旋風姫 彼女の戦い
フラグが立ちました。……パワーアップの
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1日が終わる。
楽しかった。振り返ってエイルシアはそう思う。
「ユーマさん。あの剣捌きはすごかったですね。昔のお母様もあのくらいできたのかしら?」
初代《旋風の剣士》である母の勇士はエイリークも知らない幼いシアの思い出だ。エイルシアだって憧れなかったわけではない。
「……」
「ユーマさん?」
「え?」
彼女の話を聞いてはいない。ユーマはイベントの終わったステージあとにしてからずっと、ただぼんやりとしていた。
「どうしたのですか?」
「ちょっとね。クルスさんの剣がすごかったから」
「……」
そう言ったユーマの表情をエイルシアが見るのは今日2度目だ。風森の国を合わせれば3度目。
だから嘘だと思った。エイルシアは問い質すようにじっとユーマを見つめる。
「……」
「……」
「……」
「……違うんだ」
ユーマは観念した。
「今日見たあれもすごかったけど……あの人の剣は違う。芸を披露するような剣じゃない」
ステージの上のクルスは相変わらずの仏頂面だった。
彼は即席の余興で作った鋼の竜を展示されることよりも、本当はあの場で剣を振るうことを嫌がっていたはずだ。
「本当のクルスさんの剣は……」
誰が相手だろうと正面から堂々と打ち勝つ、
闘う為の剣
ユーマがクルスに打ちのめされてからもう数日が経つ。
あの日以降は他の《Aナンバー》と同様、クルスともそれなりの付き合いをしている。だからわかることがある。
クルスは自分の本質を理解している。
闘いに悦ぶ異質を。
クルスは皆から1歩下がって線を引いている節がある。それをマークは知っているから彼を無理して皆の輪の中に引き込もうとしているようだ。
今から話すことはユーマが誰にも話したことのない胸の内、そんな話。
「俺、あの人と1度戦って負けたんだ。歯が立たなかった。ガンプレートも、精霊の力も」
「……」
「弱かったんだ。《精霊使い》である以前に、俺が」
――そんな薄弱な意志で振るう力が何かを守れるはずがない
「強くなりたいって思った。そうしないと何も守れそうになかったから。……いや」
声に出してみて違和感を感じた。本音は違うから。
《剣闘士》と剣を交えた誰もが思うこと。当然ユーマも、彼の剣を受けきったアギさえも。
それは――恐怖。
「怖かったんだ。あの人の闘志が。悪意もない、まっすぐで純粋なクルスさんの強さが」
強者と闘う。そして勝つ。それだけがクルスの力、その根源。
『最強の戦士』という《幻想》。単純で強い想いがクルスの《闘気剣》を創りだす。
立ち塞がるモノをすべて打ち破り、斬り捨てる。それだけの剣。
その剣を止めることがユーマはできない。
「闘う為だけの力、下手したら暴力と呼べるあの人の力が怖い。否定したくても俺は負けたから。だから強くなりたいんだ。クルスさんに立ち向かえるくらい。でも」
ユーマは沈み込む。
「強く、なりたいんだけど……」
上手くいかない。
ガンプレートを振るい、新技を編み出してもそれは今の延長。クルスには小手先と言われた《幻操》の強化でしかない。
ゲンソウ術の強さの根幹である《幻想》を強化することがユーマはどうしてもできない。アギの《盾》のような強い《幻想》をユーマは新たに生み出すことができずにいる。
技術ではなく基本能力の問題。
しかし先生や仲間たちの助言を受け、訓練に工夫を凝らしてもユーマは手ごたえを感じることができない。
クルスの《剣闘士》としての在り方が怖い。彼の剣を認めたくない。
だから強くなりたい。払拭したくて、打ちのめされたままじゃいられなくて。
でもどうしても届かない。
ユーマが望む自分だけの強さ、その《幻想》に。
行き詰ってしまった。でも仕方がない。
ユーマにはまだ気付いていない致命的な弱点があるから。
それに気付いてるのはおそらく彼女だけ。
「でも俺っ、……シアさん?」
「……」
弱音ともいえるユーマの話を聞いていたエイルシア。
彼女は目を閉じて、そっとユーマの胸のあたりに触れた。服の上から手探りであるものを探してみる。
あればいいとエイルシアは思う。ユーマが《それ》を首に提げるかポケットに入れるかは日によって違うのを彼女は知っているから。
エイルシアは見つけた。
《しろいはね》だ。
(ごめんなさい。ちょっとだけ起きて)
エイルシアは《交信》してみる。精霊に近い《彼女》にはきっと声が届くはずだ。
精霊の風森から《精霊使い》の力を直に学んだエイルシア。その能力は我流でしかないユーマを遥かに上回る。
ユーマはわかってさえいないが、そもそも《精霊使い》の本領は戦闘ではない。
《精霊使い》の本来の在り方。他の魔術師系のクラスと一線を画する能力とは《交信》を使うことで精霊に問いかけ、《世界》を知ること。
神託にも近いこの力こそエイルシアが望んだものだ。
ちょっとした反則技だが力を応用してエイルシアは《彼女》に語りかける。
(力を貸して。私と一緒にユーマさんを助けてあげて)
《精霊使い》になれて初めてよかったと彼女は思った。
《世界》を知るほど『手掛かり』がなくて途方にくれたのだから。
学園に来てよかったとエイルシアは本当に思った。
今の自分でも強くなりたいと願う少年と何もできない《彼女》の手助けができるから。
彼女はユーマが強くなれない本質的な理由を知っている。でも言うわけにはいかない。少年が還るその時まで。
それにユーマは『他の精霊と契約する』といった別の手段でも勿論、今のままでも強くなれる方法があるのだ。
きっかけとなる最高の言葉を贈ってあげたい。
ただそれが何かエイルシアはわからない。自信がなかったともいう。
だけど常に少年の傍にいる《彼女》なら。
訊ねたエイルシアに返事が返ってきた。
ねむそうな声で、このくらい1人で頑張ってよ。そんな声で、
しろい少女は教えてくれた。
「こー」と。
「……えーと」
「シアさん?」
本当に寝言だったのかも知れない。あまりに酷いヒントをもらって内心焦る。
「……覚えてますか? 風森の国でラヴちゃんと私が争った時のこと」
「え?」
エイルシアはユーマに伸ばした手を自分の胸に当てると静かに目を開き、想いをこめて少年を見つめる。
「私は覚えてます。あなたがしてくれたこと、あなたが言ったことすべてを私は……この先ずっと忘れません」
「シアさん……」
その言葉はエイルシアにとって誓いのようなものだ。
少年のことを、離れても絶対に忘れないと。
「ユーマさん。あなたはラヴニカに言ったはずです。『弟だ』と」
――俺は真鐘光輝と古葉大和の弟なんだ。だからあきらめるもんか
「思い出して。お兄さんの事」
「……駄目だ。大和兄ちゃんはデタラメに強くてクルスさんに近い。俺は兄ちゃんみたいにはなれない」
次元が違う。大和の力は常軌を逸した身体能力にあるのだから。
「違います。もう1人の方です」
「光輝さん? ……どうして?」
ユーマは彼の事を考えようとして……あれ? と疑問に思う。
あの人が一体どうしたの? と。
(やっぱり……)
その鈍い反応でエイルシアは確信した。
ユーマの中の『御剣優真』の記憶。そこにある彼のことが少しずつ忘れられ、封じられようとしている。
『鍵』がかけられているのだ。
でもそこにユーマの求める強さ、《幻想》があるはずだ。
手を伸ばせばまだ届くはず。
「思い出して。本当の意味であの人を。『あの子』が教えてくれた『こー』ってユーマさんにとってどんな人なの?」
「? 光輝さんは……」
ユーマは……優真は彼のことを思い出そうと自分の記憶、その深いところを探り、『鍵』に触れて……
罠にかかった
+++
ユーマはエイルシアの言っていることがよくわからない。
第一『あの子』とは誰の事だろうか? わからない。
(光輝さんは陰険外道の根暗眼鏡。あとなんだっけ?)
思い出そうとすれば、意識すればする程ぼんやりとした靄がかかる。
少し前、エルドカンパニーでは意識せず話していたことさえもうろ覚えだ。
(姉さんの幼馴染で大和兄ちゃんの相棒。あれ? 何の相棒だっけ? ただの親友じゃ……)
「ユーマさん?」
ユーマの瞳が虚ろになる。エイルシアは異変に気付いた。
無理に思い出そうとして余計に『鍵』の力が強くなったのだ。
特定の記憶を封じる『鍵』は起爆装置でもあった。箱の中身を開かせない為の。
(光輝さんは……兄さん? 苗字が違うじゃないか。義兄? いやいや、姉さんはまだ18だぞ。それ以前にそんな関係じゃなかった。大和兄ちゃんと同じで……? 同じ?)
思い出せない。
「《交信》のリバウンド現象? 似ているけど……違う。まさか!」
呆然として動かなくなったユーマ。エイルシアは事態の重大さに気付いた。
改竄だ。世界を修正する力がユーマに働いている。
少年は『向こう』の人間ではない、『こちら側』だと無理に言い聞かせられている。
思い出すなと。
「しっかりしてユーマさん。奪われたら駄目。あなたが『向こう』の思い出まで失くしたら」
今度こそ還れなくなる。
この世界に縛られてしまう。
(シアさん? どうしてそんな顔をするの? ……そうだ。帰らなきゃ。そうしないとシアさんは俺のせいで……でもどこに帰ればいいんだ? 俺は)
思い出せない。
仕掛けられていた罠。意識が記憶の深層に囚われてしまった。ここぞとばかりに《世界》は少年に介入しようとする。
ユーマという存在は《世界》にとって必要な都合のいいモノ。《転写体》だから。
風森が《精霊使い》にすることで施した『ユーマが優真であるという事実』。その安全装置さえ破られようとしている。
このままでは書き換えられる。その存在が、今度こそ、
《世界》の望むモノに
+++
――わたしはいつだって人の運命を人が選びとることを願います
エイルシアにそう言った人がいた。今ならわかる。
だから。
「……そう。だから私は今ここにいます」
エイルシアは知っていた。精霊を通して《世界》を探り出した彼女は少年の秘密も、仕掛けられたその罠の正体にも気付いている。
起爆させても放っておいてもいけない《忘却》の罠。少年にとって致命的になるその前に取り除く必要があったもの。
ユーマの『鍵』を探り、破壊する。それも彼女が学園に来た理由の1つだ。
ここからが彼女の戦い。
「《世界》よ。あなたにユーマさんの運命を決めさせません」
訴えるようにその決意を《世界》に向ける。
「私たちの世界のことは私たちが決めます。この先どんな危機が訪れようと《勇者》なんて必要ありません!!」
エイルシアの叫びに応じて紅葉色の精霊が元の色に戻る。
緑の小さな精霊に姿を重ね、現れるのは翠の髪の女性。
「カレハ、いえ風森。『鍵』の場所はわかりますね?」
彼女は《精霊使い》、そしてウインディの血を引く者。エイルシアはカレハを通して守護精霊たる風森をいつでも喚ぶことができる。
「おそらく、前にあの子が矢を撃たれたところです」
風森はエイルシアに答える。
「矢? それってエイリークが攫われたあの時の?」
「そうです。その時にはもう接触されていたようです。……早く気付くことができてよかった。今取り除けばさして影響はありません」
「どうすればいいの?」
《精霊使い》は自身の能力に合わせて精霊の知識を引き出すことができる。
精霊の風森は修練を積んだ今のエイルシアになら、その方法をリスクなしに教えることができる。
「方法は3つ。1番良いのは以前と同じようにあなたと私が同化してあの子の中に直接介入すること」
「き、却下です!」
以前とはユーマがラヴニカの攻撃を受け《病魔》に侵された時の事。
思い出してエイルシアは頬を染める。
「それってユーマさんとキ、キキキ、キス……」
「何を言っていますか。その年であまり奥手だとこのまま行き遅れ……武器を向けないでください」
割と本気でガンプレートを精霊に向けるエイルシア。
禁句だった。
「そもそも今のユーマさんは《魔力喰い》です。直接介入は精霊のあなたが危険じゃないですか」
「そうですね。では2つ目の方法を。彼の封神解放弾、あれを使えば」
「却下です! 私にリィちゃんのいる学園を壊滅させたいのですか!」
「……国を滅ぼしかけたあなたが何を今更」
「風森!!」
しれっと彼女の失態を言う精霊。
エイルシアにすれば年上のお姉さんにからかわれている気分だ。
「真剣にやってください」
「でも大したことないので実際余裕なのです。今のあなたは相当の力量ですから。この程度の罠、私の力さえ必要ありません」
「……」
風森に褒められたようなので黙るエイルシア。煽てられたともいう。
「3つ目は何ですか?」
「思い出させるのです」
彼の事を、と風森。
「エイルシア。あなたがしようとしたことは間違っていません」
「えっ?」
「あの子の記憶を想起させる。それが自分の力で『鍵』を壊し、自分自身を取り戻すことに繋がります」
少年だけの《幻想》を手にする。それがユーマが優真であることを思い出し、もう忘れさせない方法だと。
「あの子の心。その中を1番占めているのは間違いなく彼です」
「……それはそれで複雑です」
「……ならばあの子と繋がっている私が教えましょうか?」
何でも知っていますよ、と風森。
少年の心の中を占める異性。その上位を上から順に言いましょう、と言われれば流石にエイルシアは黙っていられない。
「風森!」
「冗談です。最近私の中の『彼女』の要素が強くなっているのでつい……とにかく。彼を思い起こさせるきっかけをあの子に与えて下さい」
「きっかけ」
言われて思いつくものは……
――今だけ。今だけでいい……兄さん、力を貸して
そう言って震えながら彼が手にしたもの
――とりあえず兄さんの力を借りずに頑張ることにしたよ。俺も強くなりたいから
そう言って彼がエイルシアに渡したもの
これしかない。
「ユーマさん」
「……」
エイルシアは茫然自失といった状態のユーマの手をとり、ガンプレートを握らせる。
「これを見て。そして自分の力で思い出して」
+++
「……?」
ぼんやりとした目でユーマは手にしたガンプレートを見る。
(シアさん? 俺だって《レプリカ2》は持ってるよ? ……レプリカ?)
上書きされていく記憶の中、ふとした疑問がユーマの中で波紋のように広がる。
(何のレプリカだっけ? これは……似ているけど違う。このガンプレートは……あっ)
まじまじと見つめて、睨みつけられた。
ガンプレートに。
それに付けられたエンブレムに。
銀の翼を持つ、金の眼をした――
ユーマはまだ彼の事を思い出せない。けれどオリジナルのガンプレートを見て大和が言っていたことを思い出した。
――これは『コウの力』だ。俺が拳を鍛え上げたように弱いあいつが戦う為に作り上げたあいつの『強さ』なんだ
(光輝さんの力……銀髪金眼の……痛っ!)
『鍵』がユーマの記憶を抑えつける。思い出すなと。
(……もう少し、もう少しなんだ)
届く。ユーマの、優真の中にある大事なものに。
手を伸ばす。『鍵』に触れて灼けつくような痛みに襲われる。
「があっ! ああっ」
「ユーマさん!?」
激痛にエイルシアの声にも気付かない。
でもきっかけは手にした。ここからはユーマの戦いだ。
(……邪魔するなよ。『これ』は俺のものだ)
ユーマの意識は『鍵』睨みつける。
それから拳を握り、構える。
彼とは別の、もう1人の兄のように。
大和はいつだって彼の前に立つ。親友をこれ以上傷付けさせないために。
少年の中にある彼を守れるのはきっと大和だ。だから拳を握る。
手を伸ばす。
優真の中にある《狼》の幻想に。
握り締め、何かを掴んだ拳。彼の相棒である《狼》からユーマは彼の事を少しだけ思い出した。
彼は、真鐘光輝は戦うのだ。どれだけ力に翻弄され、蝕まれても、許せないからと。
見たくないものを見せられ、抗って力を振るい、また傷付いて……でもまた立ち向かう。
許せないからと。
あの時、『しろい夜』の時だってそうだったはずだ。
ユーマは『鍵』に向けて拳を振るう。取り戻すために。
このまま奪われたままなんて決して許せない。
そう。彼は――
「――っ!」
大和のようにぶっ飛ばして『鍵』を壊す。
光輝のように叫びながら。
「ざっ、けるなぁぁぁぁぁぁ!!!」
彼は《梟》
夜を識る者。闇を狩るモノ
+++
「あれ?」
ユーマは正気に戻った。目の前には驚いた表情のエイルシア。
突然叫び、拳を突き出したユーマに彼女は目を見開いたまま。
「シアさん?」
「……『鍵』を壊すことに成功したんですね。よかった」
「?」
よく覚えていない。
「なんで俺シアさんのガンプレート持ってるの?」
首を捻る少年を見てエイルシアは精霊に訊ねる。
(これも改竄です。あの子が『鍵』が壊したので《世界》が介入したという事実が揉み消されました。バランスを保つための当然の処置でしょうけど)
(……)
なかったことにされたらしい。
ユーマは釈然としないままガンプレートを彼女に返す。
「そういや何の話をしてたっけ?」
「あなたのお兄さんの事です。覚えてますか?」
「兄さん? えっと大和兄ちゃんは馬鹿でかくて馬鹿みたいにカッコ良くて、馬鹿強くて馬鹿のように大食らいで馬鹿馬鹿しいくらい……」
「そんなに馬鹿って」
連呼するユーマ。エイルシアは苦笑い。
「同じ戦闘馬鹿でもクルスさんなんか1発だよ……俺はどうやったって兄ちゃんみたいになれないや」
「ユーマさん……」
そこまで言って自爆。ずーんと沈んだ。
ユーマは弱音を吐いていたことを思い出したらしい。
エイルシアは試すように訊いてみる。
「もう1人のお兄さんならどうなのですか?」
「……光輝さん? 光輝さんがクルスさんと? そりゃもちろん面倒だからって大和兄ちゃんに押し付けるよ」
断言した。
「そうじゃなければ光輝さんは陰険だからまずは脅しをかけておびき寄せるよな。それから罠にかけて……いや、外道だから狙撃とか暗殺とかを企むはずだ。下剤を飲ませたりして弱らせる絡め手なんかも得意だし」
「ええっ?」
「根暗だから対策練ってわざわざ変なもの作るかも。『クルスバスター・クラウド』みたいな感じで細菌兵器なんか……そういえばいつか機動兵器作って大和兄ちゃんとタイマンするって話どうなったかな?」
「……一体どんな人なのですか」
エイルシアが呆気にとられている内にユーマは結論を出す。
「うん。光輝さんは正々堂々と戦わないからクルスさんは絶対敵わないよ。眼鏡だし」
「もう言ってることがわかりません」
「そう? 光輝さんは陰険外道の根暗眼鏡。それだけだよ。あと夜行性の鳥類」
そう言ってユーマは1人笑う。2人の事はいつでも思い出せるから。
「《梟》だろうが《狼》だろうが関係ない。光輝さんと大和兄ちゃんは俺の兄さんだ。俺は2人みたいに強くありたい。弟だから」
ユーマは拳を握る。今まで悩んでいたのが嘘みたいだ。些細なことに感じる。
「そうだ! シアさん一緒に来て。試したいことができたんだ」
「どうしたんですか?」
「新技、いや必殺技だな。今思いついた」
嬉しそうに笑うユーマにエイルシアは戸惑うばかり。
でもユーマは思い出した。だいじなものを、少年だけの《幻想》を取り戻せた。
「行こう。シアさん」
「ちょっと、ユーマさん!」
だからよかったと彼女は思ったのだ。今日1日はきっと忘れられない思い出になるはずだ。
エイルシアの戦いは《世界》からユーマを守り、彼を元の世界に還してあげること。今回はそのはじまりにすぎない。
少年に引っ張られながら彼女は今後の事を考える。
まずここの学園長に会うことが先決。できれば今日出会った《弓》の勇者とも話がしたいと考える。
エイルシアは手掛かりを探している。《送還》以外の方法を何としても見つけなければいけないから。
少年が自分の秘密に気付き、絶望するその前に。
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おまけの話
日没に差しかかった頃、《Aナンバー》に緊急招集がかかる。事件は学内で起きた。
現在解体工事中のスタジアム。それが何者かによって破壊、いや消失させられたのだ。
「あの辺りはここ数日人払いをしているから人的被害はゼロなんだけど」
「膨大な魔力反応があったらしい。現場は塵しか残ってない」
「なんやて!?」
「犯人の目撃情報は?」
「1番それらしいのは『女と子供の2人組』。それだけだよ」
「……フフ。子供」
「……」
皆の視線が痛い。
冷や汗だらだらの《精霊使い》。ちなみに制服はボロボロだ。
言えるわけがない。人がいないことをいいことにスタジアムにこっそり忍び込み、思いついた必殺技を試してみたなんて。
その時エイルシアに《ゴッドフリート》を2発も使ってもらったなんて尚更言えない。
逃げようにもエース10人に囲まれた状態。絶体絶命。
「どうした、ミツルギ」
「いえ。スタジアムの解体と撤去の手間が省けてよかったですね」
「そうだな。……さて。反省室行くか?」
「……はい」
犯人はブソウに首根っこ掴まれ、自警部に連行された。
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