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幻創の楽園  作者: 士宇一
序章
7/195

0-05 銀の氷姫

ユーマVSアイリーン。学園での初対戦

 

 +++

 

 

 この世界の魔術は厳密にいうと《ゲンソウ術》というものの1つである。

 

 ゲンソウ術は幻想・幻創・幻操・現操・現創の5つの工程からなる超能力だ。

 

 『ありえなくてとりとめのない想像』と『人のなかにあるが形にならない想い』の2つのちから。

 

 要するに。

 

 『幻や想いを現実にて創造する』、非常識な技術である。これはあたらしい自己表現の一種ともいわれている。

 

 

 人の想いという無限の力を発現させ、それを制御するのは当然難しい。というよりまず無理だ。

 

 しかしこれを実現させた者たちがいた。400年前の勇者とその仲間たちだ。

 

《疾る斬撃》

 

 剣の届かない離れた敵に向けて放つ勇者の剣技はカマイタチでも魔法でもなかった。

 

「斬る!」

「疾れ!」

「届け!」

 

 この想いだけで実現させたといわれている。

 

 《疾る斬撃》は一例に過ぎないが、彼らは想いの力で魔神を斬ったと史実では語られている。

  

 

 ――不可能じゃない。これはヒトのチカラだ。

 

 

 人は魔神が世界に与えていた魔力という万能の力が失いつつあることを知ると、勇者の示した《ちから》の可能性を信じ、実用化を目指して多くの年月を費やしてきた。

 

 

 試行錯誤して多くの実験を繰り返した。ブースターをはじめ様々な補助装置を開発した。

 

 それから明確な想像力があれば誰でも使えることが分かった。

 

 現象のイメージにある共通の認識を抽出してイメージの規格統一を行うことで誰でも同じようにゲンソウ術を使える様に試みたりもした。

 

 尚、規格化したイメージの集合体をIMイマジン・モジュールと呼ぶ。

   

 そうやって400年も経つとゲンソウ術はある程度実用化の成果をあげることができたのだった。

 

 

 ところで。

 

 ゲンソウ術における魔術は早い段階から実用化していた。そもそも魔術は400年の前のそれ以前からあったものであり、今の魔術はその模倣に過ぎない。

 

 

 かつての魔術は『魔力を媒体に術式を通して発動する』。


 たとえば《火球》の術式に魔力を消費すれば火の玉を撃ち放つことができた。

 

 

 現在の魔術は『術式から魔術を想像して発動する』。

 

 これは《火球》という術式から『火の玉を打ち出す』というイメージを想像し、ゲンソウ術を駆使することで火の玉を再現するのだ。

 

 

 魔術にはほかのゲンソウ術に比べると術式という古くも簡素なIMが最初からあった。(IM《火球》=火の玉を撃ち出す)

 

 ゲンソウ術の魔術に必要なのは『術式から魔術を想像できるかどうか』という1点。人のイメージとは曖昧なもの。術式が発動しても完全な魔術を再現できる人は少ない。

 

 火の玉を模倣することができても熱や光など火そのものの性質、それを撃ち出す速度や威力をすべて再現することは難しかった。

 

 

 高位の魔術をゲンソウ術で再現できない今の魔術師たち。

 

 魔力を消費するだけで魔術を発動できた400年前の魔術師に比べればその意味で先人たちを超えることができなかった。

 

 

 旧来の術式をイメージで再現するのは難しい。

 

 だから魔術師は想像の限界に挑戦した。

 

 あらたな術式の創造を。 

 

 

 

 

 いつからだろうか。

 

 魔術師と魔法使いが区別されたのは。

 

 +++

 

 

 閑話休題。

 

 しばらく様子見するユーマ。1対1の状態で魔術師を相手にするには甘い判断。

 

 そしてアイリーンの術式は完成した。魔術が発動する。

 

「世界よ、輝け!!」

 

 叫びと共にアイリーンを中心に周囲へ向けて冷気が駆け抜けた。

 

 突風が吹きユーマはそれに耐える。見るとアイリーンの全身と周囲5、6メートルくらいを極小のキラキラと輝いたものがいっぱいに浮遊している。

 

 氷霧。

 

 空気中の水蒸気が直接昇華する気象現象。輝いて見えるのは照明の光を氷晶が散光しているからだ。

 

 常温の環境ではありえない。現にステージ内はひやりとする程度でしかない。

 

《氷輝陣》

 

 輝く氷晶の世界。氷晶は彼女の濃紺のドレスを星空のように飾り、その中でアイリーンは蒼の瞳を閉じる。

 

 

「何時でもどうぞ。これが私のすべてです」

 

 

 +++

銀の氷姫

 +++

 

 

「あのバカ」

 

 エイリークはユーマを罵る。

 

「《氷輝陣》なんてアイリィ本気どころじゃないじゃない。あれは発動する前に仕留めないと勝ち目ないわよ」

「なあ、あのキラキラそんなにすごいのか?」

 

 アギは訊ねた。戦士系の彼は魔術の術式に疎い。

 

「氷の姫さんて言ったら《氷弾の雨》と《氷晶壁》が有名じゃないか」

「《氷輝陣》はアイリィの切り札。1人で戦う時の戦闘スタイルよ。あれを展開したなら1対1ではアタシは勝てない」

 

 剣士と相性が悪いのよ、とエイリーク。

 

「見てなさい。ユーマは剣士じゃないけど苦戦するわ。アイツはアタシと同じ風だけだから」

「ふーん。……風だけね」

 

 

 アギの呟きは喧騒に消えた。

  

 +++

 

 

 輝きの中、瞳を閉じ無防備に立つアイリーン。

 

 ユーマは手にした短剣を見て躊躇う。しかし、

 

 

 ――いいユーマ。約束して

 

 

「……わかってる」

 

(いくぞ。《高速移動》、2ステップで)

(でんこー、せっかあー)

 

 ユーマは1歩でアイリーンの左側面に立ち2歩目で突撃。

 

 氷霧の中を突破して短剣を突き出そうとする前に、

 

「氷晶壁」

 

 ユーマの正面に分厚い氷の壁が出現。短剣が弾かれる。

 

 このときアイリーンはユーマを見ていない。正面を向き目は閉じたまま。ただ右腕を横に向けただけだ。

 

「このっ。もう1回!」

(いなずまー、あたーく)

 

 ジグザグにステップを踏んで狙いを絞らせない。背面に立ち突撃、と見せかけてあと2ステップ。右側面から突撃。

 

「氷散弾!」

 

 左手を突き出すアイリーン。

 

 ユーマは慌てて氷の散弾を回避。距離をとる。

 

「あぶなっ、て考えたら動かず目もつぶって防いでるんだ。フェイントは無駄か」

(ばーか、ですねー)

 

 幻聴は無視した。

 

「今度はこちらからです。降れよ、氷弾!」

 

 アイリーンは蒼眼を開き、今度は両腕をユーマに向けて突き出した。

 

 《氷弾の雨》がユーマを襲う。

 

 《氷弾》の術式は拳くらいの大きさの氷塊を撃ち出す初級魔術だ。普通魔術は想像力で基本術式を組み替えて威力・効果を調整する。(ゲンソウ術の工程でいうところの《幻操》である)

 

 《氷弾の雨》は氷弾を連射する程度の術式。ただしアイリーンのそれは術式の展開速度と氷弾の連射速度が半端でない。

 

 しかも。

 

(機関砲かよ。しかも全周囲)

 

 《氷輝陣》を展開中のアイリーンは周囲360度のどこからでも氷弾を撃ち出せる。きっと対空砲火も可能だろう。さらに銃口が1つでない。

 

 《高速移動》で回避し続けるユーマ。直線的な弾道の《氷弾》はギリギリまで引き寄せてステップを刻めば躱せないわけではない。

 

 それでも時間が経つにつれ追いつめられる。

  

「くっ。このお!」

 

 咄嗟に逆手に持った短剣を振るう。

 

 振るった短剣の軌道にあわせてカマイタチが発生。ユーマに当たるはずの氷弾を切り払う。

 

「もういっちょう!」

(ふーじーん)

 

 今度はアイリーンに向けて《風刃》を放つ。

 

「氷晶壁」

 

 しかし氷の壁に弾かれた。

 

「くそっ」

(イメージがー、たりませんー)

 

 そう言われてもカマイタチが氷の壁を切り裂くところなんてユーマは見たことがない。

 

 ユーマの感覚では《風刃》の切れ味をこれ以上《補強》できなかった。

 

「それならっ」

 

 氷弾を跳び上がって回避。

 

 飛び道具を持つ相手にするには最悪の一手。すかさず次の氷弾がユーマを襲う。

 

 ユーマはそれを『走って』躱す。

 

「なっ、《天駆》ですって!?」

 

 驚くアイリーン。意表を突いた隙にユーマは彼女の頭上まで数歩で駆け上る。

 

(あのキラキラしたものが邪魔なんだ。あれがなければ……)

 

 短剣を振りかざす。

 

「突風!!」

(ふー、ふー)

 

 真下のアイリーンに向けて《突風》を放つ。

 

 吹き下ろし襲い来る風の激しさに彼女は態勢を崩した。輝く氷晶は撒き散らされる。

 

「うらああああっ」

 

 視界を確保できぬまま《天駆》で宙を蹴り、《高速移動》で突撃。落下速度に乗じた渾身の一撃は、

  

 

 ガキィィッ!!

 

 

「……まだまだ、ですわね」

 

 

 

 

 輝く氷晶の中、彼女に迫る寸前で《氷晶壁》に阻まれた。

 

 +++

 

 

「見てますか。オルゾフさん」

「ええ。学園長」

 

 エイリーク達の真上、3階スタンドの来賓席で2人は模擬戦を観戦していた。

 

「すごいですねアイリーンさん。《氷弾》も《氷晶壁》も魔術の発動までがとてもはやいです」

「《氷輝陣》を構成している氷晶を媒体に術式を構築しているのです。普段の彼女の倍以上の速度で魔術を発動しています」

「魔術で魔術の増幅器を創造ですか。でもそれだけじゃないでしょう?」

「ええ。この手の発想は珍しくありません。ただシルバルムは自分の特性、《感知》を理解してこの術式を組み上げています」

 

 まあ、オリジナルなんですの? と学園長は驚くような声を上げる。

 

 

 《氷輝陣》の特性は主に3つ。

 

 

「氷属性魔術の発動補助」

 

「感知能力の範囲拡張」

 

「心像の具現」

 

 

 アイリーンの持つ特性スキル《感知》。

 

 彼女は散布した氷晶の1つ1つを知覚することができる。目に頼らずとも敵が氷霧に触れれば位置を把握することが可能なのだ。

 

 接近を感知した付近に氷晶を集結・結合した上で《氷晶壁》を発動。ゼロから氷の壁を想像して創造するよりも段違いに早い。《氷弾》も同様である。

 

 

「そしてこの氷霧は彼女の《心像》。輝く氷晶の風景は彼女の過去に基づき根付く心そのもの。ミツルギの氷霧を吹き飛ばす発想は正しいが、あの程度の風で人の心を吹き消すなんてできはしない。尽きることのない氷晶がすぐに再展開されるのは当前だ」

 

 オルゾフはアイリーンの魔術を評する。

 

「シルバルムの《氷輝陣》は展開範囲の狭さと攻撃・防御の両立に問題があります。さらに言えば《氷弾》の連射性能に任せすぎで照準が甘くペース配分を間違えるとすぐに消耗してしまう。改善の余地は多いですが今のままでも前衛型を相手にして1人で接近されるのを防ぐ事が可能です。足を止めて戦う魔術師ならば十分といえるでしょう。」

「そうですね。このあいだエイリークさん文句言ってたそうです。『この冷血姫型城塞へいきー』だって」

  

 

 ……何処で聞いたのですか?

 

 ふふ。秘密です

 

 

「……ミツルギの方はどう思いますか?」

「あの子もおもしろいわ。まずは《高速移動》。あれだけ動いて身体に殆ど負荷がかかってないみたい」

 

 オルゾフは頷いた。

 

「ええ。今まで彼が見せたのは《高速移動》、《風刃》、《天駆》、《突風》……」

「あとこっそりだけど《風盾》、《風乗り》も使っているわね。《風読み》もかしら? 下級から中級程度の術式ですけど魔法戦士なら及第点よ」

「《高速移動》を中心に術式を2つ3つ同時展開しています。あの戦闘速度なら3年のランクAにもこれだけの術者はいません。機動戦なら《Aナンバー》に匹敵するでしょう」

 

 《Aナンバー》とは学園のランクA、上位10名のこと。主に高等部の3年生で構成されていて《エース》、《番号持ち》と言われる。

 

「ただ彼は風使いらしく一撃の重さが足りない。《氷晶壁》を破れなければ勝ち目がない」

「そうですね。速さの点でも不意をつけないので強化された《氷晶壁》の展開速度を超えることができないみたいですし。オルゾフさんならどうします?」

「……」

 

 オルゾフは答えない。

 

「ごめんなさい。《魔法使い》はわざわざ手の内を晒さないのよね」

「学園長」

 

 あら、ごめんなさいね、謝る学園長。

 

「……代わりにですがエイリーク・ウインディ。彼女ならば《氷輝陣》を出される前に突撃しますね。あれは魔術の発動までに時間が必要ですから」

「一発勝負なんて潔い子よね。それでも彼女たちの対戦の勝敗は確か五分五分でしたか。……このあいだアイリーンさん愚痴っていたそうですよ。『あの子なんて、姫型台風攻城へーきよ』ですって」

 

 

 ……本当に何処で聞くんです?

 

 うふふ

 

 

「このまま引き分けなんておもしろくないわ。もう1度くらい見せ場はあるでしょう」

 

 +++

 

 

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