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幻創の楽園  作者: 士宇一
幕間章 合戦編
96/195

騎馬戦 -進軍フェイズ- 3

話はジンからユーマへ

 

 +++

 

 

「? この感じ」

 

 工作兵を捕まえていたダークエルフの少女、ユンカは突然エルフ族特有の先のとがった耳をピクッと震わせた。

 

 ユンカは南軍の防衛兵だ。強化系魔族である彼女のパワーとスピードを活かした、小回りと機動力のある壁役としての配置である。

 

 加えてユンカは対人戦の能力も高い。彼女はクルスが早期発見する敵工作兵にいち早く追撃をかけ、無力化することで活躍。今は猟兵のような役割をしている。

 

 また、ユンカとペアを組むのは彼女とジンを奪い合うライバルのセリカ・フォンデュ。

 

 2人で組むと偵察兵であるセリカよりも索敵はユンカの方が得意。なのでもっぱら通信担当のセリカであるが、彼女の本領は別の所にある。

 

 それは《活性》を使った後方支援だ。馬を担ぐ生徒の疲労回復や、度重なる妨害で怪我した生徒の治療ができるセリカは衛生兵と呼ぶべき稀少な回復ユニットだった。

 

 

 セリカはユンカの様子がおかしいことに気付き、声をかける。

 

「ユンカさん?」

「ジンが近くにいる」

「えっ? ……! たった今本隊から連絡がありました。大将である先輩が狙撃を受けたそうです。狙撃手を捜索する指示がきてます。おそらく……」

「うん。ジンが危ない」

 

 

 ジンが動くその時、彼女たちもまた動き出す。

 

 

 

 

「でもどうしてジン様がいることがわかったのですか?」

「矢が風を切る音、あと風にのったジンのにおい」

「……そうですか」

 

 におい……私はまだまだですね、とセリカ。

 

 

 別にユンカはエルフだから鼻が効くわけではない。

 

 +++

 

 

 状況確認。ここは校舎に挟まれていて道が狭い。

 

 故に南軍は密集を避けるために騎兵を2列にし、縦の間隔を空けて長蛇の列を作っていた。防衛兵は騎兵1騎につき3、4人付いて今も周囲を固めている。

 

 ジンが狙撃した位置は向かい合う校舎を繋ぐ3階の渡り廊下。クルスは隊列の中央付近にいたので全軍の3分の1はすでに渡り廊下をくぐりぬけている。

 

 そこにジンは飛び降りた。渡り廊下を境に南軍の隊列を分断するように。

 

 

「《射抜く視線》」

 

 

 クルスがそう呟いた時、その時にはもう渡り廊下の真下にいた部隊が煙幕に覆われていた。

 

 +++

 

 

 ジンの射抜いた煙幕玉は《組合》の特製。特別なキノコとその胞子を材料に使ったもので、強い衝撃を与えるとそれだけ勢いよく、広範囲に粉塵が飛び広がる。

 

 人が飛び降りた。それだけで驚きなのに、さらに南軍の生徒たちは続く爆発と共に煙幕で視界を奪われる。

 

「敵襲です。数は1!」 

「わかってるよ。全軍待機。直ちに停止して対衝撃防御を急いで」

 

 パニックを起こさないようにマークが指示を送る。

 

「まず煙幕をどうにかする。僕らの大将が」

「俺かよ」

  

 クルスは「せめて剣を使わせろ」とぼやき、手枷を嵌めた両手を突き出して《旋風砲》の構えをとる。

 

 +++

 

 

 落下しながら煙幕を張ったジン。だが何の装備もなしに3階から飛び降りれば流石に無事ではすまない。彼は《天駆》のような術式は習得していなかった。

 

 かわりにジンは煙幕を張る前、飛び降りる場所に狙いをつけていた。それは真下にいた防衛兵。

 

 落下の勢いそのままに、ジンは防衛兵が構える大盾を思いっきり踏みつける。

 

「ごめん!」

「何? どわっ!?」

 

 騎馬戦で使われる盾は特殊な衝撃吸収材でできている。ジンはそれをクッションに利用したのだ。

  

 踏み台にされた防衛兵はそのまま蹴り飛ばされて転倒。ジンは盾を蹴った反動を利用して大きく飛び退き、腰のポーチから工作兵に支給される妨害アイテムを取り出す。

 

 煙幕の中では視界が遮られ《射抜く視線》を使った攻撃ができない。ジンにできるのはせいぜい煙に乗じて南軍をかき乱すだけ。

 

 ところがジンが飛び降りてすぐに煙幕が突然の強風に吹き飛ばされた。クルスによる加減された《旋風砲》の衝撃波だ。

 

「!? 煙幕が」

「囲め!」

 

 敵陣のど真ん中で姿を晒し、孤立するジン。南軍の生徒に前後を挟まれる。

 

「動くな」

 

 ジンはアイテムをポーチに戻すと《幻想の弓》を構えて牽制。近づこうとした生徒が《射抜く視線》に身を竦まされる。

 

「……ふん。《射抜く視線》なら知っている。奴の弓は連射はできない」

「初撃を凌いだら集団でかかるぞ。防衛兵は前へ」

 

 小隊長の指示で騎兵の前に大盾を構えた防衛兵が出る。騎兵たちも自分の頭を守るように盾や棒を構え出した。

 

 鉄壁の防御布陣を敷いたままにじり寄る防衛兵。

 

 それでもジンは諦めない。

 

 彼はただ一緒に戦った先輩たちの為に全力を尽くすだけ。

 

 

「……この矢は、あらゆるものを『射抜かない』」

 

 

 ジンは矢をつがえる。小隊長の判断ミスは彼に1度でも撃つ隙を与えたことだ。

 

 手にした『矢』は4本。それをジンは1度に放つ。

 

 束ね撃ちだ。拡散して飛ぶ矢が南軍の生徒たちに向かい、盾を貫通する。

 

「あっ……うぁあああああ」

 

 矢の1つが眉間を撃ち抜いた。

 

 他の矢も防衛兵を貫いて騎兵へと向かっていき、突き抜ける。

 

「嘘っ」

「盾が……うわぁ!?」

「矢が、あ、頭にいぃぃ」 

 

 続けてジンは矢の束を狙いもつけずに撃ち放つ。防御の上から貫通する矢を撃たれた生徒はパニックに陥った。

 

 

 ジンの新術式、《幻影の矢》。その矢に防御など無意味、『すり抜ける』からだ。

 

 《幻想の矢》の矢が不可視で実体があるのに比べ《幻影の矢》は目に見えるが実体がない。幻の矢なのだ。

 

 撹乱と牽制を目的とした騙し技。しかし実際に矢を受けた者はどう感じるだろう。

 

 盾を突き破り目前に迫る矢。意表を突かれた上で撃ち抜かれる頭や体。やられたと幻覚してもおかしくない。

 

 ジンの《幻創》した矢は風を切る音や衝撃を再現し、撃たれた生徒の混乱に拍車をかける。

 

「今だ!」

 

 包囲が崩れた。ジンは南軍の前方の方へ駆け出し(後方にクルス達がいるのでジンは相手にしたくない)、防衛兵の壁の隙間を飛び込むようにして抜ける。

 

 狙うのは騎兵のみ。ジンは地面を転がりながら、今度こそポーチから妨害アイテムを取り出した。煙幕玉とは違う玉。

 

 ジンはそれを《射抜く視線》を使い連続で投擲。狙い通り騎兵たちの足元に玉を落として、粘着質の物体を地面に飛散させる。

 

 その玉は『トリモチ玉』だ。ティムスがユーマと共同で開発した『おもちゃ』の1つ。

 

 即席の罠を張るとジンは膝をついたまま《幻想の弓》を構え、大声で叫ぶ。

 

 

「撃つぞ。死にたくなかったら……どけぇぇぇぇ!!」

 

 

 精一杯脅しながら《幻影の矢》の束ね撃ちを騎兵に向けて放つ。

 

 ジンの気迫と向かってくる矢の雨に慌てた騎兵は逃げようとしてトリモチの罠にかかり、足をとられて勢い余って転んでしまう。

 

「慌てるな! 矢は幻だ」

 

 流石に何度も撃てば《幻影の矢》の正体が見破られた。落ち着きを取り戻した小隊長の指揮が飛ぶ。

 

「ここまでだ。盾を構えながら囲んで突撃、奴を拘束しろ!」 

「まだ!」 

 

 突撃する防衛兵。でもまだ捕まっていない。

 

 最後にもう一騎、小隊長を道連れにしようとジンは《幻想の矢》をつがえる。

 

 

 《射抜く視線》で小隊長のハチマキに狙いをつけ、しかしジンがその矢を放つことはなかった。

 

 彼女たちが駆け付けて来たのだ。

 

「ああっ、手がすべったぁ!」

  

 ユンカが投げた棒が弧を描き、小隊長の頭部に直撃。そのまま人馬から転げ落ちる。

 

「ぶふっ!」

「皆さん、援護します」

 

 セリカの《光の矢》はジンに向かう防衛兵を阻むように降り注ぐ。

 

 味方からの攻撃に再び混乱する南軍。これにはジンも唖然。

 

「ユン? それにセリカさん」

「お、お前達、何をする!」

「だから手がすべったのよ」

「援護ですわ。先輩」

 

 しれっと嘯くユンカとセリカ。

 

 彼女達にとってジンの敵は味方でさえ敵だった。

 

「今のうちです、ジン様」

「早く逃げて」

「でも」

 

 今の僕は君たちの敵なんじゃ……、とジンが戸惑ったところで不意を突かれた。

 

 

 突如ジンの足元から鋼鉄の円柱が出現する。

 

 

「なっ!?」

「ジン!?」

 

 ズシンと響く衝撃。

 

 突き出す円柱に打ち上げられ、上空へ高く突き上げられるジン。

 

 彼は不意打ちに何も対応できずに落下、受け身も取れないまま地面に墜落する。

 

(そんな……僕だけを狙って)

 

 

 周りを巻き込まない地形操作の攻撃。

 

 囲まれたこの位置からだとジンの姿はあの黒衣の魔術師には見えないはずなのに。

 

「がはっ」 

「ジン様!」 

「……い、今だ。捕えろ」

 

 背中を強く打ちつけたジンは衝撃で息を吐き出す。

 

 ジンは驚いたようなセリカ達や小隊長の声を聞きながら、そのまま意識を失った。

 

 +++

 

 

「動きが止まった。距離は前方38、いや9。左に6°だ」

「んー。ほいっと」

 

 クルスの『目』を頼りにマークは《黒鋼柱》を展開した。

 

 これがピンポイント攻撃の正体。クルスが《気》を探って観測手を務め、マークがそこへ正確に攻撃術式を発動したのだ。

 

「どうかな?」

「現場の偵察兵より連絡。攻撃は目標に直撃、沈黙しました」

「やったね。さすがは僕らの大将」

「ふん」

 

 クルスは不服そうに鼻を鳴らす。間接的な手段は好みでなかった。

 

「被害はどうだ?」

「はい。騒ぎの割に怪我人は少なく、軽傷ばかりです」

 

 ひどいのはジンに踏み台にされて倒れた防衛兵。あとユンカに棒をぶつけられた人馬から落ちた小隊長くらいだ。

 

「あと騎兵がトリモチに足をとられて転倒しています。小隊長を含めて4騎やられました」

「4騎も」

 

 南軍の編成した騎兵は40騎。1割の損害となる。

 

 小隊長を落としたのは味方ユンカだけど。

 

「4騎ですんだ、と考えるべきかな? 彼が先に奇襲をかけて、そのあとに大玉を転がされたらもっとやられていたかも」

「そうだな。……マーク」

「なんだい?」

「いい加減俺をここから出せ」

 

 何度目になるかわからない抗議。ジンの奮闘に疼いてきたらしい。

 

「あはは。……全軍に通達。進軍を再開するよ」

 

 マークはこれを無視した。

 

「おい」

「怪我をした人は手当てを急いで。トリモチは防衛兵に支給された『はがし液』を使えばとれるはずだから、やられた子に渡してあげて」

「無視するな」 

 

 

 こうして、奇襲を乗り切った南軍は主戦場のある南区へ進軍を再開する。

 

 

「みんな、戦場まであと少しだよ。頑張ろう!」

「覚えてろよ」

 

 

 クルスは我慢の限界らしく、爪先に小さな《気》の刃を創りだすとこっそり手枷を削りはじめた。

 

 

 南軍騎兵:40→36

 

 備考:南軍はこの先騎兵に損害を出すことはなかった。

 

 

 

 

「後方の部隊より連絡。ジン・オーバが何者かによって連れ去られました」

 

 

 この報告をクルス達が受けたのは進軍を再開してすぐの話。

 

 +++

 

 

 一方、その頃のユーマ。

 

 

「少佐、応答願います」

『誰が少佐だ』

 

 騎馬戦とは別に暗躍するユーマはティムスに連絡をとっていた。

 

 足元にはユーマが捕まえた男子生徒が2人いる。

 

「そっちはどう?」

『あの覆面馬鹿のせいで酷い行軍ピクニックをしている。何だ?』

「ジンは狙撃に失敗したよ」

 

 ユーマは途中、偶然追われている東軍の生徒を見つけた。ジンと一緒にいたあの偵察兵の先輩だ。

 

 彼を助け事情を聞いたユーマはそのままジンの様子を見に行くが、その時にはもうジンが気絶したあと。ハチマキもとられてしまっていた。

 

「気絶したジンを放置させとくといろいろと危ないことがわかったから『保護』しておいた。あとで人を寄越して回収に来て。男を」

 

 眠れる美少年ジン・オーバ。彼を捕虜として連れて行こうとした女生徒たちを思い出してユーマは身震いする。

 

 彼女達はユンカ達がいない(味方を攻撃した疑いがあるので監視されている)ことをいいことにジンに近づいた。

 

 取り上げたジンのハチマキを奪い合いはじめ、ジンの寝顔を撮ったり髪や頬、唇まで手で触れてくるジンのファン達。

 

 それからさらにエスカレートして、遂には彼の服に手を伸ばし……

 

「……うん。危なかったよ」

  

 ユーマによってジンの貞操は守られたのだ。

 

『わかった。……あいつには無理させたな』

「ジンは頑張ったよ」

 

 それでさ、とユーマは本題に入る。

 

「ティムスは工作兵の指揮を執ってるけど、ジンの所へ応援の部隊を寄越すよう指示したの?」

『何?』

 

 ティムスは何を言われたのかわからなかった。

 

『ジンは単独行動をさせていたはずだ。《剣闘士》を相手に狙撃するとなれば他は足手まといになる』

「俺もそう思う。クルスさんの感知能力は半端ない。遠距離から不意打ちを仕掛けられるのは、俺が知る中じゃジンだけだ」

 

 それでユーマも南軍が進軍するまで身動きが取れなかったのだ。

 

「でも実際ジンの足を引っ張る奴らがいた」

『……お前はどう思う?』

 

 ティムスは訊ねる。

 

「手柄欲しさにジンに便乗した、ってところかな。あとで詳しく聞こうと思うけど」

『誰にだ?』

「その援軍に来た部隊の人」

 

 ちらっと下を見るユーマ。

  

 捕まえてぐるぐる巻きにしている生徒はあの東軍の偵察兵だった。

 

 何故かジンまでイモムシ状態。持ち運びやすいから。

 

「また何かあったら連絡する」

  

 通話を切った。次にユーマは捕まえた偵察兵の話を聞くことにする。

 

「さて。ティムスの裏は取れたし、話してくれるよね? ジンに近づいた編入生さん」

「ああ」

 

 

 編入生と呼ばれた偵察兵の彼は、すでに観念していた。

 

 +++

 

 

「助けられたと思えばすぐに捕まえられるとは思わなかった。気付いてたのか?」

「まあね」

 

 編入生に関しては報道部の情報に合わせ、ユーマは運動会の当日もシラヌイ君にチェックを入れてもらっている。

 

「独断で部隊を組んでジンの加勢をしたのは『《剣闘士》を討ちとった1人』という功績が欲しかった。そうですね?」

 

 ユーマが訊ねると彼は肯定した。

 

「そうだ。本隊からの指示は偵察兵を通して前線に伝えられる。俺は偵察兵であることをいいことに偽の指示で部隊を動かしたんだ」

「そのせいでクルスさんにジンの居場所がばれて失敗したと」

「……」

 

 偵察兵は苦い顔。彼はユーマに言われるまで自分の失敗に気付かなかった。

 

 ユーマは話を続ける。

 

「『俺達』は騎馬戦の選手に紛れて不正な行為、不審な行動をとる生徒を取り締まっています。それで西軍の工作兵にもあなたのように独断で動く生徒がいました。捕まえたのはみんな最近来た編入生です」

「……」

「あなた達は《会長派》ですね。彼らの狙いが何で、何の目的で動いているのか話して下さい」

「わかった。でもお前は勘違いしている。俺達はまだ生徒会、《会長派》と呼ばれる組織の人間じゃない」

「えっ?」

 

 ユーマは驚く。

 

「《会長派》じゃ、ない?」

「そうだ。俺を含め編入生のほとんどは確かに生徒会長に招待されて学園に来た。だがここに来た俺達はまだ試されている。生徒会長にだ」

「……」

 

 話を聞いて編入生の事情を知るとユーマは黙り込んだ。

 

 

 要するに、編入生たちにとって運動会は《会長派》への採用試験だったのだ。

 

 彼ら編入生は功績を上げて《会長派》に取り入るために、編入生同士で競い合っている。

 

 

 何も知らない生徒たちまで巻き込んで。

 

  

「どうした?」 

「……部長さんの言うとおりだ。会長さんのやり方は楽しくない」

「餌の事か?」 

 

 編入生達は生徒会に入るメリットと《会長派》の特典を予め説明されていた。

 

 豊富な装備の貸し出しに個人ランクとは別に支給される高額なクレジットポイント。

  

 学園のイベント以外にも学生ギルドの依頼も優遇される等、それはエースとは言わずともランクA以上、特待生と遜色がない待遇である。

 

「確かに他校ではありえない待遇に目が眩んだ奴だっている」

「違う。運動会でも賞金や景品は出ているんだ。ご褒美の話じゃない。こういったみんなでやるイベントは『みんな』でやるべきなんだ。なのに」

 

 手柄欲しさに独断で動き、チームの和を乱す編入生たち。

 

 編入生たちは《会長派》の試験だのどうだの、運動会とは別の余計なことに気をとられて『みんな』の輪の中から外れてしまってる。

 

 彼らは『編入生』、もしくは《会長派》という枠に収まろうとして自らほかの生徒達と壁を作り、孤立しはじめているようにユーマは感じるのだ。

 

「あなた達だってもう同じ学園の生徒、仲間なのに」

「そうだな。でもこの学園は広いんだ。俺達新参者の肩身が狭くなるくらい」

 

 編入生である彼は「はじめて訪れた時は驚いた」と、そう言った。

 

 《組合》をはじめとするたくさんの集まりと、自由に活動する学園の生徒たちに。

 

「できあがった輪の中に入るのはとても勇気がいるんだ。編入生同士だって知り合いは少ない」

「あ……」

 

 編入生のすべてが優遇されたくて《会長派》に入ろうとしたわけじゃなかった。

 

 彼らはただ学園に居場所が欲しかっただけ。

  

「わかります。俺も編入生だったから」

 

 すこしだけ編入生達の気持ちがわかった気がした。

 

 

 ユーマの場合少し違う。学園に向かう途中で彼はもうアギに出会い、学園にエイリークがいることを知っていたから。

 

 多少の事件を起こしたが、ユーマは2人のおかげですんなりと彼女達の輪の中に入ることができた。

 

 でもユーマは1人だけ取り残された、居場所のない寂しさを知っている。

 

 それはユーマが異世界の人間だから。

 

 『こっち』へきてすぐエイルシアに出会えなかったら、ユーマはこの世界でどんな思いをしたのかわからない。

 

 

 俺は恵まれている。ユーマは改めてそう思う。

 

 

「俺達を呼んだ生徒会長が1番に誘いをかけてくれた。皆の輪の中に入るきっかけ、新しい学園生活を送るに《会長派》は好条件だったのさ」

「でも俺は運動会とか、こんなイベントでこそみんなと交流して、あなた達に輪の中に入って欲しかったです」

「そうだな。……その通りだった」

 

 ユーマに同意した彼は、気絶して眠るジンを見た。

 

 

 ――僕は協力してくれた先輩たち、仲間を見捨てたくない――

 

 

「ジンは騙していた俺に、協力してくれたから仲間だと言ってくれた。《会長派》にならなくてもそれだけでよかったんだ」

 

 ジンが先輩と呼んでくれるだけで、彼は居場所を手にすることができたのだ。

 

「俺はもう大丈夫だ。この学園で後輩ができたからな」

「そうですか」

 

 よかったです、とユーマ。

 

 彼はもう完全に学園の生徒だ。仲間がいるから。

 

「これからもジンと仲良くしてあげて下さい。こいつ、体質なのか運命なのか友達(男)が少ないんで」

「? そうか」

 

 よくわからないまま、それでも快く引き受けた編入生。

 

 彼が《射抜く視線》の先輩としてジンを取り巻く彼女達に巻き込まれ、翻弄されるようになるのはまだ先の話である。

 

 

「まだ騎馬戦は終わっていません。主戦場へ。今度こそチームの、同じ学園の仲間の為に頑張ってください」

「ああ。何をしているのかわからんが、お前も頑張れよ」

 

 

 ジンを彼に任せ、ユーマは《霧影》、《黙殺》の2人と連絡をとると再び舞台裏へ姿を消した。

 

 

 

 

 取り残された編入生、ジンの先輩はそれからずっと考えていた。

 

「どうして彼は覆面を被っているのだろう?」

 

 +++

 

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