旋風姫 学園横断編1
ユーマの学園案内序章。
注意書き:このシリーズは第3章の伏線を張るためにあります。
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エイリークとアイリーンは学園の正門前で毎朝顔を合わせる。別に約束事ではないがずっとそうしている。
「おはようございます。ウイ……エイリィ」
「別に無理して昔の呼び方にしなくてもいいわよ」
それから2人は少し話をしてから学園へ。この時のやりとりは他愛のないものが多いが、時には些細なことで揉めて喧嘩になることもある。
「そうもいきません。今はシア様もいますし」
「……『シアおねえちゃん』じゃなくて?」
「む、昔の話です!」
「その昔からずっと姉さまみたいになるって真似してたじゃない。髪とか服とか。仕草もそうよ」
「う……」
今朝の話題はやはり昨日の事。今学園にはエイリークの姉であるエイルシアが滞在している。明後日に行われる運動会を見に来ているのだ。
2人は幼馴染。アイリーンは昔風森の城で暮らしていたことがある。当時のアイリーンはエイルシアの事を実の姉のように慕っていた。
幼少の頃の思い出を2人は共有している。なので昔の事でからかおうとしたエイリークだったが。
「……そんな私に『姉さまはあたしのだ!』って剣まで持ちだして喧嘩をふってきたのはどなた?」
「うっ」
「シア様に怒られて謝りに来たのはいいけれど、私に謝るのが嫌で泣きだしたのはどなただったかしら?」
「ちょっとまって」
「夕食の時に嫌いな「あー!!」」
脆刃の剣だった。むしろやんちゃだったエイリークの方が分が悪い。
「とにかく! アタシ達の関係は今更変わりはしないから別になんて呼んでも構わないわよ」
「変わらないって……貴女随分変わりましたね。6年前のこともあって一時期私とは口もきかなかったのに」
アイリーンが言うのはエイルシアに関わること。それも幼馴染である2人の関係を変えてしまうような。
エイリークはこの件でアイリーンというより彼女の故郷である《銀雹の国》を敵視していた時期があった。彼女のちょっとした反抗期。今も銀雹の王を毛嫌いしている。
銀雹の国は風森の国と同盟国だ。彼の国の王は風森の秘密、魔人の事を知っている。
《風邪守の巫女》の役目も。
「私たちが卒業するまでもう2年もありません。今でも反対しているのでしょう? だってシア様は……」
「6年前? ああ。それはもういいわ」
「はい?」
あっけらかんとした態度にアイリーンは驚いた。話題にすればエイリークが怒り狂うような話なのに。
「いろいろあったから忘れてた」
「忘れたって、貴女が自分の国とシア様の事を?」
「同盟の事はどうなるかわからないけど、きっと姉さまが上手くやってくれるわ。もう銀雹の王の力を借りる必要もなければ……そうよ。姉さまを差し出す真似もしなくてよくなったのよ! もう理由がないから」
言ってみて思いついたエイリークはそれはもう嬉しそうな顔をする。アイリーンを前にして「ザマミロ銀雹」と言いだしそうな感じ。
「よくわかりません。『理由がない』……それって風森の魔人が消えたとでもいうのですか?」
「ラヴニカ……魔人はまだいるけど多分問題ない。風森の、いえ姉さまの運命は変わったの。アイツのおかげで」
「アイツ?」
アイツと言われてアイリーンが思い浮かべるのは風森の精霊を使役する《精霊使い》の少年。
「まさかユーマさん!? 彼が魔人を?」
「そう。アタシが春に帰省する前の話。ユーマは姉さまの恩人。それだけは感謝しないといけないわね」
「貴女の帰省前って……ちょっと待って。ユーマさんの風葉は貴女の《守護の短剣》の精霊ですよね? あと砂更はこの春学園に来る途中で拾ったと前にユーマさんは言ってましたし」
「それが?」
「精霊のいないユーマさんが魔人をどうにかしたのですか? 一体どうやって」
「さあ? ユーマも姉さまも詳しく話してくれなかったから」
「さあ、って」
魔術師でないエイリークはいまいち理解していないようだが、改めてユーマの異様さを思い知るアイリーン。魔人の事を父である王に聞いたことがあるから尚の事。
魔人の恐ろしさはその魔力総量にある。比較するとこうだ。
ゲンソウ術の使用限界を魔力に換算した場合、一般の魔術師(学園ランクA)を10とするとアイリーンは50。《氷輝陣》は消耗しやすく並の術者では長時間展開できない。彼女の能力の高さが窺える。
次に魔力を扱える《精霊使い》のユーマ。彼は2体の精霊を合わせて500程。《魔力喰い》の制限付きでもアイリーンの10倍もある。ちなみに世界で確認されている《魔法使い》の平均は200。
そしてエイルシア。彼女は個人で240くらい。精霊込みでなんと1000を超える。
普通に魔術の撃ち合いをすればユーマがエイルシアに勝てないのは当たり前なのだ。《精霊使い》となった彼女は最強の《魔法使い》になりつつある。
ならば魔人はどうか。
全盛期のラヴニカは30万。人では話にならなかった。(現在の彼女は2)
圧倒的な魔力を誇る魔人に人は魔法では対抗できない。実は《魔法使い》であるエイルシアよりもゲンソウ術を使う《魔術師》のアイリーンの方がまだ勝てる可能性がある。
魔人に打ち勝てる程の《幻想》を《現創》すればいいのだ。ただそれができたのはゲンソウ術を編み出したかつての《勇者》たちくらいなのだが。
だからアイリーンは興味を覚える。《精霊使い》でさえなかったユーマが魔人を相手に何をしたのか。
「ところでシア様はどちらへ? 昨晩は貴女の部屋に泊まったのでしょう?」
「今日の姉さまは1日学園見学よ。明日はミサを連れて3人で学外で遊ぶの。アイリィも行く?」
「予定があるので昼食くらいは。……もう。そんなにシア様が大事なら学園の案内も貴女がしたらよかったのではなくて?」
姉と一緒に遊びに行くなんて初めてのエイリーク。今だって機嫌よく遠足前の子供のように生き生きとしている。
「今日の案内はユーマがするからいいのよ。あー、早く明日にならないかなー」
「……エイリィ?」
「何よ」
「もしかしてシア様とユーマさんの2人?」
「……それが?」
「貴女まさか気付いてないの? それってデートなんじゃ……」
「言わないで! ……我慢、してるんだから」
明日に浮かれていたのは逃避だったようだ。エイリークが凄んでアイリーンは怯む。
「……今日だけ。今日だけはユーマに姉さまを譲ると決めたのよ。そうあの子に頼まれたから。……明日以降は指一本触れさせはしない」
言い聞かせるように呟くエイリークに呆れたアイリーン。
ユーマではなくエイルシアだと言うエイリークに。
「……シスコン」
「何か言った?」
「いえ何も。でも唸るくらいならそう無理しなくても」
「いもうとがね」
「はい?」
「実はアタシ、姉になったの。それで姉さまのことお願いされたのよ」
“あねうえがにつまっておる。ゆ-まをかしてやれ”
エイリークに手紙を送ったラヴニカ。エイルシアの事を『姉』と呼んでいる。
最後まで手紙を読み、あの魔人がエイルシアを気遣っていることにエイリークは何より驚いていた。何があったか知らないが、彼女は『ラヴニカ・C・ウインディ』となった自分を受け入れエイルシア達と一緒にいることを選んだようなのだ。
家族として。
ならばエイリークはラヴニカの頼みを断るわけにはいかない。
彼女の姉として義妹の我儘を聞いてあげると思えば悪い気分ではなかったから。
「だから今日だけよ」
「はぁ……?」
事情を知らないアイリーンはわからないことだらけで首を捻るだけだった。
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エイルシアはユーマと一緒に学園見学。待ち合わせは正門前、エイリーク達が登校してから1時間後のこと。
エイリークの配慮は別にしてもエイルシアは一国の王女様にして《魔法使い》、さらには《精霊使い》なのだ。学園も要人警護に気を配り、案内にはユーマのような彼女の気心が知れたエースを配置してくれた。
しかも2人。
「それじゃあ行こうシアさん。リアトリスさんも」
「ああ。エイルシア様、大丈夫だと思いますが学内のトラブルは多いのでくれぐれもお気を付け下さい」
「……ええ」
学園の《烈火烈風》、リアトリス・ロートのことはエイルシアもよく知っている。リアトリスは風森の国へ剣を学びに留学していたこともあるから。
「シアさん。どうかした?」
「いえ、別になんでもありません」
「ミツルギ、行く先は決めているか? 南区のステージは午後からだぞ」
「中央の校舎から行きましょう。一般の展示を見て回ってから昼ごはんを《組合》の出店で適当に」
「昼食は食堂がよくないか? 特別メニューが出回るぞ」
というわけで3人で学園を見て廻ることに。
今の学園は運動会の準備中。運動会は公開授業の一環で行われるがエイルシアのように前日から学園を見学に来る保護者は多い。なので準備と同時に生徒たちによる歓迎イベントを行っている。
出店なんてあってちょっとしたお祭りのような雰囲気がある。規模は小さいが生徒にして見れば保護者歓迎の催しは学園祭の予行演習も兼ねていた。
校舎の中に入りあれこれと見学ルートを話合いながら進むユーマとリアトリス。エイルシアは話に付いていけず面白くない。
「あのな、あくまでこれは学園の案内だぞ。これだと食べ歩いて終わりじゃないか」
「でもなぁ。シアさんはどこ行きたい?」
「……」
「シアさん?」
このままではいけない。とにかく主導権を握らねばと思い立つエイルシア。ユーマには返事をせず彼女はリアトリスに向き直った。
「リアトリスさん。忘れる前にこれをお渡しします」
「何でしょう?」
彼女に渡したのは手紙。エイルシアにしてもこんな形で渡すのは不本意ではあったが。
「ツアイさんからです」
「!!」
その一言でリアトリスは真っ赤。
「リアトリスさん? それにツアイさんて確か風森の」
ツアイとは風森の国の騎士で若くして小隊長を務める青年。ユーマも面識がある。
「彼も忙しいのでたまには連絡をするなりあなたのほうから会いに行くなりしてくださいね」
「え、えええエイルシア様!」
リアトリスは動揺しっぱなし。エイルシアそれを気にせず、まるで諭すように話を続ける。
「いいですか? あなたはどうかわかりませんけど、遠距離って辛い……むぐっ」
「――!!」
「シアさん!!」
そこまで聞いてユーマも察した。リアトリスは風森の国に恋人がいるのだと。
突然の暴露にユーマは慌ててエイルシアの口を塞いだ。リアトリスは動揺を隠せずとも剣を構え、周囲を警戒。
「むーんんん!? んー!」
「ミツルギ! どうだ?」
「わかりません。《風読み》じゃさっぱり」
「ユーマ様、上です」
「「「――!!」」」
気付いたのはエイルシアの精霊であるカレハ。3人は天井を見上げて絶句。
「……フフ」
彼はそこにいた。
とにかく迂闊だった。学園に来たばかりのエイルシアが事情を知る由もないが報道部は特ダネを求めて常に暗躍している。
どう考えても特ダネの匂いしかしないエイルシア。そこに3人目のエース、《霧影》がこっそり嗅ぎ回っていた。
「ミスト……やはりいたか」
「本当は風森の姫君と後輩のスクープを狙っていたんだが思わぬ収穫。君の浮いた話を学園で聞かないわけだ」
まさか外で男を作っていたとはな、とミスト。
恐るべきは天井に張り付いていたくせに誰も気づかなかったこと。彼のマフラーが垂れ下がらないでいるのが何とも不思議だ。
「《紅玉》の面々も知らなかっただろう。『お姉様』と慕う彼女らが団長である君の真実を知ったなら……フフ。今夜少女たちの枕は涙で濡れるな」
ああ、お姉様が知らない男の餌食にー、と泣き真似をするミスト。
「黙れ、変態!!」
問答無用で斬りかかったリアトリスだがミストは袖口から暗器を取り出し受け止め、そのまま鍔迫り合いのように膠着。
「私の騎士団は本当に……本当に洒落にならない子もいるんだ。余計なことをしてみろ、今ここで焼くぞ!」
「その台詞をそっくりそのまま返そう。無粋な真似をして《青騎士》の馬に蹴られるのは君の方だ」
「なんだと」
ミストは顔を寄せ、リアトリスだけが聞き取れるような声で喋る。
「以前後輩があの《旋風の剣士》の騎士だという噂があった。昨日話を聞き俺は思ったのだ。もしや噂の真実は姉の方ではないのか?」
「っ!? それは」
それは以前リアトリスもユーマに冗談で言ったことがある。でも本当に冗談でまさかと彼女は思っている。
「俺はその真実を確認しに潜んでいただけだ。しかし! いざ見てみれば君も一緒じゃないか。2人の邪魔するとは騎士の風上にも置けないな、《烈火烈風》」
出歯亀のミストは自分の事を棚に上げてリアトリスを非難。それに気付かず彼女はたじろぐ。
「い、いや待て。私もミツルギと同じ彼女の護衛で……それにいくらなんでも2人は年の差が」
「フフ。君も女だというのにその辺りの機微がわからないのか? なら君と君の彼氏はどうなんだ?」
「……。はっ。騙されんぞミスト!」
「ちっ。残念」
危うく言いかけたリアトリス。これ以上秘密をばらすわけにはいかない。
「この先2人に付いて行って気まずい思いをするのは君だぞ。引き際を見極めるんだな」
そう言ってミストは飛び退くとユーマの傍に着地。また小声で喋る。
「ミストさん?」
「隅に置けないな後輩。そんな君にはこの報道部の割引券をあげよう」
「……えーと、それはどうも。でもリアトリスさんの事は」
「大丈夫だ。同志として言いたいことはわかる。この特ダネを部長に渡すのはまだ早い」
ユーマとミスト。2人の関係は『報道部部長とブソウをくっつけようとしつつ2人をからかおうの会』の同志である。
リアトリスを最大のライバルと思っている部長の彼女。誤解を解くのは面白くないとユーマ達は判断した。
「彼女は任せたまえ。学園の案内、うまくやれよ。……さあ! 貴様の秘密をばらされたくなければこの俺を止めることだな。さらばっ!!」
「待て!」
大声を上げ走り去るミスト。何事かと余計に注目を浴びる3人。
リアトリスはミストの背を睨み、追いかけようとしたがユーマとエイルシアを見て逡巡する。
「……エイルシア様。申しありませんが急用ができました。貴女の護衛はそのままミツルギをつけます。構いませんか?」
「……ごめんなさい。何か大変なことになってしまって」
エイルシアは流石に気まずい。ちょっとからかおうと思っただけなのに。
「いえ。手紙のことはわざわざありがとうございます。風森へは夏季休暇の時にでも行くことにします」
「ツアイにはそう伝えましょう。きっと彼も喜びます」
「ありがとうございます。あと学園の報道部を甘く見ないように。あまり羽目をはずすと貴女もミツルギも彼らの餌食になりますよ」
「よくわかりました」
神妙に頷いた。
「ではミツルギ。あとは任せる」
エイルシアに向けて一度騎士の礼をしたリアトリスは、振り返り背を向けると次の1歩で全速移動。ミストを追いかけた。
剣を抜いたまま、割と必死で。
「あの変態。今日こそ消し炭だ!!」
なにかが爆発する音がする。
「「……」」
火災の発生で呼び出されないといいなー、なんて考えるユーマ。
「まあ、いいや。シアさん、これからどうする?」
「……本当にごめんなさい」
「シアさん?」
「え? ああ。そうですね。それでしたら」
とりあえずミストの乱入と計らいで2人きりになれたエイルシア。まず学園に来た目的を1つずつやることにした。
「ユーマさんやエイリークがいつも行くところへ。まずはあなた達が見ている学園を見てみたいです」
「それでいいの? わかった」
というわけでユーマは彼女を連れて《エルドカンパニー》へ。
今ならエルド兄妹がPCリングや幻創獣を使ったイベントを準備しているはずだ。
ところが。
「頼む! そのガンプレート、是非見せてくれ」
「……風葉ちゃんの妹……」
来てみれば思いのほか兄妹に歓迎された。エイルシアよりもその付属品が。
ティムスは土下座しそうな勢いだしポピラは紅葉色の精霊に夢中。そしてエイルシアは、
「ユーマさん! この子可愛いです!」
「うわああああ」
天使のような美少女?(ルックス)を一目見ると思いっきり抱きしめていた。
「ど、どこかでかわいいお洋服を」
「や、やめて。僕は男……ぎゅう」
「髪なんてこんなにもふわふわ……櫛を入れてもいいですか?」
「シアさん……」
エイルシアの胸に埋まってもがくルックス。それを見たユーマは思ったのだ。
「かわいいものをかわいがる癖が前よりパワーアップしてる。ラヴのやつも大変だったんだろうなぁ」
とルックスの災難をしみじみと眺めていた。
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