運動会の前日
運動会編の序章。久々で相変わらずの主人公
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前回までの話
リーズ学園運動会が行われる2日前。運動会を観戦にエイルシアが学園へやってきた。
ユーマはエイルシアに学園を案内しながら催し事を見て廻り、その日の最後に2人は《剣闘士》の剣技を見た。
クルスに負けた時の事を思い出したユーマ。彼はそれ以来訓練を続けていたが、自分のゲンソウ術を今以上強くできないことに悩んでいたとエイルシアに告げた
ユーマはエイルシアによって自分の中にかけられた『鍵』の存在に気付きこれを壊すことに成功。その辺りの記憶は《世界》によって改竄され『鍵』自体がなかったことにされる
これによってユーマは『優真の記憶』を改めて思い起こし、新たな《幻想》を手にすることになるのだが
「ミツルギ、反省室行くか?」
「……はい」
思いついた必殺技を迂闊に試してみて……やりすぎた
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「ぐおーーっと」
自警部の反省室で一晩『磔』になっていたユーマは早朝に解放された。
強張った背筋を思いっきり伸ばす。
「……意外とよく寝れたな。頭の中がすっきりしてる」
いつも以上に清々しさを感じる。睡眠をとることで取り戻した記憶が整理されたのだ。
もっとも、何も覚えていないユーマはそんな事わかるわけないのだが。
自警部から出る前にユーマはブソウに挨拶していこうと思い部長室へ。
まだ朝の7時前だが、勤勉な彼はもういるはずだ。
「おはようございまーす」
「……なぜそんなに元気なんだ?」
今日も徹夜明けのブソウはユーマの爽やかぶりに驚きよりも気疲れを感じる。
「お前は一晩磔になっていたんだぞ?」
「意外と快適かもしれませんよ。あの反省室リフォームしたばかりだし」
身動きは取れないけど立ったまま寝るだけですよ、とユーマ。反省の色なし。
「……新しい刑罰だったが改善が必要か?」
「それよりブソウさんまた徹夜ですか? スタジアムの件は学園側で処理するって言ってたじゃないですか」
解体工事中だったスタジアムが昨日、何者かによって消し飛ばされるという事件があった。
犯人の1人は今ブソウの目の前にいるのだが。
「エイルシア姫が関わっている時点で大問題なんだ。揉み消すしかないだろ。幸い人的被害がゼロでスタジアムが消し飛んだところを誰も『見ても聞いてもいない』。……お前ら一体どうやったんだ?」
「《ゴッドフリート》は流石にばれると思って誰にも気付かれないように《消音》と《幻影》を広範囲に広げていたんです。シアさんが言うには結界術式の応用らしいですよ」
「なんだと?」
魔法による隠蔽工作だ。《消音》はともかく《幻影》は単体に効果を及ぼす撹乱術式なのだが、それをスタジアム周辺に広げてしまうエイルシアの能力は相当に高いという証拠だ。
「《魔法使い》の力か。俺達なんか遥かに及ばない力だな」
「それはいいのでブソウさんが徹夜したのはどうしてですか?」
ユーマは割とブソウことを気にしていた。健康面で。
今年の運動会の準備は生徒会や手の空いたエース達が主に行い、来賓の警備や接待もリアトリスの《紅玉騎士団》やクオーツの《蒼玉騎士団》が引き受けている。
しばらくオーバーワーク気味だったブソウ以下自警部部員は休みを与えられていたのだ。
ブソウも何もなければ寮のベッドで寝てもいいはずなのに。
「今日ステージでやる紙芝居用の《紙兵》を作っていた。劇となると命令が複雑で札に書き込む量が多くて困る」
「ブソウさん……」
ユーマは言えなかった。
折角の休みになんて面倒くさいことをしているんですかと。
見ればブソウがいつも使う符術の白い札は黒くなるまでびっしり文字が刻まれている。
それが数百枚。これが使い捨てだというから信じられない。魔術師でも汎用性の高い《符術士》の弱点でもあった。
ここまでしてブソウは1人でどんな大作を演じるのかユーマはかなり気になる。
ところがこの話は続かず、ブソウが次に話してきたのは全く別の事だった。
「ミツルギ。お前がここに来たのは丁度よかった。昨日の事件、表向き何もないが流石に学園側からも注意と処罰が言い渡されている」
「げ」
「しばらく謹慎だ。エースの資格は凍結。運動会の参加も認められないとのことだ」
「嘘!?」
痛い話だった。ユーマは自分が用意した種目を誰よりも楽しみにしていたのだ。
それは困る。そこでユーマはアギやリュガから伝授された切り札を使うことにする。
対自警部部長用の切り札。
「お前のしていた準備はエルドが引き継ぐことになっている。問題はない。安心して静かにしてろ」
「ブソウさん。そこはこれで……」
「何? それは」
ポケットから取り出したのは隠し持っていたカスタード(多分)まんじゅう。昨日食べ歩いた出店の中でも当たりの逸品。
甘いものを賄賂に運動会だけでも参加しようとしたユーマだったが。
「……その手はもう効かん」
「馬鹿な!?」
でもまんじゅうは分捕られた。
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運動会の前日というだけあって準備はほぼ終わっている。
生徒たちも催し事を楽しむ余裕が出てきて学園は昨日以上にお祭の雰囲気があった。
「氷晶球、展開」
そんな中アイリーンは今日も魔術の訓練を行う。彼女は余程の事がない限り訓練を怠ることがない。
氷の球体は4つ。それぞれにバラバラな回転を与え、別々の軌道で自分の周囲を巡らせる。同時操作の訓練だ。
普段より訓練に力が入る。きっと彼女を見たからだろう。
エイルシア・ウインディ。数年ぶりに再会した幼馴染の姉はアイリーンが昔から憧れていた《魔法使い》。《精霊使い》ともなった彼女の実力を目の当たりにしてアイリーンは大いに刺激を受けていた。
昔からあの人のようになりたいと思っていた。強く綺麗で聡明でいて、彼女が側にいると幼馴染の少女は昨日のように嬉しそうな顔をする。
あの少年だって……
「破っ!」
雑念が入った。誤魔化すように《氷晶球》を砕く。
「シルバルム。こんなところにいたのね」
「ディジーさん?」
ディジー・バラモンド。3年生の魔術師でアイリーンと同じ氷使い。氷を砕き破片を飛ばすといった技術は先輩である彼女に教わったものだ。
アイリーンは彼女に一方的な因縁をつけられていたこともあったが、《アイリーン公式応援団》のお陰で和解。今はお互いの魔術を教え合うようなことをしている。
ディジーは人気のない屋外演習場でアイリーンを見つけた。
「運動会の日は訓練施設の使用は禁止だったんじゃないかしら?」
「そうでしたね。忘れていました」
「あなたね」
絶対嘘だ。《銀の氷姫》がそんな簡単なことを忘れるわけがない。
「こんなところに1人でいて。ご両親はいらしてないの?」
「忙しい人ですから」
そう言って寂しく微笑むアイリーン。それでディジーは失言だったことに気付いた。
彼女は《銀雹の国》の王女。彼の国の王は北国の盟主でもある偉大な魔術師だ。そう簡単に学園に来れるわけがない。
「ディジーさん」
「な、何よ」
「ありがとうございます。色々と気遣ってくれて」
「勘違いしないで。偶然よ。偶然見かけたから話しかけただけ。それだけなんだから」
ばつの悪そうな顔をしていたところに「ありがとう」と言われたディジーはぷいっと顔を背ける。
その仕草がおかしくてアイリーンは口元を手で押さえた。
ディジーはとっつきにくいところもあるが実は優しい女性だ。一緒にいるとよくわかる。
本人はキツイ性格と攻撃的な戦闘スタイルを気にしているが、それでも気配りができる人だ。不器用で十分かわいらしい人だとアイリーンは思っている。
そうでなければ彼氏(でも噂では調教中らしい)なんていないはずだ。
「私の方はいいですからディジーさんもマックスさんと一緒に楽しんできたらどうですか?」
「あんな男、一日くらい放っておいて問題ないわ」
「でも」
「私の方はいいの。……昨日見てたわよ。まだ『あの男』、付きまとっているんでしょ?」
「……ええ」
見られていたんですね、とアイリーンは困った顔をする。
実は運動会の準備がはじまった日くらいからアイリーンは1人の男子生徒に交際を申し込まれていた。北にあるとある国の王子様らしい。
その王子様は編入生。皇帝竜事件の際に多数の退学や転校の処分の生徒を出してしまった学園が追加募集をかけて集めた学生の1人だった。
彼に関して周りは「《銀の氷姫》になんて無謀なことを」と楽観視していたのが思いのほかしつこい。昨日はとうとうリュガ達応援団と一悶着あった。
「リュガさん達にあまり迷惑かけたくなかったんですけどね」
「まさかそれで引きこもっているわけじゃ……他の子には相談しなかったの?」
アイリーンは頷く。
「ウインディさんやユーマさんに相談したらあの人相当酷い目に合いますよ」
「……それはそれで見たい気もするわ」
覆面を被った応援団の名誉部員(本人否定)、彼の所業を思い出すディジー。
「それに今日は2人ともシア様、ウインディさんのお姉様と一緒のはずですから」
「そう。……《精霊使い》のあの子、学園に来る前は召使いだったらしいわね。まったく見えないわ」
「そうですよね」
本当に。だからアイリーンはくすりと笑う。
ユーマという少年はアイリーンが見てもよくわからない少年だ。聞いてみたいことが沢山ある。
風森の国に来た経緯や魔人と戦ったらしいこと、エイリーク達との出会いや《精霊使い》になった時のこと。
《雷槌》の傭兵と《西の大砂漠》での冒険。魔術に関する知識も独特でガンプレートが放つ魔法弾にはいつも驚かされる。
幻創獣、PCリングのアイデアも。《竜殺し》の剣の挿話なんかもあってアイリーンは興味が尽きない。
いつか話がしてみたいと思う。少年の物語をもっと知りたいと。
それは好意ではなく興味。多分。
彼女の笑みを見てディジーはどう思ったのだろう?
「……まあいいわ。シルバルム、あなたもこんなとこにいないで楽しみなさい。付き合ってあげるわ」
「ディジーさん?」
「今日みたいな日も訓練なんてしてるから彼に魔術根性馬鹿なんて言われるのよ、あなた」
「……アギさんですか」
一瞬アイリーンの表情に怒りが見えた。
ここで彼の名前が出るのは日頃の行ないだろうか? ディジーにアイリーンのことをそう言ったのは覆面名誉部員の彼なのだが。
ともかく。アイリーンはディジーに連れられて学園の催しを見て廻ることに。
ディジーはアイリーンを連れ出すために時間を空けてくれたのかもしれない。だからアイリーンは彼女の厚意を無下にできなかった。
「例の馬鹿王子が来たら私が追い払ってもいいわ。なんなら付き合うのもいいんじゃない?」
「私、そんな気易い立場じゃないんですけどね」
ところが。
「おお。アイリーン姫ではないですか。今日も美しく……」
「「……」」
中央校舎付近で例の王子様に早くも遭遇した2人。うんざりする長い口上は速攻無視。
そんなことはどうでもよかった。唖然としたのはそこではない。
「……何をしているのですか?」
「謹慎中なんだ」
王子様の傍に従者のように控える2人の少年。その内1人は何故かアイリーンとディジーがよく知る黒髪の少年だったのだ。
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「氷晶壁」
アイリーンの行動は早かった。少年をいきなり引っ張ると氷の壁で周囲を遮断。2人きりの場所を即席で作る。
「アイリさん?」
「……もう1度訊きます。ユーマさん、貴方何をしてるのですか?」
「いやだから今朝ブソウさんから謹慎だって言われて、それから色々あってエイヴんの召使いを……」
「もっと詳しくです! どうしたら彼と一緒にいることになるのですか。それにその格好も」
「これ? 昨日制服をボロボロにしたから。替えは洗濯中なんだ」
ユーマの服装は風森の使用人が着る制服の略式のもの。初めてアイリーンが彼と会った時と同じ格好だった。
「……いい加減話してくれませんか? あまりにわけがわからなくて、貴方に氷塊をぶつけたくてたまりません」
「そんなエイリークみたいな……いえ何でもありません」
氷の如き蒼の視線で睨みつけられたユーマは今朝の出来事をアイリーンに話した。
ブソウから謹慎処分を言い渡されたユーマはまず武器の所持を禁じられた。精霊もだ。
「風葉たちはいないのですか?」
「さすがに《守護の短剣》は風森の国宝だから自警部じゃなくてエイリークに預かってもらうようにしてる。ついでに風葉と砂更も」
ユーマは左腕の袖を捲る。《白砂の腕輪》はそこになかった。
「ガンプレートは没収。それはもちろんだけどPCリングも機能を制限されたよ。俺のリングはかなり弄ってあるってブソウさんにはバレてるから」
やろうと思えばユーマのPCリングは《コメットマン》や《じぇんとるビーン》といった戦闘型幻創獣を喚ぶことができるのだ。
「まさか丸腰なんですか?」
「うん。エースの資格も凍結されたし今の俺はほんとにか弱い一般生徒」
胸を張るが自慢にならなかった。
「それから1度寮に戻って着替えてから外をぶらぶらしてたんだけど……途中で他校の生徒に絡まれて」
「……なぜ謹慎を受けていながら簡単に外へ出るのですか」
「おなかへってたんだ」
一晩磔になって夕食はなしだったから。
「あの時間帯から学外にいる学生はみんなワルなんだね。ここ(この世界)でカツアゲされるなんて思わなかったよ」
「制服を着なければ誰だって狙われますよ」
「ああ。なるほど」
アイリーンは呆れるしかない。
そもそも何故ユーマが謹慎になっているのか彼女はまだ聞いていない。
聞いたら聞いたで呆れるだけだろうが。
「囲まれたんでどうやって逃げようかって思ったところで」
「まさか彼、エイヴンさんが貴方を助けた?」
「いや。お供のシラヌイ君に」
「そうでしょうね」
なんとなくそう思っていた。
王子様の従者は思いのほか腕が立つ。昨日はランクBであるリュガと互角に戦っていたところをアイリーンは見ていたのだ。
ちなみに王子様の実力は未知数。従者のうしろに引っ込んでいた。
「シラヌイ君にお礼を言ってたらエイヴんが調子に乗ってね。『シラヌイが助けた者は私が助けたのも同然』って」
「まさか」
「私に付き従がえ、って感じになってそのままあいつに付いて学園に戻ってきたんだ」
「貴方は……」
何度呆れればよいのだろう。
「それで従者の『ふり』をしているのですか?」
「うん。恩のあるシラヌイ君にも友達になって下さいって頼まれたし。エイヴんは面白いよ。馬鹿で」
ユーマは王子様に「良い主君は下々の者に恵むものだ」と言い張って朝ご飯を奢ってもらっている。
「……まだありますよね? いえ、本当の目的は何でしょう?」
それなりの付き合いだ。ユーマの狙いが別にあることをアイリーンは確信している。
「従者のふりして紛れたら運動会に参加できないかなーって」
「……」
ユーマは本当に楽しみにしていたのだ。
「……事情はわかりました。もういいです」
アイリーンは溜息。ユーマがあの王子様としばらく一緒にいるなら離れた方がいい。
「だったらもう壁を壊さない? 2人きりはさすがに怪しまれるよ」
「そうですね」
思えば大胆なことをしたと思いつつ、アイリーンは《氷晶壁》の展開を解いた。
そこで2人が1番に目にしたのは氷漬けになった王子様とその従者。
それを踏みつけるディジー。
「この! このっ!!」
「ディジーさん!?」
ディジーはブチ切れていた。
「一体何が」
「この馬鹿王子が! シルバルムを狙っている癖に私にまでナンパしてきたのよ!!」
話しながらもディジーは蹴りつけるのをやめない。
「私にはマックスがいるの! あんたみたいな馬鹿よりずっといい男なんだからっ!!」
「ディジーさん……」
きっと彼女は気づいてないだろう。自分が注目されながら大声で惚気ていることに。
ディジーは彼が目の前にいなければデレデレなのだ。
「マックスさん……よかったですね。愛されてますよ」
ユーマはかつて磔にされた彼を思い出して、涙を拭くふりをした。
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