0-07 序章のおわり
序章 精霊使いの少年
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「こ、これが……」
――貴方の本気なのですか?
言葉が出ない。エイリークの技とは明らかに違う。
彼女の技は竜巻の衝撃波をぶつける打撃・打突攻撃だ。だけどユーマの技は違う。竜巻自体が鋭い槍のように尖り、1つの武器を形成している。
刺突攻撃とも違う。突き刺すよりも荒々しく突き破るイメージがそれにあった。
――砕かれる。破られる……防げない!
あの小さくて強大な竜巻を纏う短剣に《氷晶壁》は通用しない。そう思ってしまった。
アイリーンは戦慄。
そして自分は甘かった、彼をどこかで見下していたことを嫌でも気付かされる。
彼女がユーマに関して推測していたことは『《守護の短剣》に宿る《風森の守護精霊》と契約した《精霊使い》ではないのか?』 ということだけだ。
それ以上のことは考えもしなかった。
精霊はこの世界に存在する魔力のひとつ。魔神のいない魔力が減衰していく世界で唯一高い魔力を所有する『魔力の思念体』、『自我をもつ魔力』である。
中でも風森の守護精霊は風の中位精霊。中位以上の位を持つ精霊は《魔法》が使う事ができる。
魔法とは魔力を扱う力のこと。かつての魔術師が《魔術》を使って魔力を扱うのも《魔法》だった。
魔法が使える精霊を使役する《精霊使い》は《魔法使い》といえる。だからアイリーンはユーマに興味を持った。学園内で『魔法使いのようなもの』は体内に先天的な魔力を持つ魔族の生徒くらいなのだ。
世界に数少ないほんものの《魔法使い》。それがアイリーンの前にあらわれた。魔族でもなく魔法を使える《精霊使い》が。
魔法を知りたい。自分の力を試したいという願望を彼女は抑えられなかった。
戦ってみて《魔法使い》とはこんなものかと思うと同時に自分だけの魔術、《氷輝陣》は相性こそあれ《魔法使い》に負けてはいないと自信を持つことができた。
ついさっきまで。なのに今は。
《氷弾》は風で吹き返されて《氷輝陣》の感知能力も砂で簡単に無力化された。《氷晶壁》だってきっと砕かれてしまう。
――無力化された魔術師はただ殺されるだけだ
――人に見せるものじゃないんですよ。魔術は隠すべきだ
――全てを晒した丸裸の魔術師なんか魔術師じゃいられない。だから……
(殺される)
そう思っても仕方がなかった。ユーマは忠告までしてくれたのだから。
ユーマは隠していた。砂の精霊のことを。もしかすると最初は《高速移動》だけで戦おうとしていたのかもしれない。
《魔法使い》も魔術師同様、すべてを晒すことは致命的だから。
(……《氷晶壁》を盾にして受け流し、突撃を躱すしかありません。移動系の術式は苦手ですけど《氷滑走》なら)
だけどこの模擬戦でユーマは精霊を出した。
私は彼を本気にさせたのだ、そう思う事でアイリーンは自分を奮い立たせる。
次の手をなんとか考え出して1歩下がると――
ざく
「えっ!?」
石畳を踏む音ではなかった。見るとアイリーンの『足元だけ』が砂になっている。
「……どうして? これも精霊の力なのですか!?」
悲鳴のように叫び、焦燥する。
この小さな変化は仕掛けた本人と仕掛けられた自分しかわからないはずだ。
(砂を操ることができるということは真下からも攻撃できるということなの? だとしたら)
最初から勝ち目がなかった。地面より下に《氷輝陣》は展開できないから感知できないのだ。
不意打ちはユーマの得意技だ。そして最初からアイリーンは勘違いしていた。
相手は風の《魔法使い》ではない。ユーマという風と砂を操る《精霊使い》の少年だから。
そして。
「うおおおおおお!!!」
ユーマの叫び声がアイリーンの最期の時を伝える。
――まっすぐに突撃してくるか?
――砂で真下から攻めてくるか?
――砂嵐で撹乱して高速移動で死角を突いてくるか?
――それともまだ別の手段があるのか?
《氷輝陣》を中心とした魔術はユーマに通用しない。
必死に次の攻撃を読もうとしても砂除けのゴーグルを被るユーマの表情が読めない。それが一層彼女に恐怖を与えた。
「ひ、氷晶牢ーっ!!」
――どんな攻撃がきても……私が何をしても……敵わない!
心が折れた瞬間。アイリーンは最後の魔術を発動した。
彼女のトラウマといえるもうひとつの《心像》。自身を氷晶の牢獄に閉じ込めて
アイリーンは意識を手放した。
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「うおおおおおお!!!」
ユーマは叫ぶ。
この模擬戦でユーマはアイリーンの主たる魔術をすべて見た。その上で叩き潰すように彼女に力を見せつける。
風葉による風の魔法に砂更の砂を操る能力。
そしてユーマのできるゲンソウ術の基礎。
《補強》。ユーマは精霊の力に自分のイメージを付与することで力を発揮する《精霊使い》なのだ。
《旋風剣》の竜巻をドリル状に形状を変化させたのは風葉の魔法ではなく、彼のゲンソウ術による。
模擬戦なんかにここまでする必要はなかったはずだ。
ユーマは表情をゴーグルで隠す。今の顔を見られたくないから。
《全力》状態は持って数分。それ以上は精霊たちがもたない。
ユーマは正面から飛び込むように突撃。
途中アイリーンが氷晶壁で周囲を囲んだことに気付いたが構わない。
ユーマが彼女に見せるものはこれが最後だから。
アイリーンが氷漬けになっているのに気付いたが構わない。
ただ自分のすべてをぶつけるだけだから。
――これが最後だ!!
《旋風剣・螺旋疾風突き》
衝突。
削る。砕く! 割る!!
アイリーンの持つ『最硬』の魔術、《氷晶牢》も螺旋を描く竜巻の槍に容赦なく削られ粉砕していく。
(砕け、砕け! 砕け!! 砕いて……貫け!!!)
そして。
「とぉまれええええええぇぇ!!!」
その叫びは悲鳴に近かった。
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少女は逃げ出した。暗く冷たい檻の中から。両手の銀の枷をそのままに。
ここがどこだか少女はわからない。知っているのは北の国の中でも極寒の地といわれていると監守が言うのを聞いたことがあるくらいだった。
少女は走る。銀の枷が重くて時々疲れて歩いてしまうが少女は走る。
まともな服もなく裸足だったが雪道を踏みしめてただひたすら遠くへ。
少女は沈んでいく。暗く冷たい湖に。両手の銀の枷はそのまま重石となって。
なぜかは覚えていない。少女にとってどうでもいいことだった。地下の牢獄でいずれ死ぬか、氷の湖の下で今死ぬか。結果は同じだったから。
少女は沈む。身体が冷たいことなどどうでもいい。心はとっくに凍りついていたから。
氷の世界。冷たいだけの……彼女の世界。
――こんな世界なんて……いらない
少女は意識を手放した。
「しっかりしろ!」
少女に声が届く。
なぜ生きているんだろう。少女にとってどうでもいいことだったが「死ぬんじゃねぇ」「生きろよ」と何度も必死な声を少女に向けるので残った力で目を開ける。
知らない男の人だった。
「気付いたか? 死ぬんじゃねぇ。ふざけるな! 子供がこんな冷たい目をして死んで行くなんて認めねぇ。《俺の国》でこんな真似させねぇ。おい! 死ぬなよ。これからなんだよ。俺も。国も。……きっとお前だって! お願いだ……生きて……くれよ……」
男は怒っていた。男は泣いていた。少女の為に。
「ど……して」
「――! 俺がわかるか! いいな。生きろよ。お前みたいな子供がいるなんてゆるさねぇ。いいから生きろよ……見せてやるから。俺の国を。いつか実現する、北の国の中で最もきれいであたたかい俺の理想を。だから」
――あきらめんじゃねぇ
男は泣いた。男は喜んだ。そして泣いた。少女の為に。
そして抱きしめる。
少女の身体の感覚は戻っていない。でも、
(生きても……いいのですか?)
伝わるものがあった。人のぬくもりは心に届く。
男は少女を助け、生かそうとしている。ここで少女が死ぬことを許していない。男が流す涙はきっと……あたたかい。
(あなたは……だれ?)
男は泣き顔でぐちゃぐちゃだが少女はこの顔を忘れない。
少女は今でも時々この光景を夢に見る。銀色に輝くあたたかな氷の世界を。
(ありがとう。お……さま)
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――明るい
瞳は閉じたままのアイリーンは意識を取り戻すとまずそう思った。
静かだった。自分が何をしていたのかも忘れてしまうぐらいに。
(どうなったの?)
目を開けて悲鳴を上げそうになる。
短剣が目の前に突き出されている。それで彼女は理解した。
(……負けたのですね。それもこてんぱんに)
力をすべてを出しきり、そのすべてを叩き潰され、最後に彼女の防衛手段である《氷晶牢》まで砕かれた。アイリーンに残された魔術はもうない。
生きている方が不思議なくらいだった。彼女の身体は震えが止まらない。
しかし短剣の切っ先が震えて見えるのは彼女のせいではなかった。ユーマの腕が震えている。
アイリーンはあらためて少年を見た。
ゴーグルで顔は見えないが口は歯を食いしばっているのがわかった。彼の身体の半分は何故か砂に埋もれ、羽付きのとても小さな女の子がとまれーとまれー、と唸りながらユーマの髪を後ろにひっぱている。
ユーマは動かない。そんな彼にアイリーンはそっと近づいてゴーグルを外した。
「……なんて顔してるんですか。貴方の勝ちなのに」
「……やっぱりこんなの暴力だ。あと少しで……」
――殺してた
絞り出すような声だった。
「……馬鹿ですね。《防護》の結界があるのです。私が傷つくことなんてありません」
それは嘘。
《氷晶牢》の防御性能は《防護》の防壁よりはるかに高い。それを突き破るならばダメージ軽減の効果は期待できなかっただろう。
嘘に気付かれなければいいとアイリーンは思う。彼の震える手を持った短剣ごと両手で包んだ。
傷ついているのはユーマの方だ。彼はいつ泣いてもおかしくない子供の顔をしていた。
アイリーンは自分より年下だろうと思っていたが彼の泣き顔はさらに幼い。
「ごめんなさい。力を見せたくなかったのはきっと貴方の方だったのに。……ここまでしてくれたのはどうして?」
「……約束したんだ」
アイリーンと約束はしていない。約束したのはエイリーク。彼女だ。
――いいユーマ、約束して
「アイリィに本気でぶつかりなさい。風葉の力も見せてあげて。アタシは魔術師じゃないから彼女の力になってあげれないの。アンタが彼女の力のすべてを見てあげて」
「……でも精霊の力は反則に近いぞ。アイリーンさんの自信を奪いかねない」
「構わないわ。アタシを信じなさい。……アタシは信じてる。アイリィはアンタの力くらいで潰れない。アイリーン・シルバルムはアタシにとってもう《最高の魔術師》なんだから」
「あの子は……」
「あと『ついでに攻略法を気付いたら教えなさい。アタシは負けられないのよ』って」
「あの子は!」
笑いあう2人。ユーマも調子を取り戻してきた。
「……役に立てたかな?」
「ええ」
アイリーンよりも戦闘能力が高い生徒はランクAになれば沢山いる。負けることは彼女にだってある。
でもユーマは戦いながら彼女の弱点を可能な限り洗い出した。本来ならほぼ一撃で終わるはずの模擬戦を精霊の力の多くを見せてまで最後までつきあってくれた。
「私は強くなります。《氷輝陣》だけでは魔法に、精霊の力に届かなかった。でもこれからです。私は私のなりたい最高の魔術師をまた最初から目指すだけです。……あの人のように」
アイリーンが向ける微笑みにユーマも笑みを向ける。
「そっか。……ところで模擬戦どうやったら終わるの? 時間まだあるんだけど」
観戦席はまだ静かなままだ。2人の様子を見守っている。
アイリーンはユーマから離れて観戦スタンドのほうを身体ごと向けた。
そして宣言する。敗者と思えない振る舞いで勝者を称える。
「この試合は私の負けです。勝者は彼。《精霊使い》のユーマ・ミツルギさんです」
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歓声の中、ユーマは相棒達に感謝を伝える。
(ありがとう。風葉、砂更)
(いいえー、ぎりぎりですもんねー)
(……)
ユーマの力だけでは《旋風剣・螺旋疾風突き》を止めることができなかった。
彼の叫びに応じた風葉が短剣の竜巻に魔法で介入して風に分解し(分解した竜巻は衝撃波となって砕いた氷晶牢を吹き飛ばした)、砂更は主人に向けて真下から大量の砂をぶつけて突撃の勢いを殺したのだ。
精霊たちの独自の判断がなければアイリーンはただでは済まなかった。
(これでよかったんだよな。ん? エイリーク?)
ふと観戦スタンドに目を向けるとエイリークが見えた。彼女は何故か、ぶすーとした表情をしている。
突然エイリークはステージに飛び降りる。2階から。驚くのは隣にいたアギ。
「ユーマ、勝負しなさい。」
細剣を抜いた。
「あの、エイリークさん。何故俺は連戦せにゃならんのでしょうか?」
「気に入らないのよ。アイリィが負けたのも、精霊が増えていたことも。何よりあの《疾風突き》。あれを教えなさい。あれさえ覚えればアイリィなんて敵じゃないわ」
エイリークは無茶苦茶だった。
「ちょっと、ウインディさん」
「いいじゃない。何ならアタシと組まない? 風と砂に対してこっちは風と氷。2人ならユーマにだって負けないわ」
「……貴女と組むのも久しぶりですね」
「アイリーンさんまで!? くっ、アギぃ! 来てくれ。今から2対2だ」
状況が不利になったのでアギ(親友)を援軍に呼ぶことにした。
文句を言いつつも飛び降りてすぐにやってきてくれた親友。
「なんで俺まで」
「そう言うなよ。フォーメーションはアギが前で俺が後ろ。……砂漠でやった《あれ》、やるぞ」
「合体技か! いいねそれ。よっしゃあ! 俺はやるぜ」
アギをやる気にさせて、ユーマは1人作戦タイム。
(風葉、正直あとどのくらい?)
(もうむりですー。頑張ってあと1回。サラっちだって同じじゃないですかー?)
(……)
(だめですか)
(アギっちの防御力がたよりですねー)
(……)
《全力》を出したユーマは精霊の力をすぐに使う事ができない。今の状態なら《補強》と風葉が教えてくれた風の魔術が2つ3つほどしかない。
「準備はいい? 行くわよ!」
突撃するエイリーク。使う技はもちろん《旋風剣・疾風突き》だ。
「砂塵!」
ユーマは砂塵の竜巻を自分を中心に展開して牽制。エイリークの出鼻を挫く。
精霊の力はここで打ち止め。そしてユーマは、
「ちょっ、ユーマぁ!!?」
アギを置いて逃げ出した。
《天駆》で観戦席に駆け上り、ぎこちない《高速移動》で一目散に戦闘室から逃げていく。
――やっぱり親友てウソだろテメェ!!!
アギの叫びが聞こえる。
きっと幻聴だ。ユーマは思う。
だから……幻聴は無視した。
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学園長室。
ユーマが学園にやってきたその日の夜、学園長のイゼットは今日の出来事を思い出す。
「ユーマさん、でしたか。《精霊使い》の力に何か制限があるようですが大したものでした」
でも、と学園長は呟く。
「きっと彼の『精霊使いではない力』の方はこんなものではないはず。もしも彼がほんものの……《異世界の勇者》ならば……」
彼女はふと脳裏によぎったことを否定して頭を振る。
「……どちらでも構いません。ここはリーズ学園。集まったこどもたちを再び世界に送り出すのが役目。ならば導きましょう。彼もまた同じ。今日から私たちの生徒ですから」
学園長は手にしていた書類をしまう。この書類の内容はオルゾフも知らない。
“風森の国にて召喚の波動を確認”
“同時期に彼の国に封印されていた《魔人》が目覚めた模様。王家たるウインディ家は《風邪守の巫女》、エイルシア・ウインディを中心にこれを撃退”
“魔人相手に風森の戦力ではどうにもならないはずだが気になる点が1つ。彼女の隣には『黒髪の少年』がいたという”
“この少年の身元は不明だが、少年はその後帰省中のエイリーク・ウインディの誘拐事件に遭遇。どうやらこの時に《風森の守護精霊》と契約したと思われる”
“《精霊使い》となった少年の名をユーマ・ミツルギという”
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序章 精霊使いの少年 完
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