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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 ジン戦記Ⅰ
67/195

ジン戦記 4

後編。でも終わらない。次回が完結編です

 

 +++

 

 

 第2練武館、第3戦闘室。

 

 

 その観戦席はほぼ満席。ほとんどがジン目当てだった。

 

 応援に来たセリカは窮屈な思いをして彼の出番を待つ。

 

「ジン様は大丈夫でしょうか?」

「……男でありますように男でありますように……」

 

 一緒にいるユンカはただ一心に祈っていた。

 

「ユンカさん? なにを」

「……1体1の対戦形式……向いあう2人……邪魔する者がいない2人だけの世界……」

「――!!」

 

 まさかとは思う。しかし彼女はセリカ以上にジン・オーバという少年を知っているのだ。

 

 ユンカは彼女なりに《射抜く視線》の分析し、一定の法則を理解していた。

  

「男だったらまず『射抜けない』。女でも彼氏持ちと既婚者は大丈夫。恋にまったく興味がない子も。危ないのは……」

「……ごくっ」

「潜在的に恋に憧れる女の子。思い人がいない子ほど『射抜かれやすい』のよ」

 

 思春期に入ったばかりの中等部時代はだからすごいことになったとユンカは語る。

 

「ジン様……」 

  

 緊張してきた。彼の試験とは別のところで。

 

 

 そしてセリカも神に祈りだした。

 

(どうかジン様に男性を……)

 

 意味は少し違うようにとれるけど。

 

 +++

 

 

 2人の祈りが神に届くことはない。この世界、神は殺されたことになっている。

 

 

 ジンの試験官はランクBの生徒で幅広の片手剣に盾を構えた典型的な戦士タイプ。

 

 もちろん女性だった。

 

 

「まいったね。君の人気は知っているんだ。とっちめたら他の子にひんしゅくを買っちまうよ」

 

 日焼けした肌にショートカット。さばさばした性格の彼女は世界が違えばスポーツ少女のようだ。

 

「よろしくお願いします」

 

 《銀の氷姫》ではなかった。それだけでジンは安堵して目の前の女戦士に嬉しそうに微笑む。

 

「うっ。なんかやりにくね」

 

 ジンは先輩に対して一礼すると表情を引き締め、無言で『弓を構えた』。

 

「棒立ち……正気なのかい?」

「……」

 

 ジンは答えずただ試験官の彼女を見る。

 

 

 ――いいかジン、白兵戦は喧嘩と同じ一発勝負だ。だから

 

 

(最初の睨み合いで勝負が決まる。目を逸らした方が……)

 

 負ける。と言ったのは赤バンダナの先輩。

 

 正面から戦うことをジンは苦手としていたが初めての男の先輩がくれたアドバイス。彼の助言を信じることにした。

 

 

 当然だがリュガはジンの力の恐ろしさ知らなかった。

 

 その戦い方が特定の相手に対してどれだけ有効なのかを。

 

 

 試験開始から5分。ジンは微動だにせず相手から目を離さない。

 

 戦士の彼女は牽制するように構えを変えながらぐるぐると動き回るが、ジンの迫力の前に踏み込めずにいた。

 

「……」

「……」

 

 武器を構えたまま見つめあう2人。

 

「……」

「……ぐっ」

 

 鋭いまなざしに上気する頬。

 

「……」

「……ううっ」

 

 時が止まったかのような静けさに破裂しそうに高なる心臓。

 

「うわぁぁぁぁっ」

 

 彼女は我慢しきれず剣を振り上げ飛びかかった。


 足が震えてきてあのまま見つめられたらどうにかなってしまう。

 

 一気に間合いを詰められるジン。でも動かない。

 

 ただ女戦士の目を見つめる。彼女もまたその視線から逃げられず、意識しても逸らせずにいた。

 

 激昂したように赤い顔のまま盾を投げ捨て、繰り出されるのは両手持ちの上段。

 

 勝負は一瞬。一撃で決まる。

 

 ジンは『弓を構えたまま』先輩の言いつけどおりに目をそらさず、真剣なまなざしで彼女の目を『見て』……

 

  

「はぅ」

 

 

 射抜いた。

 

 

「「あー!!」」

 

 

 膝から崩れ落ち、荒い息をつく女戦士。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 突然倒れたので心配したジンは試験中に構わず彼女に近づく。

 

「さ、触るな!」

 

 立ち上がるのに手を貸そうとしたジンの腕を打ち払い、あとずさる。

 

「あの……ベルティナさん?」

「――!! ど、どどど、どうして、名前!?」

 

 審判から互いの紹介があったことを忘れるほど動揺していた。

 

「嘘だ。このあたしがこんな気持ち……」

「体調を崩したまま試験官の役を引き受けてくれたのですか? すいません。気付きませんでした」

「違う!」 

 

 

 実はジンの試験官役の選抜は希望者が多く(彼を妬む男子生徒も多い)、抽選になるほどだった。

 

 試験官全員参加の抽選会。そして脅威の引きを見せた女戦士。

 

 美少年に興味のなかった彼女はこの偶然を余り喜んではいなかったのだが。

 

 

 女戦士ことベルティナは赤い顔でジンを睨みつける。うるんだ瞳はちょっと涙目。

 

「先生。僕は棄権します。だから今からベルティナさんを救護室へ」

「やめろ、違うから。いやだからあたしのことそんな心配した目で見るな」

 

 審判の教師に躊躇いなく試験放棄を告げるジン。

 

 ベルティナは申し訳なくて、勘違いするなこのっ、と怒りたくて、でも心配してくれるのが嬉しく恥ずかしくて……

 

 とにかく自分の突然の変化と持て余した感情に錯乱した彼女は、

 

 

「頼むからあたしに……優しく、するなぁぁああああ!」

 

 

 全力でジンから逃げた。

  

 試験中に敵前逃亡。

 

「…………勝者、ジン・オーバ。……試験の結果は余り期待するなよ」

「はぁ」

 

 釈然としないまま試験が終わったジン。

 

 

 

 

「……ユンカさん?」

「あれは……重傷よ」

 

 

 ベルティナ・アスク。突出した能力はないが視野が広く前線指揮から後方支援までこなせる万能タイプの女戦士。

 

 後にユンカ達が結成するジンの守護騎士団、《戦乙女の矢》を率いる初代リーダーである。

 

  

「どうしてよ……これがジンの、アタシの宿命なの?」

「私はジン様の事を甘く見てました。……あんなに容易く……」

 

 そもそも彼らしくない戦い方だった。


 何故あんなことをしたのかジンを問い詰めるユンカ達。

 

 そして。

 

 

 

 

「余計なこと……するなーーっ!」

 

 

 その日の夜。赤いバンダナを巻いた2年生が闇打ちにあったのは別の話。

 

「リュガ……まあ、いいや。竜騎士団とは別件だし」

 

 友達の危機に駆け付けたのはいいが、両手を合わせるだけで特に何もしなかった少年がいたのもまた。

 

 +++

 

 

 昇級試験で見た先輩たちの戦いはジンを大いに刺激した。

 

 

 ――勝手に……アタシを決めつけるな

 

 ――アタシは剣を選んだ。アタシにはこれしかない

 

 

 自分の剣を信じ、貫いた《旋風の剣士》。

 

 

 ――お見せします。あたらしい私の《氷輝陣》を

 

 ――私の魔術はこれからです

 

 

 得意とする魔術の新型を披露し、さらにその先を目指そうとする《銀の氷姫》。

 

 

 そして。

 

 

 ――お前が俺達を信じず、仲間を頼らないなら信じさせるまでだ

 

 ――俺に! ダチを! 守らせやがれ!!!

 

 

 《盾》を持つあの青いバンダナの先輩は親友を思って本気でぶつかった。

 

 

「ユン。先輩達すごいね」

「……うん」

 

 ジンが求めるような強さを持って輝く先輩達。その輪の中に溶け込んでいるジンの友達。

 

「僕は、ユーマの事が羨ましいよ」

 

 

 あの輪の中に自分も混ざることができたら強くなれるだろうか?

 

 友達や先輩たちのように自分の力に誇りを持てるようになれるだろうか?

 

 

 そんなとりとめのないことを考えるジン。

 

「……」

 

 ジンの視線の先にある男同士のじゃれあい(首根っこを掴まれながら控え室へ引きずられていく《精霊使い》の図)を見たユンカは嫌そうな顔をした。

 

 +++

 

 

 ジンの友達である《精霊使い》。ユーマはたまに無茶苦茶なことをする少年である。

 

 初めて彼を見た時は広場を砂地に変えて50人の新入生を一度に埋めるなんてことをした。

 

 初対戦では《射抜く視線》を無理やり逸らされたこともある。今までにないやり方で破られたのでジンは驚いた。(《旋風剣》で吹き飛ぶのも初めてでこれにも驚いた)

 

 

 いきなり友達を紹介されたと思ったら新型ブースターのテストに付き合わされたこともある。

 

 紹介された茶髪の少年、ティムス・エルドは学年こそ違うが同い年でジンにとって2人目の男友達だ。

 

 ティムスは口が少し悪いけど妹思いで面倒見のいいお兄さん(ジン主観)。彼の遠慮のない言動と罵倒は新鮮でジンはちょっぴり嬉しかったりする。

 

 これがポピラの手作り弁当の件もあって『エルド兄妹要注意』という共通認識がユンカ達の中に刻まれることになるのだが。

 

 

 閑話休題。

 

 そのジンの友達2人だが、今は全校生徒の目の前で学園のトップである《Aナンバー》の1人に挑んでいる。

 

  

 ジンも見たことがある巨大な黒い竜。銀色の小人たちが力を合わせてそれを投げ飛ばしたところだ。

 

(ユーマが隠れていたのはあの人達と戦うため?)

 

 皇帝竜を見たときに思い出すのはクフトとベスカ、あの2人だ。

 

 

 ――複製の幻創獣です。飛行の操作訓練の途中でしたが……

 

 ――ちっ。俺様の分はあるんだろうな

  

 

 ジンは気付いた。皇帝竜は1体だけじゃない。ユーマ達の戦いがこのまま試合で終わるとは思えない。

 

「ユン、セリカさん。僕はちょっと行ってくる」

「ジン!?」

 

 振り返らず観戦席をあとにした。

 

 +++

 

 

「ベスカちゃん!」

 

 外周の通路を回ってスタジアムの外へ。その途中で聞き覚えのある声がした。

 

 ジンが見たのは竜騎士団を従えて歩き出す女幹部と、その背に向けて叫ぶフェアリーの先輩。

 

「どうして、どうしてよ……」

「リン先輩?」

 

 リンはジンに気付いていない。

 

「友達なのに。悩み事があったなら私が助けてあげるのに……」

「……」

「気付いてあげれたら……いつだって、そばにいてあげれたのに」

 

 2人のやりとりはジンにはわからない。ただ友達である彼女はあの人を引きとどめることができなかった。

 

 だからジンも何もできない。そう思った。

 

「――っ、先輩!」

「きゃっ」

 

 ジンは咄嗟にリンを押し倒し、頭を庇う。

 

 同時に大きな揺れと轟音、それこそスタジアムを覆う結界が壊れるほどの衝撃が2人を襲った。

 

 

 しばらくして大きな歓声が上がった。

 

 

「ユーマの決着がついた? ……リン先輩、大丈夫ですか?」

「ジン……君?」

 

 茫然としたままのリン。

 

 いなくなっていた友達の事でいっぱいになった時にいきなり倒されて、それから激しく揺れて、気付いたら目の前に自分の事を先輩と呼んでくれる少年がいた。

 

 際どい距離感で見つめあう状態。リンは今の状況に頭が追いつかずぼんやりと彼の瞳を見る。

 

 ああ、いつ見てもこの子の目はきれいだなー、なんて思う。

 

「……リン先輩。あの人、ベスカさんは何を」

「っ!! ベスカちゃん」

 

 ジンの言葉がリンを正気に戻す。

 

「ベスカちゃん達本当は集会の時に騒ぎを起こす気だったらしいの。それがいきなり公開試合になったから……」

 

 全校集会の場所の変更とその後の《竜使い》と《精霊使い》の対決は竜騎士団の予定をすべて狂わせた。

 

 台無しになった企み。彼女らは生徒会棟を襲撃するはずだった戦力を集結し、学園に竜の力を見せつける気でいるらしい。

 

「それで?」

「試合が終わった直後の隙を狙うって」

「だったら急がないと」

 

 ジンにできることは限られている。だから状況の確認の上で狙撃ポジションを探しに行った。

 

「私も!」

 

 リンはジンを追いかけた。

 

 +++

 

 

 観戦席の最上段。

 

 

 ジンはユーマの、彼の仲間たちの戦いを見ていた。

 

 友達の彼はいつだって1人じゃない。自分だってこうやって駆け付けている。

 

「ジン君?」

「……いえ、ちょっと」

 

 仲間、狙撃、孤独、友達

  

 ……言葉の羅列が彼の頭によぎる。

 

 

「そろそろですね。飛竜隊、対地攻撃開始」

 

 

 竜騎士団の後方に待機していた飛竜が飛び立った。

 

 アイリーンが撃ち落としたのもあって飛竜の数は8と少ないが、ユーマ達は迎撃の手段を欠いて空襲に晒される。

 

「いけない!」

 

「狙うのは《精霊使い》です。飛竜隊、突撃!」

 

 幹部D、ベスカの指揮で編隊を組み、スタジアムを旋回する飛竜は再び《精霊使い》を襲う。

 

 

 アイリーンは地上戦の援護で手一杯。誰も飛竜の攻撃を阻止できない。

 

「《精霊使い》、これでチェックですよ」

「弾幕が間に合いません。ユーマさん!」

「もう少しなんだ。みんな伏せて!」

 

 

 飛竜の攻撃に再び晒されそうになったその時、

 

「《バーストモード》」

 

 ジンは2つのガンプレートを繋ぎ《幻想の弓》を引いた。

  

 

 ――墜ちろ!

 

 

 1度に3連射。《射抜く視線》に誘導された幻想の矢は先頭の飛竜に命中。

 

 矢は3本とも同じ個所に当たった。幻想の矢同士がぶつかり合うことで衝撃波が発生。一撃で飛竜を射ち墜とす。

 

「ダメだ。《バースト》は連射できない。《ハンドガン》が届く距離じゃないと……」

 

 あと7体いる飛竜を一度に止められない。ジンは届かない空を見上げる。

 

「……私が助けてあげる」

「先輩?」

「私の『羽』を君にあげる。だから……」

 

 自分のあらゆる力を他人に分け与えるフェアリー族の特異能力。その中でも羽を与えることの意味は1つの覚悟を表わす。

 

 それはリンの決意。

 

「ベスカちゃんは悪い何かに囚われているの。私にはそれが『見える』けど何もしてあげられない」

 

 リンの《妖精の目》は確かに魔力の狂気を見た。彼女の腕輪から。

 

「お願い。ベスカちゃんを止めて」

 

 リンはまっすぐにジンを見た。

 

 

 友達を助けたい。君を助けたい。だから私はあなたに……

 

 

 合わせる視線に乗せた思い。ジンは確かにそれを受け止めた。

 

 わかりました。それを伝えるように彼女に向けて彼はいつも通り優しく微笑む。

 

 

 ――誰かを思う心があるなら、君だって笑えるから

 

 

 師匠の声を聞いた気がした。

 

「リン先輩」

「任せてよジン」

 

 そして観戦席から身を乗り出し、ジンは空を飛ぶ。

 

 

 ジンの友達と、彼女の友達。2人の為に彼は自分の意思で武器を手にした。

 

 +++

 

 

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