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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 ジン戦記Ⅰ
64/195

ジン戦記 1

第2章の番外編。

 

 +++

 

 

 C・リーズ学園にはジン・オーバという名の少年がいる。

 

 

 《幻想の弓》を使った遠距離狙撃を得意とする弓使い。東国にある《E・リーズ学園》から《中央校》へやってきた編入生だ。

 

 サラサラの黒髪に優しく儚げな面立ちの美少年。

 

 外見からくる人気はもちろん、春先に行われた洗礼式では新入生の中で唯一《銀の氷姫》に一矢報いたことで実力も評価されている。

 

 

 彼の能力の名は《射抜く視線》。ジンは視線の先にある狙い定めた物に必ず当てるができる。

 

 

 彼の二つ名でもある百発百中の特異能力。


 そしてジンの事をよく知るダークエルフの少女はその『副作用』が厄介なものであることをよく知っているのだった。

 

 +++

 

 

「はい、ジン様。お弁当です」

 

 昼休み。とある校舎の中庭にて。

 

 ジンに差しだされたかわいらしい包みに男子生徒が目を光らせる。

 

「いつも悪いよセリカさん。僕の分まで用意するの大変でしょ?」

「そんなことありません。前の日に下ごしらえをしてますから。誰かに食べて貰えるのが嬉しくてつい作りすぎてしまうんです」

 

 

 セリカ・フォンデュ。

 

 先日他校の生徒に絡まれていたところをジンに助けてもらった、ジンと同じ1年生の少女。

 

 ウェーブのかかった金のロングヘア。慎ましくも華やかな雰囲気を持つこの少女はいいところのお嬢様らしい。

 

 新入生の中でも一番と噂の美少女。さらには珍しい回復系の術式が使えることから救護室のセレスに次ぐ待望の癒し系といわれている。

 

 そんな彼女を独占する少年が1人。

 

「いただきましょう。この卵焼きなんてどうですか? はい、あーん」

「ちょっとセリカさん?」

 

「「「「……」」」」

 

 これには慌てるジン。周囲の視線が気になってしょうがない。

 

「ぱく。うーん、甘すぎ」

「あっ」

 

 卵焼きを食べたのはジンではない。早業でセリカの箸に食い付いたのは銀髪の魔族の少女。

 

「……ユンカさん、はしたないですよ」

「うるさい。ジンを食べ物で釣るなんて卑怯よセリカ」

「何のことでしょう?」

 

 抜け駆けするなと睨むユンカを笑顔で受け流すセリカ。案外強かである。

 

「ユン。よかったら一緒にお昼しよう。セリカさんもいいよね」

「……まあ」

「いいですけど……」

 

 不承不承と言った感じの少女達。ジンはただ2人に仲良くしてほしいなー、なんて思ってるはずだから断れるはずがない。

 

「東校にいた時はよく一緒にお昼したね。みんな元気にしてるかな?」

「……ジン。あいつらのことなんて思い出さなくていいから」

 

 ユンカ、苦い顔。

 

「ユンカさん?」

「……セリカは他の子と違ってもう『手遅れ』だし、仕方ないから言っておくけど……ジンの言う『みんな』って全部女の子よ」

「えっ?」

 

 セリカは驚いた。

 

「あんただけじゃないのよ。今までジンに『射抜かれた』子は。だから気をつけて。ジンに女の子を近づけちゃダメ。見せたらダメなのよ」

 

 変質者に対する扱いだがユンカは本気だった。

 

 

 ジンの瞳は何故か女の子を引き寄せる。特に《射抜く視線》を使ったあとの彼を見た異性は問答無用でハートを射抜かれてしまうのだ。(ユンカ談)

 

 ジンは普通の少年なのに無自覚無節操な力のせいでユンカはとても苦労している。ジンと仲良くしようにも増えるライバルにいつも邪魔されるし彼女達の邪魔をしなければ彼の貞操(!?)が危ないと中等部時代の彼女は本気で思っていた。

 

 

 そこでユンカは彼女たちとの関係をリセットするべく極秘で慎重かつ大胆な作戦を立てた。

 

 進学先に《中央校》を選択してジンだけを騙すように誘い、他の子達には中等部を卒業するギリギリまでジンの進路先を内緒にしたのだ。

 

 強化系魔族のくせに知恵を振り絞り、あらゆる手段と策を巡らせることができたのはダークエルフの面目躍如なのかもしれない。

 

 

 ユンカの人生(誇張表現)を懸けた作戦は無事に成功。

 

 これから先ジンの周囲に気をつけさえすれば彼を独り占めできると中央校での学園生活に期待していたのだが。

 

 高等部にあがってまだ2ヶ月足らず。警戒していたのにすでにジンは1人射抜いてしまっている。(このあたりの判別はユンカの独自の分析と経験による)

 

 

 セリカを見てユンカは言葉に力を込める。助言はしたくないがこれは予防策なのだ。これ以上悪い虫が増えない為の。

 

「経験上言うけど、何十人も女の子がジンに集まったらアタシ達のことをジンは勘違いするの。みんな仲良しグループの“お友達”としか見てくれないのよ! わかったらセリカも協力して……って!」

 

「この唐揚げはじめて試す味付けなんですけど、お口に合いますか?」

「うん。いいと思うよ」

 

「あー!!」

 

 変わってない。昔から繰り返されるパターンにユンカはいつも通りに叫び、いつも通りライバル(セリカ)を引っ張る。

 

「セリカ!」

「何ですか? お話は分かりましたけど私、退きませんよ」

 

 笑顔を崩さずに彼女は宣戦布告。

 

「両親に決められた許嫁と結婚するのが嫌で私は無理を言って学園都市に来たのです。運命の人は自分で決めるって。だから私、ジン様に決めたんです」

「……なんでジンに惚れた子はみんなこうも厄介なのよ。それにジンも」

 

「ユン。早く食べないと訓練場の予約取れなくなるよ。試験前だから2時間は欲しいよね」

「……」

 

 のほほんしていた。いやきっと2人で内緒話して「ユンも仲のいい友達ができてよかったなー」なんて思っているに違いない。

 

「……はぁ」

「ユンカさん。もちろんライバルが増えていくことを私も黙って見てはいません。でもそれとは別にジン様にアタックするのは構いませんよね?」

「好きにして。どうせジンもそう簡単には靡かないんだから」

 

 諦念。これも毎度のことなので容認する。

 

「ユン? もしかしてお弁当忘れたの? だったらこれ半分あげるよ。1人じゃ食べきれないから」

 

 ジンがバッグから取り出したのは購買部の新作スペシャル、《大海獣ギガグリルサンド》だ。

 

「うわ。どうしたのそれ? 購買部に速攻で買いに行かないと新作は手に入らないよ」

 

 ただ巨大なパンからはみだした触手のような下足はハズレではないかと思う。


「中庭に向かう途中でユーマが分けてくれたんだ。今日はボロス先生と協力して購買部に群がるハイエナどもを蹴散らしたって自慢してた」

「……なんなのよあいつ」

 

 学内最強の筋肉を誇る格闘技顧問と《精霊使い》のタッグ。きっと購買部の前に屍の山ができたに違いない。

 

「なんか嬉しいな。友達だからってくれたんだ。同世代の男友達って少なかったから」

「「……」」

 

 あんまり嬉しそうなのでジンに一抹の不安を覚える2人。

 

「ユンカさん……」

「盲点だったわ。東校にいた時は私達といつも一緒だったから男に免疫がないのかも」

 

 すごいこと考えだしたがジンはノーマルである。

 

「早くご飯食べよう、ユン。セリカさんも」

「ええ」

「そうね」

 

 ジンに勧められてギガグリルサンドを頬張るユンカ。噛みごたえのある巨大な下足の正体がイカであることを信じたい。

 

「おなかとあごにくるわよ、これ……」

 

 ユンカは先輩である《旋風の剣士》にあの《精霊使い》の吹き飛ばし方を学ぼうと少し思った。

 

 

 

 

 この物語は番外編

 

 ジンと彼を取り巻く少女達の戦いの記録である

 

 

 +++

ジン戦記

 +++

 

 

 手にした矢をつがえ、弦を引く。

 

 

 ジンは射撃用の訓練施設で離れた的にめがけて矢を放つ。

 

 珍しく1人だった。昇級試験を控えユンカは戦士系、セリカは魔術師系とクラスが違うために今は個別で訓練をしている。

 

 ジンは訓練の時だけ実際に武器を手にする。《幻想の弓》を扱うイメージ感覚をなくさない為だ。

 

「中心には10発中7発か」

 

 的自体には全部当たっている。調子は悪くない。《射抜く視線》の力なしでもジンの腕前はなかなかのものだ。

 

「でも試験のステージが遠距離戦向きになるとは限らないんだよな。……近接戦や機動戦は苦手なんだけど」

 

 今回の昇級試験でジンはランクBを受験する。

 

 

 普通1年生は実力不足で前期はランクC以上の受験を見送るのだが、この点からでもジンの能力が高いことがうかがわれる。

 

 でもそれは新入生の中での話。ランクCまでは特化能力など個性が評価されるがランクBの評価基準は一定の汎用性を求められた。ランクAはもちろん格上を相手に立ち向かえるだけの総合力を試される。

 

 ジンは遠距離特化タイプ。個人戦よりも集団戦での後方支援で真価を発揮するので今回のような試験はどうしても向いていなかった。

 

 弓を得物にする以上近接戦には弱い。魔術のように連射もきかなければジンは《幻想の矢》に属性付与もできない。

 

 彼の強みは隠蔽と狙撃。特定の状況以外ではあまりにもジンは脆かった。

 

 克服する方法はいくらでもある。しかし彼は一番手っ取り早い方法、ブースターを手にすることを何故か躊躇っていた。

 

 

「別に焦らなくてもいいか。試験はこれきりじゃない。体術は今からじゃ間に合わないから走りこみを増やして移動射撃の訓練を重視しよう」

 

 腰に提げた金属板に触れながらジンは訓練の方針を決めた。

 

 

 用意してくれたユーマ達には悪いけど、そう思いながらもジンは武器と呼ぶものを手にしたくなかった。

 

 +++

 

 

 数日後。

 

 ユンカとセリカの2人は表面上仲良くしているし試験対策の訓練も順調。

 

 彼女達の時折過剰なスキンシップと周囲の視線はジンを困らせるがそれも彼にとっての日常。中等部時代からの環境が彼に異常を自覚させなかった。

 

 クラスメイト、特に男子生徒達は普通でないことに気付けよ馬鹿野郎、と思念を飛ばすが届くことはない。ジンと男子生徒の溝は深くなる。

 

 彼によからぬことを企む生徒は男子だろうが女子だろうが事前に阻止された。親衛隊が結成されたことが公になったのは昇級試験後の話。

 

 

 それはさておき。当時のジンの心配事はひとつ。友達の《精霊使い》がいなくなったことだ。しかもあらぬ噂が広がっている。

 

 その日の放課後。気になったので彼と親しい先輩に事情を聞いてみたが、詳しいことはわからなかった。

 

 

「心配をするだけ無駄よ。アンタも今は試験、自分にできることに専念しなさい。……アイツもそう言って自分勝手にやっているはずだから」

 

 

 彼女はそう言ってジンと一緒に来ていたユンカを連れていった。剣の相手が欲しかったらしい。

 

「セリカ! ジンに近づく子は必ず排除するのよ。 あと抜け駆けは……」

「いいから来なさい」

 

 あー。引きずられ、叫ぶユンカを見送るジンとセリカ。

 

「ユンは何が言いたかったの?」

「気にしないでください。戻りましょう」

 

 ここぞとジンに腕を絡ませるセリカ。だが彼女の至福の時間は長く続かなかった。

 

 

「ジンさん? 珍しいですね。ウインディさんを見ませんでしたか?」

 

 

 帰る途中に出会ったのは《銀の氷姫》。2年生でも有名な先輩だ。

 

 《姫》の二つ名を持ってしかも正真正銘のお姫様。セリカは緊張して咄嗟にジンから離れる。

 

「さっきまで一緒でしたけど。ユンを連れて練武館の方へ行きましたよ」

 

 顔見知りであるジンは普通に彼女と会話できた。

 

「そうですか。体力トレーニングについて相談をしたかったのですが……。そうでしたらジンさん、私と模擬戦でもしませんか? 丁度『森の木々に隠れて狙撃する弓使い』対策の魔術を試したかったのですけど」

「……いえ。僕も用事があるので」

 

 やけに具体的すぎた。この先輩、洗礼式でやられたことをまだ根に持っている。

 

「残念ですね。……ふふ。そうなると試験本番が楽しみです」

「……」

 

 意味ありげな微笑み。

 

 まさかこの人が僕の試験官なのか? そんな疑問が浮かぶ。

 

 ジンはこの魔術師の先輩にまぐれでも一撃を与えた負い目から苦手意識を持っていた。

 

 見つめあう2人。強弱関係は明らかだった。

 

「あ、あのっシルバルム先輩! よかったら私に魔術を教えて下さい」

「えっ」

「セリカさん?」

 

 たじたじのジンに気付いて突然2人に割り込んだセリカ。

 

「私は扱う属性と系統は先輩と違うけれど《銀の氷姫》の氷晶術を一度見てみたかったんです」

「……貴女の魔術は何でしょう?」

 

 魔術に関しては貪欲な《銀の氷姫》。話に食いついてくれたことに拳を握り、セリカは胸を張って答える。

  

「光属性を中心に《活性》の術式を扱うことができます」

 

 《活性》の術式は珍しい付与術式だ。植物の成長や身体の機能を活発化させる効果がある。

 

 セリカは医療に携わる名家の出であり、幼少より培ったその知識を活かして《活性》で人の治癒能力を高めることができるのだ。

 

「医療系魔術の本家であるフォンデュ家……セリカさんでしたか? 私のほうからお願いします。あなたの魔術、是非見せて下さい」

「――!? はい! こちらこそお願いします。…………この人をジン様に近づけてはいけないわ。私が阻止しないと……」

「何か言いましたか?」

 

 先輩に頭を下げられたのには驚いたがセリカには彼女なりの思惑がある。後半の呟きは誰も聞き取れなかった。

 

 この時、ユンカがいれば彼女の勘違いと過ちを正せたかもしれない。

 

 

 ジンを1人にするという愚行を。

 

  

「そういうわけですのでジン様。残念ですけど私はこれで失礼します」

「わかった。頑張ってね」

 

 残念がる態度も見せない相変わらずの彼に不安を覚えたセリカは念を押す。

 

「くれぐれも誰とも会わずにまっすぐお帰り下さい。当然知らない女の子について行ってはいけま……」

「さあ、行きましょう」

 

 あー。引きずられ、叫ぶセリカを見送るジン。どこかで見た気がする。

 

 

 幼馴染のお姫様2人。どこか行動が似ていた。

 

 

「……射撃訓練場の予約はもう取れないよね? 屋外演習場の森林ステージへ行こうかな」

 

 ジンは今日の訓練を障害物付きのロードワーク、サーキットトレーニングを行うことにした。

 

 

 

 

 この時点ではユンカしか理解できなかったことなのだが、彼女が懸念するような事件にジンが巻き込まれるのはいつも彼が1人になった時からはじまるのだ。

 

 

 このあとジンは森林ステージで追われているフェアリーの少女、そして《竜使い》の彼女と遭遇することになる。

 

 +++

 

 

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