ジン戦記 2
中編。
ジン、リン、ユンカ、セリカ……名前が似通いすぎ
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屋外演習場、森林ステージ。
演習場といっても学園に隣接する林山に少し手を加えただけの場所。ジンは洗礼式のときにユーマやアイリーンとここで戦っている。
森林ステージは樹木に覆われて障害物に恵まれている。探索や隠蔽の訓練などに使われる他、毒にも薬にもなる草花が多く群生しているため薬学を専攻する生徒が足を運ぶことも多い。
フェアリーと呼ばれる魔族であるリン・エリンもそんな生徒の1人だった。
《薬師》見習いのリンは試験で使う薬草の採取に森林ステージへ立ち寄っただけだった。今は木陰に身を隠して追手をやり過ごしたところである。
「本当にいたのか?」
「間違いない。外見の特徴が一致している」
隠れた茂みの付近で話をしているのは覆面を被った怪しい奴ら。リンが気付いた時にはもう彼らに付きまとわれていた。今も追いかけっこの途中だ。
顔だけ隠した彼らの正体は《グナント騎士団》。その下っ端である。
「捕まえるぞ。あの精霊から《精霊使い》の居場所を聞きだすんだ」
「手柄を独り占めするなよ」
「……精霊って私のこと? どういうことなの」
精霊を使役する少年が春先に転入してきたのはリンも知っている。最近行方不明になっていることも。
ただしリンは《精霊使い》との接点はない。なぜ自分が追われているのかわからない。
「そこだ。いたぞ!」
「あわっ」
見つかった。
リンは逃げ回っていてもうヘトヘト。背中の羽は疲労で使い物にならない。
「さあ、いい加減に……うわっ!!」
「なんだ!?」
リンに近づいた途端、覆面の足元にみえない何かが突き刺さった。
「誰だ!」
返事はなかった。代わりに無音で飛ぶ《幻想の矢》が覆面の耳元を掠める。
「ひぃっ」
「何なのよ、もう!」
リンにとっては訳のわからないことの連続。つい叫んでしまう。
丁度その時に風が吹いた。
「……風? まさかこれが精霊の魔法!?」
偶然の勘違い。
「おい、まずいぞ」
「精霊は契約者なしで魔法が使えるのか?」
「近くに《精霊使い》がいるんじゃ……」
《精霊使い》に関する情報は曖昧。慌てだした覆面達にあわせて不可視の矢が再び飛ぶ。
わからないけど『あれ』は私の敵じゃない。そう思ったリンは賭けに出た。
「いい加減にしてよ。私に近づいてただで済むとは思わないで」
精一杯の虚勢。
リンは疲れた羽を震わせて宙に浮かび、何かを放とうとする仕草を見せる。その間も牽制の矢は尽きることなく彼女を守ってくれた。
「……退くぞ。発見しただけでも十分だ」
「クフトさんに知らせるぞ」
逃げ去る覆面達。彼ら下っ端は元々戦闘系でない一般生徒だから脅しに弱かった。
「大丈夫ですか、風葉……さん?」
それからすぐに木の上から飛び降りてきてリンの前に現れたのは黒髪の少年。
「……人違いだよぉ」
座り込んだリンは差し出された手を見て情けない声をだした。
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「私はリン。フェアリー族だけど精霊なんかじゃないの!」
「うん。でも本当にそっくりなんだ」
リンはくりくりした目でジンを睨むが迫力がない。
ジンが追われていたリンを偶然見かけ、追いかけたのは彼女があまりにも似ていたから。
ポニーテールにした緑の髪と同じ色の瞳。背中にある透明な4枚羽はフェアリーの大きな特徴だ。
《風森》の一部であるあの精霊の姿はなぜか本体に似ずフェアリーに酷似している。
リンという少女は顔立ちもジンの友達が使役している風の精霊にどことなく似ていた。
「ごめん。風葉はこんなに大きな子じゃなかった。……考えたら分かることだったのに」
ジンはリンに謝った。いなくなった友達のことを考えてつい人違い?をしてしまったようだ。
でもリンは謝られたことよりも別の事に反応する。
「大きい? 私が?」
「え? ……うん。そうだね」
ジンの隣を歩く少女はあまりにもちいさい。身長が150に届かないと嘆いていたユンカよりもさらに低い。
「大きいなんて初めて言われたの。なんか嬉しいな」
ホバリングして一回転。リンは喜んだが比較対象が10センチ大の女の子だと知ったらどう思うだろうか。
「私、学園にいるフェアリーの中でも小さい方だから。友達だけじゃなくて後輩にもリンちゃんとかりんりんとか言われてるし」
「……先輩?」
ジンはつい疑問を口に出す。リンの制服の色は臙脂。高等部のものだがまさか年上とは思わなかった。
「そうなの!! 進級してもうすぐふた月だけど先輩って呼ばれたのも初めて。……うん。今日は嫌なこともあったけどいいこともあったあった~」
ふよふよ~、くるくる~
ゆっくり歩くジンに追従しながら鼻歌交じりに飛び回るリン。やっぱり風葉にそっくりだとジンは思った。
友達の精霊は滅多なことで姿を現さないが、彼やミサ先輩がクッキーをとりだしたときはこんな風に小躍りするのだ。
先輩と呼んだだけで喜ぶ彼女にジンはもう一度心の中で謝る。
(ごめんなさい。やっぱり年上に見えないです。……高等部どころか中等部の子にも)
それでも気を遣って何も言わないのが優しさである。
「ねぇ、もう1回先輩って呼んで~」
「なんですか? リン先輩」
ジンはただ優しく微笑み、子供のようなリンをあぶないからと寮へ送っていくことにした。
何故彼女、いや友達の精霊が狙われていたのかを考えるのを後回しにして。
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「ジン? ……あー!!」
女子寮への帰り道でジンを見かけたユンカ。
セリカもいないので思いっきり抱きつこうと思ったが、ジンの隣にいたフェアリーの少女を見てストップ。
思いっきり叫ぶ。セリカに出会ってからの彼女はいつもこうだ。
「ユンは最近昔みたいに叫ぶことが多くなったよね? それになんだかボロボロだ」
「……姐さんに何度も吹き飛ばされたの。パワーもスピードもアタシの方が上なのに……」
やられた時のことを思い出してむすっとするユンカ。
ユンカと《旋風の剣士》の違いは技量にある。
一撃の速さは強化系魔族のユンカが上。ただ次に繋ぐ彼女の剣の速さが尋常ではないのだ。
ユンカは攻撃をステップで躱されたり受け流されたりしたと同時に反撃を受けて手数で押し切られる。大技を繰り出そうとすれば牽制の斬撃が飛んできてすぐに《旋風剣》で吹き飛ばされた。
訓練の相手だけでなく、同じ剣士の後輩だからとユンカの剣の指導までやった《旋風の剣士》。
実のところユンカの力任せな猪突猛進ぶりに自分の姿を重ねてちょっぴり反省した彼女だったりする。
「そんな事よりジン! この子は誰なの?」
「追われていたから寮まで送ってきたんだ。先輩だよ」
「追われていたってやっぱり……先輩?」
リンを見るユンカ。疑惑の視線。
「そうよ。私は2年生!」
胸を張って自慢することではない。それにユンカが問題にしているのはそこではなかった。
「……大丈夫。この子はまだ『射抜かれて』いない。……セリカめ。あれだけ念を押したのにジンを1人にして……」
「ユン?」
ユンカは長年の経験をもってリンのことを見抜くとやっと一安心。
でも油断はできないからとここにいないライバルに向かって恨み事をぶつぶつ呟く。
そのライバル、セリカは魔術に目がない《銀の氷姫》にせがまれて散々《活性》を使った上に魔術戦闘の訓練まで付き合わされたので先に寮へ戻りぐったりしていた。
「ユン。リン先輩のこと寮までお願いしてもいい? ……尾行がまだいるんだ」
「えっ?」
「先輩は風葉にそっくりだから追われてたみたいなんだ。狙いは多分ユーマだと思う。
小声で話すジン。ユンカにはしー、と人差し指を見せる。
「だから僕は今から確認してくるよ」
「ならアタシも」
首を振るジン。リンもそうだがユンカのことだって彼は心配している。
「今日はもう疲れているでしょ。魔力どれだけ残ってる?」
「それはっ」
ユンカは魔力がなければ筋力が普通の少女並に激減する。今日は全力を出したあとなので最低2時間は休まないと戦闘どころか愛用の双剣を持つことも無理だった。
「はやく帰ってセリカさんに《活性》をかけてもらうといいよ。魔力の回復は無理でも明日筋肉痛にならないから」
相変わらずの優しい笑み。単独行動の方がジンは強いことをユンカは知っているけどそれでも心配だ。
「ジン」
「大丈夫。危なかったらちゃんと逃げるよ。僕が隠れるの上手いのユンは知っているでしょ? とっておきもあるから。ほら」
腰の両サイドに提げた金属板をユンカに見せる。
それからジンは内緒話をやめ、放置していたリンに向かって別れの挨拶を告げた。
「それじゃあリン先輩、僕はここで。寮までユンをお願いしてもいいですか?」
「うん! 先輩に任せなさい」
「……なによ、それ」
頼りにされた方が嬉しいだろうと思って言ったのだが思いのほか張り切るリンにジンは苦笑。ユンカも呆れていた。
やっぱり年上に見えませんよ。そう思いながらジンは彼女達に背を向け、尾行のいる方に向かって走り出した。
「ジン……」
「彼が心配? 追いかけてもいいよ」
ユンカは驚いた。
「なんで?」
「フェアリーはエルフと一緒で目も耳もいいんだよ。それに男子寮とは逆方向に走っていったんだし」
ユンカから見ても2つ3つは年下だろうと思うこの先輩はわかった上で「私は大丈夫」とユンカの背中を押す。
「でもアタシは」
「魔力の消耗は私がどうにかしてあげる。彼を……私の後輩を助けてあげて」
リンはユンカに向けて優しく微笑んだ。
この時だけでも私のことお姉さんに見えてほしいな~、なんて思いながら。
「君を助けてあげる。私は『フェアリー』で君たちの先輩なんだよ」
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再び屋外演習場、森林ステージ。
日が暮れて街灯に光が灯る頃。ジンは夕闇に紛れるように姿を隠し、集まった覆面達を観察していた。
あのあとジンたちを尾行をしていた生徒はジンに気付かれたことに気付いてすぐに撤退。ジンはそれを逆尾行することにした。
相手は素人だ。尾行されていることに気付かずジンを仲間の所まで連れて行った。
「あいつらが……」
しばらく様子見して覆面達の話を聞いていたジン。
愚痴をこぼすように不満を口にする彼らはいろいろなことを喋っていた。
《竜使い》とその騎士団……褒美の幻創獣……生徒会の派閥争い……
そして《竜使い》と戦ったらしい《精霊使い》に竜に襲われた錬金術師の兄妹。
おぼろげながら友達がいなくなった理由を察した。
リンが追われていた理由も。
――いいか、お前らが竜を手にするには手柄が必要だ
――団長が警戒しているあの《精霊使い》。あいつを捕まえれば一発で幹部になれるぞ
――『精霊』は見つけたんだろ。あれやあいつの仲間を捕まえて居場所を聞き出せ。
――聞き出せたらあとは好きにしろ。いなくなった《精霊使い》が悪いんだからな
「……」
ジンは怒りにまかせて『弓を持ち』、6つある『的』の中で覆面を被っていないリーダー格の男を狙い……
「……おい、誰かつけられていたな。姿を見せろ!」
「――っ!!」
気付かれた。
《射抜く視線》の弱点はその視線が強すぎることだ。油断すれば実力者にすぐ位置を特定されてしまう。
狙撃手としての致命的な弱点。
構わず『矢を放った』。同時に《火球》が飛んでくる。
爆発。
ジンは隠れていた茂みから飛び出すと同時に腰の金属板を手にした。近づきすぎて6人を相手するには弓は相性がよくないのだ。
「黒髪にそのブースター……いや、《精霊使い》じゃねぇな。誰だお前」
ジンは答えない。見れば敵は6人ではなかった。
いつのまにか彼らは『魔獣』を従えている。どうやらジンの矢は《あれ》が防いだようだ。
上半身が鱗に覆われた人型。頭から伸びた綱のような太い髪は蛇であって怪物の下半身も爬虫類のそれだった。
ナーガと呼ばれる幻創獣。どこかの国の宗教では竜神とみなされていたはずだ。
「どうして」
ジンはリーダー格の男に聞き返した。
「あん?」
「どうしてユーマ達を狙うのですか?」
「奴を知っているのか? ……ちっ、だから生徒会や《Aナンバー》よりもルールに縛られていない《無印》ほど厄介なものはねぇ」
リーダー格の男、クフトは苛立ってジンを睨みつけた。
「……どうして簡単に人を傷つけようとするのですか?」
「いいだろ別に。俺様たち戦闘系は結局のところ殺しの訓練をやってるんだよ。殺せば実戦、殺さなきゃただの訓練だ。なら楽しもうぜ。学園生活」
「あなたはっ」
卑下した笑い声。ジンは握りしめたブースターに力を込める。
でも撃てなかった。彼と目を合わせてしまったから。
(今撃ったら僕は――)
「丁度いい。奴の事喋ってもらうぜ。痛めつけたあとでなぁ!」
幻創獣のナーガは地を這うようにジンへ襲いかかった。近接戦に持ち込まれたらジンに勝ち目はない。
「やぁああああっ!」
力任せに叩きつける双剣。ユンカはナーガを殴り飛ばした。
「ユン!?」
「ジンは、やらせない!!」
抜群のタイミングで飛び込んだユンカ。
実は尾行を追いかけていったジンをさらに尾行していたのだ。
この少女、ジンを追跡する能力だけは特化していて彼がデートに誘われる度に尾行を繰り返し偶然を装っていつも邪魔をしている。
ターゲット(ジン)には絶対に気付かせず、ここぞという時に彼を助ける(ポイントを稼ぐ)。これは恋敵と戦う彼女の特異能力(ストーカー行為)のなせる技であった。
「また無印か。邪魔するな、くろちびぃ!」
「なんだとぉ」
簡単に挑発に乗ってしまうユンカ。だから倒れたナーガの動きに気付かない。
「ユン!」
「えっ? きゃあっ!」
髪のような蛇がユンカに絡みつき動きを封じる。
「まず1人だ。どうする? ガキ」
「……あなたはユンの力を見くびっている」
「ぐっ、ああっ」
身体を締めつけられるユンカ。抵抗して体内の魔力を巡らせて強化を図る。
「あああああっ!!」
「なんだ!? このちび」
ユンカはフルパワーでナーガの髪を引きちぎった。ジンはここぞとばかりにブースターから《幻想の矢》を連射。
目、口、関節。矢が突き刺さりそうな部位を『見て』ジンはナーガを射抜く。
耐久値を上回るダメージに幻創獣は消失した。
「大丈夫?」
「うん。……せっかくリンに魔力を分けて貰ったけどもうからっぽ」
「今の内に逃げよう」
「糞が。お前ら、追えよ!」
「で、でも……」
幻創獣を倒した2人を見て怯む覆面達。ジンはユンカを手を引いてこの場を離れようとしたのだが。
「何をしてるのですか? クフト」
「何? 上から……!!」
空から女の声。見上げて誰もが《それ》に驚いた。
月の光に照らされて浮かび上がる巨大な黒い影。
禍々しく光る黄金の角と爪。
黒い翼の、竜。
「ベスカ! その《皇帝竜》はどうした?」
「複製の幻創獣です。飛行の操作訓練の途中でしたが……」
クフト、それにジンを皇帝竜から見下ろすベスカ。
「……ワタクシが彼の相手をしましょう。貴方達は逃げなさい、クフト」
「何言ってやがる」
こっちはやられっぱなしなんだよ、と喚く。
「自警部や《彼女》が動いています。それとも『ワタクシのカイゼル』で連れて帰りましょうか?」
「ちっ。俺様の分はあるんだろうな」
「ええ」
頷いたベスカにクフトは気をよくし、楽しそうに撤退の指示を出した。
「よーし。まってろよ俺様のカイゼルちゃん。お前ら、行くぞ」
「……」
残されたのはジンとユンカ。それにベスカと呼ばれた女と皇帝竜。
「……行きなさい。見逃してあげる」
「――!! どうして」
魔力切れのユンカを庇い、ブースターを構えていたジンはベスカの言葉に驚いた。
「本当にワタクシ達は弱い者の集まりなのよ。……こんなモノでしか学園の皆を見返すことができない、ほんとうの落ちこぼれ」
自虐的な言葉。皇帝竜を見上げて話す彼女にジンは何も言えなかった。
「こんなことしかワタクシ達はできない。力があれば何でもできると思ってたけど」
ベスカは背を向けて皇帝竜に飛び乗る。
「昇級試験が終わるまでおとなしくしてなさい…………りんりんを助けてくれてありがとう」
「あ……」
――友達だけじゃなくて後輩にもリンちゃんとかりんりんとか言われてるし
何かを言う前に竜は去ってしまった。
「……ジン?」
ジンは動けなかった。頭の中にいろんな言葉が浮かんではごちゃまぜになっていく。
――力があれば何でもできると思ってたけど
違う。
――結局のところ殺しの訓練をやってるんだよ
違う。
――お前の力の正体は
違う!!
――視線を合わせただけで人を殺せる邪眼だ
「僕は……」
――こんなこと(殺し)しかワタクシ達は(僕は)できなかった
ジンは決して殺しの技を学ぶために学園に来たのではない。
「僕は……」
ただ自分と向き合い、戦う覚悟を学びたかったのだ。
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