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幻創の楽園  作者: 士宇一
幕間章 合戦編
94/195

騎馬戦 -進軍フェイズ- 1

生まれ変わるエイヴン

 

短くまとめたいけれど、どうも長くなりそうで……

 

 +++

 

 

 騎馬戦の進軍フェイズがはじまる少し前。

 

 東軍のスタート地点である拠点では、小隊長となったエイヴンことコロデ訓練兵もまた出陣を時を待っていた。

 

 そこに現れる彼の『教官』。エイヴンは慌てて姿勢を正す。

 

 

「教官!」

「楽にしろ。……たった1日で立派になったな」

 

 

 なぜか覆面を被っている鬼教官の声はやさしい。エイヴンはそれだけで泣きそうになった。

 

 訓練ではあんなに厳しく、人間扱いさえしてくれなかったのに。これで終わりだと思うと胸に来るものがある。

 

「もう教えることは何もない。ウジ虫以下のクソ野郎だった貴様も、今この時から少尉。立派な士官だ」

「でも、私はまだ」

「馬鹿野郎!」

 

 教官はエイヴンの頬を殴る。結構本気。

 

「ぐはっ」

「自信を持て。俺はあの一晩で貴様にすべてを叩き込んだ。あとはお前の心次第だ」

「教官……」

「餞別だ」

 

 教官は被っていた覆面を脱ぐとエイヴンに差し出す。

 

「これは?」

「《天下無双薙刃神教》、その司祭の証」

「!?」

 

 エイヴンは驚いた。

 

 この覆面、元は《グナント竜騎士団》の刺客として現れたイース達が被っていたもの。教官はこの覆面を被り先の皇帝竜事件の裏で暗躍し続けた。

 

 《天下無双薙刃神教》を興してイース達を脅迫し、仲間たちをつけ狙う竜騎士団を捕まえては自警部に押し付けた。ディジーを説得したせいで《アイリーン公式応援団》の名誉部員になったりもした。

 

 エースになってからも任務でしばしば着用しており、彼が碌でもないことをする時はいつもこの覆面と共にあった。

 

「これを被れば東軍の武人達も力を貸してくれるはず」 

「こんな大事なもの」

「貴官は実績のないルーキーだ。使えるものは使え。俺の師(兄)もそう言っていた」

「……ありがとうございます」

 

 エイヴンは感涙して覆面を受け取り、被る。

 

 ……見るからに怪しい不審者ができあがった。

 

「どうでしょうか?」

「……」

 

 覆面教官もといユーマは笑いを堪えた。

 

 マズイ。妙なテンションから素に戻りそう。

 

「……よく似合うぞ」

「はっ。ありがとうございます」

 

 エイヴンは敬礼。彼の場合、ノリではなく本気だった。

 

「集合!」

 

 ユーマの号令で集まる5人の仲間たち。

 

 彼らはエイヴンと同じ覆面を被っている。《エルドカンパニー》の社員たちだ。

 

「突然の招集に皆よく集まってくれた。……イース曹長!」

「はっ」

 

 覆面野郎達のリーダーは前に出て敬礼。

 

「曹長はアルス伍長、サンスー伍長達と共にコロデ少尉の馬になってもらう。作戦上4人には相当な負担がかかるが……」

「問題ありません。勝つまで走り続けます」

「頼む。少尉を下から支えてやってくれ」

「「「「はっ」」」」

 

 元竜騎士団である4人組は起用してくれたユーマに感謝の敬礼。

 

 皇帝竜事件編が終わり、モブになりつつある彼らは返り咲く活躍の機会を待ち望んでいたのだ。

 

「次。ルックス少尉」

「はい!」

「……ルックス、返事が違う」

「は、はっ」

 

 ぎこちなく敬礼する天使のような美少年もまた覆面を被っていた。

 

「少尉は偵察兵だ。隊の目となり耳となって状況を把握し、口となってコロデ少尉の声を東軍の皆に伝えてくれ」

「僕にできるでしょうか」

「PCリングを使うことに関しては少尉の右に出る者はいない。……男を上げるんだろ?」

「!! はっ」

 

 ユーマの言葉でルックスは弱音を吐いた自分を恥じ入り、気合を入れ直した。

 

(そうだ。僕はこの騎馬戦で男であることをもっと主張するんだ。女装させられるのも女の人に可愛がられるのももうまっぴらだ)

 

 イース達もそうなのだが、存在を主張するにも覆面を被った時点で誰だかわからないのだけれど。

 

 

 5人の他もう1人。最後はシラヌイ君。

 

「シラヌイ君軍曹。防衛兵だね」

「なぜ僕だけ君付け?」

 

 メンバーの中で唯一覆面を被っていないシラヌイ君。彼の時だけユーマは素に戻った。

 

「何となく。駄目かな?」

「いえ、別にいいんですけど」

 

 仲間はずれにされたみたいでちょっと不満そう。

 

「まあ、いいや。シラヌイ君はエイヴんを守る盾役なんだけど大盾使わなくて大丈夫?」

「刀使いの僕は盾は合わないんです。代わりに長物を使って薙ぎ払います」

 

 シラヌイ君は大盾の代わりに長刀のように長い棒を手にしていた。

 

 基本武器となる棒や盾の素材は《組合》の開発した新素材を採用したもの。ソフトな肌触りで軽く、芯があってもどこか柔らかい。

 

 棒の中身は空洞。風船のように空気で膨らませる衝撃緩和材だという。この棒は持ち手の空気調節器を使うことで槍のように伸ばすことや棍棒のように太くすることができる。

 

「そっか。機動力を重視するとそっちがいいかもね……さて」

 

 ユーマは改めてエイヴンの方に向き直ると教官モードに戻る。

 

「コロデ少尉。以上が君に与えられる部下、いや仲間たちだ。彼らと共に戦い、東軍に勝利をもたらしてくれ」

「はっ」

 

 ユーマに向けて全員が敬礼。ユーマもまた彼らに敬礼を返す。

 

 

 1日限りの伝説となるミツルギ戦隊、コロデ小隊結成の瞬間。

 

 

「さあ行け。将軍ブソウさんが待ってる」

 

 実際ブソウは裏でこそこそとするユーマ達を睨んでいた。冗談はここまでらしい。

 

「教官、お世話になりました。コロデ小隊、出撃します」

 

 ユーマはエイヴン以下7人の男たちにすべてを託し、彼らを戦場へ送り出すのだった。

 

 

 

 

「頑張れエイヴん。……よし。俺も行くか」

 

 そしてユーマはポケットからあらたな覆面を取り出して被った。

 

 

 愛着があるらしい。

 

 

 +++

騎馬戦-進軍フェイズ-

 +++

 

 

 騎馬戦の進軍フェイズ。ここでは各チームが学園の4方に指定された拠点から決戦フェイズの舞台となる主戦場に騎兵を移動させることが目的となる。

 

 

 各チームの攻略目標で自軍の防衛対象である『大将旗』は主戦場の各本陣にある。

  

 決戦フェイズは騎兵が1騎でも主戦場に入れば開始されるので、いち早く騎兵を主戦場へ進軍させれば防備を固められる前に旗を奪いに行ける。早期決着もあり得る。

 

 ポイントとなるのは進軍ルートの選定と『工作兵』の配置。

 

 工作兵は進軍フェイズでしか活躍できないが騎兵を攻撃できる。相手チームの足止めと騎兵の数を減らす役割を持つ工作兵を活かすことができれば、決戦フェイズの序盤から有利な展開に持ち込むことができるのだ。

 

 ところがスタート地点となる拠点は決められているが進軍フェイズの舞台は学園全域。どのチームも進軍ルートは無数にある。

 

 工作兵で妨害、逆に敵の妨害をなるべく回避するにはお互いの進軍ルートの読み合う必要があるのだが。

 

 

「部隊を3つに分ける」

 

 

 工作兵のいない北軍は進軍ルートだけを考えればよかった。

 

 

 

 

 妨害は相手任せ。他の3チームで潰しあえというのが北軍。

 

「これだけの大部隊を1度に引き連れると流石に隊列が伸びすぎて奇襲が怖い。一網打尽の恐れがある。先行した偵察部隊によると安全と思われるルートは3つ。3方向から同時に進軍することにする」

 

 大将であるクオーツは学園全域の地図を広げて各ルートを説明。小隊長達に作戦を告げた。

 

「どの部隊も本命で囮だ。1部隊あたり騎兵は約30騎、北軍だけを集中して妨害でもしない限りすべての部隊を止めることはできないはず」

「よろしいですか」

 

 質問するのは今回魔術師の騎兵部隊を率いるアイリーン。

 

「3部隊の内2部隊を大将、副将の先輩方が率いるとして残り1部隊の指揮は一体どなたが?」

「僕がやろう」

 

 名乗り出るのは生徒会長。彼は一般生徒ながら騎兵だった。

 

「貴方が?」

「セイ。しかし」

「クオーツ。僕に任せてくれないか? 生徒会長として君やメリィがいなくてもできるところをアピールしておきたいんだけど」

 

 生徒会長の脇を固めるのは《会長派》の生徒たち。他にもアイリーンの見知らぬ生徒たちがいる。

 

(編入生……)

 

 おそらくそうだろう。アイリーンは編入生達が何か仕掛けるだろうとユーマが言っていたのを覚えていたがこれを無視する。

 

 クオーツは生徒会長に答えた。

 

「わかりました。ただし決戦フェイズではメリィを護衛に付けます。いいですね?」

「ああ。わかった」

 

 過保護な騎士に苦笑する生徒会長。

 

 そんな彼らにアイリーンは「もう1つ」とユーマの話をする。

 

 彼女は今回ばかりは本当に敵とみなしている。

  

「《精霊使い》。元北軍だった彼は今東軍に身を潜めていますけど」

「何?」

「こちらの考えは東軍に読まれているのでは?」

「問題ない。編成は今朝組み直したもので北軍でミツルギが立てていた作戦も把握している。その傾向もだ」

 

 対策は立てることができると自信を持って答えるクオーツ。

 

「逆にミツルギの策をこちらで使ってやろう。……メリィ。あれをやるぞ」

「おお! あれだな。すぐ準備するぞ」

「あれ……?」

 

 

 どこか嬉しそうな着ぐるみ狂戦士の声を聞くと、アイリーンはどことなく不安を覚えた。

 

 +++

 

 

 一方、東軍の指揮官たちも北軍同様、偵察兵の情報を得て進軍の作戦を練り直していた。

 

「工作兵の指揮はエルド、お前に任せているが問題ないか?」

「ああ。配置は済ませている」

 

 東軍工作兵の総指揮官であるティムスはブソウに頷いた。

 

「工作兵の全員が一般生徒で女ばかりだが、支給してある妨害アイテムの使えばそれなりに戦果を出せるはずだ」

 

 ティムス自身が作った妨害アイテム。これは以前ユーマのアイデアを元に創った『おもちゃ』の数々であり、前にユーマが使ったバズーカや各種捕縛アイテムが用意されている。

 

 これらのアイテムは自警部の新装備となるものの試作品で簡易版。性能テストも兼ねている。

 

「南に割振った工作兵が少ないようだが?」

「あそこは牽制程度しかできないだろ。南は騎兵を馬まで精鋭で固めた上に1騎につき防衛兵が4、5人つく計算だ。足止めはできても騎兵を削ることは難しい」

「そうかもな」

 

 ティムスはそれで北と西の2チームを中心に攻めることにしたのだ。

 

「まあ、南軍に何もしないわけじゃないが」

「《射抜く視線》か」

 

 ブソウは急遽配置換えをした1年生の事を思い出す。

 

「そうだ。あんたは女子の機嫌取りにあいつを騎兵にしたみたいだが、正直勿体ないと思ってたぜ。ジンは遊撃に使うのが正解だ」

「俺にも色々あるんだ」

 

 元々ジンのファンという女生徒達の熱烈な要望に仕方なくの配置だった。いきなりの変更は彼女達にきっと非難されるだろうとブソウは頭どころか胃を痛めている。

 

「……もういい。そっちはエルド、お前に任せる。次は進軍ルートの方だが」

「将軍」

「……何だ」

 

 側に控えていた小隊長達から1歩前に出る覆面野郎。

 

 エイヴンの挙手にブソウは顔を顰め、ミヅルは疑問を抱く。誰?

 

「何、この子」

「エイヴン・コロデ少尉であります。カンナ大佐」

 

 エイヴンはミヅルに向けて敬礼。

 

 《姫》の二つ名を持つ大和撫子のミヅルを見てもがっつかなくなったエイヴンの態度は教育(洗脳?)の賜物である。

 

 でも今のエイヴンは誰が見ても怪しい奴にしか見えない。覆面だし。

 

「大佐、って何かしら? 昔の帝国軍?」

「進軍に関して提案があります。発言よろしいでしょうか」

「なんだよ、言ってみろ」

「ありがとうございます。少佐」

 

 俺は少佐、《賢姫》の下かよ、とティムス。

 

 発言を許可されたエイヴンは自分の用意した地図を広げた。

 

「これは?」

「昨晩考えた進軍ルートです」 

 

 地図には書かれた矢印は途中まで一本道。ある地点を境に無数に枝分かれしている。

 

「森林ステージか」

「はい。我が軍の拠点は屋外演習場に近い。ここで散開して敵工作兵の妨害と偵察兵を撒きます」

「愚策だ。近いと言っても主戦場へは遠回りになって進軍に時間がかかる」

「あと分散したこのルートはなんだ? どれも隊列を組んで通れる道なんて1つも……」

 

 エイヴンの地図の見てティムスは気付いた。

 

 書かれたルートは50通り以上。東軍の騎兵の数だけある。

 

「お前、まさか」

「我が軍の兵は精鋭と言っても所詮一般兵。《剣闘士》や《獣姫》、《旋風の剣士》といった突出した者には敵いません」

 

 ティムスには目もくれず、エイヴンは大将であるブソウを見ながら作戦の概要をすべて説明した。

 

「決戦フェイズで彼らに勝つには《一騎当千》の指揮の下、皆が一丸となって戦いに臨む必要があるのです」

 

 エイヴンは真剣なまなざしでこれしかないと訴えた。

 

 覆面では隠されないその目は言っている。勝ちたいと。

 

「進軍フェイズで1人も脱落者を出さない。これはその為の策です」

「しかしこいつは……」

「0か100か、そんな策ね」

「……1つ質問する。これはミツルギの作戦か?」

「いえ。『私達』の作戦です」

 

 ブソウの質問にエイヴンは自信を持って答えた。

 

 ブソウはエイヴンの本気の目を無下にできず悩みだす。

 

 使えるのか?

 

「……ミヅル」

「無理、と言いたいけれど今の皆の士気を考えるとね。不可能を可能にするかも」

「エルド」

「やるなら徹底的だ。工作兵の配置も今なら動かせる」

「……」

 

 2人はブソウに判断を委ねた。他の小隊長もだ。それでブソウはますます悩む。

 

 

 ――ブソウさん。エイヴんをお願いします

 

 

「……わかった」

 

 思い出すのは昼休みに頼みこんできた少年のこと。結局決め手となるのはこれらしい。

 

 ブソウはやっぱり人が良かった。

 

「コロデの案を採用する。エルドは偵察兵を通して工作兵の再配置。ミヅルは防衛兵、各小隊長は騎兵部隊に進軍ルートすぐに叩き込め」

 

 指示を送るとブソウは見渡せる舞台の上に立ち、全軍に向けて声を張り上げた。

 

 

「全軍に告ぐ。いいか、俺達が勝つには全員の力が要る。前哨戦で脱落することは俺は許さん」

 

 

 再び湧き上がるブソウコール。道化になろうが構わんとブソウは腹を括る。

 

 勢いに乗るしかない。ユーマにのせられっぱなしで気に入らないが、この勢いは替えがたいものだと理解もしている。

 

 そして開戦の空砲が学園全域に響き渡る。

 

  

「準備はいいか? 決戦の舞台でまた会おう。東軍、出陣!!」

 

 

 ブソウの号令の下、東軍は怒声を上げて進軍開始。

 

 まず目指すは屋外演習場、森林ステージだ。

 

 

 

 

 その頃のユーマ。

 

 現在移動中。工作兵の装備を手にして南軍のいる方へ向かっていた。

 

 +++

 

 

 開戦から10分が経過。 

 

 クルス率いる南軍は1つに固まり、広い道をゆっくり進軍していた。

 

 

 騎兵が少ない分、防衛兵と偵察兵が多い南軍は奇襲に強く防御が固い。罠も事前に発見して回避、又は解除して行くのでつけ入る隙がない。

 

 ゆっくり進むのは馬を担ぐ生徒の疲労を抑えるのと迂闊に罠にかかるのを防ぐためだ。どのチームもそうだろう。

 

「マーク」

「なんだい?」

「ここから俺を出せ」

「あはは」

 

 マークは檻の中のクルスを見て朗らかに笑った。

 

「楽しいじゃないか。罪人を護送してるみたいで」

「この野郎」

 

 マークを睨むクルスの顔は、まるで悪人のように険しかった。

 

 

 南軍は基本クルスを中心に騎兵、防衛兵、偵察兵と3重に囲むように隊列を組んで進軍している。

 

「俺は楽しくない」

「本番はまだだからね。いいからほら、探って探って」

「覚えてろよ」

 

 仏頂面のクルスはマークに言われて目を瞑り、黙り込んだ。

 

 それからしばらく部隊を進軍させる。

 

「止まれ。……1時方向と11時方向に2人ずつだ」

「挟み撃ちかな? 偵察をお願い」

「はい」

 

 先行する偵察兵たち。

 

 彼らは花壇の茂みに待ち伏せしていた工作兵を発見。見つかった彼らは驚いている。

 

 

 《闘士》という特殊クラスであるクルスは人の《気》を読むことができ、ちょっとした感知能力がある。

 

 集中すればクルスは最大半径約200メートル内にある《気》を察知できる。南軍の大将は人間レーダーにもなるのだ。

 

 

 偵察兵はPCリングで本隊に連絡して応援の防衛兵を呼ぶ。ルール上偵察兵は攻撃できないのだ。

 

「嘘、ばれた?」

「くそっ」

 

 工作兵は拘束される前にバズーカを撃った。撃ち出すのは捕縛用のネットボールだ。

 

 しかしこのバズーカの有効射程は10メートル程。南軍の本隊には十分に近づけなかったので騎兵まで届かないのだが。

 

 別に彼らは騎兵だけを狙っているわけではなかった。

 

 

 本隊にいるマークは連絡係の偵察兵に訊ねる。どうも様子がおかしい。

 

「どうしたの?」

「先行した偵察兵達がやられました。網に絡めとられてハチマキをとられた模様」

「被害は偵察兵2に防衛兵1。敵工作兵には逃げられました」

「工作兵のハチマキの色は青。西軍です」

 

 ハチマキが切れる、あるいは紛失による失格は運動会の総合ルール。騎馬戦にも採用される。

 

 偵察兵の報告に少し困った顔をするマーク。

 

「……まただね。騎兵は無事なんだけど少しずつ人を削られてる」

「おかしい。《烈火烈風》のやり方じゃない」

 

 クルスは西軍のゲリラのような妨害に疑問を持つ。

 

 散発的でじわじわ痛めつけるようなやり方。対騎兵用の妨害アイテムを偵察兵や防衛兵に使うのはまだしも、動けなくしてハチマキを奪う行為は彼女らしくない。

 

「そうだね。リアちゃんがこんな手段をとるとは思えない。姑息だよ」

「思いついて実行するような奴といえば……」

「ユーマ君?」

 

 マークの発言に頷くクルス。エース達の《精霊使い》に対する認識はけっこうひどい。

 

「まさかね」

「エースの中ではの話だ。あの工作兵の独断かもしれん」

 

「進軍ルートを先行していた部隊からの報告です」

 

 偵察兵の女生徒がクルス達の会話に割り込んだ。

 

「拘束された敵工作兵を発見。どうやら先程逃げられた工作兵のようです」

「はい?」 

「なんだと?」

 

 言われたことがよくわからなくて、顔を見合わせる2人。

 

「誰が捕まえたの? ミスト君?」

「いや、あいつは北軍の妨害に行ってるぞ」

「あとこれは不確定情報ですが、覆面を被った男子生徒が近くにいたらしいです。すぐに姿を消したそうですが」

「「……」」

 

 クルスとマークは黙り込んだ。

 

「……うん。こっちが彼だね」

「大体謹慎中だろ。何してるんだ?」

 

 

 考えてもしょうがない、攻めてきたら返り討ちにすればいいと2人は部隊を再び進軍させた。

 

 

 

 

 この時、2人のエースは気付いていなかった。南軍を尾行している彼の存在に。

 

 ユーマではない黒髪の少年。弓使いの彼。

 

 

 東軍の工作兵、《射抜く視線》のジンがティムスから受けた任務はただ1つ。

 

 

 学園最強、クルス・リンドの狙撃。電撃作戦だ。

 

 +++

 

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