エースの初仕事 任命編
導入編。ユーマと学園長、ユーマとティムス
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はじめに《皇帝竜事件》のおさらいをしようと思う。
まず事件が起きた背景は《竜使い》、ユウイ・グナントと彼の騎士団が所属していた生徒会派閥の1つである《会長派》から独立を謀り、生徒会にクーデーターを計画したことがはじまりだった。
この企みを事前に察した生徒会長は《会長派》から彼を切り捨てることを派閥内で取り決め、暫定でしかないエースの資格を《竜使い》から剥奪することをにした。
ところが生徒会長はついでに《竜使い》が独占する幻創獣の技術を《会長派》の私兵戦力として秘密裏に取り込もうとした。《竜使い》を査問会にかけ処罰すれば終わる話がこの為にこじれてしまう。
査問会や事件を起こせば学園の教師が動く。エースの選定は昇級試験の後なのでそれまでの間に《竜使い》を除く10人でエースの席を埋めようとする生徒会長。その席を無理やり空けようとエース候補を襲う《竜使い》。隠してはいるが重傷者も数名出してしまっている。
この争いは裏で密かに続くことになる。そして2人の矛先は新しいエース候補として新参の《精霊使い》に向くことになるのだが。
《精霊使い》、ユーマの話は割愛。
結果を見れば《竜使い》の勢力は壊滅。《会長派》は幻創獣の腕輪とその技術を学園長の判断で技術士でエースの1人である《天才》の管理下におかれてしまう。生徒会長が手に入れたのは報告書等の紙の束のみ。
《皇帝竜事件》は誰も得るものがなった(嘘)とは報道部部長の言葉である。
ここまでが事件の裏の話。表向きの《皇帝竜事件》は少し話が違う。
“ランクA以上の生徒はエース資格をかけて《Aナンバー》挑戦する権利を持つ”
これを知った《精霊使い》が学園長の推薦を受けて《Aナンバー》に挑戦。秘密特訓をして《竜使い》に挑んだ事になっている。
皇帝竜を倒し《竜使い》のエースの座を奪いとった《精霊使い》。そのあと《グナント竜騎士団》が量産した皇帝竜で襲撃してきたが彼は仲間たちと共にこれを迎え撃ち、最後は《銀の悪魔》で竜を全滅させた。
《竜使い》の勢力と《精霊使い》とその仲間たちの対立。これが表の《皇帝竜事件》である。
どちらにしても事件の被害は少なくはない。半壊したスタジアムに怪我人が100名弱。《竜殺し》の剣に貫かれたショックがトラウマなった生徒もいた。
ほかにも3名の魔力中毒者や寝不足とストレスで暴走した自警部部長、雑務に追われ倒れた生徒会長などがいる。生徒同士の諍いにしては規模も大きく学園側も見逃すことはできなかった。
事件を起こした《グナント竜騎士団》の幹部以下60名程が転校または退学処分に、《精霊使い》側は主にユーマとティムスの2名が学園長から直に処罰を受けることになる。
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“壊した《スタジアム》を弁償して下さい。働き口はこちらで用意します”
学園長から処罰の内容を聞いて数日。ユーマはその働き口が決定したとのことで学園長に呼び出された。
「任命式をおこないます」
「はい?」
この日、正式にエースになったこと初めて聞いたユーマだったりする。
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エースの初仕事
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学園長の話を聞いてみるとユーマに特例が与えられたらしい。
「生徒会の資料によりますとあなたはなぜか《Aナンバー》に選ばれていません」
「まあ公式戦で一応《竜使い》は倒したけどあれだけの事をしましたからね」
受講した科目の無断欠席の上で中等部に潜伏。
怪しい生徒の無差別捕縛や報道部(の部長)を懐柔して情報撹乱。
試験には飛び入りで参加でその後の全校集会は飛び降り乱入。
エース資格争奪戦を起こしスタジアムをぶっ壊す被害をだしながら竜騎士団を壊滅。
結果的にユーマは最終的に主犯を学園から全部追い出している。
「……うん。いくらなんでもやりすぎた」
「生徒会長さんもあなたのことを危険視していますね」
生徒会長はユーマを《会長派》に組み込むよりも余計な権限を与えず無印(無所属の生徒。新入生や新規編入生を指す)のままが良いと判断した。関わることを避けたともいう。
「というわけで学園長の一存で《Aナンバー》の『別枠』を設けました。格好よくアナザーナンバーと呼びましょうか?」
どうでしょう? と学園長。
「それもA(Another)ですよ。でもそこまでして俺をエースにする必要はあるのですか?」
ユーマはわからない。これは処罰ではなく昇進の間違いではないかと考える。
「ユーマさん。あなたには広くこの学園に関わってもらいたいと思います」
それは学園長の願望だった。
「エイリークさんやアイリーンさん、ほかにもあなたに関わった生徒たちの成長はめざましい」
例を挙げればブースターを手にしたジン・オーバや応援団を通してアイリーンと互いに魔術の訓練に励むようになったディジー・バラモンド。
自警部で流行り出した怪しい宗教や報道部部長が改めてブソウへアタックしはじめたことも学園長は知っている。
「ティムスさんたち兄妹が《エルドカンパニー》を設立して生徒たちと交流するようになったのは素晴らしいことです」
「……PCリングですか」
「そうですね。あの発明品も素晴らしいものですね。あなたも開発に携わっていると聞いています」
ユーマは少し眉根を寄せる。
「勘違いしないでくださいね。学園のため、あなたを利用するために特別枠を設けたわけではありません。あくまで生徒たちのためです」
利益は人を成長する糧とはならないと学園長は言う。
「PCリングを作るまでのあなたたちの過程が素晴らしいとわたしは思うのです」
例えばエルド兄妹は自分の研究のみに没頭し他を遠ざけていた。
ルックスは自分が創った幻創獣を悪用する兄に苦しんでいた。
イース達は悪事を働く自分に嫌気がさしてもう1度やり直すことを望んでいた。
「あなたと共にいた彼らは互いに協力して素晴らしいものをつくりだしました。《エルドカンパニー》の設立と運営は彼らの成長の成果です。わたしはそれが嬉しい」
生徒を思う学園長の声は孫を見るときのようにやさしい。
「だからユーマさん。あなたにはもっといろんな人と交流を持ってほしいのです。あなたとの出会いはきっと何かのきっかけになる」
「きっかけ?」
ユーマにはもちろんその自覚はない。しかもそのくらいならエースである必要がない。
「《Aナンバー》となれば特待生以上に活動の幅が広がるのであなたのためにもなるはずです」
「俺の?」
「ええ。初めてお会いした時のことを覚えていますか?」
穏やかな雰囲気はそのままに探るような目つきをする学園長。
「あなたにとってキリンジさんの推薦は突然の話でしたね」
「そう言えばそうですね」
「思えば精霊使いでありながら風森の城で召使いをしていたというあなたが今更ながら学園に通う理由が不明瞭でした」
そして少しだけ少年の内側に踏み込む。
「……本当は推薦文に書いてあったようにあなたは学園に何か目的があって来たのではないですか?」
「……」
学園長はユーマの正体をおぼろげながら理解している。異界の存在の可能性をだ。
それでもユーマが学園の生徒でいる限り彼女は自分の信念に従い他のの生徒と同様、彼の力にもなろうと思った。
そのためにも学園長が確認しなければならないことがひとつ。
C・リーズ学園。《聖王国》の跡地でもあるここにあるモノを彼は知っているのか?
ユーマは無言。何も答えない。
「……そうですか。ならば理由は問いません」
「……すいません」
「いいえ。……ところで《Aナンバー》はランクAより上の、学園の教師以上が閲覧できる資料も見ることができます」
「――!! 本当ですか!?」
「……」
もう少し探ってもよかったが十分だった。あまりにも子供らしく素直な反応に学園長は毒気を抜かれる。
(ほんとうに、よくわからない子ね)
知ることも知られることもまだ早いと学園長は思い直した。
学園にある秘蔵書の数々は学園長が懸念していたことではない。元々ユーマの正体や目的を問い質してどうこうする気は彼女になかった。
「あなたの目的のためにエースの権限は必要ではありませんか?」
「え?」
特例を出してまでエースの資格をユーマに与えるのは学園の生徒のため。彼は誰のためにでも力になってくれると思ったから。
「あなたが手にした力。それがいくら正しい行いでも学園で使うのならば問題が大きい。だからわたしに少しだけ支援させてください。《皇帝竜事件》のときのようにこそこそされるとわたしにも限度があります」
突然スタジアムの使用許可を得ることができたりしたのは学園長の『わがまま』で無理を通したらしい。
やっぱりいろんな人に迷惑をかけたとユーマは申し訳なく思った。
「だからエース……生徒個人で持てる最高の権限を俺に? それでいいのですか?」
「もちろんスタジアムの弁償の件もありますから他のエースの皆さんと同じようにお仕事もしてもらいます」
「それが働き口か。……スタジアムの弁償代を体で払えと?」
「学生ギルドの報酬よりもはるかに高額ですよ」
それこそスタジアムの弁償代を1年以内で払えるほどだという。
「もしかしてブソウさんとか年収は余裕で億越え?」
「人によっては研究費や騎士団の運営などにも必要になりますからね。ユーマさんは主に弁償にこれをあてます」
それが表向きの処罰。ちょっとした雑用、奉仕活動をしてもらうことにしますと学園長。
「学園内での生活は今までとそう変わらないでしょう。お仕事も必要ならばエイリークさん達に協力を仰いでもらっても構いません」
ティムスをはじめ他のエースも権限を持つことをいいことに好き勝手にしていると補足。
「悪いようにはしません。なのでエースの資格、受けてとってもらえませんか?」
「……わかりました」
お互いの思惑はどうあれユーマは2ヶ月前と同じように頭を下げて《Aナンバー》の加入を承諾。
簡単な任命式を終えて初となる11番目のエースが誕生した。
「これで今期の《Aナンバー》は全員きまりましたね。では早速わたしから最初の依頼なのですけど……」
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学園の西区。《組合》の本部もある技術士達の研究棟の中に《エルドカンパニー》の事務所はある。
「しゃちょー。いるー?」
「その呼び方をやめろ」
エルドカンパ二ーの社長ことティムスは顰め面でユーマを迎えた。
「PCリングの方はどう?」
「生産はまずまずだ。夏季休暇に入る前に学園の生徒全員に普及させる。今のままだと俺とポピラが生産と調整で手一杯になって利用者のデータ収集と分析に人手が足りないが」
「学生ギルドで一般募集すれば? 使っているのも同じ学生なんだし」
最終的に学園の生徒3千人のデータを集めようとすれば7人では無理がある。
「……そこにイースを使うか。あいつに人を集めさせてアルスに意見をまとめさせよう」
元グナント竜騎士団の幹部だったイースはグループリーダーに向いている。アルスは普通科出身でノートとペンを使う仕事が比較的得意。
「サンスーの兄弟は?」
「あいつらは頭脳労働向きじゃない。今は幻創獣を使って解体工事のほうに派遣している」
今は半壊のスタジアムを取り壊す大仕事があるので彼らの幻創獣は大活躍。貸し出し用の幻創獣のレクチャーもしている。
「あとルックスは高等部への編入試験中だっけ。ポピラは?」
「……秘密特訓だそうだ」
「は? もしかしてガンプレートの?」
「いや。護身用に持ってはいるみたいなんだが」
双子の兄は最近活動的になった妹の行動が把握できていないらしい。
「よくわからんがライバルがいるらしい。……学園であいつに匹敵する技術士なんて数えるほどしかいないはずだ」
「ふーん。ポピラも対抗意識なんて持つんだね」
「他校の奴かもな。どれほどの奴か会ってみたい気もする」
後にポピラから「強敵です」と普通科の少女を紹介されて呆気な顔をすることになるティムス。
「まあ、いいや。カンパニー、うまくいってるね」
「そうだな」
相変わらず素っ気ないがティムスはブースター関連や仕事の話以外にも雑談には軽く応じてくれる。
前に比べると性格が丸くなっているような気がした。
(俺に関わった影響……ね?)
ぼんやりとティムスの顔を見る。
「……気味が悪い。どうした? 新人」
「あ。やっぱり知ってる?」
「生徒会から一報は受けた。俺は処罰と言いながら結局幻創獣の管理を押し付けられた上でエースのままだったからな。異例の11番か」
「やっぱりマズイ?」
エースの事はエースに聞くに限る。ユーマは訊ねてみた。
「いや、それほど悪くない。文句を言いそうなのはお前を選定の最終段階で候補から外していた生徒会の一部、要は《会長派》くらいだろう」
《皇帝竜事件》においてユーマは自警部部部長、報道部部長の力を借りている。生徒会の大勢力である2人の部長とユーマの関係は悪くない。
「《組合》の方は俺やPCリングと工事用幻創獣の事がある。《会長派》は生徒会の中心だが外部の4大勢力の内3つはお前に友好的だ。まあ組合の長には1度挨拶に行った方がいいな」
長の方からユーマに会いたいと話があったという。
やはりティムスに会いに来て正解だったと思うユーマ。
「わかった。近いうちに《組合》に行ってみる。他に気をつけることある?」
「あの《銀の氷姫》のファンクラブ。あの副団長とかいう女は見たことがある。生徒会役員、しかも総会の書記だったはず。接点があるならあいつから話を聞くといい。1枚岩じゃない生徒会は内部の人間が詳しい」
アイリーン公式応援団は意外にもエリート集団であったりする。
「へえ。あの人が」
「エースになれば学園の情報は嫌でも必要になるぞ」
「情報収集か。……PCリングにデータベース機能を加えたいな。あとメルマガも」
「なんだそれは? 詳しく話せ」
話が脱線した。
「……成程な。要は新聞の配布とバックナンバーを保存していつでも読み返せる機能か。便利だが俺の分野じゃない」
「報道部や《図書委員》あたりに今の話をしてみよう。学園に普及してしまえば広告や宣伝代わりにも使うことができる」
「外注か。PCリング用に読める情報を作ってもらうわけだな」
「そう。なんか本当に会社っぽくなってきたね」
さらにPCリングの新サービスを考案してみるが1時間を過ぎるとティムスが興味を失くした。
「……面倒だからもういい。俺の本職は練金術、技術士だ。サービス業じゃない。あとはルックスに任せて俺は『おもちゃ』に専念する」
「ひどいね」
社長になっても自分の研究が1番な所は変わらないティムス。
一番弟子にすべてを任せることにした。
「話を《Aナンバー》に戻すけどティムスは他のエースのこと知ってる?」
「この前の全校集会で紹介されたぞ。……ああ、お前はあの時何故か空の上だったな。それが?」
「実は今日来たのはこれが本題なんだけど……」
「カード? 俺にか?」
ユーマがティムスの渡した1枚の紙。それは
“今期Aナンバー親睦会のおしらせ”
「……」
「エース10人にこのカードを渡して出欠の確認を明後日までにとらないといけないんだ」
これがユーマのエースとしての初仕事だった。
報酬はカードを1枚渡す毎に10万。親睦会の出席を約束させればさらに1人につき10万と破格。
もちろんそれだけ厄介な話だというわけなのだが。
「ちょうどお金がすぐに欲しかったんだ。だから出席して」
「……めんどくせぇ」
などと言われながらも20万ゲット。残るエースはあと9人。
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ここまで読んでくださりありがとうございます。
《次回予告》
親睦会の招待状はあと9枚。ユーマはまず《Aナンバー》の情報を求めて報道部へ。
それからブソウをはじめ知り合いのエースから探すことにした。
次回「エースの初仕事 知人編」
「部長さん。その人誰?」
「うちの幽霊部員だよ」




