騎馬戦 -決戦フェイズ- 1
騎馬戦本戦、開始
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騎馬戦はいよいよ決戦フェイズ。
東西南北。4つのチームは激しい妨害と障害を乗り越え、決戦の舞台に現れようとしていた。
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騎馬戦 -決戦フェイズ-
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報道部特設、屋外実況席。
総合実況は報道部部長。
「進軍フェイズも終盤。この辺りでここ主戦場で行われる決戦フェイズのルールを確認しようと思います」
部長は「ポピちゃんよろしく!」と解説役にバトンタッチ。
「説明が面倒だからって私に押し付けないでください。……決戦フェイズでは各チームの本陣に設置された大将旗を奪い合うことになります」
解説役のポピラは仕事と割り切った。
騎馬戦の本戦となる決戦フェイズ。基本ルールは自軍の大将旗を最後まで守り抜くこと。
チームの勝利条件及び敗北条件は2つである。
1.大将旗の奪取
2.大将、副将両名の失格
各ユニットのルールは以下の通り。
騎兵:大将旗を奪うことができる。すべてのユニットに攻撃が可能
工作兵:参加不可。応援しましょう
防衛兵:騎兵への直接攻撃は禁止。妨害行為(進路を阻むなど)まで
偵察兵:全ユニットへの攻撃が禁止。PCリング使用可
主力となるのはあくまで騎兵。飛び道具といえる魔術攻撃は騎兵のみが許可される。
防衛兵と偵察兵は騎兵のサポートとして追随、あるいは障害物の設置や破壊を行う。
尚、特殊ルールとして大将の騎兵は自軍の大将旗を本陣から持ち運ぶことができる。ただし本陣以外の場で旗を落とすとチーム失格となる。
「もちろん運動会の総合ルール、ハチマキを奪われたりゲンソウ術を使うことによる負荷でハチマキを切ってしまうのも失格です」
「決戦フェイズは騎兵が1騎でも主戦場に入れば即開始! さぁ、先陣を切って現れるのはどのチームだ?」
開始されたのはこれより10分後のこと。
最初に主戦場に現れた『騎兵』は、西軍だった。
「遂にはじまりました騎馬戦の決戦フェイズ! 先攻を取って戦場を走り抜けるのは西軍大将、《烈火烈風》だぁ!」
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西軍騎兵:45→39
騎兵の進軍が1番早かったのは、やはり強行突破してきた西軍。
露払いを続けてきた先行部隊はもう10騎も残っていなかったが、本隊を1騎も失わずここまでやってきた。
西軍の先陣を切るのは副将の《鳥人》、ヒュウナー・フライシュと《旋風の剣士》、エイリーク・ウインディ。
「1番乗りはワイやで!」
「別にいいわよそんなの。このまま一気に行くわよ!」
「待て!」
勢いのまま主戦場へ突撃しようとする2人。彼らを呼び止めたのは西軍大将のリアトリスだった。
先行部隊はいつの間にか本隊に追いつかれていた。
「リア先輩?」
「お前達は本陣で1度休め。まず私達が行く」
「なんやて? 姐さん、あんたオイシイとこだけ独り占め……ああっ、待たんかい!」
ヒュウナーの文句に構わず、本隊は先行部隊を追い抜いて行く。
「お前たちの馬をしている奴らを見ろ。ここまでの強行軍で疲弊してしまっている」
「それは」
進軍の途中で休憩を挟んではいるが、騎兵の馬役が全ユニット中1番疲れるのは確かだ。
1番近い敵の陣地まで200メートル以上ある。今の状態で全速で走り抜けるのは正直きつい。
「5分でいい。馬を下ろして休め。いいな」
「リア先輩!」
リアトリスは陣地に本隊の騎兵を10騎残して出撃。西軍の先陣に立って駆け抜ける。
彼女が主戦場へ駆け込むのとほぼ同時に、決戦フェイズの開戦を知らせる銅鑼が鳴った。
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進軍フェイズを1番に抜けることで得られるメリットは時間だ。
防備を整えていない敵本陣に攻め込める時間。逆に攻められる前に防備を固める時間。そして進軍フェイズで疲弊した騎馬の生徒を休ませる時間。
長丁場になる。リアトリスはそう思いエイリーク達を休ませることにした。西軍最大の武器はやはり彼女達の突破力だからだ。
何より大将である彼女は、この先制攻撃で敵陣の旗を取れるとは思っていなかった。
「団長! 東軍はもう」
「ああ」
リアトリスは本隊を追い越して先頭に立つと、まず周囲を見て3つある敵陣を確認した。
注目したのは東軍の陣地。遠くからでも進路妨害の柵など障害物が設置されているのが見える。東軍だけがすでに陣地構築を終えていた。
「成程。『騎兵』の到着だけは私達が早かった、というわけか」
「まさか、防衛兵だけを先行させた?」
「多分な。防衛兵や偵察兵は騎兵よりも身軽だ。全速で走らせれば騎兵より早く主戦場へ向かうことができる」
東軍は進軍するのに大掛かりな陽動をかけた上で遠回りをしている。進軍が遅れるのは当然であり、決戦フェイズに間に合わないことは彼らも理解していた。
だが開戦に騎兵は間に合わなくても防衛兵だけなら間に合うとも計算していた。森林ステージで散り散りになった東軍の防衛兵たちはそのまま主戦場へ向かったのだ。
工作兵のターゲットは騎兵が優先。ティムス達味方の工作兵の援護に加えて騎兵を囮(それさえ囮だったが)にすることで東軍の防衛兵たちは最小の被害で1番に主戦場に到着。決戦フェイズに十分備えることができた。
「騎兵の防衛よりも本陣の防御を優先させるなんて……」
「『騎兵の到着まで開戦されない』か。ルールの裏を突いてきたな。ブソウというよりもミヅルの案か?」
何か罠を仕掛けているかもしれない。とにかく東軍を強襲するのは難しいことがわかった。
リアトリスは狙いを陣地構築の終わっていない北軍に定め、本陣を攻めに行く。
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東軍騎兵: ??
西軍騎兵: 39
南軍騎兵: ??
北軍騎兵: 30
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「初戦は彼女を相手に防衛戦か」
北軍大将、《青騎士》のクオーツはリアトリスの接近を確認すると本陣の前に部隊を展開。迎え撃つことにした。
「迎撃する。防衛兵は急いで柵を用意。敵に橋をかけられないように気を付けろ!」
各陣地は大将旗を中心に周囲を四角に溝が掘られているだけの代物。防壁や柵等各種トラップは各チームで用意しなければならない。
溝は幅、深さ共に2メートル程。ユーマは塹壕と呼んでいたが、役割は騎兵の侵攻を妨げる障害物そのもの。最終防衛ラインでもある。
陣地構築が終わっていない北軍はクオーツの部隊が突破されるとこの塹壕しか大将旗を守るものがないのだ。
攻めてくる西軍の騎兵20騎を前に、北軍の騎兵30騎が横に並ぶ。
「西軍の陣形は魚鱗か。……単純な一点突破が俺に通じると思うなよ」
西軍の仕掛ける魚鱗の陣とは、左右をやや後方に下げ、中央を突出させた陣形。
攻撃的な布陣だが、部隊を密集させることで集団戦に対して防御にも厚みを増している。
対する北軍は中央に構えるクオーツの指揮で左右の部隊が進出した。
鶴翼の陣。左右に部隊を広がるように展開させ、敵軍を覆い包む陣形。兵力に有利な程効果を発揮する包囲戦術だ。
西軍は一騎でも抜ければ旗は取れる。包囲されていくのも構わず北軍の大将旗を目指して突撃。
騎馬戦の初戦は《青騎士》対《烈火烈風》。蒼紅の騎士対決。
「《青騎士》!」
「勢いはあっても数はこっちが上。初撃さえ凌げば俺の勝ちだ、《烈火列風》!」
部隊の後方でリアトリスの突撃を迎え撃つクオーツ。
リアトリスは突っ込んだ。
「お前は!」
彼女はそう、《青騎士》らしいものに向かって突っ込んだのだ。
「お前たちは一体何だ、そのっ、着ぐるみはぁああああ!!」
リアトリスは絶叫しながら人馬に乗った青い馬と武器を交える。
北軍はもこもこだった。
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着ぐるみは北軍の秘策の1つ。彼らは進軍中、《濃霧》に身を隠した時に着替えていた。
うさぎ、たぬき、きつね、くま、りす……とデフォルメされたかわいらしい動物たちが西軍を囲みだす。
「でたぁ! 愉快な森の仲間たち!! 北軍はなんと全員着ぐるみ装備だー」
「かわいい! あれ、一体なんですか?」
「一応、《組合》で作った防具です」
実況席でもこもこ軍団に目を輝かせるエイルシア。ポピラは目を逸らしながら質問に答えた。
「防具と言ってもメリィベルさんの使う魔獣から作った着ぐるみとは違う、本当の着ぐるみです。ですが無駄に素材の良いものが使われていて、打撃や衝撃に強くできています」
強くかわいらしくをコンセプトに開発された着ぐるみ防具。デザインはPCリングの幻創獣も任された芸術科の人気絵師による。
武器が制限されている騎馬戦においてこの着ぐるみは、簡易戦闘衣よりも丈夫で鎧なんかよりもはるかに軽い。全身を守れることもポイントだ。
「量産されていただけでなく躊躇いもなくこれを着る人がいたなんて……馬鹿ですか?」
ポピラは北軍すべてに向かって言った。
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激突する北軍本隊と西軍主力部隊。
ここで問題になるのは、北軍がすべてかわいい着ぐるみ軍団であり、西軍の騎兵が《紅玉騎士団》をはじめとする女生徒ばかりだということ。
「完全に囲まれる前に包囲を突破するぞ」
「でも……敵がかわいすぎます!」
「この子達を叩くなんて」
西軍は、着ぐるみのせいで突撃の勢いを殺されるほど戦意が削がれている。
「この子なんて言うな! ええい」
武器を振り上げるのはリアトリスが騎士団で最も信頼を置くベルティナ。
蹴散らそうと手にした棒で着ぐるみの頭を殴る。
きゅーん
叩かれたきつねさんが悲しそうに鳴いた。
「あ……」
つぶらな瞳がベルティナに訴えている。
――ぼくをいじめないで
ベルティナはときめいてしまった。次に激しく後悔。
「あ、あたしはなんてことを……」
「きゃーっ。もう駄目!」
「このかわいさ、凶悪すぎよ」
この着ぐるみ、頭を叩くとかわいい鳴き声で鳴く仕掛けが施されていた。
もしかすると着ぐるみには《魅了》の術式を付与されてるかもしれない。西軍の大半が戦意喪失し、攻撃できないでいる。
北軍はそのまま鶴翼の翼を広げるように西軍を包囲してしまう。敵軍本陣の前で四方に攻められて防戦一方の西軍。
彼女達のささやかな抵抗は、もこもこした着ぐるみとかわいい鳴き声が防いでしまう。
「クオーツ! 貴様、なんて卑劣な」
あまりの展開にクオーツの馬面(文字どおりの)を睨みつけるリアトリス。
「これは運動会だ。このくらいの余興はいいと思うぞ」
何故か彼の被り物だけは妙にリアルだ。見つめると怖い。
リアトリスが真面目に戦うのが馬鹿らしくなる時点で着ぐるみ効果は存分に発揮されていた。
「まあ、本当はミツルギの置き土産だ。戦意を削ぐか挑発するだけの策だと思ったが……まさかここまでとはな」
クオーツは苦笑したようだがよくわからない。馬面だし。
「こうなったら、疾れ、炎!」
状況を打開しようとリアトリスは棒に炎を纏わせる。
「着ぐるみなど私が燃やせば」
「させないさ。こんななりをしても忘れるな。お前の相手をしているのはこの俺、《青騎士》だ」
リアトリスは着ぐるみたちを燃やそうと炎を飛ばすが、クオーツが水の散弾ですぐにかき消してしまう。
そのまま2人は《烈火剣》と《水槍》をぶつけ合った。打ち合う度に周囲に立ち込める水蒸気。
「くっ、馬のくせに。それこそ貴様の手は蹄じゃないのか?」
「そこまではな。でもいいのか? 北軍には俺だけではなくあいつもいるぞ」
「! まさか、この着ぐるみは」
リアトリスは気付いた。
この『もこもこ動物大作戦』が、別に余興でふざけたわけではなかったとしたら。
「《獣姫》か!」
「そうだ。セルクスは近接戦、いやパワーなら《剣闘士》を上回る《狂戦士》。普段のあいつなら目立ってしょうがないが」
さあ、どうする? 青い馬は挑発するようにわざとヒヒン、と鳴いてみせる。
「この着ぐるみ軍団に紛れたセルクスの強襲。いつ来るかわからないそれに、お前たちは耐えられるのか?」
クオーツの部隊の後方から、北軍の分隊が現れたのはこの時だった。
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東軍騎兵: ??
西軍騎兵: 39
南軍騎兵: 36
北軍騎兵: 30→51
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南軍本陣。
「偵察兵からの情報は?」
「はい。西軍の陣地には騎兵10、防衛兵約50」
「東は防衛兵が約70。あとは大将と副将のみです」
「ブソウ君とミヅルちゃんだけ?」
副将で総指揮を執るマークは、本陣で防備を固めながら作戦を考える。
檻の中の大将、クルスはなぜか大人しい。
「進軍に遅れてる? クルス、東軍をどう思う?」
「どうでもいい。あの2人は攻めよりも守りに長けている。たった2騎でも防衛兵がいればすぐには落とせない」
「そうなんだよね」
でもチャンスなのは違いない。リアトリス達のいない西軍の本陣も。
「よし。東に20騎、西に《黒耀》の魔術師騎兵を6騎出そう。防衛兵はそれぞれ50ずつ。それで僕が西に行く」
「俺は?」
「留守番だよ。本陣に8騎置いておくから僕らの大将は防衛の指揮を執ってね」
「……」
クルスは顔を顰める。
「やっぱり怒ってる?」
「そんなことはない。悪いと思うならさっさと西軍を落としてこい」
「うん。……ごめんね。ロア君かリアちゃんが来た時はちゃんと君に任せるから」
「ああ」
マーク出撃。南軍は東と西の2面同時攻略をはじめた。
(あれ? もしかして僕は何か見落としてる?)
(気付かれてないな。時間はかかったが手枷は切れた。あとはこいつさえいなくなれば……)
マークが見落としているのは、かつてクルスが《闘気剣》で《黒鋼壁》を切り裂いたことがあるということ。
クルスが脱獄するのは時間の問題。
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東軍騎兵: 2
西軍騎兵: 39→34
南軍騎兵: 36
北軍騎兵: 51
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東軍本陣。
「北軍です。数は騎兵10、防衛兵50」
「ミヅル、そっちを頼む。防衛兵は50で足りるか?」
「それでなんとかするしかないでしょ。あの子たちが来るまで」
ブソウはミヅルの返事を聞くと、すぐに残りの防衛兵20人を連れて南軍の侵攻を抑えに行った。
正直言って東軍は騎兵が圧倒的に足りない。騎兵を攻撃することができない防衛兵は、動く壁にしかならないからだ。
防衛兵同士をぶつけあわせれば必然と騎兵同士の戦いになってしまう。
侵攻してくる北軍に対するミヅル隊の戦力比。単純な数にして1対10。
「こうなると……打って出たほうがいいわね」
そう言ってミヅルは防衛兵に指示を出す。
「あなた達は塹壕付近で待機。私も敵の防衛兵には流石に突破されるでしょうけれど、橋をかけられたりしなければ、騎兵にこの溝を越えることは難しいから」
「まさか大佐1人で立ち回るのですか?」
「……まだ続けるの? その帝国風階級制度」
呆れながらも仕方ないでしょ? とミヅル。
「守るより抑え込んだほうが確実なのよ。……いい? 敵防衛兵に騎兵を通す『道』を作らせないでね」
「「「はっ」」」
東軍の副将は陣地を守る防衛兵達に見送られ、たった1騎で出撃した。
ミヅルが単騎で進んで、対峙したのはかわいい森の動物たち。
「くーん」
「なー」
「こんこん」
「あら? 随分と可愛らしい襲撃者ね」
ミヅルは着ぐるみ達の前で人馬を止めて、背負った棒を抜いた。
「にゃー」
「そうね。私も普通科に所属する、本が好きで大人しい『普通の女の子』だから、あなたたちみたいな子を棒で『斬り飛ばす』なんて躊躇うわ」
「……ぽこぽん」
誰も突っ込めない。
たぬきさんもおなかを叩くだけ。
「でも……」
ミヅルは微笑んだまま、手にした棒を振るった。
「中身もかわいい子だったらね」
「「「!?」」」
その振りは彼女が愛用する大太刀、《斬鬼首切丸》だと誰もが幻視してしまうほどの鋭い剣閃。
彼女は《賢姫》。数々の武勇伝を持つエースにして普通科の学年主席。
裏の2つ名は《剣姫》。あるいは《剣鬼》だといわれ恐れられている。
ミヅルが飛ばした『斬撃』は、地面に線を引いた。
10メートルほど離れた動物たちの足元に。
「あ、あのっ、これは……」
「あら、幻聴かしら? くまさんが人の言葉を喋るなんて。……飛ばすわよ」
微笑む大和撫子。何を飛ばすのかミヅルは話さなかった。
「が、がうー」
うすら寒い笑みを見て、くまさんは怯えるように鳴いた。中身は泣いてるかもしれない。
ミヅルの武勇伝は学園でも有名。ほかの動物たちも首の付け根を手で抑えながらびくびくしている。
「いい? その線が私の間合い。動物さんたちは線から先へ越えないでね。……狩るわよ」
「ヒィッ!?」
ミヅルは北軍の侵攻を威圧するだけでしばらく抑え込んだ。
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