0-06 精霊使い
ユーマ、全力モード
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模擬戦は続く。
《氷晶壁》でユーマの攻撃を完全に弾き、《氷弾》の弾幕を張るアイリーン。
対して《高速移動》で縦横無尽に駆け回り、時には風で《氷弾》を打ち払い反撃するユーマ。
どちらも決定打を与えられずに時間だけが過ぎていく。
観戦スタンドの生徒はいつのまにか沈黙していた。滅多に見ることのできない上級者の戦いに目を見張っている。
《銀の氷姫》の実力は本物だ。殆どの生徒が彼女を知っているが、その『凄さ』を知る生徒は少ない。観戦にきた生徒は今ここにいることが幸運といえる。
そして。
(アイツは誰だ?)
当然の疑問。学園の生徒でない黒髪の少年が彼らの知らない本気の《銀の氷姫》相手に互角に戦っている。
少年に関する噂はあったのだがこの戦いを見ることで真相はますますわからなくなっていた。
――エイリーク・ウインデイの騎士があらわれたらしいです
――中庭で黒髪の少年が3年の剣士を一撃で倒したそうだぞ
――正門で不審な男がエイリーク様にぶたれて昇天したのよ
――中庭でウインデイ様に蹴られていた……オノレウラヤマシイ
……以上報道部取材メモより抜粋
一方、少年を知る2人。
「引き分けかユーマの負けね」
「いやわかんないぜ」
エイリークとアギの意見は分かれた。
「制限時間のある模擬戦に《氷輝陣》を発動した時点でアイリィに引き分けより下はないわ。ユーマならもしかしたらと思ったけど、《氷晶壁》を破れないなら結果は同じよ」
「そうだな。あの術式は俺の《盾》といい勝負だな。……まあ、それでもユーマは負けないと思うぜ」
アギはユーマから目を離さなかった。
ユーマは氷の弾幕を宙を駆け回って躱し続けている。ハイスピードで展開される攻防戦は1度見逃すとわからなくなってしまう。
「どうしてよ? ユーマのことはアタシがよく知っているわ。アイツは《風使い》。これ以上の攻撃手段がないのよ」
しかしエイリークは風森の国にいた頃のユーマしか知らない。
「そんなことねぇよ。俺は知ってる。あいつは風だけじゃねぇんだよ」
だからエイリークはアギの言葉に驚いた。
確かにユーマは厳密には《風使い》ではない。しかし風属性の術式しか使えないはずだ。
風森の姉姫が禁じたという、エイリークの知らない《切り札》を除けば。
「……アンタ、何を知っているの?」
「まあみてな。氷の姫さんが動いたぜ」
「……ふん」
エイリークはおもしろくなかった。
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精霊使い
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(もういいでしょうか?)
アイリーンは思う。
ユーマの戦いぶりはアイリーンから見ても素晴らしいものだった。
正直《氷晶壁》の展開はユーマの《高速移動》から繰り出す攻撃に対してギリギリの対応なのだ。
《氷輝陣》の感知が一瞬でも遅れれば短剣が彼女の喉元に突き出される。特に不意打ちの上空からの突撃は肝が冷えた。
アイリーンは春季の休暇中に特訓を重ね、《氷輝陣》の展開範囲を瞬間だが3メートル前後伸ばせるようになっていた。これが有利に働いている。
ただし感知スキルに集中する余りアイリーンの消耗は激しい。現在の魔術は魔力を殆ど消費しないが、精密且つ緻密に魔術を想像する必要があるのだ。
1つの魔術に対して幻覚を見るほどの想像を何千何万と繰り返す。意識せずとも無意識で、一瞬とはいわずとも僅かな時間で、である。それは人の脳に負担をかける。今の彼女は魔術と《感知》を脳内で同時処理しているのでなおさらだった。
制限時間までもたないと判断したアイリーンは弾幕を張り続け、攻撃1本に絞ることで負荷を軽減することにしたのだが。
(これ以上はないのかもしれません)
《氷晶壁》を警戒しているのかユーマは回避の一手。防戦一方だった。
(だったら……)
「ユーマさん」
氷弾の雨が止む。同時にユーマも《高速移動》を止めた。
「貴方の力、素晴らしいものでした。でもこれまでですね。……きっと私の氷と貴方の風は相性が悪かった。そうなのでしょう」
「……」
ユーマは答えない。アイリーンは彼に対して僅かながら失望していた。
本当はもっとすごいと思っていたのだ。《守護の短剣》を持つにふさわしい圧倒的な力を期待した。
彼女の望みは《魔法使い》の力を目の当たりにすること。そうすれば変われると思ったから。
“最高の魔術師”
彼女は漠然とした願いを実現するきっかけが欲しかった。決して手強い対戦相手が欲しかったわけはでない。
「今日は私にお付き合いくださり感謝致します。……これで最後にしましょう。私の最大の攻撃、受けてください」
《氷輝陣》に変化が起きた。アイリーンの右腕に氷晶が全て集まる。
アイリーンは完成した大きな氷の結晶をユーマに向けた。
「私の『風』は如何でしょう? 風よ、輝けぇ!!」
結晶から氷晶の吹雪が放射される。
《輝風凍波》
凍結攻撃。
《氷輝陣》の氷晶は感知能力の拡張と術式補助の媒体であり実は正確には『氷』ではない。《氷弾》も単体の物理攻撃なので《凍結》の効果を得るには術式を組み替える必要があるのだ。
結晶を撃ち出すものだと読み誤ったユーマ。
放射する吹雪は射角範囲が前方にとても広くて彼に逃げ場はない。
《突風》や攻撃を受け流す《風盾》でも防ぎきれそうにない。
「やばっ! しまっ、」
吹雪が直撃したユーマは氷漬けになった。
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「……きまったわ」
「いや、まだだな」
頑なアギにエイリークは腹を立てる。
「何がまだなのよ! アタシだってアイリィのあれは初めて見るのよ。これ以上何が起きるっていうのよ!」
アギはエイリークに答えない。彼はステージ上のユーマしか見ていない。
「……ステージがアリーナなのがよかったんだな。吹雪が地面を凍らさなかったのも幸いだ。でもやっぱりすげーよな、あいつ」
「あ……。なによ、あれ」
そこまで言われてエイリークは気付く。アイリーンの前に立つ3つの影に。
「そうだよ、ここまでやったんだ。手加減なんてすんじゃねぇ。最後までやれぇ! ユーマぁ!!」
アギは叫ぶ。
彼はただユーマの《全力》が見たかった。
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吹雪が直撃したユーマは氷漬けになった。
はずだった。
正面に立つアイリーンからはユーマの姿は見えない。
なぜなら2人の間には氷の壁があったから。
「ま、まさか防いだの? 《氷晶壁》で!?」
「違うよ」
壁の向こうから少年の声が聞こえる。
「あぶなかった。咄嗟だったから密度とか強度なんて考えられなかったし。ばかでっかい氷弾だったらアウトだったな」
「そうですねー」
「……」
少年とは違う女の子の声もする。
よく見れば氷の壁は土が壁のように隆起して凍りついたものだった。
ユーマが「よっ」と声をあげて風で壁を切り裂く。
アイリーンの前に姿を現すユーマ。彼は1人でなかった。彼女からは3つの姿が見える。
1つは長身の男の姿。名は《砂更》。
波打つ金の長髪。目元は見えない上に身に纏う白いローブの襟で口元も隠している。
1つはとても小さな女の子の姿。名は《風葉》。
くりくりした愛嬌のある顔立ち。緑色の髪と緑色のワンピース。背中に透明な羽が4枚。身長も10センチくらいでまるで妖精のようだ。
そしてもう1つの姿、ユーマにも若干の変化がみられた。
左腕の白い腕輪が形を変え、滑らかな曲線を描く白い篭手になっている。
《白砂の腕輪》は砂の精霊、砂更の器である。
アイリーンがユーマに関して予想していたこと、それ以上の事態に彼女は驚き声を上げた。
「精霊が……2体!?」
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「何よ、風葉じゃないほうのあの精霊は何!?」
アイリーンの驚きと疑問はエイリークもまた同じだった。
「やっぱり知らなかったな。砂の精霊だってさ。《西の大砂漠》で捨て猫……じゃなくて捨て精霊拾ったってあいつは言ってたぜ」
「ひ、拾ったって……ならもしかしてあの白い腕輪は《精霊器》なの!?」
精霊器とは精霊を宿すことのできる道具の総称。《守護の短剣》もこれにあたる。精霊器は付与効果どころでない特殊効果を持つものが多い。
アギはエイリークに頷いてから話を続ける。
「風葉の《魔法》と砂更の『作った砂の波』に乗って俺達は砂漠越えしたんだ」
あれは面白かったなー、と《砂漠の竜蛇》に追われた記憶を都合よく封印しているアギは語る。
「俺が砂更について知ってんのは『下位精霊だから《魔法》が使えない』ことと、『能力は砂を操ることができる』くらいかな」
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「どうやって《輝風凍波》を……」
防いだの? アイリーンは言葉が続かない。
「砂の壁を作って防風壁にしたんだ。強度が心配だったけど壁が吹き飛ぶ前に凍りついてしまったから……」
「だからどうやって!」
「ん? いやこうしてさ」
熱り立つアイリーンにきょとんとするユーマは、しゃがみ込んで篭手のある左腕で石畳を叩いた。
叩いた石畳の周り1メートルくらいが砕くというにはとても静かに『粉砕』される。
「こうやって砂を作ってあとは砂更に壁作ってもらうんだ」
「サラっちはー、器用ですよー」
「……」
アイリーンは言葉が出ない。
(《風森の守護精霊》だけでなくもう1体の精霊? しかも属性が違う。属性の異なる精霊を同時に喚び出すなんて非常識すぎる!)
「……今まで本気じゃなかったんですか?」
アイリーンは氷の結晶を解き再び《氷輝陣》を展開。戦闘態勢を整える。
「……約束したんだ。すべてを見るって」
憤るアイリーンに対するユーマのその表情は弱ヶしかった。彼はここにきてまた躊躇っている。
でもそれは一瞬のこと。
「約束したんだ。すべてを見せるって。だから!」
ユーマは額のゴーグルを被ると短剣を構える。
短剣の構えが今までと違う。見よう見まねだろうが《それ》はアイリーンもよく知っている構え。
「風葉。砂更。力を貸してくれ。《全力》、いくぞ!」
短剣に風が集まる。
短剣が纏う風はまわりで渦を巻き、吹き荒れる。
ユーマの構え。それはエイリーク・ウインディの必殺技。
《旋風剣・疾風突き》
「させません!」
《疾風突き》は今までと同じ一直線に突撃する技だ。アイリーンは氷弾を嵐のように正面に向けて撃ちまくる。
「《追風》最大出力! 《砂塵》!!」
「はー、ふー」
「……」
ユーマの叫びと同時に突風が氷弾をすべて吹き飛ばす。
同時に発生した竜巻は石畳を砕きながら砂を飲み込み、そのままアイリーンに向かっていく。
「氷晶壁ぃ!」
叫ぶアイリーンは《氷晶壁》を防風壁にして竜巻の直撃を防いだ。
しかし。
(くっ、見えません。それに《感知》も封じられた?)
《氷輝陣》とぶつかった《砂塵》はそのまま彼女を中心にして停滞した。
竜巻によって氷霧は吹き飛ばされるが氷晶は無尽蔵に散布するので《氷輝陣》自体が吹き消されたりはしない。ただし今回は竜巻の中の砂塵と氷霧がぶつかりあって氷霧の中に砂が混じってしまった。
視界を塞がれたのはもちろん、かき乱される氷晶が砂の一粒一粒を感知してしまって本命がわからなくなってしまったのだ。
(氷輝陣の《感知》がこんなにも簡単に無力化されるなんて! 今正面以外から攻撃されたら防ぐことができません。……えっ!?)
「どうして、竜巻が……消えた?」
アイリーンは驚きの連続で翻弄され続ける。
そしてユーマはアイリーンの正面にいた。《疾風突き》の構えのまま全く動いていない。
ユーマは不意打ちを仕掛けるのために《砂塵》を出した訳ではない。ただ『溜め』の時間が欲しかっただけ。
(《疾風突き》じゃ《氷晶壁》は多分破れない。だから)
イメージで《補強》する。
カマイタチで氷の壁を切り裂くイメージはできなかった。
風で氷をどうこうするイメージは湧き辛い。
だからイメージを置き換える。
鋭いドリルで岩盤を砕くイメージと。
「集え、集え集え! 風よ集いて螺旋を描け!」
「ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐー」
短剣が纏う竜巻はさらに風を飲み込み大きくなる。
「回れ回れ竜巻よ、風を束ねて一振りの槍へ! 先は鋭くもっと鋭利に!!」
「ぐるぐるぐるぐるもっともっとー」
巨大な竜巻は激しい勢いはそのままに次第に収束していく。
彼は『この技』を知っているわけではない。ユーマは《旋風剣》の竜巻を《補強》しただけだから。
完成したその技の名は、上位の魔法剣技。
《旋風剣・螺旋疾風突き》
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