ジン戦記 3
中編その2。
サブキャラとしてポピラは何故か扱いやすいです。リュガの使い勝手はイマイチ
+++
これは幻
実際には起きなかった彼の幻想
+++
「……」
ジンは感情を殺して『弓を持ち』、6つある『的』の中で覆面を被っていないリーダー格の男を狙い……
「……おい、誰かつけられていたな。姿を見せろ!」
「――っ!」
ジンの次の行動は早かった。街灯の光を睨みつけ、《幻想の矢》ですべて射抜く。
街灯のランプが割れる音が次々と鳴り響き、暗闇が覆面達を襲った。
“夜”の怖さをジンはよく知っている。だから彼はまずそれから味方にすることにした。
それから覆面、竜騎士団の下っ端達に不可視、無音の矢を容赦なく撃ち放つ。
まずは脚。逃がさない。
次に腕。武器を持たせない。
顔は見ないようにした。『見たら』射抜いてしまうから。
狙撃手として夜目も鍛えているジンは暗闇の中でも射抜くものを見ることができる。
《射抜く視線》
視線の先にあるものに必ず物を当てる特異能力。
投げた石でもとばした紙飛行機でも物理的に届くのなら当たる、そんな力。
だから《幻想の弓》の有効射程はジンの視力そのまま。小さく見えても見えるならジンはその力で矢を当てることができた。
《幻想の矢》は追加効果を付与できない無属性の術式。威力も普通の矢と変わらない弱い術式だがジンには関係ない。
どんなに防御を固めても、そうたとえ《黒鎧》を身に纏った戦士でも視線を合わせることができたなら……
その目を射抜くことが彼にはできた。
その手はただ『弓を引き』、その目はただ射抜くモノしか見ない。
ジンの黒く暗い瞳。
この目をダークエルフの少女は知っているのだろうか?
狙撃による暗殺。それがジンの本領だった。
「痛い」
「イテェよ」
「なんで……」
「知らないからですよ」
覆面を被った竜騎士団の四肢をすべて射抜き、地に這いつくばる彼らをジンは見下ろす。
「傷つけられた人の痛みも、傷つける人の痛みも……」
ジンのその目、その瞳は3年前と変わらない。
初めて彼が戦場に立ったその時と。
「あなた達は知っているのですか?」
――その手で人を殺す痛みを
「だから僕は……」
本当は殺せる武器なんて持ちたくない。
だから
手にした弓は幻想だった。
+++
射撃訓練場。
「……」
ジンは貸し切り状態にしたここで両手にブースターを持ち、ひたすらに撃ち続けた。
「……」
撃つ。
「……」
撃つ。
「……あの」
「何でしょうか?」
ジンの訓練をじっと見つめるみつあみの少女。
「あなたほどの人が私1人の為に気が散るなんてことはないでしょうに」
「いえ、そういうわけではなくて……」
その通りだったりする。
ポピラのしていることはまさに観察。ジンのブースターを調整する為なのだがポピラの視線は自分の何をどう見ているのかジンにはわからずむず痒かった。
「馬鹿ですね。……あなたのガンプレート、使い勝手はどうですか?」
「悪くないよ。射程は短いけど連射がきくし近距離での取り回しがすごく楽だ」
ジンが手にしている1組のブースター。名前を《ボウ・ガンプレート》という。
エルド兄妹が開発した《ガンプレート・レプリカ2》の試作モデルでジン専用。
《幻想の矢》に変化を与えて強化するブースターだった。
対になっている「へ」の字型の金属板に付与された補助術式は《ハンドガン》。ジンやエルド兄妹の共通の友人である《精霊使い》のイメージを元に創られたオリジナルの術式だ。
ボウ・ガンプレートは片手で《幻想の矢》を放つことができ、6連射が可能となる。
射程を犠牲にしたが2丁持ちの連射で手数と火力を増加。これでジンは近距離戦にも対応できるようになった。
カートリッジを廃した為に術式や属性を換装できないが、『4種類あるガンプレート』を接続して『機能』を組み合わせることで様々な《銃》を再現できる。
「《ハンドガン》は分かりました。他の機能はどうですか?」
「《アロー》、《アサルト》、《バースト》は大丈夫。《ショットガン》は僕の能力と相性が悪いね。《ブレード》もちょっと」
「なるほど。《ダガー》はどうしました?」
ジンは金属板に収納してある刃を伸ばす。
「ユンに訓練を手伝ってもらってるよ。使い方は双剣に似ているから」
ジンの答えに満足したポピラ。ガンプレートを一通り使ってもらったのでデータが十分にとれた。
「調整はしなくてもよさそうです。……それにしてもいきなりでしたね。あなたが私の所に来て『ちょっとつきあってください』って。ユンカさんすごい顔でしたよ」
あまりにもベタな展開は経験済みだったらしいので誤解はしていなかったみたいだが、
――アタシも1度は言われてみたーい!!
とユンカは絶叫して走り去っていった。憧れらしい。
「うん。たまにおかしなことをするけどユンはいい子だよ。ポピラさんも仲良くしてあげて」
「……馬鹿ですね」
兄というよりもユンカの保護者のようだった。
「ジン、おわった?」
「お昼ご一緒しませんか?」
ユンカとセリカだ。
気がつけば正午。かれこれ3時間も経っていた。
「オーバさん。お迎えが来ましたよ」
「えーと、ポピラさん?」
「ここはもういいですよ。私が片づけておきます」
だから私をお昼(修羅場)に誘わないでください、とはポピラの心の声。
「今日はありがとう。訓練場の貸し切りまでしてもらって」
持つべきものは友達であり、双子の兄(エースの権限)である。
「いいえ。私もあとで使う気でいましたから」
「えっ?」
「じーん」
「呼んでますよ」
「……うん。ティムス君にもお礼を言っておいて。それじゃ」
ジンが立ち去り、ポピラは1人になった。
「では始めましょう」
「がんばってくださいー」
ポケットから這い出てきたのはフェアリーそっくりな風の精霊。今は彼女の護衛だ。
その応援にポピラは滅多に見せない微笑みを浮かべ、手にしたガンプレートを的に向けた。
「問題はカートリッジの換装ですね。……いきます。《ストーム・ブラスト》」
+++
昇級試験が始まり自分の番まであと3日、というところでジンは訓練の方針を一気に変えた。使うことを躊躇っていたガンプレートを手にしたのだ。
基本は《ハンドガン》で攻撃と牽制、《ダガー》で防御という簡単なものだが近接・近距離戦のスタイルを習得しようとしていた。
訓練の内容としては今まで以上の瞬発力と運動量が要求されたのでまず走り込みの量を増やした。
また《射抜く視線》を使うための動体視力と瞬時の判断力も必要となり、動く的を使ったショートレンジの射撃訓練も始めた。
《ダガー》を使った近接戦の訓練はユンカに相手してもらったが彼女相手に1分も持たなかった。
これには男としてジンはさすがにへこむ。
「……僕は弱いね」
「ジン様は弱くありません。ユンカさんが馬鹿力なだけです」
「セリカっ!」
実際にジンはユンカの剣を両手で受けて吹っ飛んだこともある。受け流すといった技術はまだまだだった。
その度に自分の出番だとライバルを押しやって手当てをするセリカ。
ユンカはおもしろくない。
「ジン様の試験まであと3日。大丈夫ですか?」
「試験には間に合わなくていいんだ。それとは別に僕は強くなりたい。それだけだから」
「……」
変わらなければいけない。
ジンは竜騎士団の2人に出会い、強くそう思った。
「だからブースターを手にしたの? 今まで何度も勧めたけど《幻想の弓矢》しか使わなかったのに」
昔から知るジンの心境の変化にユンカは少し驚いていた。
「これから先は狙撃スタイルだけじゃ通用しないと思ってね。いつまでも前衛のユンに守ってもらうわけにもいかないし」
きっかけはある。でもうまく言えないので誤魔化すジン。
「ほら。僕もユンを守れるようにならないと」
「ジン! ねぇセリカ、今、今の聞いた!?」
大はしゃぎ。セリカ、おもしろくない。
「ジン様は私の事も守ってくれますよね?」
「もちろんだよ」
即答。
「ユンとセリカさん、ユーマやティムス君にポピラさん。先輩たちも。僕だって友達くらいは守れる男になりたいよ」
「「……」」
うん、わかってたけどね。とは2人の心の声。
「僕の『力』を誰かを助けることに使えるようになりたいな」
それがジンの望み。
そのためにも《射抜く視線》を使いこなすしかないと決心したジン。
――こんなことしかワタクシ達はできなかった
(そんなことないですよ)
ジンはあのフェアリーの先輩の友達である彼女にそう伝えたかった。だから強くなりたかった。
人の目を射抜くことしかできない自分が変われることでそれを証明したかった。
「……ユーマはちゃんとご飯食べてるかな?」
「「……」」
手作りのお弁当を食べながら、ふと姿を現さない友達のことを思い出す。
事件に巻き込まれたことは分かった。友達なんだから彼の力にもなってあげたいなー、なんて純粋に思っていればそれを邪推に思う少女が2人。
それとは別にもうひとつ。彼女達には気になることが。
「ジン様? そのお弁当、ジン様が作ったものですか?」
セリカの記憶だとジンはいつも購買部のパンで昼食を済ませていたはずだ。
「ちがうよ。ポピラさんがくれたんだ。余り物で量が多いから食べきれないって」
「「――!!」」
ノーマーク。
あのみつあみ油断ならねぇ! とは2人の心の叫び。
「おいしいよ。セリカさんも食べる? ユンも」
「「……!!」」
口にすれば文句なくおいしかった。
魚の付け焼きに煮物を中心とした和食。彩りに欠けるが汁気を切りご飯に染み込まないように器にも工夫している。
ソースのかかったハンバーグと思ったものは魚のすり身だ。肉じゃがとは違う味付けで煮込まれていた。
「ちょっと違うけど東国っぽい味付けだね。懐かしいな」
美味しいものを食べれば自然と頬がほころぶ。
「「……」」
その笑顔に敗北した。
料理ができないユンカは元よりセリカも。
「こ、これが、あの天才兄妹の実力だというの?」
「……肉じゃがを美味しく作れる女性は殿方の憧れだと聞いたことがありますけど、まさかこんなに威力が……」
伏兵の思わぬ攻撃力に2人は戦慄。
でも勘違いだった。
実はこの弁当、ポピラではなくジンの友達であるあの《精霊使い》が彼女に作ったものだ。
現在中等部に潜伏中のかの少年、料理の腕前は姉直伝。大喰らいの兄もいるため相当な経験値を積んでいる。
その日、たまたま時間のあった彼はとある研究室に備え付けられた仮設キッチンに立ってみた。気まぐれで仲間たちの分にと作った弁当がこれ。
一応自炊して弁当も作るポピラは味見をした段階で彼女たちと同様妙な敗北感にへこんだ。
そして食べる気が失せたところ、たまたまいたジンに弁当を押し付けただけだったりする。
そんなこと知る由もなくポピラを敵視するようになるユンカとセリカ。
後にポピラは2人を「馬鹿ですね」と容赦なく一蹴。
手作り弁当の真実を知り、彼女達は2重のダメージを受けることになるのだがそれは別の話。
「すごいよねポピラさん。ほら、デザートもあるよ」
「「……」」
ジンにとってはいつもと変わらない昼休みだった。
+++
ジンの試験当日。
ガンプレートと近距離戦の訓練を続けてきたが所詮まだ3日。付け焼刃の感は否めなかった。
「さて、どうしよう?」
ここにきてジンは悩んでいた。作戦が決まらない。
元々使う気がなかったので試験で使うブースターの登録をしていなかったのだ。
使えば違反行為となるのでガンプレートなしで試験に挑まなければならなかった。
「お。今からか?」
「……先輩」
頭に青いバンダナと赤いバンダナを巻いた2年の先輩だ。
《バンダナ兄弟》と揶揄する人もいる。
「なるほどな。第3戦闘室が人で一杯だったのはお前の番だからか」
「……けっ」
赤バンダナ、観客の多くが女生徒だったので面白くない。
「今日は《それ》、使うのか?」
ガンプレートを指差す青バンダナの先輩。ジンは首を横に振る。
「実はブースターの登録を忘れていたんです。訓練は始めたばかりだけど実戦で試してみたかったですね」
実は今日どう戦おうか迷ってます、とは言えなかったジン。
「ふーん。なら時間あるか? ウォーミングアップ、付き合ってやる」
「え?」
突然の提案。
先輩が一肌脱いでやる、と言えば聞こえがいいが親友と同じブースターに興味があっただけの青バンダナだったりする。
+++
練武館から外に出た3人。
ジンは裏の空きスペースで青バンダナの先輩と5メートルほど距離を空けて向き合う。
「やれ、アギ。叩き潰せ」
「しねーよ。……いいぜ。撃ちな」
丸腰で立つ先輩。でも油断できない。
「いきます」
クイックドロウ。
右のガンプレートで肩を狙い撃つが身体をひねるだけで躱された。
「っ!」
左を抜き連射。
腕、腿、もう一度肩、と狙い撃つがすべて何かに『弾かれた』。
「いくぜっ」
左右6発ずつを撃ち切った所で青バンダナの先輩は前に出た。迎撃するもすべて見えない何かに弾かれる。
(この人の力は!)
近づかれてやっとジンは自分と同じ無属性の武装術式を使われていることに気付いた。
ジンはガンプレートの《ダガー》を伸ばして打ち込む。バックステップで躱されたところに《ハンドガン》で追撃。
「今のパターンはいいぜ」
左腕で払う動作。それで容易く弾かれた。
それからも近距離、ジンを中心に半径2メートル前後の範囲で攻防を繰り返すが、一方的なジンの攻撃はまったく通用しない。
フェイントとスウェーイングに翻弄されさすがに熱くなるジン。
(これだけの実力があって僕と同じランクCだなんて。だとしたらBやAの先輩の実力は一体……)
まだ1年とはいえ自分は思った以上に弱い。強くなりたいと誓ったばかりのジンは否定したくてムキになった。
「このぉっ!」
「――!!」
つい《射抜く視線》で先輩の目を『見た』。
ガンプレートが矢を放つ。
「あ……」
「アギ!」
「っ! ……これで終わりだな」
茫然としたジンの隙を突いて殴る――とみせて彼の肩を叩く先輩。矢は目の前に翳した《盾》で弾いたようだ。
それで手合わせは終わった。
+++
「今のが《射抜く視線》か。ユーマが狙われると隠れたくなるって言ってたのは本当だな。目があって正直ビビった」
「ああ。最後の一撃はいい気迫だった。殺気でてたぜ」
「……すいません」
「なに謝ってんだお前?」
青白い顔をしてジンは謝った。
(まただ。下手をしたら僕はまた……)
「すいません」
「「……」」
震えていた。
後輩の様子がおかしいことは分かるが理由が分からない先輩2人。
「……殺す気だったか?」
「――!! ……はい」
直接彼の目を見た青バンダナの先輩は直感的にそう思った。
ジンはそれを肯定し、また頭を下げる。
「どういうことだ、おい!」
「落ち着けよリュガ。……無意識だな。お前の力、危険なのか?」
「……」
答えられなかった。
《射抜く視線》が危険なのか?
それともジンという少年が危険なのか?
わかりたくない。だからジンは頭を下げたまま答えなかった。
「アギ」
「……お前は戦い方も素直だな。弾道がまっすぐで防ぐのも躱すのも楽勝だ」
「……え?」
顔を上げたジンの前にはあきれ顔の青バンダナ。
「あの距離で足を止めて撃つのも駄目だな。移動しながらの牽制、そして障害物に隠れて狙い撃ちなんてのもできたはずだ。戦士より間合いが長いんだ。フットワークと一定の距離を保つことを忘れてるぜ」
「先輩?」
困惑するジン。続いて赤バンダナの先輩もジンの戦闘を批評してきた。
「アギの相手くらいで緊張するな。近接戦も下手糞だったな。なんだあの打ち込み? ユーマ並みだ」
「いや、ユーマは近づくとすぐ逃げるぞ。《高速移動》や砂で障害物作って」
「攻撃も術式の軌道を変えてくるな。知ってるかアギ? あの野郎《風刃》曲げて飛ばせるぜ」
「まじかよ。どんだけ器用なんだあいつ」
「あの……?」
放置されたジン。
男友達同士の会話っていいなー、なんてちょっと羨ましがったりする。
「ああ、悪い。でもまぁそういうわけだ。ジン、お前はまだまだって話だろ?」
「鍛えればいいだけの話さ。力を制御できないならできるようになればいい」
当然だろ、と簡単に物を言う《バンダナ兄弟》。
単純明快。だから説得力があった。
「手伝ってやるぜ。何せ俺達は先輩だ」
「お前も見ただろ、アギの《盾》。いくら撃っても死にはしねぇ。訓練にはいい的だぜこいつ」
「それ言うな! 今だって俺は姫さんのカカシなんだぜ」
「……ありがとうございます」
ジンは感激してまた頭を下げた。
今までこんなに頼りになる男の先輩をジンは見たことがない。
(……ユーマは駄目だったからな。奴よりも素直な弟分が欲しかったし)
(ジンの周りには女の子が集まる。仲良くして損はしない!)
残念ながらジンの買い被りだった。
「何でも相談に乗るぜ」
「試験のアドバイスなんてどうだ?」
ジンは是非お願いします、と先輩達の助言を受けた。
そして試験本番。
+++




