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幻創の楽園  作者: 士宇一
第2章 後編
60/195

2-18a 発動、竜殺し 前

エイリーク、アギ、リュガ、イースVS皇帝竜。第4ラウンドは駆け足でお送りします。

 

 +++

 

 

 アギとリュガ、それにイースがそれぞれ皇帝竜に挑んでいた時、竜騎士団の副団長を務めていた幹部Aに立ち向かう1人の少女がいた。

 

「意外だな。1人でここまで来るなんて」

 

 少女の名はポピラ・エルド。

 

「見つけました。あなたですよね? 私と兄を襲った《竜使い》は」

「その通りだ。証拠を見せようか?」

 

 幹部Aは包帯を巻いた腕をポピラに見せる。

 

「君の兄にやられた傷だ」

「……」

「俺に何の用だ? どうやら彼は無事だったようだが。まさか仕返しにでも来たのか?」

「その通りです」

 

 幹部Aの顔つきが変わった。みつあみの少女は相変わらず淡々としている。

 

「私も兄同様、借りを返したいだけです」

「面白い冗談だな。でも君は役不足だ。お前達が相手をしろ」

「「はっ」」

 

 幹部Aの取り巻きたちが動いた。彼らの幻創獣、サラマンダーが火炎弾を吐き出す。

 

「馬鹿にしすぎです。バブル・ショット」

 

 ポピラは手にしたブースター使い、大きな水の泡を前方に散布して火炎弾を相殺。

 

「何?」

「ストーム・ブラスト」

 

 防御されたことに驚く取り巻きたち。その隙にポピラは『カートリッジ』を換装して《旋風砲》の術式で火蜥蜴の1体を吹き飛ばす。

 

「そのブースターはまさか《精霊使い》の!? ……近接戦に持ちこめ!」

 

 ポピラに飛びかかる火蜥蜴。彼女は避けようともせず竜を引き寄せて……

 

「爆風破」

 

 左手を振るい、火蜥蜴をもう1体吹き飛ばした。

 

「馬鹿ですね」

「……」

 

 幹部Aは何も答えない。

 

「グルァアア!!」

「えっ」

 

 《爆風波》の発動直後。砂埃を吹き払って皇帝竜が爪を振るう。

 

 狙ったかのような不意打ちにポピラは動けない。

  

「仕留めたと思ったが……上手くいかないな」

 

 切り裂かれる直前。竜巻を纏う細剣がポピラの前に割り込み、皇帝竜の爪撃を弾く。

 

《旋風剣・疾風突き》

 

「……エイリークさん?」

「アンタね、人に馬鹿馬鹿言うくせにアンタが一番馬鹿してるじゃないの!」

 

 間一髪のところで皇帝竜に突撃したエイリーク。

 

 アギと一緒に後方へ戻ろうとした彼女だが、急に自分の《直感》に従って逆走してきたのだ。

 

「《旋風の剣士》」

「親玉が不意打ちなんて……やってくれるじゃない」

 

 ポピラに背に庇い剣を構えるエイリーク。

 

「それ、アンタ使えるの?」

「……ミツルギさんの次くらいには」

 

 ポピラが手にしているブースターはユーマが壊したガンプレートを修理したもの、《レプリカ2》だ。

 

 左腕には腕輪型に改修した《洗脳くん4号》もある。

 

「それならアタシを援護して。こいつの相手をするわよ」

「わかりました。バレット・ボム」

 

 ポピラが爆発する魔法弾を連射する間にエイリークは皇帝竜へと果敢に突撃していく。

 

 

 +++

発動、竜殺し

 +++

 

 

 エイリーク達の後方、ユーマのいる場所は混戦状態が続いていた。

 

 《竜殺し》の準備をするユーマ達3人をアイリーンと彼女の応援団達が囲んで防御陣を構築。20体以上の竜の攻撃に耐える。

 

「A班は1回下がってC班と交代。B班は9時方向のカバー。アイリーンさん、援護を」

「ええ。氷散弾」

 

 アイリーンの援護と副団長の指揮の下で奮闘する《アイリーン公式応援団》。

 

「副団長さん!」

「なんでしょう? 通りすがりの正義の味方でうちの名誉部員さん」

「……人違いですよ」

 

 あのときは覆面してたけど正体はバレている。

 

「みんなを1度下げて固まってください。アイリさんは《氷晶壁》でみんなを囲って」

「どうしたのですか?」

「そろそろあいつ等の必殺ゲージが溜まる。来るよ!」

 

 ユーマの叫びと同時にリザードマンの斬撃が、サラマンダーの火炎が一斉に襲いかかる。

 

「「「竜波斬」」」

「「「火炎弾」」」

 

「っ、氷晶壁!」

 

 アイリーンの防御が間に合った。しかし必殺技の波状攻撃で身動きは取れなくなってしまう。

 

「はぁ、はぁ。このまま接近を許してしまうと流石に」

「だったら俺達に」

「「任せてもらう」」

 

 敵側の幻創獣の必殺ゲージが溜まったということは、ユーマ側の幻創獣もまた必殺技が使える状態になったということだ。

  

「走れ、猫騎士!」

 

 アルスの幻創獣、長靴を履いた2足歩行の黒猫が剣を投げ捨て火炎弾の中を4脚で走り抜ける。


「分身・猫騙し」

 

 黒猫は敵幻創獣の目の前で残像を残す高速移動し敵陣を撹乱。

 

 速さに優れる竜牙兵を翻弄し、伸ばした爪といつの間にか口にくわえた剣で火蜥蜴を1度に3体も切り伏せる。

 

「ブロックマン」

「合体!」

 

 一方、サンスー兄弟は赤、青、黄色で配色されたカラフルな2体のゴーレムを分解、再構築して1体の巨大なゴーレムを作り出した。

 

「見ろ!」

「これが!」

「「兄弟パワー!!」」

 

 合体ゴーレムのパワーは2体分以上の力を発揮することができる。

 

 竜人兵の剣にビクともせず、逆に岩蜥蜴を掴み投げつけて反撃。

 

「なんだよこいつら?」

「俺達の竜は強化されてIMP1万以上あるんだぞ」

「そんなふざけた幻創獣がどうして!?」

 

「お前らは竜の姿と人型の動作にこだわりすぎたんだよ」

「幻創獣を創る自由度の高さに思考操作の柔軟さを活かせばこんなこともできる」

「あとは訓練時間の差だな。俺達は2週間以上みっちり操作特訓したんだ。癖はあるけど使いこなせれば基本能力以上に強いぜ」

 

 ティムスの指導のもと、ユーマの訓練に付き合い続けた彼らは《幻獣使い》として頭一つ抜き出る実力を手に入れたのだ。

 

「敵の陣形か崩れました。今です」

「……いきます! 降れよ、氷弾」

 

 

 《氷弾の雨》が竜を襲い、アイリーンと応援団が反撃に転じる。《竜殺し》発動まであと5分。

 

 +++

 

 

「カイゼル・バースト」

「――ぐうっ、効かねぇ!」

 

 一方、皇帝竜2体を相手にしていたアギとリュガ。

 

「そこもらうぜ」

 

 アギが攻撃を《盾》で防いだ隙にリュガが《熔斬剣》で皇帝竜の脚を切りつけ、背後に回る。

 

「くそっ、また俺のカイゼルに傷をつけたな、赤バンダナぁ!」

 

 幹部Cはリュガに向けて尻尾を振るったが、それをアギが回り込み《盾》でブロック。

 

「なんだよ、邪魔するなよこの青バンダナがぁ!!」

「邪魔よクフト。カイゼル・バースト」

 

 空を飛んだ皇帝竜Dが味方諸共熱線で焼き払う。

 

「ぐおっ、リュガ!?」

「大丈夫だ。当たってねぇ」

 

「おい! どういうつもりだベスカ」

「隙をついたと思ったんですけどね」

「てめぇ!」

 

 どうやら幹部同士は仲が良くないらしい。

 

「まずいな。空飛ばれると攻撃手段がねぇ。どうする? うおっ!」

 

「そろそろですね。飛竜隊、対地攻撃開始」

 

 幹部Dがここぞと温存していた飛竜隊を動かして空襲を仕掛ける。

 

 空からの火球の爆撃に皆が見動きを取れなくなる。

 

「狙うのは《精霊使い》です。飛竜隊、突撃!」

 

 アギ達を無視してスタジアムの上空を旋回する飛竜。

 

「畜生。空への攻撃手段が氷の姫さんとユーマしかいねぇ。やばいぞ」

「今はアイリーンさんだけだ。くそっ、たとえアギなんか撃ち上げても役に立たねぇ」

「悪かったよ!」

 

 アイリーンは地上戦の援護で手一杯。誰も飛竜の攻撃を阻止できない。

 

「《精霊使い》、これでチェックですよ」

「弾幕が間に合いません。ユーマさん!」

「もう少しなんだ。みんな伏せて!」

 

 飛竜の攻撃に再び晒されそうになったその時――

 

 

 ――墜ちろ!

 

 

 観戦席の最上段で黒髪の少年が《幻想の弓》を引いた。

 

 彼の視線の先には『射抜かれて』墜ちていく飛竜が。

 

「リン先輩」

「任せてよジン」

 

 彼の隣にいたフェアリー族の少女が《妖精の羽》を少年に与え、両手に銀色の金属板を手にした少年は観戦席から飛竜に向かって空を飛ぶ。

 

「ジン!」

「加勢します。飛竜は僕が」

 

 一定時間飛行能力を与えられたジンは飛竜の集団に飛び込んでガンプレートを振るう。

 

「……すべての敵を――」

 

 ジンは見る。飛竜の翼を、口を、そして目を。

 

「射抜け!!」

 

 そして狙ったものすべてに対して『引金を引いた』。

 

 飛び交う飛竜の隙間を掻い潜って2丁拳銃スタイルで無属性の魔法弾を乱射するジン。専用のガンプレートが持つ連射性能を手にした《射抜く視線》は飛竜の弱点を射抜き、すべて撃ち墜とす。

 

「ジン・オーバ! あなたまでも……カイゼル!!」

 

 奥の手の飛竜隊を潰された幹部D。皇帝竜をジンにけしかける。

 

「《アローモード》」

 

 狙われたジンは慌てず対になっているガンプレートを接続して左手に持ち、『矢をつがえ』、『弦を引く』。

 

 ジンは鋭くした黒の瞳で『射抜くもの』を見る。それは襲い来る皇帝竜ではなく幹部Dの、彼女が身に付けた幻創獣の腕輪を、

 

 見る。

 

「カイゼル・バースト!」

「――っ!!」

 

 皇帝竜Dは熱線を放つ前に突然消失。ジンの《幻想の矢》が幹部Dの腕ごと腕輪を射抜くほうが一瞬早かった。

 

「ああああっ! 痛い、ワタクシの、カイゼルが!!」

「ベスカ! てめぇ」

 

「ジンはやらせない」

「当たって!」

 

 《妖精の羽》の効力を失ったジンに皇帝竜Cが爪を振るったが、そこにダークエルフの少女が力任せの双剣でジンを庇い、さらに白い修道服型の戦闘衣を纏う少女が《光の矢》を放ちジンの着地を援護する。

 

「ユン! セリカさんも」

「ジン様、大丈夫ですか?」

「うわっ」

「こらっセリカ、ジンにくっつくな! ああっ、リンもいつの間に!」

「へへっ。私は先輩だもんねー」

「あー!!」

  

 ジンにくっつく少女2人に叫ぶユンカ。

 

「あいつのまわりの女の子……増えてるな」

「あの金髪の美少女は新入生の中でも噂のセリカ・フォンデュじゃないか。……畜生、ジンの奴に助けてもらっても嬉しくねー」

 

 《射抜く視線》の少年を慕う少女が増えていることに呆れるアギと羨ましいのか悔しいのか唸るリュガ。

 

「みんなお願いだから離れて! ……先輩、僕らも手伝います」

「……ああ。だったらもう1体の方、いやユーマの方を頼む。氷の姫さんがそろそろマズイはずだ」

 

 +++

 

 

「はあっ、……くっ。氷晶壁、氷晶球、はぁっ!」

 

 竜の進撃を氷の壁で妨害し、氷塊で殴りつける。頭痛の酷くなる頭を押さえながらもアイリーンはなおも魔術を使う。

 

 ユーマ防衛の核は間違いなく彼女だった。《銀の舞台》を展開した状態で入り乱れる敵味方を《感知》し、攻守両面に渡って的確な援護を続けるアイリーン。味方に高レベルの魔術師がいない為にペース配分を無視して魔術を多様するしかなかった彼女の限界が近い。

 

「アイリさん」

「もう少し、……もう少しなら」

 

「見てられないわね。どきなさい! 氷姫!!」

「あっ」

 

 《銀の舞台》に冷気が駆け抜けた。《旋風壁》がアイリーンたちを囲み、一時的にも竜を押し返す。

 

「凍れ! 砕けろ!! そして消し飛びなさい!!!」

 

 《凍破》。《氷砕の魔術師》、自称《凍姫》の得意とする術式が竜を砕き、風で吹き払う。

 

「ディジーさん? どうして」

「遅いですよ。名誉部員その2」

「?」

 

 副団長の言葉が理解できなかったアイリーン。

 

「貴女達が駆け付けるのが早過ぎるのよ。それに勘違いしないで! 私は協力するだけ。応援団なんて入らないわよ!!」

「協力? 助けてくれるのですか」

「うっ」

 

 言葉に詰まるディジー。

 

「お願いします。……もう少しなんです。もう少ししたらユーマさんが……」

「ああーーもうっ、なんで倒れそうになるまで魔術使ってるのよ! いいわよ。助けるわよ!! 黙って私の活躍を見てなさい!!」

「……はい。お願い……」

 

 そしてアイリーンは副団長に支えられて目を閉じた。

 

「……気絶しても氷の壁は展開したままか。まったく大したものね。……さあ、トカゲ達! 今度は私が相手をするわよ。氷河期まで送り飛ばしてあげる!!」

 

 ディジーは消失しかかった《銀の舞台》の氷霧を利用して幻創獣の足元を凍りつかせると《凍破》を放つ。

 

 そこに応援団とアルス達の幻創獣が竜の軍団に最後の突撃を仕掛ける。

 

「猫騎士で後方の術者を直接狙う。兄弟はユーマを守る壁を作れ」

「任せろ。分解!」

「ブロックマン、城壁形態」

 

「応援団! 正念場です。アイリーンさんを守りなさい」

「「「はい!」」」

 

 +++

 

 

「イース、そんなものか?」

「まだまだっ」

 

 皇帝竜VSソラマメ。一方的と思われる戦いだがイースの《じぇんとる・ビーン》は思いのほか善戦していた。

 

「ダイズガン」

 

 ひたすら転がっていたソラマメは跳びはねて手足を伸ばすと、手にしたステッキから豆鉄砲を撃つ。

 

「ふざけてるな」

「そうかよ!」

 

 撃ち出された豆粒の多くは黒い鱗に弾かれてしまい、まともなダメージを与えられない。

 

「HPゲージを減らせない必殺技を繰り返して何になる?」

「ゲージが減っていないのはお互い様だ。豆粒1つに一撃も与えられない竜が何言ってる」

「……カイゼル・バースト」

「おおっ!」

 

 HPゲージだけみれば2人の戦いは互角。ソラマメはひたすら攻撃を回避し続けていた。

 

 コメットマンの戦いを見ていたイースは皇帝竜の攻撃パターンをある程度理解している。ソラマメの非常識な運動能力と訓練の成果を持ってすれば攻撃を躱すことだけは難しくなかった。

 

 ただ必殺技だろうが通常技だろうが一撃で終わってしまうことに間違いなかったが。

 

「惜しいな。その雑魚でそれだけ戦えるのだ。こちら側で竜を扱えば上位幹部にもなれただろうに」

「汚い仕事はもう沢山だ。竜の力なんてもういらない。俺はもう一度やり直すんだ!」

「……カイゼル」

 

 皇帝竜が翼で風を起こしてイースとソラマメの動きを封じる。その隙にソラマメが捕まった。

 

「まだだ。《シルクハット・マジック》」

 

 握りつぶされる直前、ソラマメは頭に被ったシルクハットの中に身体を引っ込めて皇帝竜の腕から脱出。

 

 風で飛ばされたシルクハットから再び本体が飛び出した。

 

「ダイズガン」

「小賢しいぞ。イース!」

 

 しぶとくしつこいソラマメとイースに激昂する幹部B。

 

「皇帝竜にお前は絶対に勝てない。なのにそんな豆で何故立ち向かう?」

「……」

「わからないのか? 幻創獣を独占し、皇帝竜の数が揃えば俺達は学園の誰にも負けない。これは生徒会とも《Aナンバー》にも匹敵する力なんだぞ」

「そんなことはないさ。ジュオ、ベスカのやつ皇帝竜を消せれてるぜ」

「何だと!?」

 

 見れば幹部Dが腕を抑えて喚いている。

 

「隙ありだ!」

「っ! 甘い」

 

 幹部Bの腕輪を狙ったソラマメの一撃。だが彼がいつの間にか抜いた剣で容易く打ち払われる。

 

「さすが。俺と違って優等生だったもんな、お前」

 

 イースは攻撃が失敗したにも関わらず笑った。

 

「何がおかしい」

「でも俺達は同類だった。皇帝竜の力に魅入られて自分の力を伸ばすことを諦めてしまった。……竜さえ手に入れれば強くなれる。そんな団長の妄想に囚われてしまってたんだよ」

「私は違う」

「違わない! ジュオ、お前達はまだ」

「もういい! カイゼル」

「ジュオ!」

 

 イースの言葉は遮られた。皇帝竜が羽ばたく。

 

「どうせお前は時間稼ぎだろ? 《精霊使い》さえ抑えれば私達の勝ちだ」

「行かせない。お前は俺が止める! ……頼むぜ相棒。お前がユーマの言う『主人公』なら」

 

 イースはソラマメの紳士を見る。

 

 

 《じぇんとる・ビーン》。雲の上にある天の国から地上に落ちたソラマメ。

 

 離ればなれになった家族や恋人と再び会えることを信じ、彼は天まで届く巨大な豆の木を登る果てのない帰郷の旅に出た。

 

 旅の途中で豆の木の上にあるたくさんの国に立ち寄るソラマメ。幾多の出会いと別れを繰り返し、時には天敵である空賊カラスの襲撃に1粒で立ち向かいもした。

 

 手にした武器は地上の友、ダイズ男爵から贈られたステッキとシルクハットのみ。あと蝶ネクタイさえあれば彼は紳士として誰を相手にしても優雅に振る舞うことができたのだ。

 

 ソラマメは礼儀と品格、そして優しさを持って同胞を助け、ひたすらに豆の木を登り続けた。

 

 

 それは天を目指す一粒の紳士の物語。

 

 

「諦めずに天を目指し続けたお前の力をあいつに見せてやれ! 伸びろ、《豆の木》!!」

 

 ぴょこ。

 

 ソラマメの頭から『芽』が出た。

 

 発芽した《じぇんとる・ビーン》は急成長して? 巨大な豆の木となる。

 

 豆の木はそれからさらに成長。空を飛ぶ皇帝竜に向かって天まで届く勢いで伸びていく。

 

「必殺技か? 回避しろ……なんだと!?」

 

 皇帝竜の全身はいつの間にか蔓や根が巻き付き、張り付いて身動きを封じられている。

 

「《ダイズガン》は拘束技だよ。あれだけ撃ちまくったんだ。鱗の隙間に食い込んだ豆も何発かあるだろうさ」

「イース!!」

「くらえ、ジュオ!!」

 

 伸びる豆の木が直撃。しかしそれでも豆の木の成長は止まらず皇帝竜を取り込み、同化しながらひたすら伸びていく。

 

「なんだ、これは!?」

「これで相討ちだ。皇帝竜はこいつじゃ倒せない。でも動きを封じることくらいはできるんだよ」

 

 豆の木を見上げ、イースは昔からの友人に手を差し出す。

 

「なあ、もういいだろ? あの時お前が騎士団に誘ってくれたのは嬉しかった。……今度は俺の番だ。一緒にやりなおそう。《竜殺し》はもうすぐ発動する。《竜使い》の幻想は今日で終わりだ」

「イース……」

 

 

 幹部B、ジュオは裏切られた友人に何も答えられなかった。

 

 +++

 

 

「ポピラっ!」

「合わせます」

 

 エイリークとポピラは同時に《爆風波》を発動。皇帝竜の爪撃を2人して何とか逸らす。

 

「こっちだぞ、黒竜!」

 

 予備の武器である矛槍を振るい、皇帝竜を引きつけるのはブロト・ラグレス。

 

 元《黒鎧の大剣士》、現《甲虫》の彼はミサとの約束を守りエイリークのもとへ駆け付け参戦。

  

「……くっ。アタシの剣は鱗に弾かれる。有効打にならない」

「私もです。はあ、はあ。……私ではミツルギさんのように大技は使えません」

 

「君たちは下がれ! 体力が持たないぞ」

「駄目よ! アンタがポピラを連れて行って」

 

 非戦闘系のポピラはもちろんだが、動き回って皇帝竜を牽制し続けているエイリークも消耗が激しい。

 

「何を言っている?」

「あいつはあれから1度も熱線を撃っていないのよ。必殺技だっけ? 《竜使い》が見せたあの特大の火球を撃たれたらいくらアギでも防ぐことができるかわからない」

 

 エイリークは呼吸を整えて重く感じるようになった剣を構える。確かに《黒鎧》を装備したブロトなら皇帝竜の攻撃に耐えられる。しかし、

 

「撃たせたら駄目。空を飛ばれても駄目。アンタの鈍重な動きじゃ皇帝竜を止められないのよ! ここはアタシがやる。……もう少し、アイツがどうにかするなら、もう少しくらいアタシの力で!」

 

「エイリークさん……」

 

 ポピラはわかってしまった。エイリークは強がっている。そして悔しがっていることに《同調》の能力で気付いてしまった。

 

 

 ――いつだってアタシの剣は

 

 

 エイリークの剣では皇帝竜にダメージを与えられない。ブロトの攻撃は少なからず効いているのにだ。

 

 いくら試験では彼に勝ったとしても実戦では役に立たなかった。そして結局はユーマ頼りの戦いになってしまう。エイリークはその事実に打ちのめされないように自分のできることに専念し、気丈に振る舞っているだけだったのだ。

 

(あなたはずっと自分の無力に耐えていた。でもエイリークさん、あなたは決して弱くありません。たとえ敵わなくてもあなたの剣はただまっすぐに、折れまいと戦い続けているのだから……)

 

 

「勝ちたいですか?」

「えっ」

 

 問いかける。

 

「皇帝竜にあなたは……勝ちたいのですか?」

 

 ポピラはエイリークの心に問いかける。

 

「ポピラ? アタシは……」

「お前、何を!?」

 

 2人を庇い、皇帝竜の攻撃に耐えるブロトは驚いた。ポピラはエイリークにガンプレートを向けている。

 

 

「エイリークさん。私を信じてくれますか?」

 

 

 ポピラにとってもこれはイチかバチだった。この『カートリッジ』はユーマが使えなかったものだ。

 

 でも《同調》持ちである彼女ならばあるいは。

 

「……いくわよポピラ。アタシはあの竜を、吹き飛ばす!」

「――!! はい!」

 

 躊躇うことはなかった。エイリークはポピラをただ信じたのだ。

 

 ポピラは信じてくれた彼女に応え、エイリークに《同調》してガンプレートを撃つ。

 

「サポート・バレット、《剛力》、《迅速》」

「――!? これって」

 

 《レプリカ2》のツインカートリッジを換装。もう1度エイリークに向けて強化系の『支援術式』を撃ち放つ。

 

「《戦声》、《暴君の風》。エイリークさん!」

 

 ゲンソウ術による魔術の発動はイメージの精度次第。その中でも回復・補助術式を相手に使うならば、他人を理解しなければうまくいかない。

 

 

 ――あなたとあなたの剣に……力を!

 

 

「はあああああっ! 風よ!!」

 

 沸きたつ力を抑えられずにエイリークは跳んだ。

 

 移動術式を使わない軽くて力強い跳躍。身体強化を使えないエイリークにとって未知の感覚だった。

  

 これはエイリークが願っていた力。《同調》したポピラが彼女を理解し、与えてくれた力。

 

 《戦声》による高揚感に一時的に疲労感を忘れ、暴れ狂うような《旋風剣》を皇帝竜に振るう。

 

 

 エイリークは皇帝竜を剣でぶん殴って膝をつかせた。

 

「なっ、カイゼルが!?」

「嘘だろ、おい」

 

「まだよっ!」

 

 驚きの声を上げるブロト達を無視して皇帝竜の頭まで跳んでいたエイリークは、1歩だけの《天駆》で宙を蹴ると皇帝竜に突撃。

 

 《疾風突き》を腹に突き刺すと今度は連続技を繰り出して皇帝竜の鱗を砕き、思うがままに剣を叩きこむ。

 

 月の型連続剣技、《皐月》

 

 破砕攻撃である《断月》で防御を崩し《双月》、《水月》、《弧月》と繋げる5連続攻撃だ。

 

「貴様よくも! カイゼル・バースト」

「させない!」

 

 《爆風波》を皇帝竜の下顎に叩きつけて無理やり上に向けて熱線を撃たせる。

 

「いける! パワーにスピード、それに風の術式の威力も! これならアタシは」

「《旋風の剣士》! お前ごときにこのカイゼルが!!」

 

 幹部Aは皇帝竜を温存することをやめてエイリークを潰すことにした。

 

 対してエイリークは剣を構える。鞘に納めていればそれは居合抜きのような構え。

 

 

「今のアタシなら……もう1つの《旋風剣》が使える!!」

 

 

 剣に荒れ狂う風が集まる。

  

 纏う竜巻はただ無軌道に暴れたがり、それをエイリークは必死に制御する。

 

 

「ありがとうポピラ。あなたのおかげでアタシは一段階上の《旋風剣》を放つことができる。……見てなさい! これがアタシの剣」

 

「消えろ! カイゼル・メガフレアだ」

 

 皇帝竜の必殺技とエイリークの奥義が激突。

 

 

「黒竜よ、天へ、還れ!!」

 

 

 その剣は天へと向けて放ち、敵を空へ葬る対空剣技。

 

 第2の《旋風剣》。

 

 

《旋風剣・昇華斬》

 

 

 剣の纏う竜巻は火球をかき消し、斬り上げた斬撃は竜の腹を斬り裂く。

 

 そして皇帝竜は暴風に巻き込まれて空へと連れ去られた。

 

 

 あとには何も残らなかった。

 

 

「アタシの……勝ちよ」

 

 《昇華斬》の制御がうまくいかずに刀身を砕いてしまう。

 

 しかしエイリークは構わずに折れた細剣を幹部Aに向けた。

 

「まさかエース以外に皇帝竜が破られるなんて……くくっ、はははは。…………こい、カイゼル」

「なっ!?」

 

 消し去ったはずの皇帝竜が再び現れた。これには誰もが驚く。

 

「嘘よ。だってさっき」

「予備の腕輪だ。保険代わりだったんだがな」

 

「グゥ……ガァアッ!」

 

「危ない! ぐあっ」

「きゃあっ!」

 

 薙ぎ払う尻尾の攻撃。ブロトはエイリークを庇うが2人まとめて叩き飛ばされる。

 

「……」

「うっ。……ちょっと起きて、しっかりしなさい。このままじゃ」

「今度こそ終わりだ。カイゼル・バースト」

 

 ブロトが気絶してしまった。支援術式が解けたエイリークでは重装の彼を抱えて逃げることができない。

 

「エイリークさん!」

 

 間に合わない。でもそこに《カイゼル・バースト》の射線に――

 

 

 銀の彗星が飛び込む。

 

  

「コメット、キィィィィク!!」

「「――!!」」

 

 復活のコメットマン。

 

 エイリーク達の盾となりHPゲージの9割を消費して皇帝竜から2人を守る。

 

「ギリギリ間に合った」

「ミツルギさん!」

「……遅いわよ、バカ」

 

 ユーマはエイリーク達に並び、幹部Aと向き合う。

 

「《精霊使い》!」

「勝敗はもう決まったよ。俺達の勝ちだ」

「今更その人形に何ができる?」

 

 そして再び対峙するコメットマンVS皇帝竜。

 

「みんなのおかげで術式は完成したんだ。エイリーク、剣がないなら『こいつ』を使え。『それ』が《竜殺し》だ」

「…………はい?」

 

 

 『こいつ』とはきっとこのコメットマンのことであって、『それ』を使えと言われても……

 

 

「ヘアッ」

 

 コメットマンはエイリークを見上げ「さあ、はやく」と言わんばかりにそわそわしている。

 

「……アタシにどうしろというのよ?」

 

 

 エイリークは途方に暮れた。

 

 +++

 

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