2-18b 発動、竜殺し 後
最終ラウンド。 最大の敵は味方の中にいたという話
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「エイリーク、これで決着をつけるぞ」
「だから《これ》をどうしろっていうのよ」
エイリークの目の前には寝転がって彼女を見上げるコメットマン。
足を掴んで皇帝竜を殴れとでも言うのか?
「デュワ」
「いえそんな『さあ、』と言わんばかりに足を差し出されても」
ちなみにコメットマンの操作と掛け声はもちろんユーマによるものだ。
「冗談なんだけどね。見てろよ。コメットマン、レベル1必殺、《変身》!」
「ジュワ!」
コメットマンは空へ向かって急上昇。見えなくなるまで彼方へと飛んでいく。
「何をする気?」
「時間稼ぎしてもらった間に《変身》の必殺技を再設定したんだ。皇帝竜を倒したことで大幅に上昇したIMPと《竜》を倒した実体験、それに『俺の世界にある物語』を組み合わせれば……来い!」
銀の彗星が姿を変え、ユーマ達の目の前に落ちてくる。
キィィィィン
墜落の衝撃や地響きは起きず《それ》は地に突き刺さった。
「これって……剣?」
澄んだ音を立てたのは鍔のない銀の柄に透明感のある氷のような薄い刀身。
空から生み落とされた一振りの剣。
とても実戦で使えるような代物ではなかったが神器と呼べるような美しさが《それ》にはあった。
「綺麗……」
「まさか。これが幻創獣なのか?」
透き通る刃の輝きに見惚れるエイリークと幻創獣の根本を覆す《それ》に戸惑う幹部A。
「人の手により生まれし宝具は数知れず、伝説となる剣の名は今も尚、再成の地にて語り継がれる」
ユーマは語る。その剣の正体を昔教わったままに。
兄から教わった、少年の知る剣の伝説は3つ。
ひとつは《神殺し》。
世界が壊される直前まで運命に抗い、神の従僕だった天使達の運命を切り開いた生贄の少女の神話。
ひとつは《王道》。
自らを悪魔と名乗る種族の青年が異界の地で魔王を名乗り、人との共存を目指した英雄譚。
そして最後のひとつ。突然変異で生まれた竜の脅威。
それに立ち向かった武人が語る、最高の友を得た時の自慢話。
ユーマの世界に現存する生ける伝説。
「50年も昔。武人の技ならば山の如き竜さえ斬れると信じた鍛冶師がいた。この剣は鍛冶師が武人の為に鍛えあげた生涯最後の一振り」
その武人は鍛冶師の業に見事に応え、竜の額を切り裂いたという。
ユーマはこの伝説を幻創獣で再現する。
「この剣こそ《竜殺し》」
「50年前だと? そんな話は聞いたこともない。法螺話なら付き合わん。やれ、カイゼル!」
「というわけで試し切りお願いしてもいい?」
「なっ、冗談でしょ!?」
皇帝竜は巨体を震わせて回避不可能の突進を仕掛ける。
咄嗟に剣を掴んだエイリーク。手にしたその重さに不安を抱いた。
(軽すぎる! なんて頼りないのよ)
「いけ、エイリーク!」
「ああーっ、もう!」
エイリークは突撃。ユーマを信じたというよりも突発的に体が動いたという感じだった。
この少女、危機に陥るほど前に突き進む傾向にある。
エイリークは出会い頭に《閃月》を皇帝竜の角に叩きつけ、その手ごたえのなさと飛んでいく黄金の角を見て茫然とした。
「斬れ……た?」
「馬鹿な!!」
「グルァアアアアア!!」
断末魔の咆哮。
角を切り落とされた皇帝竜はHPゲージを全損して消失。余りにも呆気ない。
「ユーマ、これって」
「うん、上出来。これが《コメットマン・ドラゴンスレイヤーモード》。ティムス!」
「やっと出番だな」
「「「「――!!」」」」
突然スタジアムの全域に複数の剣が出現。
宙に浮いている剣のすべてがエイリークが今持っている《竜殺し》の剣だ。
「これが俺達の切り札だ。皇帝竜すら一撃で消し去るこの剣の力見ただろ? 観念しろ」
「なんだそれは!? いつの間に、どうやって」
幹部Aにティムスは当然のように答える。
「俺は《天才》なんだよ。竜を消す剣くらいいくらでも《複製》できる」
エルド兄妹が《天才》たる所以であるそれぞれの能力。
例えばポピラは自分や兄が創るブースターならば調整しなくても本来の使い手並みに扱うことができる。
《爆風波》の補助術式を付与した《洗脳くん4号》はもちろん、完全なブースターとしてデザインされたガンプレート、《レプリカ2》もインスタント仕様のカートリッジならば訓練なしに使いこなせるのだ。
ポピラの特異能力はブースターを使った《模倣》である。
そしてティムスの能力は《複製》。詳細なデータを彼自身が理解し、素材が揃えば同じ物が、付与された特殊効果まで複製できるのだ。
幻創獣は《調整器》で1度IM化するのでデータは簡単に収集できる上、ゲンソウ術の産物なので永続効果がなくても素材を揃える必要がない。いくらでも《複製》が可能だったのだ。
幻創獣を創るシステムはティムスの能力と相性が良すぎた。
そしてユーマはコメットマンを創る時に世界中にある竜を倒した伝説や文献などとにかくいろんなイメージを注ぎ込んで『竜を即死させる特殊スキル』の設定を予め組み込んでいた。
「《竜殺しスキル》を完全な物にするために俺はコメットマンで皇帝竜を倒し、『幻創獣の竜を倒すイメージ』を手に入れた」
「あとはこのスキルを使えるようにして俺が幻創獣のIMPの振り分けを再設定するだけ。俺は物しか《複製》できないんでユーマには《竜殺し》に最適な剣への《変身》を設定してもらった」
《竜殺し》の本命。それは特定の幻創獣を狩る幻創獣を創り、《複製》して竜騎士団の数に対抗すること。
「《竜殺しスキル》は皇帝竜戦で急激に増加したコメットマンのIMPを9割以上も消費して実現できた規格外のスキルだ。最初からコメットマンは《ドラゴンスレイヤー》を創る材料だったんだよ」
剣の切っ先が全ての竜に向けられた。元々ユーマの幻創獣なので思考操作で動かすことができる。
これでユーマとティムスは竜騎士団にチェックをかける。
「コメットマンの再設定を阻止できなかった時点で俺達の勝ちは決まっていたよ……何度も言うけど幻創獣はどう見たってゲームなんだ。これでどんなに強いモンスター創っても対策立ててアンチキャラ創ればそれで詰み。《ドラゴンスレイヤー》がある限り竜はもう最強じゃない」
「嘘だ。こんなことで竜が……最強の力が、俺達の、俺の騎士団が……」
「《竜使い》のおもちゃを振りまわすことしかできないくせに最強なんて言うな。幻創獣はすべて返してもらうぞ」
ユーマはひとつ溜息をついて敵にもならない幹部Aを見下す。
「こっちはどれだけ準備してこの『舞台』を用意したと思ってる? 《竜使い》とその騎士団はここで潰す。これで終わりだ」
「《精霊使い》!!」
「幻創獣は今度こそルックスが正しい使い方を見つける。……結局俺はみんなに迷惑かけてお前たちを相手に勝てるゲームを仕掛けただけ。それだけだよ」
そう呟いてユーマは残っていた竜に剣を突き刺し、すべて消し去った。
「あとお前らみんな罰ゲームな。とりあえず串刺しの刑だ」
「う、ああ」
「わああああっ!」
ついでとばかりに幹部や竜騎士団員に剣を向ける。何本もの剣が彼らに突き刺さり、みんな倒れた。
竜騎士団はこれで全滅。《竜殺し》は幕を閉じるのだった。
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「処刑完了っと」
「ユーマ、アンタ……」
「大丈夫。この剣じゃ誰も死なない。《ドラゴンスレイヤー》は竜しか殺せない最弱の幻創獣だからショックで気絶しただけだよ。ほら」
ユーマはエイリークが持っていた剣で自分の腕を切る。剣は貫通するが傷一つ付かなかった。
「IMP増やすためにかなりの制約をかけたからね。実はコメットマンも竜と呼ばれるものにしかダメージを与えられないように制限しているんだ。このくらいしないと2週間で皇帝竜を倒す幻創獣なんて創れなかったから」
「……精霊の、アンタの力なら面倒なことしなくても十分勝てたんじゃないの?」
「学園の半分を吹き飛ばしたり砂漠化したりして生徒会の派閥同士が争うきっかけを作ってもいいならね」
「まさか」
それだけ大事になればユーマ1人に《Aナンバー》や教師陣が動員されるだろう。
エイリークもまだ《精霊使い》の力を把握できていないのでユーマの冗談かどうかが判断できない。
それに生徒会の派閥争いなんていまいちピンとこなかった。
「あいつらみんな誘い出して人的被害も抑えるつもりだったけど、やりすぎたよ。ティムスの結界が壊れたのが最大の誤算だ」
「これで済んだならきっとマシよ」
「そうかな?」
スタジアムは半壊。10メートル級の皇帝竜が4体も暴れまわったので当然だが最小限の被害といえばそうなのだろう。
「ティムス。俺達どんな処分を受けることになるかな?」
「先に学園長に話をつけていたのは正解だったな。ここまでやっても退学まではならないだろう。竜騎士団が動いた時に生徒会や《Aナンバー》が動かなかったから生徒会長や不測の事態に出遅れた自警部の判断ミスにしてもいい」
さらっとブソウに押し付けることを考える天才少年。
「まあ今回の件で《竜使い》と俺達のエース資格は絶対剥奪だな。いいことだ。これでやっと余計な肩書きがなくなる」
「いらないの?」
「いらん。元々俺達兄妹はお前と同じ特待生だ。学園に貢献すれば研究室と資金は提供してもらえる。《派遣》なんてこりごりだ」
《Aナンバー》は学園の代表として他校へ赴くことや学生ギルドの依頼に強制で派遣されることが多い。大きな権限がある分面倒なのだ。
「特待生の待遇まで失うとちょっとキツイがその時は《組合》の幹部にでもなればいい話だ」
「それならいいや。俺は別に一般生徒で構わないし」
「それ、本気で言ってる?」
エイリークは突っ込む。精霊を使わずに《竜使い》の勢力を一網打尽にした《精霊使い》が何を言うのかと。
ただし風森の姫でいて今回の事件で《竜殺し》の異名まで報道部から拝命されることとなるエイリークも一般生徒とは言えない。
「馬鹿ですね」
そう言うポピラも同様。明らかになった彼女の能力はガンプレートを使えることからユーマ、ジンに次ぐ3人目の《魔銃士》と認定され、学園から魔術師系ランクCの評価を受けることになる。
ユーマの周りにいて一般生徒と呼ばれるのは辛うじてミサくらいしかいなかった。
「ん? アギ達がいない」
「逃げましたよ。気絶した竜騎士団を捕らえるのに自警部もそろそろ動くでしょうから」
「早いわね」
「この手のプロらしいです。よくわかりませんが」
《バンダナ兄弟》にとって自警部は宿敵である。気絶したアイリーンや応援団、ジン、イース達を連れた大所帯で厄介なことになる前に自警部の包囲網を脱出。
残ったのはユーマとエイリークにエルド兄妹の4人のみ。
「脱出用の幻創獣は確保してある。ポピラ、お前たちも早く行け」
ティムスが喚びだした幻創獣は飛行能力を持つ《キャロケット》。ルックスが渡してくれたらしい。
「……このニンジンで飛んで行けと?」
「エイリークとポピラはね。俺達は腕輪を回収しないといけないから」
巨大な人参から生えた細長い腕を掴むエイリークとポピラ。
「これで逃げるのは格好がつかないわよ」
「それを言わないでください。……しっかり掴まって」
腕輪を兄から受け取るとポピラは幻創獣を操作して《キャロケット》の必殺技を使う。人参は空の彼方へ少女2人を連れ去った。
「ひどい絵だな」
「なんかすごいもの見たよ」
シュールだった。報道部あたりが怪奇現象として写真を撮っているかもしれない。
ユーマとティムスだけならば自警部に見つかってもブソウを通せばどうにかなる。そんな甘い見通しで2人は残り、気絶した竜騎士団から幻創獣の腕輪を回収しはじめた。
第2章のラスボスが自警部の中にいることをユーマは知らなかった。
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「これで全部かな? 腕輪の数が合わないんだけど」
「…………ちっ」
「ティムス?」
「ところでユーマ。お前は自警部部長の二つ名を覚えているか?」
不審に思うユーマ。ティムスが話題を振ること自体が珍しい。
「《一騎当千》。あの男は戦士系に勘違いされやすいが、《紙兵》を駆使して最大千人の兵力を運用できる操作系の《符術士》なんだよ」
「……えーと。もしかして囲まれた?」
「ああ、最悪だ。あの野郎本気できやがったぞ」
《千人兵》
ざく、ざく、ざく、と規則的な足音を立て、白い鎧姿の兵たちが近づいてくる。
「ミツルギ……エルド。スタジアムをぶち壊して気が済んだか?」
「ブソウ……さん?」
「俺は、俺はもう……限界だ」
巨大な十字架を担いだ自警部部長が自前の兵を引き連れて鬼の形相で現れた。
「これだけの……被害を出して……また俺に仕事をさせる気だな。……捕まえた奴らの面倒と……始末書のチェックをまた……俺に……させる気だな?」
「「……」」
怖かった。
ブソウはまだ遠くにいるのに彼の呟きがはっきりと聞こえることにユーマは戦慄した。
「ブソウさん。とりあえず俺達今後の事を話そうと思って残っていたんですけど……」
「今後? 徹夜だよ。徹夜。寮に戻らず本部に何日も何日も寝泊まりするんだよ。部下には休み寄越せ、残業代払えと文句言われながら俺は1人紙の束と向き合うのさ」
「ブソウさん……」
「最初から俺が動けばこんなことにはならなかったんだ。なのに生徒会長が……でもなミツルギ。お前はよくやったよ。よくやったがやりすぎたんだよ。だから」
ブソウが担いだ十字架を地面に突き刺す。
「さあ、儀式をはじめよう。祈ればきっと紙の束は減ってくれる。1週間分くらいはきっと!」
ドス黒い隈を目の下に浮かばせてブソウは濁った目でユーマ(生贄)を見る。
ブソウが今日までのストレスと寝不足で壊れてしまった。彼はとうとう『天下無双薙刃神教』の神に堕ちてしまったのだ。
逃げないとあの十字架に磔にされる。でも恐怖でユーマの体が動かない。
「嘘だ。俺がでっちあげた宗教が《現創》した!?」
「どうやったら寝不足で化物になれるんだよ……」
「ミツルギィ、エルドォォ! 神の、紙ノ、カミノイケニエニィィィィナァァァァァ!!!」
「「怖っ!」」
「ブショーくん、キィィィィクっ!!」
ユーマの第2章最大の危機に黄色いオコジョが飛び出した。強襲してブソウの後頭部を蹴り飛ばす。
「グハアッ」
「ぶ、部長さん!」
「ふう。ブソウ君、八つ当たりは良くないなぁ。あのくらいの机仕事ボクも組合長もやってるんだよ。もちろん生徒会長もね」
「……」
ブソウは報道部部長の幻創獣の一撃で気絶。話を聞いていなかった。
オコジョキックでブソウの意識がぶっ飛んだと同時にユーマ達を囲んでいた《千人兵》も消え去る。
「助かりました! 部長さん」
「いやぁ流石にあの顔はヤバいかなと思って。……彼に恋する乙女としても止めないといけないと思っていました」
「ヒトじゃなかったよな、アレ」
とにかく落ち着いた。自警部の副部長に連絡をとって気絶したブソウと竜騎士団を任せる。
彼女はルックスに連絡をとったあと、ユーマ達が竜騎士団と戦っている間に学園長と話をつけていたのだ。
「さて。おばーちゃんとはもう話をしたよ。ミツルギ君に協力したメンバーは不問。自警部が動くよりも事態に早く駆け付けて一般生徒が避難する時間を稼いでくれたという見方ができるからね」
「そっか。よかった」
「元々《Aナンバー》を動かさなかった生徒会長にも非があるから大目に見てくれたんだ。ただ《旋風の剣士》が皇帝竜を消し飛ばした《あれ》がスタジアムを壊していたら彼女は危なかったね」
「……《旋風剣》の奥義っていくつあるんだろう?」
今はポピラの支援なしに《昇華斬》を使うことができないエイリーク。もしも彼女が1人で使いこなせるようになったのなら、いつかあれで自分かアギが吹き飛ぶだろうと予感めいたものがユーマにはあった。
「あと君達と竜騎士団への対応は後日というわけで。エースの選定もあるからここでは判断できないんだ。今日はもう帰っていいよ」
「わかりました。あと部長さん」
「何かな?」
「献身的な看病もポイント高いですよ。患者と看護師の出会いパターンAです」
「……ブソウ君の所はあとで行くよ。じゃあね」
最後におせっかいを焼いてユーマとティムスはスタジアムを後にした。
「これでおしまい。いや、はじまりかな? 生徒会長や他の《Aナンバー》はミツルギ君をどう見ることやら。…………あとおかゆってどうやって作るんだっけ?」
今回起きた《皇帝竜事件》。その当事者達への処罰は今日から一週間後、昇級試験の結果発表と同時にユーマ達に伝えられた。
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