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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 ジン戦記Ⅰ
68/195

ジン戦記 5(完)

完結編。話が続けばⅡがでます

 

皇帝竜事件の裏。その後の日常

 

 +++

 

 

「……すべての敵を――射抜け!!」

 

 

 空を飛ぶことで竜騎士団の虚を突いたジンは《ハンドガン》を連射。正確に飛竜の弱点と翼を射抜いていく。

 

「ジン・オーバ! あなたまでも……カイゼル!!」

 

 奥の手の飛竜隊を潰されたベスカは皇帝竜をジンにけしかける。

 

 その形相はあの時見た愁いを帯びた表情とは程遠く、それがジンには哀しかった。

 

(あなたには、本当にそれしかなかったのですか?) 

 

「《アローモード》」

 

 狙われたジンは慌てず対になっているガンプレートを接続して左手に持ち、『矢をつがえ』、『弦を引く』。

 

(ごめんなさい)

 

 ジンは心の中でベスカに謝った。

 

(僕はあなたの事を知らない。友達を振り切ってまでそこにいるあなたの葛藤を僕は理解できなかった)

 

 森林ステージでの彼女の独白は哀しくて、ジンはそれは違うと伝えたかった。

 

 強くなりたいと願って手にしたガンプレート。それを今、彼女に向ける。

  

 弱いから。射抜くことしかできないジンはそれしかできないから。

 

(僕はあなたを救うことができない)

 

 それでも。

 

(僕は……)

 

 

 《アローモード》のガンプレートは《幻想の弓》の展開と同時にレンズを前方に出現させる。

 

 狙撃スコープの役割を持つ《望遠》の補助術式。それは《射抜く視線》の射程と精度を飛躍的に向上させるのだ。

 

  

 ――お願い。ベスカちゃんを止めて

 

 

 背中に感じる想いの羽。そのあたたかさ。


 せめて彼女の願いだけでも。

 

 ジンは鋭くした黒の瞳で『射抜くもの』を見る。それは襲い来る皇帝竜ではなくベスカの、彼女が身に付けた幻創獣の腕輪を、

 

 見る。

 

「カイゼル・バースト!」

「――っ!!」

 

 皇帝竜は熱線を放つ前に突然消失。ジンの《幻想の矢》が彼女の腕ごと腕輪を射抜くほうが一瞬早かった。

 

 

 射抜いた瞬間、ジンは彼女と目があった気がした。ベスカがどんな気持ちでジンを見たのか彼にはわからない。

 

 痛いと喚くベスカ。幻創獣の腕輪を壊された彼女はここではもう何もできないはずだ。

 

 

 彼女を止めるためとはいえ助けたかった人を傷つけたという事実にジンは苦い気持ちを噛み締める。

 

「ベスカ! てめぇ」

 

 幹部C、クフトは仲間をやられ、怒りの矛先と皇帝竜をジンに向ける。

 

 ベスカを撃ったジンはそれでもう終わったと思っていた。その気持ちに合わせたかのように《妖精の羽》も効力を失う。

 

 ジンに防ぐ手段はない。躱す気もなかった。

 

「ジンはやらせない」

「当たって!」

 

 皇帝竜は爪を振るったが、そこにダークエルフの少女が力任せの双剣でジンを庇い、さらに白い修道服型の戦闘衣を纏う少女が《光の矢》を放ちジンの着地を援護する。

 

「ユン! セリカさんも」

 

 飛竜と戦うの彼の姿を見て急いで駆け付けた2人。

 

 ジンはどうして? と驚くしかない。

 

「ジン様、大丈夫ですか?」

「うわっ」

 

 ジンに駆け寄るセリカ。

  

 でもそれよりも早くジンの背中に飛び付いたのは急に現れたリン。

 

「先輩?」

「……ありがとう。ベスカちゃんの悪いモノ、ちゃんと消えたよ」

「……」

  

 ジンにしか聞こえない声で伝える。涙交じりの声で、「ごめんね」とそう彼女は言った。

 

 僕にじゃない。きっと友達の彼女に向けていったのだとジンは思う。

 

 返事は何もしてあげれなかった。

  

「こらっセリカ、ジンにくっつくな! ああっ、リンもいつの間に!」

「へへっ。私は先輩だもんねー」

 

 泣き顔を隠し、いつもの調子でユンカに答えるリン。

 

「あー!!」

 

 ユンカは気付いた。リンもまたジンに『射抜かれている』ことに。

 

 

「あいつのまわりの女の子……増えてるな」

 

 呆れかえる先輩2人。ジンは先輩たちの視線に恥ずかしさを覚える。

 

「みんなお願いだから離れて! ……先輩、僕らも手伝います」

 

 

 気持ちを切り替えるジン。まだ終わっていない。友達はまだ戦っているのだから。

 

 《竜殺し》の発動までの数分。ジンは仲間と共に竜の幻創獣と戦った。

 

 

 

 

 ジンが駆け付けてくれたユンカ達を友達ではなく仲間だと思ったのはきっとこの日からだと思う。

 

 +++

 

 

 竜騎士団に向けて放たれた複数の《竜殺し》の剣。

 

 敵という敵をすべて突き刺し、倒されたのを見届けたジンたちは先輩の誘導で一足先にスタジアムから脱出することになった。

 

「まだユーマ達が」

「大丈夫です。脱出用の幻創獣をティムスさんに渡してますから」

 

 そう言ったのはくせ毛のかわいらしい少年。


 中等部の子らしい。女の子かとジンは思った。

 

 

 一方、気絶したアイリーンをどちらが運ぶか揉める《バンダナ兄弟》。

 

「姫さんは俺が背負っていく」

「おい」

 

 リュガは倒れたアイリーンに向かうアギの肩を掴んで止める。

 

「何故お前だ?」

「リュガ、お前片腕怪我した上に自分の剣忘れんじゃねぇよ。あのクソ重いの担いで姫さんも運べるのか?」

「そうですね。彼女はアギさんにお願いします」

 

 2人の間に割って入るのは《アイリーン公式応援団》の副団長。

 

「他の応援団員も手負いですし、何より幹部の貴方が1人抜け駆けなんて許されると思いますか?」

「……ちっ。アギ、役得なんて思うんじゃねえぞ」

「そんな事言ってる場合かよ」

 

 散々文句を言われながらアイリーンを背負うアギ。

 

「……軽いけどもうちょっとボリュームが欲しい……ぐぇ」

「テメェ! アイリーンさんの薄氷の如き胸になんてこと……ぐはっ!」 

 

 首を締めつけられ、氷塊を叩きつけられた。

 

「……あのう先輩? どうしてそんなに急いで逃げるのですか」

 

 ジンは疑問に思う。事情を話せば自警部にも捕まることはないだろうと思っていた。

 

 アギは目を覚ましたアイリーンに首を絞められて喋れない。代わりに赤バンダナの先輩、リュガが額から血を流しながらジンに答える。

 

「理屈というより経験だな。俺達はやりすぎた。多分《鬼》がでてくるからその前に逃げるんだよ」

「鬼?」

 

 一般的に鬼とは魔力を持たないオーガや巨人種等の亜人を指す言葉だが、ここでは特定の人物を指す。

 

「いいから行くぞ。アギ、アイリーンさんを落とすような真似すんなよ」

「いや、その前に俺が、落ち……」

 

「……誰が……薄氷……」

 

「……」

 

 やっぱりあの先輩は苦手だな。そうジンは思った。

 

 +++

 

 

 30人を超える大所帯で自警部の包囲網を抜けることができたのは、やはりこの手の経験が豊富な《バンダナ兄弟》によるところが大きい。

 

「来た! 隠れろ」

 

 スタジアムを脱出した直後。叫ぶ先輩に慌てて散開して身を隠す。

 

 しばらくして現れたのは白で統一された大軍を率いて幽鬼の如く歩いてくる男。

  

「……ミツルギぃ……エルドぉ…………俺は、オレハ……」

 

 肩には巨大な十字架を背負っている。

 

「新しい得物か? あれを取りに行ったから俺達逃げ切れたんだな」

「先輩。あの人は一体?」

 

 あの禍々しさに息を飲んだ。ジンだってアレが自警部部長とは知っているが。

 

「今のブソウさんは鬼だ。毎晩の徹夜漬けを覚悟した鬼なんだよ」

「久々に爆発したな。どんだけストレス溜めてんだよ」

 

 原因が自分達にもあるのは棚上げ。

 

「アレが自警部の奉る神なのですね」

 

 十字架をみて納得顔の副団長。

 

 ジンたち1年生にはまだ理解できない世界だった。

 

「ユーマは大丈夫なんですか?」

「……アレは味方だ」

 

 ユーマは間違いなくスタジアムへ向かったあの鬼神のターゲットだろう。嘘つきの先輩。

 

 

 

 

「よし。もう大丈夫だ。一度解散しよう」

「あとの話はユーマが戻ってからだな」

  

 誰もが気を抜いて油断してしまった。《感知》能力のあるアイリーンはもちろん、気を読めるアギもやはり消耗していた。

 

「先輩!」

 

 その『視線』に気付くことができたのはジン1人。


 自警部部長の冗談のようなドス黒いオーラに紛れていた本当の悪意。

 

 

「バンダナどもがぁぁぁぁ!!!」

 

 

 ナーガ。

 

 人蛇の幻創獣が蛇の髪をいっぱいに広げて突進してくる。

 

「お前が、お前らが俺の、俺様のカイゼルをぉぉぉぉぉぉ」

  

 皇帝竜の腕輪に組み込まれた魔石。その魔力の狂気に囚われたままのクフトは激情のまま、隠し持っていたもう1つの幻創獣の腕輪を使いナーガと共に襲いかかる。

 

 先輩達は間に合わない。

 

 最速で対処できるのは《盾》を使えるアギ。その彼はアイリーンを背負ったままで両手が塞がっている。

 

 このままでは態勢を整える間に確実に一撃は喰らってしまう。

 

「やめろ!」

 

 2つのガンプレートを抜いて接続。そしてジンは叫ぶ。叫んでしまった。

 

 ナーガの動きは止まらない。でもクフトはジンの声で彼を見た。

 

 ジンは彼の目を『見てしまった』。

 

「あ……」

 

 撃てない。

 

 この一瞬しかない状況で《射抜く視線》はもう逸らせない。

 

(今撃ったら僕は)

 

「邪魔ぁ、すんじゃ、ねぇええええ!!」

 

 ナーガは止まらない。止めるにはクフトの腕輪を狙うしかない。

 

 でもジンはもうクフトの目を逸らせない。不意打ちの強襲を止めるには彼を撃つしかない。

 

 

 ナーガとは別にクフトはジンを狙ってくる。

 

 無謀な突撃だが鬼気迫るクフトの形相がジンには恐ろしかった。

 

 その手に握った武器を使うことも。

 

「ジン!」

 

 ユンカやセリカ、リンが必死で向かってくる。

 

(違うんだユン! 僕なんか守っても竜は止まらない)

 

 先輩たちを守れない。

 

「あ、ああ」

 

 ガンプレートをクフトに向けたままジンは葛藤する。

 

(撃たなきゃ先輩達も、僕だってやられる。でも!)

 

 ベスカの時とは違う。今度は必ずクフトの目を射抜く。

 

 

 ――視線を合わせただけで人を殺せる邪眼だ

 

 

 違うと叫びたい。

 

 

 昔は身を隠して『敵』を射抜き、気付かれても視線を合わせて『的』を射抜く、そんな子供だった。

 

 子供だったのだ。自分が何をしていたのか分からずひたすら弓を引いた。『テキ』を射抜き続けた。 

 

 人を殺す恐怖と痛みに気付いたのは12の時。それでもまだ子供だった。

 

 

(僕は)

 

 自分を救ってくれた師匠を思い出す。オーバの名前をくれた養父母の事も。

 

 中等部から友達のダークエルフの少女。世話好きの同級生。友達思いのフェアリーの先輩。

 

 危うく殺しかけた未熟な自分をこれからだ、手伝ってやると言ってくれた友達の仲間である先輩達。

 

 

 ――ただみんなを守りたいだけなのに

 

 

 殺しをして守る。それしかできないジンはガンプレートでクフトを狙う。《射抜く視線》で目を合わせる。

 

(僕は!)

 

 そしてジンに向かって突撃してくるクフトは、

 

 

 

 

 斬り飛ばされた。

 

 

 

 

 飛ぶ斬撃はクフトと同時にナーガの首も飛ばす。アギ達を襲おうとしたナーガはそれで消失した。

 

「……」

「……助かったぜ、ジン」

 

 奇襲に驚いたアギ達はガンプレートを構えたままのジンを見て2度驚き、助けてくれたことに礼を言う。

 

 先輩達は本当に不意を突かれていた。本当に危機一髪の状況だったようだ。

 

「……先に行ってください。念のため僕はあとから来るユーマの援護をします」

「ジン?」

「行ってください。ユン達も」

 

 追い出すように先輩達を先に行かせた。

 

 強張ったジンの表情。

 

「……先に、行くから」

 

 ユンカもそれ以上、何も言えなかった。

 

 

 

 

「……誰だ?」

 

 クフトに外傷はない。意識を刈り取られただけだ。

 

 ジンのガンプレートには斬撃を飛ばす機能、《ブレード》がある。しかしジンが構えていた今のガンプレートは《アロー》だった。最初は腕輪だけを狙撃する気でいたから。

 

 

 第3者がいる。先輩達は気付かなかったのか? この『視線』に。

 

 ジンと同じ、《暗殺者》が向けるそれを。

 

 

 ジンは《アロー》のスコープ・レンズで『視線』の先を見る。

 

 はるか後方、スタジアム外壁の上端。黒い影はまだそこにいた。

 

 黒いローブにデスサイズ。片目だけを紅く光らせた死神。

 

「……」

 

 

 《黙殺》の名をジンは知らない。

 

 

「さっきのはあの人の《翔ける斬撃》? どうして……」

 

 そしてジンは呟く彼女の唇を呼んで愕然とした。

 

 

 ――あなたはその年で3年前の、あの《最後の戦場》にいたのね?

 

 ――あの子たちと一緒に『向こう』にいなさい。あなただって日向を歩くことができるはずから

 

 

 見ていることに気付かれていた。だからこんな遠くから話しかけられた。ジンはスコープを覗いたまま動けない。

 

 

 《最後の戦場》

 

 3年前に起きた召喚陣の遺跡を巡る、歴史では最後となる戦争にジンは参加していた。誰も知らないはずのジンの過去。

 

 

 黒い影はいつの間にか姿を消していた。でもジンは動けない。

 

 

「……どうして」

 

 僕を知っている?

 

「どうして?」

 

 あの人はなんで?

 

「どうして!!」

 

 自分と『同類』なのに、影の中にいてあんなに強く、堂々としているんだ!?

 

 

「強く……なりたい」

 

 

 あの人のように影にいても誰かを助けられるようになりたい。

 

 先輩達のように自分の力に誇りを持ちたい。

 

 友達のように、本当に笑顔で仲間たちと笑い合いたい。

 

 

「――っ、僕はっ!!」

 

 

 ジンはユーマとティムスが外へ出てくるまでその場から動くことができなかった。

 

 

 守ることも、殺すこともできなかった。

 

 ジンは引き金を引く覚悟がなかったのだ。 

 

 

 

 

 《黙殺》のおかげでジンは人を殺さなかった。彼の仲間達は無事だった。

   

 ジンにとって今日の戦いはそれだけの話で終わってしまった。

 

 +++

 

 

 「はい、ジン様。お弁当です」

 

 昼休み。とある校舎の中庭にて。

 

 ジンに差しだされたかわいらしい包みに男子生徒が目を光らせる。

 

「いつも悪いよセリカさん」

「いいえ。最近は本格的に料理の勉強をしているんです。ぜひ味の感想を聞かせて下さい」

 

 セリカ・フォンデュ。彼女は最近ポピラの実力(勘違い)に打ちのめされ、ジンの故郷である東国の味付け(要は和食)に挑戦していた。

 

「この肉じゃがはどうでしょう? はい、あーん」

「セリカさん?」

 

 そしていつものようにお邪魔虫が。

 

「ぱく。うーん、やっぱり甘すぎ」

「ねぇねぇ、この黒いの何かな? セリカちゃん」

 

 肉じゃがを頬張るユンカと黒豆を指でつつくリン。

 

「……2人ともはしたないですよ」

「うるさいセリカ。ちょっと料理ができるからって」

「リン先輩もお昼ですか?」

 

 学年も専攻も違うリンはあの《皇帝竜事件》以来ちょこちょことジンのところへ顔を出す。

 

 最近の昼休みはこの4人で過ごしていた。

 

 

 

 

 ジンは『彼女』のその後のことをリンから聞いた。

 

 

「ベスカちゃん事件の責任で転校しちゃった。転校先は教えてくれなかったけどお手紙が来たの」

 

 リンは嬉しそうに話してくれた。文面から滲み出る人柄は昔の彼女のままだったと。

 

「夏休みに会う約束したの。離ればなれになったけどベスカちゃんはベスカちゃんだったから」

 

 また友達でいてくれるからいいんだ。とリンは笑顔で言う。

 

「リン先輩、その時は僕も連れて行って下さい」

 

 ジンはあの時彼女の腕を射抜き、傷つけた事を忘れない。ベスカには許されなくても謝りたかった。

 

「え? えーと。……それって夏休みに私(達)と遊ぶ約束?」

「駄目ですか?」

 

 リン、ぶんぶんとポニーテールごと首を振る。

 

「そんなことない。……別にベスカちゃんがいなくても私はいつだって……」

「?」

 

 とにかくベスカに謝る機会を手に入れたジン。

 

 夏季休暇時にリンとデートをする約束になったことに気付いていなかった。

 

「……ごめん。ベスカちゃん」

 

 リンは罪悪感から友情ってなんだろう? という悩み事を抱えることになるが、彼女の後輩がそれに気付くことはない。

 

 +++

 

 

「じーん。一緒にメシ食っていい?」

「うん。いいよ」

 

 友達のユーマは事件以降再び学園に来るようになった。

 

 今のように顔を出してくれるのはジンにとって嬉しいことだ。

 

「3号さんもこんにちは」

「3号言うな!」

 

 ユーマがリンの事をなぜ『3号』と呼ぶのかジンにはわからない。

 

 ジンの隣にはユンカとセリカ。なのでユーマはリンの隣、ジンの正前に座って弁当を広げた。

 

「ユーマは今日弁当なんだ」

「そうなんだ。今朝は食堂の仕込みの手伝いをしたんだけど、そのあと余った食材を分けてもらったんで厨房を借してもらったんだ」

「……アンタ、普段何してんの?」

 

 ユンカはやっぱりこの《精霊使い》のことがよくわからない。

 

「今日は中華風にしてみました。チャーハンは一度冷めるとマズいからやめたけど」

 

 春巻きに焼売。肉団子の甘酢かけなどジンたちにすれば珍しい料理だ。余り物で作ったとは思えない。

 

 姉直伝、恐るべし。

 

「美味しそうだね。まだほかほかだ」

「ティムスに頼んで保温パックの試作品作ってもらったんだ。……うん。これだけ温かいならチャーハンもよかったな」

 

 ほかほかのご飯を満足そうに食べるユーマ。

 

「……みんなも食べる?」

 

 

 そのあとユーマの弁当を口にした少女達は敗北感から膝をつき、ジンとユーマは弁当のおかずを交換したりして仲良く食べた。

 

「この肉じゃが変に甘いね。味醂なしで砂糖だけかな?」

「!?」

「僕はもう少し辛いのが好きなんだ。ピリ辛ってやつ」

「――っ!!」

「へぇ。外のお店はアギが詳しいから聞いてみるよ」

「楽しみだな」

「……」

  

 男同士の気兼ねのない食事。ついジンもちょっと本音が出た。

 

「セリカ?」

「……あの人、敵です」

「ちょっとセリカちゃん! どこからメイスなんて出したの!?」

 

 プライドを傷つけられたセリカの暴走を必死に止める2人。新パターンだった。

 

 +++ 

 

 

「オーバ、今日の放課後はあたしと訓練だ。わかってるな?」

 

 突然現れてそう言ったのはジンの試験官をしたあの女戦士。

 

「ベルティナさん? 僕はもう試験の結果は気にしていませんよ」

「うるさい。君が試験に落ちたのはあたしのせいでもあるんだ。……責任はとってやる」

 

 ジンの昇級試験の結果はその実力を殆ど披露できなかったため失格。彼はランクCのままだった。(《皇帝竜事件》の活躍はリンの補助があったためアギのように加味されていない。)

 

 ジンを前にして逃げたベルティナはそのことに責任を感じ、次回の試験では必ずランクアップさせるとジンに約束して彼のコーチを買って出たのだ。

 

「ベルティナ! またジンを独り占めする気だな」

「なっ!?」

「先輩。魂胆がみえみえですよ」

「うっ」

 

 まあ、そんなのはジンと一緒に過ごしたい口実なので後輩2人に詰め寄られても仕方がない。

 

「だ、黙れ! ……だったらユンカ、今日はお前をしごいてやる。セリカもだ。そのメイスは飾りじゃないんだろうな?」

「ええっ?」

「先輩?」

 

 体育会系の先輩。不器用な彼女の照れ隠しはもう勢いだった。

 

 ベルティナは自爆。そして道連れの共倒れ。

 

「もういい。行くぞ、今からだ!!」

「ちょっと!」

「待って下さ……」

 

 あー。引きずられ、叫ぶユンカとセリカを見送るジン。

 

「……ジンは今日どうする? 私、放課後は薬草の採取に行くの」

「手伝いますよ」

 

 リン、1人勝ち。

 

 

「……ジンというかあいつの周りは面白いね」

「それはー、主人公だからですよー」

 

 ユーマは肩に乗せた精霊と一緒に友達の日常を面白そうに眺めていた。

 

 

 

 

 ジンはまだ過去を乗り越えていない。抱え込んだまま日常を送っている。

 

 でも彼も彼女達も成長するのはこれからであって学園での戦いもまたはじまったばかりなのだ。

 

 

 《射抜く視線》の少年がその力に意味を見出すのはまだ先の話。 

 

 +++

 

 

 おまけの話。

 

 

 気絶していた彼女は目覚めた。

 

「ここは?」

「目が覚めた? リリーナさん」

「……名前で呼ぶのはやめて。嫌いなの」

 

 知らない部屋だった。目の前にいるのは変わった風体だが見知った2人の女生徒。

 

 1人はフード付きの黒いローブを纏い、もう1人は黄色いオコジョを頭にのせている。

 

「話がしたくて君をここへ運んだんだ。君だよね? 皇帝竜の《複製》に成功した技術士は」

「……あれは偶然のまぐれ。それで?」

「ボク達に協力してくれないかな? 表向きは処罰を受けたことにして学籍をこっそり夜間部に移行するんだ。待遇はボクの名にかけて保証するけど」

「……」

 

 そんなこと言っても目の前の彼女の本名を知らない。その意味するところも。

 

 もう1人に訊ねてみる。

 

「貴女もなんですか? 《黙殺》」

「ええ。彼女は見かけ以上に優秀よ。表でも、裏でも」

「……少し考えさせて。まだ痛いの」

 

 そう言って包帯が巻かれた左腕を、腕輪のあったところを抑える。

 

「無理はしないでね。いい返事を期待して持ってるよ」

 

 それだけ言うと彼女を残し部屋を後にする2人。

 

 最後に一言。

 

「リリーナ・コンベスカさん。ボク達報道部は幽霊部員を随時募集してるから」

 

 そして彼女は1人になった。

 

「……参ったわ。嫌な別れ方しちゃったし。せめてあの子と連絡がとれないかしら?」

 

 ベッドの上で彼女、ベスカは今後の事を考える。

 

「まだ学園にいられるってことね。裏の報道部……か」

  

 射抜かれた左腕はまだ痛い。

 

「りんりん。それに……」

 

 傷が癒えてもきっと忘れることはないだろう。

 

 この痛みも、あの瞳も。

 

 

「ジン・オーバ」

 

 

 

 

 ここにも『射抜かれた』少女が1人。

 

 

 +++

ジン戦記Ⅰ 完

 +++

 

 

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