ラヴとシア 前
風森の国で
+++
誰もがそろそろ帰ろうと思う頃。エイリークにユーマから連絡があった。
「シアさんを迎えに来て」と。
ユーマは急用が入ったとかエイルシアを逃がす時間を稼ぐとかわからないことを言っていた。
とにかく、エイリークは指定された場所(スタジアム跡から離れている)へ迎えに行きエイルシアと一緒に寮へ戻ったのだが。
部屋に戻ってからのエイルシアは沈んでいた。
と言うよりも拗ねていた。
エイリークのベッドで不貞寝する姉姫様。
「どうせ私は……」
「姉さま?」
訳がわからないエイリーク。
「まさか、ユーマが何かしたの!?」
想像するだけで殺意が湧き上がる。
「……いいえ。2人でちょっと工事中の建物を消し飛ばしたりしましたがそれは関係ありません」
「は?」
詳しいことは明日の新聞に載っていた。
「……ユーマ『に』何かしたの?」
「それも大したことありません。《世界》の仕掛けた罠にしては陳腐だって風森も言ってましたし」
「はぁ?」
勘で訊いてみたらとんでもなく謎なことを言われた。
エイルシアはいじけ過ぎて秘密を暴露していることに気付いていない。
「……今は別にいいわ。なら姉さまは一体なんでそんなに気落ちしてるのよ」
「……ユーマさんがね」
ユーマの『鍵』を壊して『優真の記憶』が改竄されるのを阻止したエイルシア。ただ当の本人はその辺りの記憶が曖昧になっている。
どうやら彼の抱えていた悩みがエイルシアが聞いてくれたおかげで解決したということになっているようだ。
彼女にお礼を言ったユーマの余計な一言がこれ。
――シアさんはなんか優花姉さんに似てるや
これが思いのほか堪えた。複雑です、とエイルシア。
「私はユーマさんにとってもお姉さんなのかなって」
「……」
ラヴニカには散々「お姉ちゃん」と言わせたがっている癖にそれとは話が別だったようだ。
「リィちゃん。私ってそんなにお姉さんしてる?」
言葉に詰まる彼女の妹。
もしも「もちろん姉さまは私の自慢の姉さまよ」なんて言ったらこの人また拗ねはしないかと考える。
「ほ、ほら。アイツもそれだけ姉さまを頼りにしてるわけよ。姉さまはユーマに比べたらずっと大人なんだし」
「ずっと……」
地雷だった。年の差を気にしてまた沈む。
「姉さま……」
「ううっ。ラヴちゃん……」
エイルシアは自分のPCリングから幻創獣を喚び出して癒しを求める。
それから『でびるラヴちゃん』に「おねえちゃん」と呼ばせて自爆。しくしく言いだした。
エイリークはこんなうっとおしい姉を見るのは初めてだ。
「なんでアタシがアイツのフォローしなきゃいけないのよ」
改めてユーマをぶっ飛ばす決意を固めた。
これから先も姉と少年の板挟みに会うエイリーク。彼女の苦労を分かち合えるのは義妹だけだと彼女が知るのは少しあとの話だ。
どうせ私は年上のお姉さんです、と一層酷く拗ねはじめるエイルシア。
そんな姉を余所にエイリークは『でびるラヴちゃん』を見た。今にも「けけけ」と言いだしそうな生意気な目がそっくりで腹が立つ。(エイリークの偏見)
とにかく話題を変えて気を逸らしてみる。
「その幻創獣はポピラ達に創ってもらったのね。モデルはラヴニカ?」
「そうなの! かわいいでしょ?」
「……まぁ」
食い付きがよかった。
「ラヴちゃんはまるで昔のリィちゃんみたいでつい抱きしめたくなっちゃうのよ」
「姉さまはあいつと随分仲良くしてるのね」
あの生意気なちび魔人が自分に似ていると言われるのは心外だが。
不満そうな声が気になったのだろう。エイルシアが訊ねる。
「リィちゃんはあの子が妹なのは嫌?」
「あんな小さな子を姉なんて呼びたくない。だから妹よ」
それは本心だ。ラヴニカと姉妹、ひいては家族になることをエイリークは拒絶しない。
ラヴニカの瞳に映る色をエイリークは知っているし、何より手紙を読んだから。
だからもっと彼女の事を知りたいと思う。
「姉さま。よかったら教えて。風森の国にいるあの子のこと」
「……そうね。それじゃあ少しだけ話すわね」
私達の義妹の話を。
それはエイルシアが学園に向かう前の話。
風森の国にいる魔人の彼女の話。
+++
ラヴとシア
+++
風森の城から少し離れた北の森。
とある少年曰く、そこが彼女の『生息地』。
「……おおぅ。なんじゃ、おまえは」
木の上に登り、感嘆の声をあげるのはちいさな子ども。
綺麗な紫の髪に葉っぱをたくさんつけて、着せられたふりふりのドレスが破けるのは気にしない。
紫の瞳を大きく開いてその立派な一本角を指でつつく。
「今までで1番艶のある奴じゃ。大きさも申し分ない。この前の茶色の入ったのもよかったがこれは……よいものじゃ」
うんうんと1人納得。
「これからも精進せよ。今後のお主に期待するぞ」
カブトムシ(のような虫)を相手に偉そうに別れを告げると、彼女は次に登る木を探す。
甲虫を探して観賞、もしくは鑑賞するのは最近の彼女に起きた密かなブームだ。とある少年の影響でもある。
「あやつ程の虫にまた会えるとよいのう。……また、か」
捕まえようとは思わない。囚われることを彼女は何よりも嫌っているから。
彼女は風。だから自由。
魔力を奪われ小さな体となった彼女。何かと不便な思いをしているがそれは些細なことだ。
400年も憧れ渇望していたものに触れること、感じることができるのだから。
風が運ぶ匂い。森の木々を揺らす音。
木漏れ日の光。青い空。
彼女、ラヴニカ・コルデイクが《病魔》の魔人として生み落とされ、彼女が初めて見たものと同じもの。
変わらない世界。
先程と違う木の上から飽きることなく景色を眺めるラヴニカ。
それから誰にともなく彼女は訊ねた。
「これが貴様の守りたかったもの……我らが奪おうとしたものか?」
「そうですね」
答えるのはこの国の守護精霊。
「……《風使い》。久しぶりじゃの」
翠の髪をした精霊はそれを否定する。
「いいえ。私は風森。あなたの言う彼女、『ウインディ』は人が精霊の私を認識しやすいようにと選ばれた私の主人格にすぎません」
「どちらでも構わん。かつて我を封じたのは貴様だ。何の用じゃ?」
我は(遊ぶのに)忙しいとラヴニカ。
「あなたとは1度話をしようと思っていましたが……それは次の機会に」
「何?」
訝しむラヴニカに風森は言った。
「彼女が来ますよ」
「うっ」
嫌そうな顔。遠くから声が聞こえてきた。
「ラヴちゃーーーーん」
ラヴニカを呼ぶのはこの国の王女様、エイルシア・ウインディ。彼女は小さなラヴニカの保護者、義姉ということになっている。
エイルシアはいつものように城を飛び出したラヴニカを探しに来たのだ。
「カレハ、ここなの?」
「間違いありません。私(風森)が先に見つけましたから」
エイルシアの肩にちょこんと座るのは紅葉色の小さな精霊。彼女が最近契約した《守護の短剣》に宿る精霊だ。
与えられた名はカレハ。風森から独立した同一の存在でもある。
「ちっ。見つかったのは貴様のせいではないか」
「……」
気付くと風森は姿を消していた。ラヴニカは精霊に恨み事を呟く。
そこへ――
バアアアアアアアアン!!
「のおおう!?」
突然轟く爆音。驚いたラヴニカは耳を塞ぎ、はずみで木から落ちてしまう。
ぽてっ、と
「ふぎゃ」
「やっと見つけました。もうラヴちゃんたらまたお城を抜け出したりして」
「エイルシア!! その札はやめいと言ったじゃろうが!」
エイルシアは《音爆弾》のカードを持っていた。ユーマから伝授されたラヴニカ捕獲法の1つだ。
「おでかけするときはちゃんと行き先と帰ってくる時間を伝えないといけませんよ? あと『いってきます』も言わなきゃだめ」
「我が何しようと勝手じゃろ。我は自由じゃ。なのにお主は……」
何かと『おねえちゃん』なエイルシアに憤慨するラヴニカ。
だが今の彼女の姿はかわいらしいちび姫様。かつての迫力もなければぷりぷり怒った姿はそれはもう、
エイルシアのツボだった。
「かわいい! ねぇ、家に連れ帰ってもいいですか?」
「何をわからぬ事を言っておる! 離さぬか」
汚れるのも構わずエイルシアは抱き締める。
「午前のお仕事が終わったんです。だから一緒に遊びましょう」
「むぅ」
にこっとした笑顔に渋々と頷く。ラヴニカにすればエイルシアと『遊ぶ』というのは悪くない誘いだ。
着せ替え人形みたいな扱いを受けたり一緒にお風呂なんてことに比べれば断然いい。
「仕方ない。付き合ってやろう。我は自由なんじゃから」
そう。今じゃなくても世界と風はいつだって感じられるから。
「はい。行きましょ。ラヴちゃん」
ラヴニカに差し出されたエイルシアの手。
「……ふん」
その手を取らずにラヴニカは先を行く。
それが2人の距離。一緒にいても繋がることはない。
封印の呪縛から解かれた魔人。ラヴニカが今も風森の国にいるのは彼女の気まぐれ、自由だからだ。
そう彼女が自分に言い聞かせているから。
+++
城の練鍛場で激しく『遊んだ』あとはやっぱりお風呂へ連れて行かれるラヴニカ。
彼女はお風呂が苦手だ。
何がってエイルシアと一緒に入るのが。
「髪も身体もしっかり洗いましょうね」
「やめい! やめ……ああー」
丹念に、隅々と、
エイルシアが洗うものだから。
サービスカット? しませんよそんなの
「……いつもやめんかと言うておるのに」
ぐったりとして湯船につかる。
「ラヴちゃんも女の子だから身だしなみは気をつけないと。髪やお肌はすぐ傷んじゃうから」
「ふん。そんなもの魔人の我に必要ないわ。見よ!」
立ちあがって仁王立ち。
「瑞々しく張りのある我のこの肌。羨ましいじゃろ」
「ラヴちゃんは子どもじゃない」
つるんとしてぷにぷにしてる。
「む。魔力さえ取り戻せばお主の身体など相手にならんわ」
「むぅ」
エイルシアは1度だけ見た彼女の本来の姿を思い出して唸る。
あれほどのスタイルに勝てる女性は世界にいないかもしれない。
「ふっ。思い知ったかエイルシア。我に言わせればお主は『そこそこ』じゃ」
「!?」
「『年を取って』『小僧』に嫌われない努力をせいぜい頑張るのじゃな」
「……」
地雷踏みまくり。押し黙ったエイルシアにラヴニカは調子に乗った。
「我を崇めよ。さすれば御利益があるかも知れぬぞ。ははははは、あはははははは」
「……ラヴちゃん」
高笑いを余所に1人湯船から上がるエイルシア。
「ん? なんじゃ」
「ユーマさんが教えてくれたのですけど、『せんたくき』って知ってる?」
「は? ……!?」
魔法発動。風の気流を湯船の中で生み出し渦を作る。
「こうやってたくさんの服を洗えるものですって。……洗ってあげる」
流石にかちんときたらしい。張り付いた笑顔が怖い。
高速回転。渦に飲み込まれるラヴニカ。
「やめい! あばっ……わああああああああ」
「……どうせ私はそこそこです」
ラヴニカが溺れながら目を回し、エイルシアがいじけるというお昼前の惨劇。
+++
お昼ごはんは国王である父を加えて3人で。食事はいつもエイルシアが用意する。
城にはもちろん使用人達はいるのだが彼女は家族の食事、その準備だけは誰にも譲らない。
「ごちそうさまでした。お父様、先に失礼してお母様のお食事のお世話をしてきます」
「ああ。今日も美味しかったよ。いつもありがとう」
娘を笑顔で見送る国王、ラゲイル・ウインディ。
この時間になるとラヴニカは彼と2人きりになる事が多い。
かつて戦いもした2人だがそんなこと気にせずラゲイルの方がよくラヴニカに話しかけてくる。
「食事をするのにも大分慣れたようだね」
「ふん。我にとっては不要な行為じゃ」
そう返事をして付け合わせのグラッセを嫌そうに口にする。
ニンジンは嫌いらしい。
「好き嫌いもせず偉いじゃないか」
「子供扱いするな。残すとシアの奴が煩いのじゃぞ」
反応がまるっきり子どもなのでラゲイルは微笑ましく思う。
「……のう。あ奴はなぜ自分らの食事を作るのじゃ? 使用人にも料理人はいるのじゃろ」
「エイルシアの料理は口に合わないかい?」
「誤魔化すな」
ラヴニカだって料理は美味しいと素直に言えない。ただラゲイルは理由を話すことができない。
言えば彼女が傷付くとこれまで一緒に過ごしてわかっているから。
「ユーマ君だよ。あの子はプロとはいかなくても中々の腕だからね。10年も料理をしているエイルシアは彼に負けたくなくて色々勉強してるのだよ」
「……そうか」
納得した。
10年。その言葉で。
「ラヴニカ。君には感謝している。エイリークもユーマ君もいないこの国でエイルシアが笑っていられるのは間違いなく君のおかげだ」
「付きまとわれて迷惑じゃよ」
「そうは言っても構ってくれている。娘が《精霊使い》となり色々と頑張っていることも知っているのだろ?」
「……」
無言の返事。構わずラゲイルは話す。
「迷惑かもしれないがエイルシアが無理をしないようにみてあげてくれないか? ウインディの血筋は甘えるのがへたくそなんだよ」
「……」
エイルシアが自ら選んだ、いずれ訪れるであろう試練。
娘を支え、力になれるのは騎士である自分ではなく魔人である彼女と精霊だとラゲイルはわかっているから。
見た目は幼女でしかないラヴニカに王は父として頭を下げる。
そんなラゲイルにラヴニカは、
「王よ」
「何だね」
「娘を思うならお主はまず国の仕事をせい。シア1人に任せ過ぎるな」
そう言ってすたすたと部屋を出て行った。
「……」
人にものを頼む前に自分から。
ラゲイルには痛い言葉だった。
+++
ラヴニカの遊び場は北の森だけではない。ユーマが使っていた部屋もそうだ。
ユーマが学園に行ったっきりそのままの部屋はおもちゃ箱みたいなものだ。異世界の見たこともないものが沢山ある。
まずは危険なものとそうでないものを分別。特に機械の類は下手に扱うと酷い目に合うことを彼女は身を持って学習している。
罠を見破るのも彼女の遊びだ。今日もごそごそと圧縮ボックスの中身を漁る。
「ラヴちゃん。何してるの?」
「ん?」
再びラヴニカを探していたエイルシア。ユーマの部屋で彼女を見つけて唖然。
ラヴニカは部屋を散々散らかした挙句、ベッドの上で寝転がって本を読んでいる。
しかもユーマが隠し持っていたポテトチップスを食べながら。
「またこんなに散らかして。だめじゃないですか」
「うるさい。お主だって勝手に入ってきておるでないか」
「わ、私はユーマさんのお部屋に来るのはお掃除に来ているのです」
動揺したのはあえて詮索しない。
「それよりもこれを見よ。この2本角の奴、まるで鋏のよう……はっ。これがユーマの言っておったオオクワガタという奴か。よいのう」
「リィちゃんだけじゃなくラヴちゃんまで男の子っぽいものに興味を持って……」
妹達はかわいい女の子でいて欲しい姉姫様は嘆いた。
最近のラヴニカのお気に入りは昆虫図鑑だ。実はラヴニカは『向こう』の文字が読める。魔神から与えられた知識らしい。
「再成の世界のものか。我に与えられた知識ではそうこっちと変わらぬはずじゃが……おおー」
そのページはホログラフィックシートだった。写真に触れると昆虫が浮かびあがってきた。
「動いておる! すごいぞ。何と力強い鋏なんじゃ」
立体映像のクワガタがキシャー、と鳴いて丸太を角で挟み、引っこ抜いている。
他にもカブトムシと取っ組み合いをして鋏で掴みあげるとその場で高速スピン、投げ飛ばすという荒技を見せるクワガタ。
クワガタ?
「強い! 何という虫じゃ。シアよ、この森にはおらぬか?」
「いません! 第一巨大化する虫なんていたら困ります」
昆虫図鑑と思った本のタイトルは『昆虫王、必殺大図鑑』という。リアルを追求したCGアニメのファンブックだ。
「魔獣はいないってユーマさんは言っていたけど危険な世界なのかしら?」
勘違いされた。
「とにかくラヴちゃん。1度片づけますよ」
2人でお片づけ。圧縮ボックスの中に物を放り込むラヴニカにエイルシアはお説教。
そのエイルシアは何故か猫耳バンドを見つけ、ラヴニカに無理やり付けさせてみて骨抜きになったりしたのだが割愛する。
「すっきりしましたね」
「……のう、シアよ」
ひと段落したところでラヴニカは真剣な顔をする。
「どうしたの?」
「我は魔人であり、我が神から生まれた時に色々と知識を与えられておるのをお主は知っておったな?」
「……それが?」
「気になることがあっての」
「……」
「思い出したのじゃ」
そう言ってラヴニカ1点を見つめる。
固唾を飲むエイルシア。
「年頃の男子とは寝台の下に危険なものを隠す習性があるという。気にならんか?」
「……」
単なる好奇心だった。
「……お掃除します」
「うむ」
エイルシアも乗った。
+++
「それでうっかりベッドの下に仕掛けてあった罠にかかっちゃったんですけど……あ。でもそれで私とラヴちゃんがユーマさんのお部屋を爆発させたことは内緒にしてね」
「……いつも何してるの?」
エイリークは何とも言えない顔をした。
+++




