戦の前
運動会、そのお昼までのこと
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リーズ学園の運動会は公開授業を兼ねたレクリエーション大会。戦士や魔術師のような戦闘系、技術士その他一般生徒の非戦闘系を問わず生徒は競技に参加しなければならない。
学園の生徒総数は約3千人。なので競技はすべて100人単位で行う団体戦だ。
競技の種目はユーマが知っているようで知らないものが多い。
例えば玉入れ。玉を籠に投げ入れるのではなかった。
100メートル程の縦長いフィールドを2つに分け、相手陣地の後方に備え付けられたサッカーのゴールポストを大きくしたような枠内に玉を投げ入れるのだ。
チームのポイントを稼ぐには自陣から玉を持って相手陣地へ侵攻しなければならない。相手の妨害で玉を投げつけられるので中々過酷な玉入れだ。
200人もの生徒が相手陣地へ投げ合う様子はどちらかというと雪合戦に似ている。
「弾幕を張って侵攻を防いで」
「遠距離投擲はまったく入んないよ」
「近くにバリケード作られたぞ!」
「破壊するわ。人に向けなければ攻撃術式は使っていいよね?」
「駄目に決まってるだろ。玉を防ぐのに使え」
競技でゲンソウ術の使用は許可されている。勿論制限付きでだが。
生徒が額に巻いているハチマキ。これは術式を使い一定の威力や使用時間を超えると切れるようになっている。ハチマキが切れた生徒はその競技で失格となるのだ。
中級以上の大技だと1回使えるかどうか。使いどころが見極められる。
現在玉入れので対戦しているのは西軍対東軍。優勢は西軍。
「西軍の攻撃、人数が多くないか?」
「もしかして全員攻撃? まだ時間があるわよ」
「違う! 戻ってきた攻撃班によると向こうに《盾》がいるらしいぞ。こっちの投げる玉はあいつにことごとく防がれてる」
「なんだって」
青いバンダナの代わりに青いハチマキを巻いたアギ。彼はゴールキーパーよろしく1人で自陣の枠に入る玉を防いでいた。
「さあ、どっからでもきやがれだ」
術式の使用を制限されてさすがに全部を防ぐことは無理だったが、玉が一度に飛んでくるここぞという時に《盾》を枠いっぱいに広げて大量失点を防ぐのだ。
攻撃の応酬となるこの玉入れで失点を抑えるアギの奮戦は点を取る誰よりもチームに貢献している。
「っ、しまった。アギ! 大玉がそっちいったぞ」
アギに向かってくるのは直系3メートル程の大きな玉。相手チームが一発逆転を狙って転がしながら突進してくる。
玉入れのルールではこの大玉は1回の競技で1度しか使えない。しかし枠に入れると100点分の価値がある。
普通大玉突撃は10人以上束になり、身体を張って進路を防ぐのがセオリーだが、アギのチームは全員攻撃を行っているので守備に誰も残っていない。
「ちょっと待て。あれ俺一人で防ぐのかよ!?」
しかも相手チームは大玉を転がす味方を援護するためにアギに向かって玉を投げてくる。
集中砲火を浴び、堪らずアギは《盾》で自分の身を守るのだが、
「げ」
《盾》の連続使用の結果、アギのハチマキが切れた。これ以上《盾》を使うと反則で大幅減点だ。
大玉はもうアギの目前。反則してでも身を守るかと逡巡したところでもう遅い。
「ちょっとまっ、ぶっ!!」
アギは大玉に押し潰された。大玉をアギごとを押し込んで東軍の逆転、と思ったところ、直前で1人の少女が大玉に立ち塞がる。
「間にあった!」
自軍のピンチに最前線から全速力で戻ってきたのは《旋風の剣士》ことエイリーク。彼女は両足に竜巻を纏わせると軸足の竜巻を利用して全身を回転。
遠心力をフルに使って《竜巻きっく》を大玉に叩きこむ。
「いっけぇえええええ」
ハイパートルネードシュート!!(これを見たユーマが命名)
エイリークは勢いの乗った大玉を蹴り飛ばし、はるか遠くにある相手陣地の枠内にブチ込んだ。
「なんだよ、それ……」
敵味方どちらも呆然。
「今よ! こっちの大玉も転がして」
「は、はい」
エイリークの1撃で陣形も勢いも粉砕された東軍はこのあと西軍に大玉を簡単に入れられて一気に200点の差をつけられる。
西軍の圧倒的勝利だった。
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エイリークとアギの出る玉入れを観戦していたユーマ。隣にいるのはシラヌイ君。
「シラヌイ君。どう?」
「東軍の大玉を転がしていた2人とアギさんに集中砲火の指揮を執った人。この3人が編入生です」
「そっか」
応援の傍らでユーマは《会長派》の編入生達をチェックしている。シラヌイ君は先日の一件もあって、ユーマが協力を頼むと快く引き受けてくれたのだった。
ちなみにエイヴンは昨日ユーマによる秘密特訓の疲れで爆睡中。騎馬戦までは寝かせておくつもりだ。
「西軍で大玉を転がしてたのも編入生でしたけど、あの2人の活躍に比べると霞んでしまいますね」
「そうだね」
編入生達は今のところ不正をしている様子はないが、遠くから様子を見ているだけなので実際はよくわからない。
所々ポイントは抑えているようで競技の幾つかは目に見える活躍もしている。
「《会長派》の暗躍なんて思いすごしかな? それにしても」
ユーマは玉入れのフィールドにいるエイリークを見た。
「姉さまー! 勝ったわよ。見てるー?」
エイリークは応援席にいるエイルシアに向けて大きく手を振っている。満面の笑顔。
「エイリークは身体強化使えないのにあのパワーとスピードは何だ? あんな遠くまで大玉蹴り飛ばすし100メートルなんて10秒切らなかった?」
「これが《旋風の剣士》なんですね」
皇帝竜事件以降エイリークの成長が著しいことはユーマも気付いていたが、いくらエイルシアが見に来ているとはいえこれは張り切り過ぎではないか。
「……もしやシスコンパワー?」
「ユーマ君?」
「いや、何でもないよ。次の競技を確認してみよう」
でもパンチやキックで何でも吹き飛ばせるのだから彼女はもう《旋風の拳士》でいいんじゃないかとユーマは思う。
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午前の競技終了。昼食はみんなで食べると約束していたのでエイヴンを迎えに行くというシラヌイ君と別れ、エイリークと合流する。
そのエイリーク。なんだか不機嫌だ。
「どうした?」
「さっきの玉入れ。アタシが相手チームの大玉を蹴って得点したでしょ。なのにその得点アギが入れたことになってるのよ」
エイリークはあの時、大玉に押し潰されたアギごと蹴り飛ばしたらしい。
大玉を掴んだままのアギが最後に触れていたというわけで、審判は彼が得点したことにしたそうだ。
「そのアギは?」
「吹っ飛ばした」
「八つ当たりかよ」
ご愁傷様。ユーマはここにいない親友に手を合わせる。
「アタシだって入賞狙っているのよ。上位入賞者の特典と賞金は欲しいんだから」
運動会は生徒のモチベーションを上げる為、競技毎に参加賞や個人賞が送られ豪華景品が用意されている。
アギは先程玉入れの個人賞として学園内にある武具店の50%割引券を貰ったのだ。実はエイリークはこれが欲しかった。
「へぇ。賞金っていくらだっけ」
「最優秀で500万。これだけあれば新しい剣がオーダーできるのよ」
「剣か。エイリーク、それなんだけど」
「ほらいくわよ。姉さまやアイリィを待たせてるんだから」
「ちょっと待って」
ユーマはエイヴンの事をエイリークに話そうとしたが、他にもすることがあってあと回しになった。
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戦の前
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昼食に集まったのはエイリーク、エイルシア、アイリーン、ミサ、ポピラ、リュガの6人。
ユーマはいない。「用事があるから先に食べてて」とエイリークに伝えてどこかへ行ってしまった。
「アギとティムスがいないわね」
「アギの奴は砂漠の民の奴らと集まって食うんだとさ」
「兄は夜が遅かったのでまだ寝てます。騎馬戦までにはちゃんと起きるそうです」
リュガは男1人になって居心地が悪そうだ。
彼はどこかで女の子に囲まれているであろうジンの気持ちが少しわかった気がした。
「リィちゃん。ユーマさんはどうしたの?」
「アイツ用事があるらしいわ。姉さま」
「そう。……お弁当くらい一緒に食べたかったんですけど」
運動会をずっと1人で(精霊のカレハはいるが)観戦していたエイルシアは少し寂しそう。
エイリークはそれでまた不機嫌になる。
「アイツなんてほっといていいのよ。それより早く食べましょ」
皆で食べれるようにと用意した重箱を広げ、食事を楽しむ。
お弁当はエイルシアやミサ、ポピラといった料理ができる面々で用意したものだ。
「ミサさん。この卵焼きならあなたに負けません」
「あ、あのうポピラちゃん?」
色々あってミサをライバル視しているポピラ。ミサはたじたじ。
「今日もおいしーですねー」
「はい。お姉様」
これは精霊の風葉とカレハ。
精霊たちはミサのクッキーを頬張っている。砂更もいてクッキーを粉状にして啜っている。
「今日は4枚いけそうですー」
「お腹壊さないよう気をつけてくださいね」
エイリークやポピラに預けられている風葉。クッキーがたくさん食べることができてユーマといない今の方が幸せそう。
「姉さまの料理なんて久しぶり。アイリィもでしょ?」
「ええ」
アイリーンも風森の国で過ごした日々を思い出して顔をほころばせる。
「本当にあの頃が懐かしいです」
「よかったわ。遠慮しないで食べて」
「はい」
アイリーンはエイルシアに勧められておにぎりに手を伸ばす。
おにぎりの中身は『おかか』。最近どこかで食べたような味だったのでアイリーンは不思議に思う。
「それにしても姉さまの料理、随分変わったわね。……これ、ユーマのやつ?」
「そうよ。前に教えてもらったの」
エイルシアが作ったのは鳥の照り焼きに炒めた野菜をパリッとした皮で包んだ春巻き。魚の唐揚げにはタレが絡めてある。南蛮漬けというやつだ。
その味にエイリークは覚えがあった。
「ユーマさんの料理は簡単で珍しいものばかり。最初はパスタをお醤油で炒めるなんてしていたから驚いたわ」
ユーマが風森の国にいた頃、彼の珍しい料理に負けた気がして複雑だったエイルシア。
彼女は妹同様、割と負けず嫌いだったのでユーマの料理に対抗すべく特訓を重ねていた。
ある時はユーマの味を真似て、またある時は風森の料理人に学び……
そして味見に付き合わされて毎日お腹いっぱいのラヴニカ。
「今の私なら……ユーマさんにも負けません」
「姉さま……」
またユーマか、とエイリークは忌々しく思う。アイリーンも微妙な顔。
彼女はこのおにぎりの『おかか』は以前ユーマから教わったものと同じものだと気付いた。
アイリーンはエイルシアに訊いてみた。
「彼は風森では召使いだと聞きましたけど、本当は料理人か何かだったのですか?」
「いいえ。ユーマさんがお料理ができるのはお姉さんに教わったらしいです」
「姉?」
「小さな頃からお兄さんの『おやつ係』だったそうですよ」
「おやつ?」
正確には『はらぺこ狼の餌やり係』が御剣家におけるユーマの役職。
「よくわかりませんね」
何かを知っているような笑顔を2人に向けるエイルシア。
(……アイツはなんなのよ)
(シア様はあの人の何を知っているのでしょうか?)
まったくわけのわからない2人は何とも言えない顔をした。
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「まだ残ってる?」
ユーマ登場。
「大丈夫ですよ。はい、ユーマさん」
「ありがとうシアさん」
取り皿をエイルシアから受け取り、空いていたリュガの隣に座る。
ユーマはさりげなくエイルシアが隣を空けていたことに気付いていない。
ちょっとがっくりした姉の表情をみてエイリークはイライラ。
「遅いわ。どこ行ってたのよ」
「騎馬戦の事でね。ちょっとブソウさんに相談を……お。シアさんこれ前に教えた漬けダレ?」
喋りながら唐揚げと照り焼きに手を伸ばすユーマ。
「そうです。どうですか?」
「うん完璧。このタレ肉にも魚にも合うから使い勝手いいでしょ?」
「いいから話の続きをしなさい」
嬉しそうな姉の表情をみてエイリークはまたイライラ。
「俺も腹減ってるんだけど」
「うるさい。それで騎馬戦がどうしたのよ。アンタ謹慎中で競技に参加できないでしょ」
「まあね。だから頼んだのは別の事」
「お前、騎馬戦出ないのか?」
リュガが訊ねた。ユーマは皇帝竜事件の事もあって皆には事情を話すことにする。
「編入生のことで気になることがあるから俺は自由に動けた方がいいんだ」
「《会長派》か」
編入生と聞いてリュガはヒュウナーとのやりとりを思い出す。
昨日、リュガとアギはユーマに頼まれて警備員の仕事のついでにエイヴンを囲んでいた編入生達を調べようとしたのだ。
元々ユーマの通報でその編入生達は暴行の容疑がある。何人か捕まえて取り調べをしようとしたところ、邪魔してきたのは旧知の間柄でエースである《鳥人》、ヒュウナー。
彼は一応《会長派》のエースだ。聞くと編入生達は今度編成するヒュウナーの騎士団に組み込む予定らしい。
「ヒュウ。お前たち《会長派》は何をする気だ?」
「学園を統一して学園都市を制覇する、やったらどうする?」
「現実的じゃねぇ」
「せやな。でも必要なんや。いつか学園でワイらが結束しても勝てん奴らと戦うかもしれんから」
「なんだよ、それ」
「こいつらもその時に備える布石のひとつらしいで。会長さんによると」
ヒュウナーはエースになって生徒会長の秘密を知ってしまった。迂闊に話せない内容だ。
それ以上彼は何も言わず、捕まった編入生を解放すると飛び去ってしまった。
あの時、ヒュウナーの言う事情がわからなくて悪友と溝ができてしまった気がしたリュガ。
思い出して苦い気持ちになる。
「……それで午前中姿をみせなかったのか?」
「うん。いまのところ大したことなくて報道部の部長さんと相談したんだけど、残りの競技ででかいのを仕掛けられそうなのはあと騎馬戦くらいなんだ」
「まあ今年の種目の中じゃあれが1番大規模だからな。でも参加できなくていいのか? お前が1番楽しみにしていただろ?」
「代わりといってなんだけど、ブソウさんにエイヴんを東軍の小隊長へ推薦してきた」
「はあ?」
「彼をですか?」
エイヴンを知るリュガとアイリーンは驚く。
「なんであの野郎を」
「エイヴんがナンパ野郎なのは色々と燻ってるからだよ。更生も兼ねてちょっと発散させようと思って」
今回の騎馬戦でエイヴンを活躍させることはユーマの目標の1つだ。
「だがあいつ自身はお供に比べると大したことないぞ」
「騎馬戦は団体戦。最初から力だけで勝てるような競技に俺はしてない」
と騎馬戦の考案者。
「エイヴんには一晩で俺が使える策を可能な限り詰め込ませた。仕込みも十分」
「何?」
「今日の騎馬戦においてエイヴんは俺の代理なんだ。甘く見ない方がいいよ」
「……いいじゃねぇか」
リュガは面白そうに笑う。
「ならあいつと勝負してやるよ。あの馬鹿もアギも俺が討ちとってやる」
「いいよ。エイヴんが帰り討ちにするさ」
ユーマとリュガはお互いしばらく睨みあっていたが、同時に表情を崩して笑い、拳を突き合わせる。
リュガは勢いでそのままどこかへ行ってしまった。ユーマもどこか満足気な顔をしている。
「……なんなのよアイツら?」
「えーと」
「男の子なんですよ」
「いえ。あれは馬鹿というんです」
ポピラが1番酷かった。
「エイヴンって誰よ?」
「弟子。後で紹介するよ。あいつはエイリークに会わせたかったんだ」
「はぁ? 一体なんで」
エイリークは不審に思う。実はユーマは昨晩エイヴンが《気刃》を砥ぐところを見せてもらった。
剣の性能を飛躍させるエイヴンのあの技は剣士であるエイリークの役に立つとユーマは思ったのだ。
「彼は弟子なんですか?」
「今回においてはね」
一方でアイリーンはまた呆れた。昨日はユーマの方が従者? だったはず。いつの間にか主従関係が逆転している。
アイリーンの場合、元々エイヴンは彼女の悪戯でユーマに難題をつけて押し付けたはずなのに。
「ユーマさん。あのあとエイヴンさんとは一体何を?」
「あのあと?」
「ほら。エイヴンさんが《精霊使い》を捜してくるという」
エイヴンにユーマの正体に気付かれたらアイリーンが彼と付き合うというあれ。
「ああ。俺の事は多分ばれてないよ。今はエイヴん騎馬戦に集中してるし」
「それだけですか?」
「ん? 他に何が」
あっさりと素っ気ない反応。アイリーンは面白くない。
「アイリさん。エイヴんは普段あんなで誤解されがちだけど本当はすごい奴だよ。昨日シラヌイ君の刀を研ぐところ見せてもらったんだけど……」
「もういいです」
「アイリさん?」
ユーマにどうでもいいエイヴンのことを弁護されて不愉快になった。自分の事はどうもないがしろにされてる気がする。
出番も少ないし。
アイリーンは立ち上がり、若干の怒りを込めてユーマを見下ろした。
「ユーマさん。貴方は元々北軍でしたのに同じチームの私の応援もしてくれないのですね」
「えっ?」
「いいでしょう。騎馬戦では貴方の弟子というエイヴンさんは私が倒します。覚悟して下さい」
そしてアイリーンもどこかへ行ってしまった。
これでエイヴンは少なくとも2人から狙われることになった。ユーマは呆然とアイリーンを見送る。
「アイリさん?」
「アンタは一体何してたのよ」
「馬鹿ですね」
「うん。そうだね」
エイリーク、ポピラ、ミサとユーマは残った女性陣に非難の集中砲火を食らう。
「な、なんだよ。みんなして」
「ユーマさん。いいですか?」
とどめはエイルシア。
「事情はよくわかりませんが、アイリィちゃんが拗ねるのは当然なんです。男の子ばかりじゃなくて女の子もちゃんと構ってあげないといけません」
「シアさん……」
一体なんですかその理屈、とユーマ。
そして1番不機嫌そうなのは彼女であって、ユーマはお弁当を取り上げるのだけは勘弁してほしかった。
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