騎馬戦 -進軍フェイズ- 4
決戦フェイズまでの繋ぎの話。短いです
+++
騎馬戦は現在進軍フェイズ
以降ダイジェストでお送りします。
+++
報道部特設、屋外実況席。
ポピラの肩に乗っていたユーマの精霊は突然ぴくん、と体を震わせる。
「風葉ちゃん?」
風葉はそのままふよふよーとポピラの前に飛び、向かって敬礼した。
びしっ。
「かぜはじょうとうへー、出陣しますー」
びしっ。
「? もしかしてミツルギさんがあなたを呼んでるのですか?」
風葉は敬礼で肯定した。びしっ。
+++
撃墜王の紹介。
進軍フェイズで計29騎の騎兵を落としたのはこの人。
「……フフ」
赤いマフラーを靡かせ、忍者はまた1人北軍の騎兵を背後から吊るし上げる。
北軍を妨害するのは南軍に所属するエース、《霧影》のミスト・クロイツ。
彼の率いる報道部の隠密班は北軍の偵察兵を瞬く間に掌握。3隊に別れた北軍を完全に分断し、1部隊を壊滅させた。
尚、ミストは額に立派な1本角を生やしたうさぎの着ぐるみを背負っていたという。
「捕獲成功。チームへの貢献はこれくらいにしてそろそろ後輩と合流するとしよう」
+++
進軍中の西軍本隊。
「何? オーバが何者かに連れ去られただと?」
『そうなんだよベルちゃん』
偵察兵の報告を受けた、ショートカットの似合う彼女はベルティナ・アスク。
生まれる世界が違ったらソフトボール部のエースでもやってたんじゃないか、といった感じの彼女は戦士科の2年生。
《烈火烈風》の率いる騎士団、《紅玉騎士団》の団員でもある。
『ジンが南軍の女の子に捕まって、危ない!って思ったところで覆面の怪しい人がジンを攫って行ったの』
「なんだと? ……いや、まずその『危ない!』ってどのくらい危なかったんだ?」
『それは……うぅ。ものすごかったの』
「そ、そんなにか」
赤くなるベルティナ。偵察兵の態度からものすごい想像をした。
『ユンカちゃん達も身動きがとれなくて、私だけじゃジンを助けられないんだよう』
「わかった。すぐに行く」
ベルティナは勝手に偵察兵の通信を切った。
+++
「というわけで団長。あたしはオーバの、じゃない友軍の救援に行きます」
「馬鹿を言わないでくれ」
1人で南軍に突っ込もうとした後輩に、リアトリスは呆れて自らの額を抑える。
「いいかベルティナ。連絡してきた彼女もそうだが、西軍の騎兵であるお前が東軍の工作兵を助けに行ってどうする。そんなに彼が大事か?」
「い、いいいや、そんなこと……彼だなんて……」
「……はぁ」
ベルティナはもじもじとして否定。
すっかり恋する乙女に変わってしまった女戦士の変貌にリアトリスは溜息をつくしかない。
「頼むから勝手なことをせずここにいてくれ。……ただでさえ私の事を『団長』と呼んでくれるまともな団員はお前だけなのに」
「は?」
「いいから待機だ。これは命令」
「……了解しました」
命令と言われて渋々頷くベルティナにほっとするリアトリス。
「よし。戦場までもう一息だ。先行部隊に合流し、このまま一気に行くぞ!」
《紅玉騎士団》をはじめとする本隊のメンバーに向けて、リアトリスは檄を飛ばす。
それに応える彼女達。
「「「はい。お姉様!」」」
女生徒のみで構成される《紅玉騎士団》の伝統とはいえ、このノリだけは廃れて欲しいと願う《烈火烈風》の騎士だったりする。
「……はぁ」
「団長……」
+++
南軍の進軍ルート。その上空。
そこにいるのはベルティナに助けを求めた西軍の偵察兵、リン・エリン。
彼女がベルティナと知り合ったのは最近のこと。共通点は同じ2年生であることと、後輩の少年に『射抜かれた』ことくらい。
自力で飛行できるフェアリー族のリンは上空から南軍の動向を探っており、そこでジンを発見。
彼の活躍を遠くからこっそり見て応援していた。
「ベルちゃんが来てくれるまで私が頑張らないと」
攫われたジンの行方を探るため(この時点でジンを見失っている)、謎の覆面男を追って北軍の進軍ルートまで飛んでいくリン。
そして迷子になった。
「ふえーん。どうしてこの辺りだけ霧に覆われてるの?」
+++
北軍は早い段階から偵察兵を掌握されていた。開戦前の偵察で安全と判断した進軍ルートでさえミストが流した偽情報だったのだ。
ミストの罠にかかった北軍は、3隊とも待ち伏せに遭い集中砲火に晒されている。
「偵察兵同士で通信ができません。他の部隊と連絡がとれず状況が不明です」
「はじめに相手の目と耳を封じるやり方は……《霧影》か? マズイな」
しかし、北軍の大将もやられっぱなしではない。
水使いでもあるクオーツは《濃霧》という霧を発生する術式で部隊を眩ませた。《霧影》の御株を奪う手段で対抗したのだ。
しかも霧は別ルートを進む他の2隊を覆うほど広範囲に展開している。これは反則すれすれの、1度しか使えない北軍の切り札。
「これで飛び道具は狙いをつけられないはず。……やられたな。セイやセルクスは無事なのか?」
クオーツは霧の中で自分の部隊をまとめ、そのまま全速移動の指示を飛ばしながら南軍の工作兵を蹴散らして突破口を開く。
+++
同じく北軍。3隊に別れた部隊の内、ミストに襲われずクオーツとは別の残り1部隊。
待ち伏せされた南軍の攻撃をディジーと共に耐えていたアイリーンは、周囲が霧に包まれたことに異常を感じ取った。
「シルバルム。この霧はおそらく《青騎士》よ」
「ディジーさん。……ええ。決戦フェイズで使うはずだった集団儀式魔術。これを使うほどの事が本隊であったと思います」
「おかげで私たちも助かったけどね」
霧による妨害で敵の攻撃が弱くなった。視界が悪いのでアイリーンはすぐさま《氷晶球》を展開。
彼女は《感知》の特性スキルを頼りにして《氷晶球》に辺りを哨戒させる。
《氷晶球》の感知範囲に何か引っかかった。
「そこっ!」
アイリーンは氷の球体が感知した方向に向けて《氷弾》を放つ。
「うわっ?」
「! 今の声は」
霧の中から聞こえるのは驚いた少年の声。
アイリーンの知っている、敵の声だ。
+++
騎馬戦の裏舞台。
ミストと合流しようと急いで移動していた覆面野郎のユーマ。
彼は途中立ち込める霧で北軍の部隊にすれ違ったことに気付かず、不意打ちを受けた。
目の前を掠めて飛んできたのは氷の塊。
「うわっ?」
ユーマは驚き、転がるようにしてうしろに跳ぶ。
「! 今の声は」
聞こえてきたのはアイリーンの声。
(アイリさんか! マズイ。この霧の中でもしも感知範囲に入ってたら一方的にやられる!)
アイリーンから離れようと、一目散に逃げようとするユーマ。だが彼女に位置を探られる前に思わぬ助けが来た。
北軍本隊から来た伝令だ。
+++
「どうしてここにいるか知りませんが、逃がしません!」
ユーマを発見したアイリーン。感知した《氷晶球》に意識を集中して感知範囲を広げるが、そこに思わぬ邪魔が入った。
クオーツは北軍の偵察兵がほぼ無力化されていると読んで《蒼玉騎士団》の団員を直接伝令に派遣したのだ。
「本隊より伝令です! この霧に乗じて包囲を突破して下さい」
「偵察兵を通さない伝令? これは相当危ない展開みたいね」
事態を重く見たディジーはアイリーンに声をかける。
「聞いたわね。急いでここを突破するわよ」
「……」
だがアイリーンはユーマの探索に集中して返事をしない。
「シルバルム! 急ぎなさい!!」
「……わかりました。騎馬の皆さん、お願いします」
急かされて仕方なく指示に従うアイリーン。最後に声のした方へ一睨みしてディジーの騎兵に追随した。
ユーマを見逃したことが吉と出るか凶と出るか、今はわからない。
+++
東軍の工作兵を率いたティムスは本隊の殿を務めて敵の追撃部隊の猛攻を凌いでいた。
「少佐! もうここは持ちそうにありません」
「だから誰が少佐だよ」
あの覆面野郎共め、とティムスは舌打ちしてトリモチ弾を装填したバズーカを撃つ。
指揮官でもある彼は命中の確認もせずにバズーカを投げ捨て、すぐに部隊へ撤退の指示を出した。
「持ち場を放棄する。偵察兵が煙幕を張ったそのあとで囮部隊を出せ。俺達も『前進』して次のポイントで奴らを迎え撃つ」
「「「了解」」」
西軍が強行突破なら東軍は鬼ごっこ。
彼らはあえて敵を引き寄せ、追撃されることで敵工作兵の進路と妨害をコントロールしている。
撤退戦のような行動をとっているが決して後退はしていない。東軍はあくまで前進、進軍していた。
+++
北軍の通信妨害をしていたのは報道部の幽霊部員。
彼女は元落ちこぼれの技術士崩れであったが、《エルドカンパニー》を除いて唯一PCリングの解析に成功した人物でもあった。
ただその在り方はいわゆるハッカーである。今回は試験的に通信を傍受したり阻害したりしているが、ティムスの施したPCリングのリミッターの解除にもすでに成功している危険な存在。
その彼女、リリーナ・コンベスカは傍受した通信から迷子を発見。
迷子は少し前に別離した、今は簡単に会うことができない親友だった。
「……《黙殺》? ちょっと出かけるわ。貴女はそのまま狩りを続けて。あとで連絡するから」
+++
「……了解」
黒いローブを纏う死神は宙を舞う。いつものデスサイズの代わりに騎馬戦用の棒を担いで。
元エース、現報道部幽霊部員の《黙殺》はユーマと同じく裏舞台で暗躍していた。
彼女が見かけたのは校舎の屋上で佇む東軍の偵察兵。
隣には何故かぐるぐる巻きにされた美少年が寝かされている。
「……何をしてるの?」
「ん? ……どわっ!? ま、待て。味方だよ味方。ハチマキを見ろ。俺は東軍の偵察兵だ」
突然現れて棒を突きつけられた彼は慌てて両手を上げた。
「……味方?」
ちなみに《黙殺》は一応東軍の偵察兵に所属している。フード上からハチマキを巻いて怪しさ抜群。
+++
ティムス率いる東軍の工作兵に足留めされる西と南の工作兵たち。
東軍はその隙に森林ステージへと姿を消して妨害部隊を撒いて行く。
「東軍が撤退していきます」
「追うぞ。ここまできて絶対に逃がすな」
森林ステージからさらに逃げるように散開していく東軍。
彼らはまるで枝分かれするように先へ進むほど部隊が細かく分かれ、散り散りになっていく。
迎撃部隊を突破した工作兵たちもさらに追撃をかけるべく、同じように部隊を分けた。
孤立した東軍の騎兵を次々と追い詰めていく。
しかし。
「くそっ、こいつらよく見れば騎兵じゃない。偵察兵だ」
「あっ、馬も下ろして逃げていくぞ」
「この馬も偽物だ」
かれこれ20騎以上騎兵を倒した妨害部隊だがすべてハズレ。中には突然姿を消した騎兵もいたという。
「放っておけ。それより本隊はどこに……」
「うしろから東の工作兵だ!」
「挟まれただと?」
1度は撤退したティムス達の横やりが入った。そのまま工作兵同士の乱戦に突入。
「ここまで頑張ってもらったが悪いな。こっちはすべて陽動だ」
+++
「本当に撤退戦のようだな」
追撃から逃げる今の東軍の大将は敗戦の将そのもの。
だが彼は大将ながら陽動の要。敵の餌でもある。絶対に捕まらず、逃げ続けなければならない。
「作戦とはいえ敵は攻めることに気をとられ過ぎているな。いい加減陽動だと気付いてもいいだろうに」
ブソウはそう呟いて地図を確認。分岐ルートを確認して部隊をさらに分割する。
屋外演習場へ向かった東軍の部隊はすべて囮だった。
追撃されている東軍の騎兵は大将のブソウ、副将のミヅル除いて全て防衛兵や偵察兵、あるいはブソウの《紙兵》やティムスの《複製》したカカシで偽装したもの。もう30騎ほど敵の工作兵にやられたが、本物の騎兵に実害はまったくない。
「いや、相手も偽物ばかり相手にしてムキになっているかもしれないな」
ブソウは分かれる囮部隊に指示を送りながらそう思い直した。
「ブソウ君。これで囮部隊はすべて行ったわ。次は?」
「このまま森林ステージから出て南区へ行く。エルドや囮のおかげで向こうもかなり分散した。これなら俺達2人だけでも突破できる」
「まったく。とんだ逃避行ね」
ミヅルは自分の身長よりも長い棒を手にし、軽く振って握りを確かめるとブソウに向けてにっこり微笑んだ。
「あなたも男なんだから、か弱い女の子1人くらいちゃんとエスコートしてね」
「クルスの剣を斬り飛ばしたお前のどこがか弱……いや、喜んで貴女様をお守りいたします」
いつの間にか喉元に突きつけられた棒。冷や汗をかいてブソウは発言を訂正した。
森林ステージを抜けて南区に向かう東軍の部隊はたった2騎。
残りの騎兵48騎の行方は知れない。
+++
ふよふよー、と空を飛ぶユーマの精霊。
《交信》でユーマに呼ばれた風葉は砂の精霊が宿る《白砂の腕輪》をエイルシアから受け取り、「サラっちは重いですー」と文句を言いながらユーマの元へ向かっていた。心なしか飛び方が不安定。
一方、主戦場までもう少しといったところの西軍先行部隊。
敵工作兵を退け、一段落したヒュウナーは人馬の上でのんびりとモヒカンにした髪をを弄っていた。
「うし。セットは完璧。しっかしこの育毛剤はよう伸びよる」
ヒュウナーは一昨日、自慢のモヒカンを風葉に刈り取られたばかり。まさか2日で元に戻るとは思いもしなかった。
恐るべし、練金科の試作育毛剤。
ヒュウナーが風葉と遭遇したのはこの瞬間。
「ん?」
「あー」
すぱーん。
「あのチビ! 今度こそシメたるわ!!」
モヒカンを3度も刈られて怒り狂うヒュウナーを呆れた目で見るのはエイリークとアギ。
「何してんだあいつ? 落ちるぞ」
「暴れ足りないんでしょ」
小さな風の精霊に2人は気付かなかった。
モヒカンを刈り取った風葉は満足そうにふよふよー、と飛んで行く。
「さっぱりしましたー」
+++
最後は南軍。
ジンの奇襲以降ここは安定している。
「俺の、出番はっ、まだかぁああああああ」
以上。リュガの心の叫びでした。
+++
現在の各チーム損害状況
東軍騎兵: 50→??
西軍騎兵: 60→45
南軍騎兵: 40→36
北軍騎兵:100→62
そして騎馬戦はいよいよ決戦フェイズへ。
+++




