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幻創の楽園  作者: 士宇一
幕間章 旋風姫編
78/195

旋風姫 嵐の前編

今年もよろしくお願いします。

 

 +++

 

 

 午前5時半。

 

 エイリークの朝は早い。この時間になると彼女の目覚ましが『動きだす』。

 

「……ほぅ?」

 

 つんつん。目覚ましが彼女の頬をつつく。

 

「……んん」

「ほー」

 

 それから手のひらサイズの『しろい梟』はそのしろい嘴でエイリークの髪を引っ張った。

 

「イタッ! ……もう。なんでアンタの起こし方はいつもそれなのよ」

「ほぅ?」

 

 梟の幻創獣は首を傾げた。

 

 

 エイリークのPCリングに設定されている幻創獣、梟の「しろ」は特別製。一般仕様の色違いでもあるが、アップデート用の試作オプションとして簡単な思考パターンが組み込まれている。

 

 しろは待機状態になると思考操作とは別に勝手に動き出すのだ。眠りこけたり首を傾げたりする仕草は愛嬌がある。

 

 ところがこの幻創獣は髪を引っ張る悪癖があった。アラーム機能にもこのバグがあってエイリークの朝はこの梟から髪を守ることからはじまる。

 

「……苦しい」

「ほぅ?」

 

 朝の戦いはまだ続く。今度の敵はいつものようにベッドに潜り込んでくる親友。

 

「……にへへ。リィちゃん……」

 

 ミサだった。

 

 彼女はエイリークと寮の相部屋に住み、身の回りの世話をしている。

 

 お姫様というエイリークの立場からというわけでなく、ミサが親友兼専属侍女であるこだわりからそうなった。

 

「ただでさえ学園は学部が違って一緒にいられないんだよ?」

 

 とこれがミサの弁。

 

 ミサはたまに寝ぼけてエイリークのベッドに潜り込む。抱きついてはすり寄って、成長著しいその胸に抱きしめてくる。息苦しい。

 

 ミサの抱き枕状態。これはエイリークが知られたくない隠し事ベスト3に入っている。今のところ幼馴染であるアイリーンにしかばれていない。

 

 ミサの拘束から苦労して脱出するとエイリークは手早く着替えて剣の素振りに出かける。

 

 腰には細剣、頭の上にしろい梟を乗せて。

 

「今日もいくわよ」

「ほー」

 

 

 相槌も打ってくれるこの幻創獣の梟、エイリークは結構気に入っているのだった。

 

 +++

 

 

 午前6時半。朝練から帰宅すればミサが朝食の準備をしてくれている。

 

「リィちゃんおはよう」

「ええ。ミサ」

 

 この時間になるとミサもしゃきっとしている。とても寝ぼけて抱きついてくるとは思えない仕事ぶり。

 

「早く汗を流しておいでよ。制服とかカバンを用意しておくから」

「ミサ、あのね……」

「ほら急いで。朝ごはんもすぐだよ」

 

 急かされてしまい、エイリークは今日もミサに言えなかった。

 

 

 下着の選択(洗濯ではない)までミサがしなくてもいいのに、と。

 

 

 

 

「いただきます」

 

 7時過ぎ。汗を流して制服に着替えると2人で朝食。エイリークは普段からミサの2倍は食べる。

 

「おかわり、ある?」

「まだ食べるの? 訓練で身体を動かすといっても太っちゃうよ」

「いくら食べても筋肉がつかないのよ。身体強化が使えないアタシはとにかく食べて鍛えないと」

 

 エイリークは体質に加えてその運動量からか太りにくい。ミサとしては自分の料理をたくさん食べてくれるのは嬉しいのだけど、体重を気にせず食べるエイリークが心配だったりする。

 

(ムキムキリィちゃんもぶくぶくリィちゃんも嫌だなぁ)

 

 なので一計を謀るミサ。

 

「実はね、リィちゃん」

「何よ。食べないならミサの分貰うわよ」

 

 ウインナーをフォークで守るミサは真剣な面持ち。

 

「リィちゃんの制服、最近ウエストを補正したの。気付いた?」

 

 ぴた。エイリークは4枚目のトーストに伸ばした手を止める。

 

「……まさか」

「食事ってね、バランスが大事なんだよ。がむしゃらに食べたって栄養が偏っておなかぽっこりなんだから」

「……」

 

 黙って自分のおなかを触ってみるエイリーク。嘘だから変化はないのだけれど。

 

「リィちゃんにいつも抱きついてるわたしが言うのよ」

 

 ミサの妙な迫力に押された。あとベッドに潜りこむ癖は故意なのかもしれない。

 

「これからはリィちゃんもわたしを見習ってダイエットを……」

「……ミサだって偏ってる癖に」

「なっ!?」

 

 エイリークの反撃。

 

「2年前から身長が止まって胸ばかり大きくなってるくせに」

「うっ」

 

 その胸でアタシをいつか寝ぼけて圧殺する気ね、とまでは言わないが軽く睨むエイリーク。

 

「……」

「おかわり」

「……はい」

 

 ミサは手にした牛乳をエイリークに差し出した。

 

 

 

 

 エイリークのとある朝の風景。ミサはコンプレックスを突かれしょんぼり。

 

 それで今朝風森の城から届いた手紙のことをミサは忘れてしまった。

 

 +++

 

 

 数日前から学園にある看板が立てられている。

 

 

“只今新エース《精霊使い》の体験キャンペーン中”

 

“善戦すればエルドカンパニーより豪華景品。ぜひ1度模擬戦に参加して下さい”

 

 

 放課後の屋外演習場前、『ユーマの砂場』では最近《精霊使い》が挑戦者を募り模擬戦を繰り返していた。

 

 今もユーマは数人の生徒を相手にガンプレートを振るう。

 

「風刃、スパイラル」

「うわっ?」

「VTF・フレア」

「熱ぢー!!」

 

 戦士タイプの生徒は錐揉み状に飛ぶ3枚刃のカマイタチを捌き切れずに武器を弾かれ、魔術師は回避する前に爆発した火球にひっくり返った。

 

「当たる前に爆発した? なんだそのVTFとかいうのは」

「ヴァリアヴルタイムなんとか。あと忘れた」

 

 いい加減な答えを言うユーマに顔を顰め考えるティムス。

 

「一定時間……違うな。一定の距離に近づくと起爆する仕掛けか」

「そんな感じ。これなら速い奴にも確実なダメージを与えられる」

 

 Variable Time Fuse 近接信管ともいう。

 

 前に竜騎士団の幻創獣、飛竜の空襲に苦戦したユーマが対空戦にと考えたものだ。イメージの大元はロボットアクションゲームの武装。

 

 器用な奴め、と思いながらもアイデアをノートに書き留めるティムス。

 

「基本術式とそれに変化を与える補助術式の合成。ツインカートリッジの方向性に間違いはないな」

 

 

 ユーマとティムスは新型ブースター、《レプリカ2》の性能テストをしていた。

 

 

 

 

 ブースターとはゲンソウ術の発動を補助するイメージ増幅器。特定の属性や特定の術式を補助するIMを付与したもの。

 

 ユーマオリジナルのゲンソウ術はブースターでない本物のガンプレート、その魔法弾を再現したものだ。それからユーマのゲンソウ術を補助するブースター、《ガンプレート・レプリカ》は銃の形を模した本体とカートリッジの2枚の金属板で構成されている。

 

 《ガンプレート・レプリカ》のブースターとしての機能。それは本体が『魔法弾を撃つ』『銃身からエネルギー刃を放出する』の2つ。カートリッジに『属性のイメージ補助』と2枚の金属板に別々のIMを付与して組み合わせている。

 

 実はこの仕組みが既存のブースターになかった。

  

 つまり『火属性の弾を撃つ』というブースターはあっても『火属性+弾を撃つ』というブースターはなかったのだ。特に後者の『火属性』の部分をカートリッジの換装で別の属性に変更できてしまうのが《ガンプレート・レプリカ》の最大の特徴。

 

 1つのブースターで6種以上の属性を操る《精霊使い》は学園の生徒達に衝撃を与えた。

 

 

 このユーマのブースターを元にエルド兄妹が換装型ブースターの雛形として開発した新型ガンプレート。それが《レプリカ2》。最大の特徴はツインカートリッジの採用。誰もがユーマのように複数の属性と術式を操れるようにと考えた、量産化を前提としたブースターだ。

 

 ティムスは《レプリカ2》の開発する前に属性を換装する簡易タイプとして《剣闘士》、クルス・リンドが持つ剣を創っているが、《レプリカ2》で再現しようとしたのはユーマが時折見せる既存術式に変化を与えることの方だった。

 

 例えば《風刃》の軌道を曲げる《風刃ブーメラン》。これはユーマが既存術式を《補強》することで可能としているが、この『ブーメラン』の部分をIM化して補助術式のカートリッジを創りツインカートリッジで組み合わせれば《インスタント(1つの術式に特化し発動を容易にしたブースター)》並に誰でも『風刃+ブーメラン』が再現できるのではないかというのだ。

 

 この発想の過程で『幻想の矢+補助術式』というジン専用のガンプレート、《ボウ・ガンプレート》が創られている。

 

 《レプリカ2》は『基本術式+補助術式』の性質変化、『属性+基本術式』の属性変化に加えて『属性+属性』の複合術式の発動補助、『基本術式+基本術式』で2種類の魔法弾を撃ち分けるなど組み合わせの幅を広げている。

 

 ツインカートリッジによる換装の難しさと本体強度の低下は否めないが、ティムスの考えとしては下位の術式しか使えない生徒でも《レプリカ2》を使うことで中位から上位クラスの技巧派になれるはずだった。

 

 実際はガンプレートの《銃》の特性を理解できる生徒が殆どおらず、今もユーマとポピラの2人しか使いきれなかったのだが。

 

 

 紆余曲折あって制式採用される換装型ブースターは結局剣や杖といったものにカートリッジを付け足すものになりそうだった。

 

 

 

 

 それで今やっている《レプリカ2》の性能テスト。その目的はユーマの《補強》から繰り出す魔法弾から補助術式のカートリッジを創るためのデータ収集だった。

 

「参った。やはりエースには敵わない」

「ありがとうございました。……ティムス、次」

「ああ」

 

 ユーマは相手をしてくれたランクCのグループに頭を下げると次の対戦相手を呼んだ。

 

 淡々と準備するユーマに対してティムスは釈然としないものを感じている。戦闘データを取ることはティムスが言ったことなのだが、実戦形式を提案したのはユーマの方だ。

 

 目的がデータ収集とはいえユーマは思った以上に新術を披露している。皆に手の内を晒し過ぎているのだ。それが引っかかる。

 

 ティムスに思い当たることはある。それはユーマが《彼》に負けたこと。

 

(あの戦闘馬鹿に何か言われたな)

 

 《剣闘士》の強さ、他を圧倒する闘志を目の当たりにすれば誰もがその影響を受けてしまう。良くも悪くも。

 

 あの脳筋のせいで自分を見失わなければいいが、そう思うティムスだがユーマの力を測る良い機会なのも事実。特に触れずにいた。

 

「ユーマ。次はランクBの戦士タイプ1人。術式は2種類まで、近接戦だけでいけ」

「わかった」

 

 ティムスの指示を受けるとユーマはガンプレートのカートリッジを換装して赤い刃を放出した。

 

 キャンペーンと言って人を集めて行っている模擬戦は変則式。

 

 まずティムスが挑戦者のタイプと力量を測りユーマのハンデを決める。その上でランクC以下の挑戦者に10名以下複数での参加を認めた。挑戦者グループにランクBが混ざるならば4人以下、ランクAは1人でハンデのみといった具合だ。

 

 挑戦者の目的は腕試しよりも豪華景品。なにせ《天才》ティムス・エルドが創るブースターは優秀なのだ。彼の作品やPCリングの限定オプションを手にする機会は見逃せない。

 

「ヒート・カッタ……あ」

 

 ユーマはガンプレートで対戦相手の武器を焼き切ってしまう。

 

「ああ! 俺の剣が」

「ちっ。こっちで完全破壊した装備はサービスしてやる」

「いや、それより……」

 

 ティムスが修復するのを断るランクBの生徒。

 

「参加賞の人形、好きなもの選んでいいか? 彼女が欲しがっていたんだ」

「……好きにしろ」

 

 原価が100もしないやつなのに割に合わないだろうが、と不可解に思うティムス。

 

 ユーマが参加賞えさにと言うので《複製》で用意した幻創獣のストラップ付きマスコットは思いのほか好評。これだけを狙いに参加してくる生徒もいる。

 

「何が流行るかわかんねぇもんだな」

「ティムス、次は?」

「アタシよアタシ」

 

 ダークエルフのユンカだ。

 

「ジンを誑かすアンタ達を倒してマスコットも貰う!」

「……ユーマ、アレはハンデなしだ」

 

 吹き飛ばした。

 

「次は?」

「俺だ」

「ハンデなし。精霊も使え」

 

 

 リュガは埋めた。

 

 +++

 

 

 リーズ学園の授業は午後3時で終わる。放課後が長い。

 

 小学校かよ、とはじめはユーマも思っていた。実際は生徒たちに自主的な活動時間を与えられているわけなのだが。

 

 学園の生徒にとって放課後からが学園生活のはじまりという人も多い。戦士や魔術師など戦闘系の生徒で多いのは授業で集団訓練や個人指導受け、放課後に自主訓練に励むパターン。

 

 他に技術系、文化芸術系の生徒は研究や創作活動。生徒会の各委員会の運営や《組合》の商店で店舗を開く生徒もいる。もちろん遊びに学外へ行く生徒も。

 

 

 その日の放課後。エイリークは《エルドカンパニー》の帰りに西区の商店に立ち寄っていた。

 

「まさか200万じゃ足りないなんて」

 

 エイリークは学園の《組合》が運営する武具店と鍛冶屋を見て回ってきたのだ。 

 

 新しい剣を求めて。

 

 ポピラの援護を得て《旋風剣》の奥義、《昇華斬》を放つことができたエイリーク。それがきっかけなのか彼女の成長は目覚ましいものがある。

 

 《旋風剣》で剣に付与する竜巻が一層力強くなったのだ。一度実践、成功したことでイメージを掴めたのが大きい。その結果

 

 よく剣を砕くようになった。

 

 エイリークの制御に問題があるかもしれないが、その兆しは昇級試験時のブロト戦から見られている。最近では全力で《旋風剣》を振るえなくなってしまっていた。

 

 剣がエイリークの能力に耐えきれない。実は彼女が愛用する細剣は風森から取り寄せた特注品オーダー。それなりの業物なのでエイリークは折れる度、砕ける度に錬金術で《修復》して使っている。

 

 今度は錬金術で強化しようと考えたのだが。

 

 

 

 

「これは修復のしすぎで耐久度がかなり落ちています。強化してもあまり期待できませんよ」

 

 とは腕利きの錬金術師であるポピラの言葉。

 

「刀身の強度を上げるのは無理なのね」

「はい。剣に風属性への耐性を付与することはできますけど」

「……全力で振るっても折れなくなる。けれど《旋風剣》の威力は格段に落ちる」

「そうです」

 

 それでは意味がない。エイリークはうんざり。

 

「結局剣を新調する必要があるのね。あーあ。折角お金戻ってきたのに」

「ミツルギさんですか?」

 

 それは昇級試験前の話。

 

 エイリークは試験終了後に打ち上げを計画してその幹事をユーマに任せていた。ユーマは特待生で試験を受ける必要がなかったからだ。

 

「準備のお金、立て替えるつもりでアタシの貯金カードをアイツに渡してたんだけど別の事に全部使ってたのよ全部」

 

 思い出して怒りが込み上げてきたエイリーク。

 

 でもってとっくに《竜巻ぱんち》を喰らい制裁を受けているユーマ。*番外編「風森の精霊と」より

 

「アタシが学生ギルドでコツコツと貯めてきた200万! 一体何に使ったっていうのよ」

「それは……」

 

 ユーマは《皇帝竜事件》の時に報道部の部長から情報を買い、情報操作を頼んでいた。

 

 その辺りの事情は当事者なのでポピラは知っている。彼女の兄が襲われてユーマが怒りを現していたことも。

 

(しかしエイリークさんはミツルギさんに全額渡す必要はなかったのではないしょうか?)

 

 ユーマを信頼してなのか。それともエイリークの金銭管理がただ杜撰なだけなのか。

 

「ミサに内緒で貯めていたのに」

「……」

 

 しかもへそくりだった。

 

 実はエイリークの財布カードはミサに管理されている。エイリークが稼いだお金は1度徴収され必要な分だけミサから渡されていた。

 

「無駄遣いは駄目だよ。リィちゃんの家計はわたしが守るから」

 

 とはミサの言葉。何か違う。

 

 風森の妹姫様、学園ではまさかのおこづかい制。それを聞いたポピラは「やはりあの人は侮れません」と改めて思う。

 

「でもミツルギさんは全額返したんですよね?」

「ええ。利子までつけてたわ。エースって儲かるのよ」

 

 それはユーマのエース就任時の支度金と初任務の報酬(アギと山分け済み)からだしたものだ。

 

「私も時々兄の手伝いに行きますけど割に合いませんよ」

「そうかもね。アタシもリア先輩に頼まれて手伝ったことあるわ。そう言えばポピラ、その兄はどうしたの? いないみたいだけど」

 

 《エルドカンパニー》の事務所はエルド兄妹のデスクと応接スペースのある社長室と幻創獣課の面々が使う会議室の2部屋がある。研究室兼工房は以前から兄妹が使っている研究室を利用していた。

 

「今日はガンプレートのデータを収集しています。ルックスちゃんが編入してきてPCリングの方は余裕ができましたから」

「ユーマもそっちね。あとルックスにちゃん付けはどうなの?」

 

 いくらなんでも可哀相でしょ、と言うエイリークにポピラは言った。

 

「かわいいものはちゃん付けです」

 

 堂々と言い切った。

 

「……そう。まああの子の女装は……ね」

 

 

 天使ですから。

 

 

 というわけでポピラに相談した結果、剣を新調してそれを強化することにしたエイリーク。

 

 錬金術による剣の強化に関しては「ともだち割しますよ」と言うポピラの言葉がありがたかった。

 

 

 ところが。

 

 

 

 

 話はエイリークが学園西区の商店を出た後に戻る。エイリークが調べてわかったことは今使っている細剣より良いものは武具店(武器1つにつき10万~100万)にはなく鍛冶屋にオーダー(100万~)するしかないということ。

 

 学園にはランクA又はエース御用達の優秀な鍛冶師がいる。その鍛冶師にオーダーしてエイリークの要求を満たす剣を作るとなると全財産を注ぎ込んでも全く足りないことがわかった。

 

 最低限の見積りでも300万。錬金術で強化してもらうならそれ以上の費用がかかってしまう。学生ギルドで集中して稼ぐにしてもすぐに集まる額ではない。

 

 

 余談だが放課後に学生ギルドへ足を運ぶ生徒は多い。もちろん依頼を受けた報酬でお金を稼ぐためだ。

 

 学園都市にいれば最低限の衣食住を保証されてはいるがそれで10代の少年少女が満足するはずがない。よりよい生活を送るにはまずお金が必要になるのはどこにいても同じだった。

 

 あと学園都市内の貨幣制度は他国とは独立しておりクレジットポイント(CP)制である。学生個人では他国の通貨と換金ができない。金品の持ち込みも当然制限されている。

 

 なので学生は個人ランクによる支給ポイント以外での収入は学生ギルド等の報酬で稼ぐか《組合》から出店し商売をするしかない。金銭面においては学生の誰もが同じ条件である。

 

 

 たとえそれがどこかの国の、姫らしくないお姫様だとしても欲しいものは自分で稼いで手に入れるしかないのだ。

 

 

 エイリークは考える。剣は今すぐにでも欲しい。

 

「戦士系は装備にお金がかかるから問題よね。素材をこちらで用意すれば大分安くなるみたいだけど……あ」

 

 名案が思いついた。むしろ思い出した。今のエイリークは以前にはできないことができる。

 

「アタシ、今はランクAだわ。今以上の高額の依頼を受けることができるじゃない」

 

 答えは戦闘系の生徒がランクAになると誰もが考えること。すなわち

 

 

「狩りに行くしかないわね」

 

 

 魔獣狩りだった。

 

 高額の報酬に素材の採取、実戦も兼ねて学園都市の外へも行けるとなると魅力的な話だ。

 

「他のランクAだと……アタシとユーマとアイリィ。あとアギでパーティーを組めば……いけるわ。早速学生ギルドへ」

 

 意気込んで依頼を探しに行こうとするエイリーク。

 

 ところがそこへ水を差すように現れるしろい梟。

 

「ほう!」

「何よアンタ。連絡って誰が……リア先輩?」

 

 相手はエイリークの先輩である《烈火烈風》のリアトリス。PCリングの通話機能を通して梟のしろが喋る。

 

『エイリーク。今何処にいる? まだ学園か?』

「西区のあたりですけど」

 

 リアトリスは焦っているようだ。

 

『急いで屋外演習場前に来い。ミツルギがよくいる場所だ』

「あの砂場? どうして」

『来ればわかる。あとミサにも連絡してくれ。私は彼女の連絡先を知らないんだ』

「ミサ?」

 

 普通科の彼女を呼ぶ理由がエイリークはわからない。

 

「リア先輩、一体何が」

『今そこでミツルギが……』

「――!?」

 

 リアトリスから状況を聞くとエイリークは全力で走りだした。

 

 

 

 

 簡単に言うとこうだ。

 

 《剣闘士》に続いてユーマはまた、しかも《Aナンバー》以外を相手にして《全力》で戦っていると。

 

 +++

 

 

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