「……あまり俺を舐めるなよ」
大将自ら棒を手にしてリュガに攻撃を仕掛ける。
ぶつかり合う2人。
騎手の力は互角だったが、彼らを支える馬のパワーに大きな差があった。
「押せぇ!!」
「「「「うおおおおっ」」」」
「っ、この力は」
《活性》されたリュガの騎馬がブソウの騎馬を押し始める。
力負けしたブソウの騎馬が一瞬だけぐらついた。その隙を見逃さず、リュガはブソウを抜き去る。
「おっしゃああ!」
「しまった。まて!」
ブソウは急いで後方に仕掛けた《紙兵》トラップを次々と発動させた。だが《高熱化》や《熔斬剣》を使えるリュガの前では文字通り紙の壁でしかない。
リュガは進路の邪魔をする最後の障害物、塹壕の溝を馬と一緒に跳び越える。
同時にリュガは手にした棒を投げ捨てた。彼の目の前にあるのは東軍の大将旗。
「もらったぁ!!」
リュガは騎馬ごとジャンプ。大将旗に手を伸ばす。
しかし、リュガは知らなかった。
同じ展開でヒュウナーは失敗していたことに。
「キエエ――イ!!」
奇声のような雄叫びをあげてリュガに飛びかかるのは、彼と因縁のあるサムライ少年。
シラヌイ君だ。
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