0-04 模擬戦
ユーマは結局断れなかった
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「学園長」
「何でしょうか、オルゾフさん」
ユーマ達4人が退室したあとなので部屋にいるのは2人だけ。
「第2救護室から連絡がありました。3年のユギ・ギュロフが目を覚ましたそうです。何やら騒がしくしていたので自警部が彼を拘束しています」
「そうですか。彼は今まで巧く立ち回っていたようですけど評判の悪い子でしたからね」
ユーマに決闘を仕掛けた生徒のことだった。学園長は穏やかな声のまま話を続ける。
「ええと『一般人の子供に決闘を強制』して『4号棟校舎の壁の大破壊』とさらに『第1食堂の前の中庭の崩壊』。もう迷惑な子ね。あといろいろサービスして減点トータル200点オーバー。退学ね」
「……」
事実を捻じ曲げて書類に判を押す学園長。
オルゾフの見積りでは彼の減点は50点前後。学園長が捏造したような被害もなければ『一般人の子供』に怪我を負わせたわけでもない。むしろ返り打ちだった。
処分は本来短期の停学扱いだが。
「あと修理費はギュロフ家に請求してください。……多額寄付者の息子が何したっていい訳じゃないんですよ」
「……」
彼の噂はオルゾフも多少は知っている。
特に《ウインディ様私設騎士団》なる秘密組織は犯罪染みていた(ストーカー疑惑、エイリークファンへの恐喝ほか)のだが証拠がない上に被害者に全く気付かれない(気にしていないのかもしれない)ので取り締まることができずにいた。
オルゾフと同じく事情を知っていた学園長は同じ女性として憤っていたようだ。
「やっと尻尾を出しましたよ。よっぽど彼女の《騎士様》が現れたのが気に入らなかったようですね」
「……」
――事件さえ起こせば後はこちらのものでしたわ。うふふ
……黒い。
「……よろしかったのですか? ミツルギとシルバルムの模擬戦を許可しまして」
「構いませんよ。本当はあなただって彼の実力、見たいのでしょう?」
「……」
この沈黙は肯定だろう。意地っ張りね、と学園長は思う。
「彼女はきっとユーマさんのことに気づいてるわ。それにあなたと同じ《魔術師》ですもの。だから気になってしょうがないのよ」
学園長は報告書の1つを手に取る。
どうやって調べたのだろうか。春先の風森の国で起きた『2つの事件』の詳細が記載されている。
「そう、彼はほんものの……」
その先は答えなかった。
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模擬戦
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学園長室から退室する前の話。
「アイリーンさんが対戦相手ですか。あなた相手の実戦になりますと、試験内容としましては難度が高すぎると思うのですが」
「お願いします」
アイリーンは無理と言われているのがわかっていても頭を下げる。
彼女がこのような頑な態度をとるのは故郷の《銀雹の国》絡みの話か魔術に関してのときくらいだ。
「……仕方ないですね。ではユーマさんの編入試験は実技の方で。ただし、オルゾフさんの提案通り試験はパス。合格とします」
おめでとうございます、と学園長。
「それでですねアイリーンさん。今日の午後5時。第1練武館の使用をわたしが許可します。模擬戦、彼とやってみませんか?」
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第1練武館。
第1戦闘室のその控室。
ユーマ、エイリーク、アギの3人はアイリーンと別れて模擬戦の準備をしていた。模擬戦の勝手がわからないユーマに2人が付いてきてくれたのだ。
「戦闘室は全体に《防護》の結界を張るの。大きなダメージを受けると《防壁》が発動するから怪我をしないというわけではないけど死ぬようなことはないわ」
「《防壁》が発動するような攻撃は有効打になるんだ。そのダメージを審判が計測してポイントを付ける。制限時間内に一定のポイントを取るか取ったポイントの多い方が勝ち、てわけさ」
大まかなルールを2人から教わる。
「なるほどね。場外負けとか他のルールは?」
「場外判定はランダムに決める戦闘ステージ次第ね。……アンタまさか戦わずに済ませようと思ってない?」
図星だった。ユーマは今迷っている。
「……確かにアンタの力は余り人に見せるべきじゃないわね。でもね」
エイリークはユーマと視線を合わせる。2人の各々の事情を知る彼女の瞳は葛藤する心を写すように揺れていた。
「でもね、見たでしょ。アイリィの嬉しそうな顔。彼女は《魔術師》であることにこだわりがあるの。アタシがあの時《剣士》にこだわっていたみたいに」
エイリークのいうあの時とは《風森の国》で起きた誘拐事件のことだ。ユーマはそのときの彼女の独白を覚えている。
(あの人は自分の『在り方』を見つけた人なのだろうか?)
それとも『決めつけてしまった』、あるいは『決められてしまった』人なのだろうか?
ユーマは控室前で別れた彼女のことを思い出す。
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少し前の控室前にて。
「ここで別れましょう。ウインディさんは彼に付いてあげて」
アイリーンの声は弾んでいる。
ここに来るまでの間、ユーマは出会って間もない彼女の変化に戸惑う。
落ちついた仕種、大人びた表情をする彼女はユーマから見ると彼女と同じ年のエイリークに比べて年上の女性に見えていた。
でも今のアイリーンは年相応の少女だ。ステップを踏むような軽い足取り、それに合わせて揺れる白金のロングストレート。上気した頬。
鼻歌まで歌われたときはエイリークですら驚いたのだった。
そんな彼女を前にユーマは模擬戦を断れずにいた。
風森の国と西の大砂漠で不本意ながら実戦を体験したユーマは力を振るうこと、戦うことに躊躇いはない。
ただし
(女の子相手に戦うのは嫌だな)
(ふぇみにすとー、てやつですねー)
幻聴は無視した。そのとおりだったけど。
(それに……)
「アイリーンさん、いいですか?」
断る言い訳にしようとユーマは思い切って彼女に対する懸念を訊ねることにした。
「あなたは戦闘型の魔術師なんですよね?」
当たり前のことを言われてきょとんとするアイリーン。
「そのとおりですけど?」
「いいのですか? 模擬戦なんかして。自分の手の内を明かすような真似、わざわざするなんて」
「……」
ユーマは話を続ける。
「魔術師の魔術は確かに強力です。魔術の1つで戦況をひっくり返すなんてざらじゃない。でも魔術師は無敵じゃない。魔術の術式は魔術師によって研究される。それは相手の魔術だってそうだ。」
ユーマの話は続く。
「戦闘型の魔術師なら得意とする術式や切り札といえる強力な術式を持っているはずだ。それがないと1人で戦う事も最大の火力と攻撃範囲を持つ『戦闘型魔術師』の役割を果たせないから。でも魔術に対抗する魔術は存在するし、なくてもいつかは対策を打たれる。無力化された魔術師はただ殺されるだけだ」
ユーマの話は続く。訴えるように、非難するように。
「戦闘用の魔術は命を懸けた時の、ここぞという時の必殺技。人に見せるものじゃないんですよ。魔術は隠すべきだ。……だから何かあると相手に警戒させ牽制する《はったり》が魔術師の最初に使う最大の魔術なんです。全てを晒した丸裸の魔術師なんか魔術師じゃいられない。だから……」
模擬戦やめませんか、と言うのをユーマはやめた。
話し出したら止まらなくなり、断る言い訳にしては大げさで言いすぎたことに気付いたのだ。
しかしおせっかいでも言いたかった。ユーマは恐怖と絶望を見たことがある。
魔術を見ただけで術式を分析して最速で対策を練り、1度受けた魔術なら2度目は必ず無力化する恐るべき魔術師の天敵がいることをユーマは知っている。
――銀の翼を持つ、金の眼をした梟。
あの時、白い魔術師達を切り裂き啄ばむその姿を目の当たりにしたときの恐怖を、
魔術師としての矜持を潰された上で狩られていく彼らの絶望を、
少年は見たことがある。
「……言いたいことはそれだけですか」
アイリーンの表情が変わる。いや、元に戻ったというべきか。
「驚きました。魔術師の事、詳しいのですね。貴方は私とそう変わらない歳なのに」
(……考え方が実戦的すぎます。学園の生徒でもそんなこと意識して魔術は使いません。どれだけの戦闘経験を積んできたというのかしら)
「いや、受け売りだよ」
ゲームのね、と呟くユーマ。アイリーンには聞こえなかった。
「勉強になります。でも愚かなんですよ私。模擬戦はやめません」
アイリーンは話を続ける。
「貴方の力、気付きました。ウインディ家でもない貴方がその《守護の短剣》を持つのが何よりの証拠。正門前で空から降ってきたのも、中庭でのあの《高速移動》もそう。ウインディさんの《旋風剣》を受けて平気なのもきっと……」
アイリーンの話は続く。
「きっと貴方はほんものの《魔法使い》。私たち《魔術師》が目指す似ているようで違う存在。ならば試してみたい。私(魔術師)の力が貴方(魔法使い)に届くかどうかを」
アイリーンの話は続く。それは宣戦布告。
「私は《銀の氷姫》。貴方にその魔術の全てを出し切ります。たとえ丸裸の魔術師になっても構わない。惨めに負けてもいい。それで全てを晒し全てを失くして魔術師でいられなくても……私は魔術師であり続けたいのです。魔術の高みを目指したい。だから」
――お願い、断らないで
――お願い、私から逃げないで
声にならなかった言葉。ユーマにはそう聞こえた。
「……どうして?」
「決まってます。私は《最高の魔術師》になりたいのです」
「……」
最強じゃなくて最高。どんな魔術師だろう。彼女だってわかっていないはずだ。
「……」
(負けてもいいなんて考えはこの世界では甘いことだと思うけど)
あんなことを言う彼女は照れたような笑みを浮かべていて、
それはしあわせそうで
――ぼくもいつかは兄さんみたいになりたいんだ
それが少しだけどなつかしくて
――教えて……ください。何も……できずに……あんな思いするなら……俺は
少年には眩しかった。
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第1戦闘室のステージに入ると、ユーマとエイリークの2人は多くの生徒に迎えられた。
「なんで?」
「……報道部でしょうね。しかも学園長が許可してるみたい」
進学式しかない今日。放課後にも関わらず生徒たちはこの突然のイベントに急遽集まってきている。
ステージから上の2階、3階は観戦スタンド。そこには学園の生徒以外にも学園長をはじめほかの教師たちもいた。
スタンドには『必勝! 銀の氷姫』『アイリーン様万歳』などといった垂れ幕がある。
「なんだ、あれ?」
「《アイリーン公式応援団》。ファンクラブとは別物だけど気にしないで」
アイリーンはエイリークに比べるとこの辺りは如才無い。自分でコントロールしている。
『エイリーク様の騎士なんて認めない』『消えろ! 自称騎士!』などの垂れ幕もある。
ユーマは気になってしょうがない。
「いいから。アイリィのことどれだけ知ってる?」
「《銀の氷姫》なんだろ? 氷の魔術を使う戦闘型の魔術師てくらいかな」
「まあそのくらいよね。いい? 彼女はね……」
ここで待ったをかける。
「いやいい。アイリーンさんは『試合』を臨んでるみたいだから。フェアじゃない」
「アンタね……アタシとの約束覚えてる?」
もちろん、と頷くユーマ。
「ならいいわ。頑張りなさい。アタシはアギとスタンドにいるから」
贔屓はここまでよ、とユーマの背中を叩いてさっさと行ってしまうエイリーク。
「ちょっとまった」
「何よ」
「やっぱりアドバイスを、と思って。エイリークならどう戦う?」
エイリークは、
「魔術が発動する前に突撃して仕留める。これよ」
「……」
力技だった。
エイリークと別れたユーマ。アギに借りたゴーグルのサイズを調整すると額にかける。
「さあて、いきますか」
(いきませうー)
(……)
幻聴は相変わらずの調子でいて、でもそれが頼もしかった。
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2階観戦スタンドの中央まできたエイリーク。アギがベンチ席をとって待っている。
「おまたせ。何?」
「……いやね、姫さんと待ち合わせしているみたいで周りの視線が痛いんすよ」
「何言ってんのよ。……はじまるわ」
ステージの2人が向き合う。観戦客は静かに彼らを注目した。
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石畳のステージ上に立つユーマ。《防護》の結界の中に入ったせいか全身に一瞬ピリッときた。
今回の戦闘ステージは《Mアリーナ》という。
四方20メートル程度の石畳の舞台。場外判定もなければ障害物もない。尚、中距離戦用のフィールドをアイリーンは得意とする。
ユーマの正面には制服ではなく濃紺のドレスを身に纏うアイリーン。
戦闘服だろうか。白金の髪は背中に流したまま、両の手首には重量感のある銀の腕輪。きっとあれが彼女の増幅器だ。
「お待ちしてました。準備はいいですか」
「ばっちりさ」
対するユーマは先程と大して変わらない。アイリーンは彼を観察する。
白いシャツに黒のズボン、風森の国の召使いが着る略式の制服だ。腰に差すのは翠と銀の《守護の短剣》。あとは額にある黒くて大きめのゴーグルと左腕の白い腕輪ぐらいだ。
ゴーグルは砂漠の民が使う砂除けのものだ。《遮光》の付与効果がある。
白い腕輪は特別製だと言っていた。ブースターだと思うが《魔法使い》ならば必要ないはず。何かしらの付与効果はあるかもしれないと彼女は一応警戒することにした。
「……今日貴方に出会えたことを世界に感謝します。さあ、勝負です。私だけを見てください。……私のすべてを受け止めてください」
祈るような仕草をするアイリーンの顔は真剣そのものだったが、そのあと彼女はまっすぐにユーマを見つめ微笑んだ。
戦闘前だからなのか気分が高揚している彼女の頬は赤い。
(まるで告白でもされてるみたいだな……って)
まずい。
ユーマは今現在自分が観戦客である生徒たちに注目されていることを一瞬でも忘れていた。
スタンドは開始前から大騒ぎになる。
(アイリーンさん、なんで平然としてるんですか。アギとエイリーク、この状況わかっていて笑ってるんだろ。震えてるぞおい。狂ったように踊っているのは何だ。え? あれが報道部? 奴等が《集音》して実況しているの!? それより『二股騎士最低』『逝け、ユーマ!』って何時つくったあぁっ!!)
(へいじょーしんですよー)
(……)
アイリーンの集中力は並みじゃない。雑音は全てシャットアウトしている。
くっ、とユーマは混乱した思考を隅に追いやる。
「審判!」
叫ぶユーマ。もうさっさと始めた方がいい。そう判断した。
短剣を抜き構える。相変わらず様になっていない。
アイリーンは思考開始。
《幻想》から《幻創》へ。術式のイメージが固まるにつれ銀の腕輪が輝く。
今度こそ模擬戦がはじまる。
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